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鳥辺野界隈 ― 平安時代アンダーグランド物語 ―   作者: クワノフ・クワノビッチ
3/27

或る平安男子のゆるい日常

やっと書けた感じです。

何とか・・・セーフでしょうか。

今回は、平安時代の若者の生活を書いてみたのですが、今と変わらないようなので、不思議です。

よろしくお願いします。

 

  季節が流れ、真夏になった。

  残念ながら、この年の暑さは異常である。


 勿論、この時代にエアコンや扇風機など無い。ぐったりするような暑さに身を任せ、早朝から動き、日の高い時間はなるべく休む。

 そして、暑すぎる夕べには、盛大に降るにわか雨を有効に使い、シャワーのように楽しんだり、甕に水を貯めた。

 だが、それでも凌ぎづらい。

 都は、一年で最も暑い盆を迎えようとしていた。


 この時期は、今でも日本中が酷暑になるので休みになるが、平安の時代には、ほぼ全ての社会的活動が停止したと言ってもいいだろう。とにかく、誰もが殺人的な暑さに飲み込まれ、動かずに時が過ぎるのを待っている。

 あまりの暑さに、人々は 『炎熱地獄の釜の蓋が開く』 と言い、亡き人達を供養することで凌いだ。

 とはいえ、身分の高い貴族や一部の富裕な者達は、京をはじめ、近隣の山間部へと涼を求めて避暑に行ってしまう。

 そして、貧しき者達の中には、一時の涼を求めて河原に集い住む者もいたが、それが原因で、頻繁に起こる川の氾濫に命を落とす者もいた。


 ところで、当の理明はどんな生活をしているかというと、……

 まず、獄の番人のような仕事を任されているので、比較的職場に近い所、つまり、放免達の居住地域の近くに住んでいる。

 捨身尼や水泡が居る小屋にも時々行くが、どちらかと言うと、たまに訪れると楽しい実家のようなスタンスであり、刺激が欲しい時に訪ねることにしていた。


 理明は、ここ数日、連夜の暑さに熟睡できていない。

 だが、仕方なくムクリと重い体を起こした。

 今日で何日経ったのだろうか。もう、そろそろ盆が開けたのでは……。

 (おもむろ)に目を下に向けると、肌着の胸前がはだけてヘロヘロになっている。どうも暑さで無意識に掻きむしったようだ。

 あぁ、いよいよ仕事か、……仕方がないな。

 突然、脱力感が押し寄せてきた。


 だが、徒者(いたづらもの)には盆や物忌(ものいみ)()(縁起や穢れを理由に、心身を清める為に家などに籠る日)も、さして関係はないのだ。いや、むしろ世の中が活動していない時にこそ動き回る。

 強盗やならず者は、意外と信心深くないのだ。

 だから、理明のような()()()の役人ほど働かなければならない。


 せめて、さっぱりしようと、水甕から水を汲み出すと汗を流した。

 これは夕立やら何やらと、天水を貯めた水だが、連日の日照り続きのために、それも底をついてきている。

 そして、そんな貴重な水で体を洗うと、唯一残った新しい肌着に手を伸ばした。こんな暑い日には、タオル代わりに体を拭いたところで、すぐに乾いてしまう。そこでそのまま、ガウンのように纏ってしまった。


 ちなみに、この肌着は獄舎に繋がれた()(ざい)の女達の手によるものだ。

 男性の受刑囚のみならず、女性も罪を犯すと獄に拘禁され、一定の年数、労役に服さねばならない。男性は路橋の建設工事や宮城周辺の清掃等に駆り出され、女性は裁縫や精米の作業に使役された。

 盗品の布以外にも、いろいろな事情で納められた布が、女囚達によって仕立てられるのだが、如何せん、実力不足の者もいて、時折、難品や受け入れ難い不細工な物ができる。そこで、どうにも納められない衣が、理明のところに持って来られた。

 また何故か、特に年増の女囚達は好んで理明のもとに持って来る。

 若いせいもあるのだろうが、この故郷から捨てられたような寂しい青年に、女囚達は何かと親切だった。

 この若者は、時々、相手が誰であろうと関係なしに無防備に笑う。

 それは凄く朗らかで、側に居るものを安心させるようだった。

 また、一見だらしなくも見えるが、それでも、場の空気を和ませてくれる存在なのだ。

 そんな気の良い青年の姿に、故郷に残してきた身内のことでも思い出すのか、理明は、おばさん達の世話焼きの種になっていた。


 獄舎への道はそれほど遠くない。

 だが、今日は随分と長く感じた。


 まだ、都は充分に目を覚ましていないようである。

 閑散とした町中を、重い体を引きずりながら行く。それでも、獄がある通りにさしかかると、いつもの馴染みの顔がちらほらと理明を出迎えた。残念だが、放免や徒刑のおばさん達ではあるが。


