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鳥辺野界隈 ― 平安時代アンダーグランド物語 ―   作者: クワノフ・クワノビッチ
12/27

平安京ランドマーク・清水寺からのダイブ!

今回で、いよいよ検非違使忠明のノルマ達成です。

現代的には問題のある話ですが、今昔物語の中では有名な話なので思い切って書きました。

よろしくお願いします。

 

 皆和を新居に迎え入れるために、いよいよに出向いた日のことである。

 捨身尼の遺品を整理し小屋を引き払おうと、忠明は、従者の若竹丸や、父の代からの古参の従者である〝(いわ)(はる)″を引き連れ、馬で迎えに行った。

 だが、あろうことか、小屋の中は荒らされており、皆和の姿も見当たらない。

 おそらく、何者かに攫われたのだろう。

 米や食い物まで無くなっていて、捨身尼の着ていた売ることすらできないようなボロの墨染の衣だけが打ち捨てられている。


「ひどい有様ですな、……」

 もう、五十歳はとうに過ぎているであろう。……磐治がポツリと言った。

「痴れ者がぁ……! 」

 忠明が声を荒げて叫んだ。

 老婆の打ち捨てられた衣を拾いながら、若竹丸が困惑している。

「若竹、馬を使うぞ、……一つ、心当たりがある」

「えっ? 何処に行かれるのですか」

 その言葉を最後まで聞くことなく、忠明は小屋を飛び出していた。

清水(きよみず)じゃ」

 そう、吐き捨てるように言うと、連れて来た馬で駆け出す。

 後に残された若竹丸は、その勢いに気圧され、放心状態になっている。


「従者も連れずに、お独りで参られるとは……」

 やっとの思いで気持ちを立て直すと、若竹丸は散らかった物に蹴躓(けつまず)きながら、忠明の後を追おうとした。

 すると、老いてはいるが、忠明に負けず劣らず()()()()体格の良い磐治が、押し止めたのである。

「暫し、思い(しず)めよ! 」

「さりとて、(いわ)(おう)様、……急がねば看督様が」

 若竹丸の顔が引き()っている。

「よいか? ……なるほど、そなたは強者(したたかもの)かもしれんが、ここはわしに預けよ、わしが馬で追う。そなたは後で来い」

『 亀の甲よりも年の功 』とでも言うように、焦る若竹丸を磐翁が(いまし)めた。

 確かに若竹丸は年のわりには世慣れているが、看督(かどの)(おさ)の従者ともなると、仕事柄いろいろな厄介事に巻き込まれやすい。だが、磐翁なら人生経験が豊富な分、少々のことでは動じないのだ。

 そこで磐翁が先んじた訳である。


 忠明は、清水寺に向って、ただ一心に馬を走らせていた。

 もちろん、従者や()()()()()に頼りになる(ともがら)(仲間)も連れずに、単身で敵地に臨もうとしている。

 しかも、運が悪いことに? 今日は観音様の月縁日なのだ。

 人が多いので、大騒ぎにならなければよいのだが。

 ……ふと、そんな考えが頭を過ぎった。


 この時代においても、やはり清水寺は大観光地であったと思われる。

 いや、むしろ、あまり娯楽がなかったであろう平安時代だからこそ、今以上に清水寺界隈は行楽地だったのかもしれない。

 東山を背にして建つその姿は、今も昔も京の()()()()()()であり、誰もがその御堂に上り、京の都を見下ろしてみたい。……そう思う場所である。

 そこで、都に出て来た者達が、待ち合わせ場所にしていたようだ。

 他にも、寺内の木々は青々として、春には花、秋には紅葉が楽しめる。

 また観音信仰の霊場としても古く、遠くから熱心な信者達が訪ねて来た。

 特に、月に一度の観音様の縁日ともなると、より一層の御利益を求めて、沢山の参詣人が集まる。

 そんな訳で、参道の辺りは賑やかな場所だったようだ。

 そこで、……この〝平安時代のテーマパーク″のような清水寺では、人々は美しい景色に感動したり、高く聳える御堂に上り、観音様の存在を身近に感じて手を合わせていた。

 また、忠明のような独り身の者にとっては、若い女性達の晴着姿(当時流行のファッションとか)を目に収められる場所でもあり、ある意味、ナンパ場所(いやいや、若い男女が出会える社交の場所)でもあったのである。


