人の行く裏に道あり花の山(2)
やっと書き上げたという感じです。
かなり裏道を突き進んでしまいましたが、花山天皇の時代を別の視点から面白く書けていたら良いのですが、
宜しく、お願いします。
福安が放免達を率いて、不毛な田薙ぎを行っていた頃、忠明も、左衛門佐・藤原惟成の命を受けて、都の東にある"東市"に出かけていた。
ちなみに忠明の仕事は、市での見廻りと銅銭の使用を商人達に促すことである。
平安時代の都には、東市と西市という二つの官営市場があった。
それぞれ開かれている期間が別だったようで、東市は月の前半に開かれており、西市は後半に開かれていたらしい。
だがこの頃には、西京の衰退も関係しているのか、どうやら東市の方が賑わっていたようである。
また、この官営市場では東西で売り物がそれぞれ決められていたようだ。
特に東の市は、都のみならず地方からも選りすぐりの品物が集まっていた。
そこで市に出入りしている商人達に、積極的に銅銭を使用させることが、物価の安定に結び付く。……そんな、小難しい理屈に言いくるめられ、忠明は、わざわざ市にまで出向いていたのだ。
そして、この仕事も福安のものと同じく、革新的な惟成の命によるものだった。
ちなみに、この頃ともなると銅銭に対する信用が落ち込んでおり、手元にあっても使いにくい時代になっていたようだ。
それには少なくとも政治的な不安が関係していたのかもしれないが、それ以上に、この年のような凶作が予想される時には、人々は銅銭など使わなくなる。
それはそれで仕方がないことだが、それでも銅銭の流通の方が望ましいのだ。
例えば、地方から朝廷に物納される品物の価値が都と地方で違い過ぎると、地方の官人達が地元の民から安く買取り、都で高く転売して、私腹を肥やす可能性が出てくる。すると、それが原因で民の生活が圧迫されるかもしれないからだ。
そこで地方に出た貴族達に搾取されないように、また物価自体も安定させる為に、物納より何かを基準に、つまり銅銭を基準にして価格を決め、銅銭での支払いを勧めることになったのである。
こんな机上の理論を純粋に実行しようとしたのが惟成だった。
そしてその推進役として、忠明に白羽の矢が立ったのである。
福安等とは違い、話し上手で市井に住む人々にも顔が利く。
そして、最低限の身分や教養もある。
その上、……ある意味"有名人"なのだ。
そんな理由から、忠明は東市を見廻りながら、銅銭使用の啓蒙活動することになったのである。
実は忠明も、惟成本人に会ったことがあった。
銅銭使用の意義について話を聞いた時のことである。
初めて話を聞いた時には、よく理解できなかった。なぜなら都の官人が、地方の者達からを少なからず搾取するのは、当たり前のように考えていたからだ。それで、惟成の話はまるで絵空事にしか思えなかった。
だが、文官出身の理想主義者である惟成はあきらめない。
なんとなく不安顔の忠明を捉まえると、くどくどとレクチャーし始めた。
はっきり言って、迷惑である。……だが、その"気概"は伝わってきた。
それこそ千載一遇の機会を活かそうとしている熱い人物に見えたのである。
早朝の市は、とても賑やかだが、正午近くともなると人影もまばらになった。
そして、暦の上では秋だというのに、いよいよ日差しが強くいつまでも暑い。
だが、この時刻ともなると商人達の気持ちも緩み、店仕舞いする者もいれば、涼しい夕刻まで長い休みに入る店もある。
忙しい時間帯には遠慮があったが、そろそろ良い頃合いでは? ……と、活動を開始することにした。
東市の北西の角には知り合いの店がある。そこを皮切りに廻ろうと、忠明は歩みを速めた。
実は、そこの店主の息子を助けたことがあるのだ。
本来、官営の市場に店を出すような家の息子である。裕福に育てられているはずなのに、同じような商家の息子達と連んで店の品物を横流ししたのだ。