 獄の建物に入ると、まさに地獄のような暑さである。ここは風通しも悪く、視界も暗い。相当に劣悪な環境と言えるだろう。

 それでも、このモワリとした悪所に、すでに人が来ている。

 (あん)(じゅ)(にしきの)(ため)(のぶ)だった。

 案主とは、正規の検非違使ではないが、雑任といって使庁の仕事を末端で支える役職である。

  御所の門を警護する衛門府の衛士の中から優秀な者が選ばれ、主に事務的な仕事を任されていた。

 例えば、贓物(ぞうぶつ)(盗人達が罪を犯して得た金品)を管理しており、その金銭的価値の算定や、それらを記録した書類の作成等と、細やかな仕事を行っている。


 理明らの職場には小さな灯取りの窓がある。

 そこから光は差し込んで来るが、今の時代では考えられないような薄暗さであった。


 為信は三歳年上だ。そこで若輩者の理明はいつも黙礼する。

 すると、為信も礼を返してくれる。

 だが、本来、寡黙な人なので、普段なら無駄な会話もなく黙々と働き、二人の間には、静かな時が流れるだけだった。

 しかし、この日はあまりの暑さのせいか、いつもと違っていた。


  「忌々しきことじゃ」


 突然、為信が口を開く。

 時々、唐突に話し始める時があり、ドキドキさせられる。

  「また、(くだん)の僧が誦経しておる。この()()()()折に、()()()()ことじゃ」

  「………」

 思わず、何と返答すればいいものやら、目が泳いでしまった。


 最近、獄では食事が配られると静かに誦経の声が響く。

 持経者である恵朝の(そら)んじる法華経であった。


「まぁ、盆など何処で過ごしておっても地獄であろうが、わざわざ獄に入って誦経するとは、つくづく物好きな御仁じゃ、……精が出ることよ」

「はぁ、……いや、それなりに有難いではありませぬか」

 やっと、理明なりの答えを搾り出した。

「有難いと思っておるのは、あの御仁の方じゃろう。獄の中は暑いかもしれんが雨風は凌げるからのう」


 確かにこの時期、身分の高い貴族たちは、洛中には居らず、近くの山間部に避暑に出払っている。

 だが、涼を求めるよりも、庶民にとっては夏の豪雨を避ける方が切実な問題だった。

 だとしても、随分と酔狂な場所を選んだものだ。


「法華経など、罪人や下人の類には縁遠いもの、少しは御利益があるかもしれませぬ」

「はぁ……」と、為信が深い息を吐いた。

「あの男の志が、愚民救済と高いものであっても、あの男自身が愚僧であってはなるまい。ましてや、季節が厳しうなり、暮らしにくくなれば、貴人の家に忍び込み、高価な道具を盗んで捕らわれるなど、(たわ)けた話じゃ」


 この件の僧・恵朝は、獄の中では有名な男である。

 もともとは、中級貴族が身分の低い貧しい女性に産ませた男児なのだが、当時は、まず貴族の子であっても、()()であれば出世する見込みのない子供は、まるで生きながら葬るように僧籍に入れられたりした。

 物心がつくと同時に墨染めの衣を着せられ、母親からも引き放され、極楽に一番近い所で暮らせると、寺で刺激のない生活を送ることになるのだ。当然、偏った価値観を持った人物も現れるのかもしれない。


 実際、恵朝が獄に入れられるのは、これで四回目である。


 断っておくが、当時、再犯者は少なくなかった。……とはいえ、四回ともなると多過ぎる。しかも、きっかけは高価な仏具を寺から盗み、それを質種にして双六(すごろく)賭博(とばく)をしたことに始まるのだ。


 この時代の双六のルールは今のものと違って、よりゲーム性が高く、よく賭け事に使われていた。

 しかし、実際には、賭博は朝廷によってあくまでも禁止されており、いろいろと社会問題を引き起こしていたようである。

 例えば、下級貴族の中には、博徒を生業としている者までおり、賭博の負分に取上げられた馬を、違法だから返却させてほしい。……と、いう訴えがあったことが記録として残っている。


 また恵朝は、ご丁寧にも、盗品を直接売り(さば)くわけでもなく、わざわざ賭場に持って行くと、元手にするためにその品の来歴について語るのである。当然、それは噂となり、お縄になるきっかけになった。

