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鳥辺野界隈 ― 平安時代アンダーグランド物語 ―   作者: クワノフ・クワノビッチ
15/27

雷ジングサン ― 新しいステップへ ―

ここのところ、昼過ぎには雨が降り、よく雷が鳴っています。

いかにも夏ですね。今回は夏らしい話ですが、季節は何故か、まだ冬という設定です。

 延長八年(西暦九三〇年)旧暦の六月二六日(今なら七月末の頃)のことである。

 宮中の清涼殿(天皇の御座所)に雷が落ちた。

 この年の夏は旱魃(かんばつ)に苦しんでいた為、宮中では、醍醐天皇の下、太政官達が "雨乞い" について話し合っていた。

 だが、そんな日に限って、昼過ぎ頃から、突然、激しい雨が降り出したのである。

 最初のうちは、『雨乞いの話をすれば早速降るとは……』 そんな雰囲気だったのかもしれないが、雨はだんだん豪雨に変わり、終には雷まで鳴り始め、会議どころの話ではなくなった。

 当時、雷鳴があると、"雷鳴の陣"という陣形(フォーメーション)を清涼殿で敷き、近衛の諸将が弓の弦を鳴らして天皇を守ったそうである。

 雷鳴の陣の様子は、清少納言の 『枕草子』 中でも、恐ろしいものとして取り上げられているから、御存じの方も多いかもしれない。

 何でも、鳴弦には魔を払う()()()()()があると信じられていたようだ。

 だが、当然のことながら、雷様はそんな段取りを悠長に待ってはくれない。"雷鳴の陣"どころか、実際は、あっという間に雷雲が近づいてきたのだろう。とうとう清涼殿の南西の第一の柱に雷が直撃した。

 そしてこの時、沢山の公卿や官人がそれに巻き込まれ、大惨事になったようである。

 例えば(役職は一部略しているが……)

  大納言 藤原清貫(きよつら) は服に火が付き、胸を焼かれて死亡。

  右中弁 平 稀世(まれよ) は顔を焼かれて、重症。

 また雷は、紫宸殿(ししんでん)(天皇が公式行事や政治を行う場所)にまで渡り、そこを警備していた兵衛府の者達の命を奪った。

  紀 蔭連 は服を焼かれて悶え苦しみ。

  安曇宗仁 は膝を焼かれて、重傷。

  ()兵衛(ひょうえの)(すけ) 美努忠包(ただかね) は髪を焼かれて死亡した。

 当然のことながら、救急医療がない時代である。部分的にでも大火傷を負った人達は、死に至ったのではなかろうか。

 また、この大惨事は相当に衝撃的なものだったのだろう。当時、理不尽にも中央政界から追いやられた菅原道真のイメージにも結び付いて、

『 落雷は菅原道真公の怨霊の仕業ではないか…… 』

 と、道真が北野社に(まつ)られる()()()()になったと謂われる有名な事件だ。


 これは、『日本紀略』 という書物の中で、醍醐天皇時代の出来事として書かれている話だが、ここに、右衛門佐 ()()()()という名前がある。

 そして忠明は、今まさに、その孫にあたる美努定信(さだのぶ)の屋敷に招かれ、馳走(ちそう)になっているのだった。

 同じ美努姓であっても、定信は忠明と違い、さほど背も高くないし細身である。

 見た目も()()()感じで、言われないと、数年前まで検非違使庁に勤めていた人には見えない。

 むしろ、とても品良く見えるので、田舎者の忠明の目には根っからの "都の貴族" のように映った。

 それに、はっきり言って、和泉の国に住んでいる美努家の者達と比べて、都に住まう美努の人々では格が違うのだ。

 和泉は出所かもしれないが、都の美努は平安京への遷都と共に、わざわざ朝廷を支える為に上洛した官人の一族であり、それなりの位も持ち合わせていた。

 そして定信も、検非違使としては(さかん)(第四番目の位の役職) まで勤め上げた人だったのだ。

 そこで、呼び出しが掛かった時には、正直、緊張した。

 いくら交流が途絶えているとしても、()()である。

 清水寺での事件のことで、何か影響を与えていたら、結構な迷惑を被っているかもしれない。

 ……ここは、黙って()()()()()()かもしれぬ。

 そう腹を括って、参上したのだ。


「して、そなたは()()()と呼ばれているそうじゃなぁ」

 そう言いながら酒杯を飲み干すと、定信が話の口火を切った。

「あっ、はぁ……」

 それ程飲んでもいないのに、忠明は緊張と恥ずかしさで顔が赤くなっている。

「わしは、……いや、(わたくし)は幼き頃に兵衛佐様(忠包)の(かたり)を聞き及びまして、尊いことだと思うておりました。(ゆえ)に、……童子の間で、自慢話(ふきがたり)をしていたところ、そのように呼ばれるようになったのです」