だが、例え身内だとしても顕かに窃盗である。そこで、もう少しで使庁に連行されるところを、忠明が中に入って納めたのだ。
「おう、藤國! 息災であったか? 」
人懐っこい笑顔を浮かべると、忠明は店主に声を掛けた。
が、当の店主は困ったような顔をしている。
「おい、おい、愛無きことよのう! 」
まぁ仕事柄、あまり歓迎されるとも思わないが、ちょっと寂しい。
もう休憩に入ろうとしているのだろう。店の品物を片付けていた。
藤國 (藤井國晴の名前からこう呼ばれている) は、主に食料品や菓子(果物)等を商っている。
東西の市では、それぞれ商う物の種類が決められているのだが、食料品はどちらでも扱われており、藤國はどちらの市にも知り合いがいて顔が広い。その上、古株なので情報通でもある。
そこで忠明は時々、藤國に探りを入れに出かけた。
「如何じゃ、此頃、市司の方々に良うしてもらっておるか? 」
さりげなく声を掛けてみる。
「……まぁ、相変りませぬなぁ。出入には使えませんがのう」
何となく声音に含み笑いが隠れているように聞こえた。
市司とは、都の東西の市にそれぞれ設置されていた役所のような所である。
そして、それぞれの市司に勤める京職と呼ばれる人々が、本来、市を管理していたらしいが、この時代ともなると治安絡みで検非違使の存在の方が大きくなっていたようだ。
まぁ、揉め事を解決したり、盗人を取り締まるにしても、有事には放免達を擁する検非違使庁の手を借りることになるから当然かもしれない。
「それに、……市司など、銭を貸すばかりで、わしには遠しきものじゃ! 」
そう言うと、藤國は肩を竦めた。
この親父、商人のくせに歯に衣着せぬ物言いをする。
確かに、西市には"出挙銭所"という金を貸してくれる銀行のような所があるが、借りたら当然、返さねばならないのだ。親父のような食い物を扱う店にとっては、なるべく縁付きたくない場所であろう。
むしろ銅銭のようなまどろっこしい物より、そのまま転売できる布や米と交換する方が都合が良いのだ。
「……此年の米は凶作じゃ、値が上がるじゃろうて、銭など使えませんぞ! 」
『……フン! 』 とでも言いたげに、親父が忠明の顔を見上げた。
ここまでズケズケ言われると、例の件を話したくても取りつく島がない。
気まずさのあまり、思わず咳払いをしてしまった。
だが、このまま何も言わずに引き下がるわけにもいかないのだ。
「おう、良い品が入っておるな」
見ると、店先に存在感のある大きな苽がドンと置かれている。
「ほほぅ、藤國、これは甘そうじゃな 」
そう言いながら、無造作に手に取ると、
バーン!!!
と、張り手で苽を割ってしまった。
「おぅ、おぅ、……何を為されまするか? 」
驚きのあまり藤國が目を見開いた。
だが、そんなことも気にせず、忠明は涼しい顔で苽を食んでいる。
「ほう、なかなか甘いぞ! そちも食うか」
悪びれることもなく、ニッコリ笑って見せた。
「あぁ、……もう、要りませぬ! 」
藤國の表情が、何とも言えないような"困り果てた"ものに変わっている。
「いや、いや、銭なら払うぞ」
そう言うと、ドカリと銅銭の固まりを店先に置いた。
これでも結構、重たかったのだ。忠明的には気前良く払っているつもりだが、
「じゃから、……銭ではのうて、米や醓ででも払ろうて下され! 」
何だか、受取り拒否された。
「いや、いや、いや、……そのようなことを申すな、銭とてそれ程捨てた物ではないぞ」
見るからにガッカリしている藤國の姿を見ると、さすがに心が痛む。
「……まずは、御上にお納めする折に使えるではないか、それに、そちが使う銭は銅でできておる。……いつの日か、仏の姿に変化するやもしれんぞ!? 」
茶目っ気たっぷりに言ってはみたが、藤國の目は死んだままであった。
まぁ実際のところ、地方から調庸の品を納めにやって来た人々にとって、品物が不足している場合には、その補充用に銅銭を納めることが可能だったようだ。
