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鳥辺野界隈 ― 平安時代アンダーグランド物語 ―   作者: クワノフ・クワノビッチ
10/27

月見れば 忌み日物こそ 悲しけれ(2)

何とか、間に合った。

宜しくお願いします。

 月が西の空に傾き、月光が丁度、門の背後に差し掛かった。

 そろそろ、最後の仕上げである。


 例えば、月を背に門前に立つと、うまい具合に姿が見えにくくなるが、逆に、門に向かって逃げてくる連中は、月光に照らされてよく見えるのだ。

 そして、暗闇の中では、大きく動くことは不利になる。そこで、むしろ襲ってきた相手を確実に仕留めたほうが良いだろう。……そう思い、忠明は準備に取り掛かった。


 もちろん、殺さずに捕らえるつもりだ。

 だが、こちらも命を失うようなことがあってはならない。


 忠明は、門前に、月光をうまく利用して隠れると、逃げ出す者達を捕らえる為に身構えた。

 太刀をまるでバットのように両手で()()()()と握りしめると、()()()()と賊が飛び込んでくるのを待っている。

 よし、……いつでも来い!


 こんな風に、妙な()()()()になったのは、当時の衛府で使われていた太刀が、刀身と柄が一続きの鉄でつくられていた為に、手から落ち易かったせいなのだ。

 そこで、いざという時には、太刀の柄の一番下に結んだ()()()()を手に巻きつけ、強く両手で握りしめなければならなかったらしい。


 すると早速、お誂え向きに、誰かが門の方に走ってきた。

 影だけ見ると、さして大きい男ではなさそうだ。

「おぅ、おぉぅ……」

 掛け声を出してみた。

 仲間なら、怪我をさせるわけにはいかないからだ。

 だが、反応がなかった。むしろ気配を感じて斬りかかってくる。

 暗闇の中では、完全に見えているわけではないが、感覚を研ぎ澄まし、間合いを計算した。

 ドスーンと、相手の肩に向かって太刀を振り下ろす。

 ドサリ、……と倒れるのがわかった。

 動きは止まったが、決して死んだわけではないだろう。致命傷にならないようにしたつもりだ。……忠明的には、そこのところは譲れない。


 そう簡単に死なれてたまるものか、まだ、極楽行きを諦めたわけではないのだ。


 一頻(ひとしき)り片付いた後のことである。気が付くと、いつの間にか、建物に火が放たれ燃えていた。

 おそらく、建物の中には、立ち入られては困る物があるのだろう。

 気持ち良いぐらいに燃え上がり、辺りを明るく照らしている。

 やがて、賊が次々と門前にやって来たが、もうさして抗わずに打ち捕られた。

 命からがら逃げてきたようである。


 とはいえ、最後に門前に駆け込んできた者には()()()()()

 俊敏な動きで、なかなか間合いに入れない。

 右に左に太刀を振り下ろしたが、見事に空を切る。

 こんな場合、背の高い忠明は、リーチも長いので不利だった。

 とにかく、敵ながら驚くほど良い動きをする。

 だが、このままでは埒があかない。今度は大きな歩幅を利用して思いっきり踏みだし、左胸を突いた。

 残念ながら、もう少し……というところで(かわ)される。

 それでも、それなりに恐怖を与えたのだろう。敵の動きがピタリと止まった。

「ほぅ、ほぉ~ほほぉ……」

 随分とリアルな(ふくろう)の鳴き声がする。

「おぅ、おぉぅ……」

 いささか音痴ではあるが、梟もどきの声で応えた。

「観童丸か……? 」

「いかにも」

 危うく、味方同士で斬り結ぶところだった。


「よう、燃えておるな、……賊共の仕業であろうか」

 太刀を収めて、忠明が観童丸に話しかける。

 夜明け近くになったが、建物はまだ赤々と燃えていた。

「いや、……あれは、わしが燃やしたのでございまするぞ」

 観童丸が、妙に誇らしげに言う。

「はぁ? 何故にそのようなことをする……」

「縁の下に、まだ何人か隠れておりました故、引き出してやろうと思い……」

「……」

 思わず絶句した。

 忠明にとっては、理性では理解できるが、心情としては承諾しかねることだ。

 確かに、生まれにさえ恵まれていたなら、立派な武官、いや、武人に成り得たかもしれない。

 だが、……やはり、恐ろしい男(サイコパス)である。


 やがて、東の空が白みだし、火も消え始めた。

 満ち足りたような、……()()()ような顔をしている観童丸を横目で見ながら、忠明は何とも切ない気持になっている。

 (つわもの)の道は、()()()()()()にしか極められんのかもしれんな。

 そんな気持ちがこみ上げてくるのだった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 捕らえられた賊の中に、高価な糸を持ち出そうと懐に忍ばせている者が見つかった。

 それは、およそ市井には出廻らないような高級なもので、おそらく大内裏から持ち出された物だと推測されたのである。

 そこで、今回の賊の一斉捕縛をもって、この件は落着したことになった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 美しい十五夜の月が南の空に輝いている。

 忠明の住処にある狭い庭でも、白い月はよく見えた。

 だが、残念ながら、一人ぼっちの月見である。

 今は、穢れを払うための〝物忌み″の真っ最中なので、しょうがないのだ。


 穢れとは、人や家畜などの死や、出産、それらに際して起こる出血などの生理的な事態を、(たた)りや()()()()を引き起こす物と考えていたことに起因する。そういう事が起こらないようにと、心身を清めて家に籠らなければならない。

 今回の場合の穢れとは、賊の根城で斬り結んだことであり、当時の人々にとって、血が流れるような〝不浄な場所″に出入りすることは、最も避けなければならないことだった。

 しかし、当然のことながら、最前線で働く看督長や放免は穢れている。

 そこで寂しく、家で謹慎中、……つまり、一人ぼっちの月見を楽しんでいる訳なのだ。


 忠明は肘枕(ひじまくら)をしながら、縁で月を見ている。

 一日中、外にも出られず、誰が訪ねて来ても入れることはできない。

 そこで、やることもなくゴロゴロしていた。当然、昼に寝過ぎて、眠くもならない。


 別当様や尉の方々は、直に穢れていないので、今頃、宴を楽しまれているであろう。

 まぁ、忠実(まじ)()な茂兼様も、わしのように物忌なされていようが。

 ……そう思って、気持ちを慰めた。

 むしろ、検非違使の上役達は、今回の手柄を土産話として、宴を盛り上げているぐらいではなかろうか。

 一方で、福安達には()()()()()()()……なるものに誘われたが、断ってしまった。

 ……まぁ、放免たちにとっては、不浄も何もないのかもしれないが。

 いずれにしろ、どんなに美しい月を見ても、()()()()()では味気ないのだ。


 そうしていると、忠明の脳裏に、何故だか婆様や皆和の顔が浮かんできた。

 秋が深まり、寒い季節になれば、あのまま放ってはおけまい。

 そろそろ、……一緒に暮らそうか。

 そんな思いが、沸き起こるのだった。





皆さんもお体自愛ください。

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