「フハハ、……面白き話じゃな」

 図体はデカいのに、子供のように無邪気な顔で含羞(はにか)みながら話す忠明を見て、定信は思わず笑った。

「それで、天火様とは! ……祖父(おおじ)様も打ち()()()()かもしれんのう」

 天火とは、本来、落雷で起こる火災や、雷火などを表す言葉なのだ。よく考えてみると、変な(あだな)を付けられたものである。


「……何でも、そなたは雷様をも畏れぬ強者と聞き及んだが」

「いえ、そのようなことはありませぬ。ただ田舎の生まれにて、雷様に慣れておるだけでして、……よう、大野などで "隠遊び(かくれんぼ)" をしておりました」

「それは、また勇ましいことじゃな」

「我はこの様に聳えておりますので、よう見つけられるのです。そこで、土の(くぼ)に隠れておりましたが、……ハハハ、昔、(ねぶ)ってしもうたことがありまして」


 随分と間抜けな話かもしれないが、都童と違って、この青年が育った世界は野趣に溢れ、長閑(のどか)な所である。

 育ちのせいもあるだろうが、忠明はあまり身分の上下にこだわりなく、比較的に年が近い周辺の子供達と遊ぶのが常だった。

 もちろん都に比べて、田舎では野遊びが中心になる。

 忠明達は、川沿いの開けた草原にいつも出掛けていっては、魚を獲ったり、相撲をしたり、今で言う "かくれんぼ" 等をしてよく遊んだ。

 体格も良く元気な忠明は、遊びの輪の中でも中心的存在であったが、唯一、上手くいかないことがあった。それは、()()()()()で直ぐに見つかることだった。

 いつもなら勢いのある()()が、この時ばかりはシュンとする。

 そこで皆は面白がって、わざと()()()()()草原で、かくれんぼを何度もしていた。

 それでも、忠明なりに作戦を練り、土を掘って窪に隠れたりと、色々試みていたが、ある日、あろうことか、窪の中でそのまま眠ってしまったのだ。


 どのぐらい眠っていただろうか?

 大きな雨粒が頬を打って気が付いた。

 ピチリ、ビチリ、……と、次第に雨音が激しくなる。

 遠くで雷の音が聞こえ、どうやら近づいてくるようだ。

 他の仲間は、どうやら逃げ出したようで、忠明はいつの間にか独りぼっちになっていた。

 夏になると、ここはよく雨雲の通り道になる。

 そこで普段から、 『遊ぶなら雷様に気を付けろ! 』 と言われていたのに、本当に油断してしまった。

 それでも、今さら動き廻る方が良くないだろう。……そういうことは、本能的に理解している。そこで、動かずに様子を見るが、

 ……だんだんと近づいてくる轟音。

 忠明少年は、丈の低い(くさむら)の根元に腹這いになると、息を殺して雷様に見つからないように()()()()()ことにした。

 ふと、雷鳴の聞こえてくる方に目をやると、かなり離れた場所ではあるが、木登りするのに手頃な大きさの木が()()()と立っている。

 耳をすませば、そこからピーチク、パーチクと大混乱している鳥の鳴き声が聞こえてきた。

 いわゆる、雀の御宿のような木だろうか?

 この辺りは、草が生い茂っているだけで、他に目立つような木がない。そこで、他に場所がないから、鳥達はその木に逃げ込んだようだ。


 一瞬、空が真っ白になるほど輝いた。すると、強烈な轟音が響き渡る。


 もしかして、雷は自分の上に落ちたのではないか?