 清水寺の縁日ならば、何か情報があるかもしれない。


 その一心で、忠明は清水の参道に辿り着いた。

 思えば、忠明と皆和が出会ったのも清水寺である。

 ()()()達に脅されているところを助けたのが始まりであった。

 彼らは、清水界隈で見つけた拾い児達を育て、いろいろと感心できないことに使役している連中だ。皆和のことも、諦めずに連れ戻したのかもしれない。


 そして、無事に寺の馬駐に到着すると、顔見知りの馬丁に馬を預け、御堂に向かって走り出した。

 沢山の人々が行き交う狭い道を、ひたすら縫うように上る。

 すると、中には肩に触れたり、ぶつかったりする者までいて、罵声を浴びせかけられた。

 だが、誰もが、この大きな男の真剣な眼差しを見ると、それ以上、絡もうとはしなかったのだ。

 やがて御堂の下まで辿り着くと、高く上っていく階段がある。

 一人の年配の女性が、従者の手を借りながらも、階段の端にある高欄に必死に掴まりながら上るのが見えた。

 また、参籠用の荷物だろうか、若い僧侶達が大きな荷物を何個も下ろそうとしている。

 見た目よりは()()なのか、スイスイと階段を下りて行く。

 たが、その横を汗だくになりながら尋常でない速さで駆けていく忠明を見ると、彼らは恐ろしい者でも見たかのような顔になったのである。


 やっと御堂に着いた時には、もう(ひつじ)の刻(午後二時から三時頃)になっていた。

 秋だというのに、この時間になっても御堂は老若男女でいっぱいである。

 忠明は乱れた呼吸を整えながら、()()()()多くの人々の様子を(うかが)がった。

 ……皆和を働かせていた連中も、どこかに紛れ込んでいるかもしれない。


 やがて、忠明の視線は橋殿の一角に集まっている一塊の集団に向けられた。

 一見、いつも見かける(どう)童子(どうじ)(堂内で雑用を請負う者達・特に子供等)らが集まっているように見えるが、今日は()()()()違う物に見えてくる。

 ……皆和に話を聞いたせいだろうか。

 童達は、食物を入れる盆や、手洗い用の(たらい)などを用意しており、なるほど、参籠者に依頼されれば、すぐに雑用ができる体制になっているようだ。

 だが、よく観察すると、童子達だけではないことに気付いた。

 おそらくは、彼らの采配をしているように見受けられる二人の大人がいる。

 一人は、皆和を脅していた男だ。

 ……間違いない。少し頭が禿げ上がった大きな男である。

 ……忠明は、人の顔を覚えるのは得意なのだ。

 だが、もう一人の方は初めて見た。

 ちょっと小柄で()()()としているが、白い水干姿に()()()()()烏帽子をお洒落に被った青年がいる。

 随分と、()()()()が現れたものだ。……どちらかというと、美少年という類かもしれない。

 色白で、切れ長の美しい目をしている。一瞬、若い女性ではないかと疑ったぐらいだ。

 思わず気になり、ジロジロ見ていると、目が合ってしまった。

 すると、当人が面白い者でも見つけたかのように、つかつかと歩み寄って来る。

「おや? 此方(あなた)様は高名な看督様ではありませんか」

 若い男がいきなり話しかけてきた。

「久方ぶりですな、……天火様」

 一緒に居た、例の男まで口を挟んでくる。

「いや、今は看督様とお呼びした方がよろしいか? 随分と、出世なさりましたな……」

 そう言うと、頭を掻きながら笑った。

「そちら、……皆和をどこにやった? 」

 だが、忠明は()()臨戦態勢である。

 その言葉に、男達は顔を見合わせニヤリと笑った。

()()でしたら、(うち)に戻ってまいりました。ご案じなさいますな……」

 そう言いながら、若い男が水干の袖で口を隠しながら笑う。

 何やら、その様子が妙に()()()()()()、イライラした。