そこで、物納品の代わりに銭を"出挙銭所"からわざわざ借りる者達まで現れて、結果的には朝廷に納められる品物の不足に繋がったらしい。
だが、それ以上に銅というと御仏を鋳造する為の素材である。
信心深い忠明にとっては、"仏の姿になるかも"という言葉は、ちょっとした殺し文句のつもりだったが、残念ながら藤國には不発に終わったようである。
こんな具合に、忠明は、市の人々が少しでも銭を使用するように画策していた。
そんなある日のことである。
昼過ぎになると、空が曇り出した。
今日は、もう、そろそろ帰ろうか。
そんなことを考えていると、良く見知った顔が現れたのである。
それは、福安の腹心の部下である"繁丸"だった。
繁丸は小柄で強そうには見えないが、とにかく空気が読めて機転がきく男である。
そこで時々暴走したり、逆に後ろ向きな気分になって仕事をしなくなる福安の補佐役になっている。
「何ぞ、あったのか? 」
嫌な予感がして、忠明は繁丸に問質した。
「美看督様、福安様が怪我をなされまして、……」
田薙ぎの際に、子供達から投石にあった福安は怪我をし、それを機に仕事に出なくなっているそうだ。
だが、いつまでも仕事を放棄するわけにもいかないので、福安の下で働く者達が心配し声掛けをしているが取り合わないらしい。
そこで直接、仕事上関係がなくとも、同郷で付合いがある忠明を頼って来たのだ。
忠明が、福安の家に到着したのは、もう夕暮れ時だった。
周りは放免達が多く住む地域で、相変わらずゴミゴミしている。
形だけでも定信の養子になった忠明にとっては、もう、おいそれと足を踏み入れるべき場所ではなかったが、それでも何となく人の気配が濃い感じがして懐かしかった。
「おう、福安! ……わしじゃ、天火様が参られたぞ、居るか? 」
いきなり、福安の棲家の戸の前で偉そうに叫んだ。
何事が起ったか? ……と、隣のオバちゃんや子供らが出て来る。
「やい! 旨い酒に肴も持参ったぞ」
今度は戸が開き、中からニョキリと福安が現れた。
「何じゃ、偉う成られたのではないのか? ……凄じきことよのう! 」
ガッカリだぜ! ……と言うわりには、嬉しそうに家に引き入れた。
男の一人暮らしのせいか、福安の家の中はかなり散らかっている。
だが、そんなことよりも忠明は福安の顔をじっくり見た途端、大笑いし始めた。
それはもう、愉快そうにゲラゲラと笑っている。
「そなた、如何したのじゃ? ……その面は」
その言葉に、福安は両手で顔を覆うと、ダンゴムシのように伏せてしまった。
よっぽど恥ずかしいのだろう。大男が気の毒なぐらい小さくなっている。
「繁丸らが、そなたのことを案じておるぞ、……もう、思頽るでない」
いつまでも落ち込んでいるから、部下が心配しているのだ。
忠明は笑いを押し殺すと、やさしく声を掛けた。
「よいか、笑うてくれるなよ……! 」
福安が顔を上げると、その額にペタリと紙が張り付いているのが見えた。
「フハハハ……! 」
結局、忠明はまた笑い出してしまったのである。
何でも、石礫が額に当たったらしく、傷を治すために紙を張って保護しているそうだ。なかなかに斬新な治療方法である。
その夜、引き籠りの理由を知った忠明は、福安と飲みながら一計を案じたのだった。
いよいよ作戦を実行する日のことである。
忠明は、福安の配下の中でもなるべく強面でない者達を引き連れて出かけた。
すると、現場はもう田んぼらしささえ感じられないような荒廃ぶりである。それでも、ここ数日雨が降ったせいか、生き残った稲が必死に頭を垂れていた。
……これでは、喰えんな! いや、収穫など問題外だろう。
忠明は、一瞥しただけでそう思った。
そして今日も、ここには人の姿が見当たらない。
……だが、居る。
経験からか、忠明は誰かに見られているのを感じた。
「田が干上がっておる。……このようなもの、田薙ぎなど要らぬわ! 」
わざと聞こえるように、大きな声で言ってみる。