 ……そう思うぐらい、大きな音が鳴り響き、耳がおかしくなりそうになった。

 すると、眼前の木から、何やら黒い物がポロポロと沢山零れ落ちる。

 よく見ると、それは、雷でショック死した雀達の死骸だったのである。

 ……どうやら、雷は木の上に落ちたようだ。


「我ら童部共は、早速、それを拾うて帰ると、食しました。……このような、"鳥の焼き物" を目にすると、昔が偲ばれます」

「ほほう、それは楽しきことよのう」

 今日、酒肴として出されている料理にも、()()()()()が出されていた。春も間近に迫ったとはいえ、まだ寒い。季節の良い頃とは違い、料理のバリエーションは乏しいかもしれないが、それでも、主の気遣いが充分に伝わる膳だった。

 特に、大根を丁寧に(ひしお) (醤油の元になった発酵調味料) で煮付けた "香疾(かばやき)大根(だいこん)" などは絶品で、飴色に輝く大根が美しくて旨い。……さすがに都の料理だと感心した。


「それで、……そなたは天神様に行逢(あう)ことはかなったのか? 」

 定信が膝を乗り出し、大真面目に聞いてくる。

「えっ、まぁ、……」

 実を言うと、忠明は信心深いところもあるが、当時の人間としては結構、現実(リア)主義者(リスト)だった。

 それで、……雷ごときで、そんなに()()()()が田舎に来る気がしない。

 そう思って、言葉を濁した。

「ハハハ、……いやぁ、もう肝を冷やして、忘れました」

 そう言うと、恥ずかしそうに笑う。

「じゃが、それから、()()()()雷様が何処に渡られるかが判るようになりまして、……あまり恐ろしゅうなくなりました」

「それは真に(かしこ)きことよのう」

 そう()()()と定信は言うと、杯を飲み干した。

「そなたは、やはり武官に成るべくして成ったのじゃな、……我らより、よほど(つわもの)の生まれじゃ」

 などと、改めて言われても、忠明は恐縮するばかりである。

 京の美努家は、今でこそ国司の下で働く官人もいるが、元々は兵衛() (兵衛府の第二番目の位の役職) まで輩出しているのだ。武官の名門であることは間違いないだろう。

「……月日が過ぎて、我らは兵の業では立ち行かなくなり、別の官人となった。それにまた、検非違使の官人では()()()わりに成り行かんのじゃ」

「……」

 忠明も、使庁で働いてみて、定信の気持ちがよく解るようになっていた。そこで、何と言って良いのか判らず、無言で定信の杯に酒を注いでやる。

「おぅ、すまんな。……さりとて、兵の家を諦めとうもない。……そこで! 」

 定信が、まじまじと忠明の顔を見た。

「そなたに、我の()子息()になってはもらえんだろうか? 」

「……はっ? 」

 てっきり、清水寺での騒ぎを咎められると覚悟していただけに驚きである。

「つい先年、()に先立たれてな、我には跡を継ぐ者が居らんのじゃ、……あぁ、いや、我も美努の()()じゃ、(かしこ)まらんでよいぞ」

 ちなみに、三郎とは三男の意味だ。

「いや、しかし、……志様、我のような者には(おそれ)(おお)いことです」

「やれやれ、もう我は志ではないぞ、使庁はとっくに辞したからのう」

 それでも、立派な使庁のOBなのだ。思わず遠慮せずにはいられなかった。

「それに、すまんが、……我家には昔ほどの勢いはないのじゃ、それでも構わんなら承けて貰えんか」


 これからも使庁の中で昇進を目指す忠明にとっては、これは願ったり叶ったりの良い話である。

 残念ながら、今のまま和泉の豪族上がりの元衛士では、これから先の出世は望めそうにはないからだ。

 ……二つ返事で承諾したい。だが、この話には一つ問題点があった。

 定信には、忠明より二つ年上にあたる一人娘がいるのだ。

 父が使庁を辞めてからというもの、通ってくる男もおらず、引き籠っているらしい。

 そこで、純粋に()()として付き合うか、それとも()()婿()のように接するかで、人生が大幅に変わってしまうからだ。

 忠明としては、あくまでも良き義弟でありたいと思っているのだが、……

 何れにしろ、忠明の人生はこれから大きく変わろうとしている様である。


 定信邸から帰る道すがら、忠明は久しぶりに空を見上げた。

 春というには風はまだ冷たいが、どこからともなく梅の花の香りが漂ってくる。

「どうやら、天神様に礼を申さねばなるまいな、……」

 忠明は、微笑みながら家路を急いだ。







今回は、雷の話が中心になりましたが、

書いてはみたものの、雷は本当に危険な物なので気を付けてくださいね。都会で、建物が沢山あるところは大丈夫かもしれませんが、何もない野原や田園などで遭遇した場合には、しっかりした建物の中に入るか、何もないなら、自分が一番高くならないように、体を小さくして気を付けて下さい。

今回も、最後まで読んでいただき有難うございました。

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