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鳥辺野界隈 ― 平安時代アンダーグランド物語 ―   作者: クワノフ・クワノビッチ
21/27

若者は平安時代も鴨川が好き!?(2)

前回の続きです。宜しくお願いします。


 調子づいた理明は、早速、御曹司の取り巻きに声を掛けると指揮し始めた。

 まずは()()の安全確保が第一である。

 そこで若い衆を使って石拾いをさせた。

 大の男達が、聳えるような男と共にチマチマと石拾いに精を出すのだ。結構、ユーモラスな光景だが、本人達は至って真剣である。

 ちなみに、この時代には()()はなかった。

 土俵が用いられるようになったのは、天正時代(織田信長達が活躍した頃)ぐらいからではないか、と言われている。

 土俵のような境界線がなかった時代には、相手を投げたり、突き飛ばしたりして、手か膝を付かせるしか勝負の決め手がなかった為、危険度が高く、決着も早く着きにくかった。 

 そこで、とにかく節会までには、()()間があるこの時期に、こんな所で怪我などしては元も子もない。

 ……そんな思いが若者達にも伝わったのか、皆が徐々に"安全に相撲をやる(石を真面目に拾う)"モードに入っていったようだ。


 いよいよ準備ができ、立ち合うこととなる。

 理明の相手には、三人の若者が選ばれた。いずれもイイ感じに体を鍛えた強者ぞろいだ。彼らの他にも若者はいるが、どちらかというと、人数集めで参加させられている雰囲気だった。

 もちろん、この三人は御曹司の人選である。

 理明は思った。……簡単には負けるまい! そして次に()()()のだ!!


 一人目の男は、理明ほどではないが背が高かった。

 長身の相撲人にありがちなことだが、重心が高い分、バランスが悪かったりする。そして残念ながら、この男もそれ程良くはなかった。

 上手くタイミングを見計らうと、相手の足の低い部分に足を掛け、きれいに倒す。見事に()()()が決まった。

 実を言うと、外掛けは理明の得意技なのだ。

 二人目の男は、少し背が低くズングリしていた。

 このタイプの相手は要注意である。体が小さい分、足技が掛りにくい。しかも重心が低いので、粘り強い相撲が取れるからだ。

 案の定、男は懐に入って来ると、理明の左足に内側から足を掛けて来た。今度の相手は内掛けを使うようだ。

 確かに見事な足技に、一瞬、体勢が崩されそうになった。

 ……が、決して崩れない。

 理明は体格が大きいだけではなく、体も柔らかくバランスが良いのだ。上半身のバネを上手く使うと、体の向きを変えて見事に投げた。

 すると男が土の上に転がり、恨めしそうに理明を見上げる。

 これには、見物の若者達から歓声が上がった。

 そして三人目、……さすがに体力的にきつい。

 自分でもかなり息が上がっているのが判る。

 ……できることなら、もう負けてもいいから帰りたい。

 恥ずかしい話だか、そんな考えすら脳裏を横切った。

 すると、一人の小柄な若者が水の入った器を差し出す。

「おう、……(かたじけな)い」

 そう言うと、理明は水をゴクリと飲み干した。

 やっと一息ついたところで、再開である。

 たが、予期せぬ事態が起こった。

 御曹司が急に手を挙げたかと思うと、三人目の対戦相手が準備体勢に入るのを制止したからだ。

 一同は、 『 何事が起ったのか? 』 と、どよめいた。

「そちは、なかなかの兵じゃな! ……次は我と取らぬか、大剛者(超強い者)(さが)しておったのじゃ」

 随分、思い切ったことを言う貴人だ。

 これは理明にとって、一生を通しても()()()()有り得ない記念的な申し出である。思わず心が跳ね上がった。

「お申し出は勿体無(もったいな)きことなれど、我は(いや)しき身なれば、……」

 だが、本当の思いとは()()()言葉が口から出てしまう。

 ……仕方がない。ここは都なのだ。

 ……止事(やんごと)()き人の前では、分を(わきま)えねばなるまい。

 そんな考えが脳裏を過ぎった。

「よい、よい、……我とて然詐り(それほど)の者ではない。案ずるな! 」

 と、御曹司が気軽に返してきたので、むしろ驚いてしまった。


 そこで理明と御曹司は、とうとう本格的に勝負することになったのである。

 そして今、()()()睨み合いをしながら、闘いの呼吸を合わせようとしていた。

 御曹司は、確かに他の若者達に比べると色白かもしれない。だが、それでもバランス良く筋肉がついており、普段から鍛錬しているのではないかと思われた。

 細いながらもマッチョで、男の理明から見ても素敵である。

 ……とはいえ、もちろん理明は女性の方が好きなのだが。

 理明は緊張のあまり堅くなっていた。このままでは、良い勝負などできそうにもない。だんだん不安になってきた。

「おぅ、おおぅ! 」

 そこで気合を入れる為に、思わず大声を上げる。

 すると、驚いて周りの若者達がどよめいたが、

「いやぁ、おおぅ! 」

 今度は、御曹司も負けずに声を張り上げた。

 そして次の瞬間、()()()と鈍い音がすると、二人は見事に組み合ったのである。

 御曹司は、理明ほどではないが背が高い方だ。そして動きも俊敏だった。

 正直なところ、都の貴人など若くても()()()()しているイメージしかなかったので新鮮である。

 その上、この若者は積極的に足技を狙ってくるのだ。

 そこで、理明は防戦一方になり、なかなかチャンスを掴めないでいる。今は必死にバランスを取りながら、相手の力が弱まるのを待っている状態だ。

 とうとう、なかなか勝敗が決まらないまま両者とも息が切れ始めた。

 ……汗と砂にまみれ、二人共まだ組み合っている。

 だが次の瞬間、理明が思い切って足技を仕掛けた。だが、絶妙に体を回転させた御曹司に結局倒されてしまった。

 思わず、あっけに取られる。


 勝ってはいけない!

 ……もしかして、一瞬、自分の中でそんな忖度(そんたく)が働いたのだろうか?

 と、考えてみたが、そんなことは全くなかった。


 ドッと、若者達から歓声が上がる。

 見事な完敗ではあったが、実力を出し切った理明の心は爽やかだった。


 その後、勝負に負けた罰として、酒を散々飲まされることになったが、これもまた、今となっては懐かしい思い出である。


 やがて夕暮れ近くなり、空の色が黄色く色づいた。

 そして、ポツリ、ポツリ、……と、大粒の雨が勢いよく降り出す。

 夕立が降り始めたのだ。

 すると、御曹司とその取り巻き達は、あっという間に帰ってしまった。

 そして、いつの間にか理明は一人になっていたのである。

 まるで、夢を見ているような一日であった。


 ……前兵衛尉様というと、あの時の御曹司のはずだ。確かに武張(ぶば)ったことが好きそうだったが、わしには良い御仁にしか見えなかったが?


 巷では、藤原南家の子息・藤原保輔に関する()()()()()が囁かれているが、()()にとっては、あの日の爽やかな御曹司のイメージのままなのである。



今回、改めて相撲の技とかも調べました。

関節や、いろんな体の部位を使う、結構、過激な格闘技なのですね。



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