「そうじゃな、此年は得られまい、傷ましいことじゃのう! 」
どちらかと言うと、ざまぁ見ろという感じで福安が相槌を打った。
こんな会話をしながら、二人はドカリと道端に座り込むと、ピクニックでもするかのように干飯を食い始める。すると、一緒に付き従っている者達も寛ぎだした。
「良い日和じゃな、……如何じゃ、よう掻かれた泥もあるによって、相撲でもせんか? 」
ちょっと不自然かな? とも思えるが、これを機に小芝居の幕が切って下ろされた。
美看督様の勝手な思い付きで、俄か"相撲大会"が始まったのである。
そこで、福安の配下の者達を順番に取組ませてみた。すると、二番、三番と続けるうちに徐々に熱気を帯び始めたのである。
気付くと、廃屋の間から子供達がバラバラと出て来ていた。
やはり子供は分りやすい。面白い事には目がないようだ。
いつの間にか、周りを取り囲み声援を送り始めた。
この間は、大人達を礫で追い払ったのに、今日は応援してくれるのだ。
何とも無邪気な子供達の姿に、福安の顔はいつになく緩んでいた。
よく見ると今日は、女の子やもっと小さな子供達まで加わっている。きっと今までどこかに隠れて息を潜めていたのだろう。
「よいか、……そちらは、もう此処に居ってはならんぞ! 御上に返さねばならんのでな、それに、こう干上っておったら、米も採れんからのう」
忠明は、なるべく分かり易く、優しく話しかけた。
「是非なき時には、市へ来よ! 」
少し乱暴なことを言うようだが、市に来ている沢山の人達の中には、子供の手でも借りたい者達がいるかもしれないからだ。
「わしは、美看督と呼ばれておる。……何かの折には、わしの名を申せ! 」
そう言うと、用意してきた心ばかりの干し餅や菓子などを子供らに配ってやった。
もちろん、今度は石を投げられることもなかったし、これで円満に解決できる。……そんな風に思った。
確かに、市の連中には負担がかかるかもしれないが、そこは忠明の尽力で何とかなるだろ。と、楽観的に考えてしまった。
だが実際は、それほど甘いものではなかったのである。
その日以来、子供達が来るのではないかと、忠明は市で待機していたが、一向に誰も姿を現さない。
そこで、さすがに心配になって福安の配下の者に問い質すと、
……子供達は、皆、いつの間にかいなくなった。
と、言葉を濁す。
何かあるな! ……とは思ったが、福安に直接聞くのは何故だか憚られた。
そこで、繁丸に聞いてみたところ、
……あの後、暫くして現場を訪ねると、年上の子供達の命が奪われており、それ以外の子らの姿は、もう、見当たらなかった。
と、重い口を開いて教えてくれたのである。
どうやら、酷く陰惨な決着を迎えたようだ。
子供達は、一体、何処に行ったのだろうか?
そこまでして薙いだ土地は、誰の手に入るのか?
いずれにしろ、また誰かが見えないところで被害を受けるのではなかろうか?
忠明は、行き場のない怒りを噛み締めたのである。
藤原惟成は、不遇の時代に支えてくれた糟糠の妻を捨て、源満仲の娘を嫁にした。
誰もが、その噂を知ってはいたが、
……まさか、そんなことはあるまい!
とは思いたいが、真相は藪の中である。
だが福安は、今度は引き籠らなかった。
元はと言えば、己の不手際が惨事を招いたのだと反省し、それでむしろ仕事熱心になったのである。
福安達が梃摺れば、惟成と結びついている武闘派貴族の満仲様の配下が無茶をするかもしれない。
そんな藪蛇なことは避けるのだ。……その思いが、彼を駆り立てた。
また幸いなことに、この年は旱魃で、田薙ぎをするには丁度良かったのかも知れない。
そのせいだろうか?
平安時代の説話集である 『江談抄』 の中で、藤原惟成は"田なぎの弁"と紹介されるほど、不法占拠地の田薙ぎを行った人として有名なのである。
いろいろスキャンダラスな話題のある花山天皇ですが、いろんな意味で、今までにない人物だったのではないかと思います。
また、宜しくお願いします。