「家じゃと? そちらのどこが家族(いえびと)というのじゃ、……どうせ、この堂童子らも、そちらが拾うた者を使っておるのじゃろう」

「……そうだとしても、これほど多数の方々が、観音様の功徳を求めて参られるのです。私共がお助けするのは(もっと)もではありませんか」

 本当に、()()()()()()()言葉で言い返してくる。

「ハハハ、……看督様、こ奴は(さと)い故、口では負けませんぞ」

「……」

 確かに、うまい具合に言いくるめられそうだ。

「フフフ、……我らは皆、同胞(はらから)(兄弟姉妹)も同然に育ちましたので、水泡のことは(いた)わりますぞ。……まぁ、貴方様には、随分と(いつく)しんで頂いたようですが」

 また、クスクスと笑う。

 何だか、忠明の方が質の悪い変な男(ストーカー)のようになっている。

「もう、よろしゅうございましょう。……今日のところは、お引き取り下さいませ」

「何を申すか、まだ終ってはおらん。そちらは、また皆和に無体なことを強いるのであろう」

「ふん、何を申されるかと思えば、……こちらも黙ってはおれんな」

 今までとは違う、乱暴な口調で言い返してきた。

「そんなに心配(こころがかり)なら、(てて)様にでも頼まれるのじゃな」

「父様とは、そちの(あるじ)か? 誰のことじゃ」

「井端清澄よ! 先日は、同胞共が世話になったようじゃな。……父様が 『一度、(つら)が見たい』 と申されておったわ」

「何じゃと? 」

「まぁ、……生きて()られればな」

 若い男が、帯の後ろに隠し持っていた短刀を引き抜き身構えた。

 気が付けば、いつの間にか数人の男達に取り囲まれている。

「やい、……そなたは看督とはいえ、田舎人(でんじゃびと)であろう。京の童部(わらわべ)の凄さを見せてやろうぞ! 」

「おう! 」

 忠明を取り囲んだ若者の一人が叫ぶと、それに迎合するかのように、他の若者たちも雄叫びを上げた。


 何故、そんな()()()()()ことで団結できるのだ!

 ふざけるなよ、……京童部どもめ!


 ちなみに、この場合の童部というのは、()()()()()()()若造達といったところであろうか。


 とりあえず、力ずくで包囲を突破しようと考えたが、童部達は次々と短刀を抜き始めた。

 一発触発の大ピンチである。

 ……それにしても、結構な人数になったものだ。よく考えて立ち廻らないと、()()()ヤバイかもしれない。

「誰が田舎人じゃと? ……わしも幼き頃、清水様を詣でたわ! ……観音様の御加護ならば、負けはせんぞ」

 勢いよく、言い返してはみたが、突然の橋殿での騒ぎに見物人まで集まりだした。


「そちら、観音様の御前で刀を抜くとは何事ぞ! せめて、力ずくで掛かってこい」

「何を! ……痴れ者が」


 とにかく、怪我人を出したり、()を流して、この場を穢すようなことはあってはならない。……そう思って、発した言葉だったが、京童部達には通じなかったようだ。

 早速、一人の男が短刀を握りしめ、左側から斬りかかってきた。

「分らんのか? ……この場を穢してはならん」

 咄嗟に男の腕を掴むと、捻じり上げる。すると、男の体は簡単に倒れた。

 ドスンと鈍い音がする。

 すると、一瞬、囲みの輪が広がった。思ったほど、闘い慣れた連中ではないのかもしれない。


「おう、おおぅ、……」

 そう、大声で叫ぶと、忠明は両手を大きく広げて威嚇した。

「そちらと違って、わしは(つわもの)ぞ! 死身(しぬき)の者だけ来い」

 さすがに、男達の顔が強張(こわば)っている。

「何を恐れておる。我らは多勢じゃ、……このような奴、打倒(うちたお)してしまえ! 」

 先程の美青年が(げき)を飛ばす。

「何じゃと? 」

 その言葉に、とうとう忠明の()()()()()のスイッチが入った。


 まず、一番側にいる弱そうな若者に足を掛けると、素早く倒す。すると、その横の男まで一緒に()()()