 まるで、獄には入るのが目的かのような振る舞いである。

 確かに、上々から下々までが仏教を尊んでいた王朝時代のことである。獄にいる間は、当時、特に有難く思われていた法華経を朝な夕なに唱えるおかげで、大切にされていた。だが、それ以上に、僧を傷つける……という行いは、極楽浄土に憧れる人々にとっては、ありえないことだった。

 それで特に処罰が甘かった訳である。

 しかし、さすがに再々犯ともなると、尊ばれる立場の僧侶でも極刑になる可能性が出てくる。

 今までは、刑の裁定の段になると、何やら貴人達の間から刑を軽くするための嘆願が出され、結局、うやむやのまま放免されていたが、いよいよそれだけでは済まなくなってきていた。


「ふぅ、……()()()には困ったものじゃ。ははは、暑いのう……」

 ちょっと話し過ぎて気まずくなったのか、為信は眠そうに欠伸をすると、再び静かに仕事を始めた。

 寡黙ではあるが、こんな茶目っ気のあることも言う為信のことが、理明は嫌いではない。いや、むしろ仕事の上では尊敬している。

 それに、当時としては現実主義者で、頼りがいのある先輩でもあった。


 為信の仕事は、盗賊の名や、その盗品(贓物(ぞうぶつ))を記録した書類を作ることだ。

 例えば、盗品の品名を羅列(られつ)するだけではなく、その評価額も計算し表記しなければならない。

 当時の米の値段を現代の米の値段に換算すると、

 一(もん)は 約二四円程度。

 一(かん)は千文なので 約二四、〇〇〇円相当と、それなりの価格が算定される。

 現在、伝わっている贓物が記されている資料を見ると、


  銀造打(ぎんづくりうち)(だしの)太刀(たち)…………一五貫文(一腰)……………三六〇、〇〇〇円相当


  紫檀念珠……………………三貫文(一連)………………七二、〇〇〇円相当


  馬 ………………………六〇〇文~一貫五〇〇文(一疋)

  ………………………………………………一四、四〇〇~三六、〇〇〇円相当



 結構、細やかな記録が書かれていたことが見て取れる。

 そして、この様な資料を基に、刑期や刑の重さが裁定されていたようだ。

 当然のことながら、検非違使も文官の仕事は、事務方としてのスキルが必要なのである。

 その点、為信は算道(算術)にも長けており、一見、地味だが、正確さや迅速さが必要とされる仕事もコツコツとこなせる人だった。

 その上、優れた(みょう)法家(ぼうか)でもある。

 つまり、当時の法律である、律、令、格、式の条文や、それらの注釈書の説に精通した法律の専門家なのだ。

 明法を修めるだけでも必死だった理明にとっては、為信は憧れの存在であり、正規の検非違使になるためにも、ついて行きたい先輩だった。



 理明は獄を見廻り、為信は書類を作成する。

 今日も、……そんな静かな時間が流れていた。


 夕暮近になり、さすがに涼しげな風が吹き始めた。狭い部屋の中でも空気が動くのが判る。

 理明の獄での仕事は一通り終わった。

 だが、為信はまだ黙々と書類を書いている。それはまるで人柄を表すかのように非常に丁寧で達筆だった。


 だが、その静けさを打ち破るかのように、突然、強面(こわもて)の男が入って来た。

 獄の管理も任されている検非違使の府生(ふしょう)錦部(にしきべ)(ふみ)(やす)である。

「おぅ、(そび)(まる)……、ここにおったか」

 そう言いながら、理明の前につかつかと歩み寄った。

「暑さに負けて、腹でも下しておらぬか」

 随分と日焼けした顔で笑う。

 文保は、顔は怖いが、小太りでズングリしており、何となく憎めないキャラなのだ。

 三〇代前半ぐらいで、年がだいぶ離れているせいか、理明のことをまるで子供のようにからかう時がある。

 ちなみに、()()とは(そび)えるほど()()()()()の意味である。


 府生とは、職分としては一番下級ではあるが、正式の検非違使庁の官人であり、為信や理明のような衛門府から借り出されている下っ端とは違う。

 つまり、文保は直属の上司なのだ。


「このような所で、何をチマチマとやっておる……」

「はぁ、もう囚人達の見廻りは終わっておりますが」

「そなたの仕事は、それだけではなかろう。すぐに、馬を出せ」

「はっ?」

繁兼(しげかね)様のお呼びじゃ」


 突然、何事かに巻き込まれた感じがした。






 

このペースで続けられると良いのですが。

これからもよろしくお願いします。

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