 急なことに、逃げようとする輩が出始める。

 そこで、まとまりのなくなった包囲網の中から、例の美青年を捕まえると、早速、胸ぐらを掴んで引き寄せた。

「そちが、こ奴らの首謀者(かしら)か? 」

「ひやぁ……」

「何が 『ひやぁ 』 じゃ、……そちは女人か? 」

「……」

 何故か、返事がない。

「おう、おう、……皆で、〝花月(はなづき)"を助けるぞ! 」

 誰かが叫んだ。

「……そうじゃ、何とかせねばならんぞ」

 今度は、先程とは違う意味で、男達の()()()を感じた。


 何だ、……この変わり様は?


「フフフ、……判りやすきものでしょう。男子(おのこ)など」

 そう言って、花月が笑った。

「はぁ? そちは何者じゃ。……いや、そんなことより、皆和に会わせよ」

 すると、馬鹿にしたように再び笑った。

「それほど会いたければ、()()でもして、()()()()お頼みなされませ! 」

 今度は、周りの男達までつられて笑いだす。

「いずれにしろ、もう、後はありますまい。……ここは、我らの住処(すみか)じゃ、観念なされ」

 とうとう追い詰められ逃げ場がなくなった。気付けば、橋殿の東の端まで、別の連中が立ち塞いでいる。

 御堂の方に目を向けると、そちらも縁日だけあって、沢山の見物人が集まっており、逃げ込める状態ではなくなっていた。


 このまま、()()()()気はない。

 さりとて、この場で暴れれば、無関係な人間まで巻き込み、怪我人が出るかもしれない。それは、忠明の矜持に反することである。


「なるほど、……そうじゃな。……観音様にお頼みしてみるか」

「はぁ……? 」


 忠明は、花月から手を放すと、勢いよく御堂の方に駆け寄った。

 ワアッ……! と、蜘蛛の子を散らすように、人々が道を開ける。

南無観世音菩薩(なむかんぜおんぼさつ)、助け給え! 」

 そう唱えると、堂の外に嵌め込まれている(しとみ)()の下の部分を外し、それを持ち上げ、向かってくる輩に(かか)げて見せた。いかにも投げそうな勢いである。

 男達は一斉に逃げた。

「ハハハ、……面白きことじゃ」

 そして、(しとみ)()を脇に挟むと、今度は橋殿の方に進んだ。


「良きものを見せてやろう。……皆和は、わしの()じゃ、よう覚えておけ! 」

 そう吐き捨てると、板と共に、前の谷に飛び降りた。

 参詣人の間から、悲鳴が上がる。


 忠明は、蔀戸にうまく乗ると、風に舞う散華の花弁のように谷に落ちて行く。

 幸いなことに、板が風を受ける分、ゆっくりと降りる。

 そして谷に広がる木々にうまく引っかかると、着地に成功したのだった。

 気が付くと、木々の間からも、スルリと上手く落ち、()()()で木の葉の降り積もった地面に転がっている。


 見廻すと、ほんのりと色づいた美しい紅葉林の中にいたので、

 ……ここは、極楽なのか?

 と、一瞬、勘違いしそうになった。


 ハッとして、谷底から見上げると、はるか上方で、橋殿からこちらを覗き込む人々の顔が見える。

 そこで、やっと現実に戻り、体が震えてくるのを感じた。

 実は、それから後のことは、あまり覚えていない。

 足下も覚束ないまま、ただただ坂を下ると、馬駐に来ていた磐翁に保護され、……馬に何とか乗せられて、いつの間にか家に戻っていた。……そんな感じである。

 今となっては、自分でも()()()()()()事をやらかしてしまった。……と、反省しているのだが。


 そして、それから三日程の間、忠明は何故か熱を出し、寝込んでしまったのである。





 

平安時代の清水寺の構造は、なかなか資料がなくて、……清少納言の『枕草子』を参考に書かせてもらいましたが、問題点があれば……悪しからずです。

清少納言ネキ! ありがとう!!

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