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鳥辺野界隈 ― 平安時代アンダーグランド物語 ―   作者: クワノフ・クワノビッチ
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天火様

子供の頃、今昔物語(現代語訳)を読んで、一般ピープルの暗い時代にも負けず生きる逞しさや、今の時代と変わらない人情を感じ、ハマリました。

面白い話が書ければ幸いです。

よろしくお願いします。


 

 雨になるかもしれない。

 足場が悪くなってから面倒なことに巻き込まれたくはないが、それも今日は避けられないだろう。


  三日後には盂蘭盆(うらぼん)が始まる。都の全ての機能が止まる前に、せめて賊の足取りだけでも摑みたい。

  その一心から、一人の青年が馬上、清水寺ヘの坂道を上っていた。

 彼の名は、()()(ただ)(あき)である。

 身分は低いが検非違使庁で働く官人なのだ。


 検非違使とは、平安時代に、主として京中の非違(ひい)(法的にはずれている行為)を検察するために設けられた官職である。

  もともとは、衛門府(えもんふ)(宮中の諸門を守備警護していた役所)の武官が弓箭を帯び宮城内の巡察を行っていたものが、やがて市井の検察へと拡がり、社会情勢の変化とともに新たに編成されなおし常設となった職である。

 つまり、今で言うところの警察等に匹敵する仕事だが、当時は、犯人の追捕のみならず、裁判や科刑の判断、民事訴訟の受理、(いち)の管理や、道路・河川の修復などと、細かな民政にまで関与していた。

 そして理明も、つい先頃まで犯罪者捕縛に携わる下人らの束ねのようなことをやっていたのだが、ある事件をきっかけに名が知れ渡り、今では捜査の仕事が中心になってしまった。

  いや、むしろ武官として優秀がゆえに、事務方の仕事で出世する機会があっても、それを逃しているのだ。

 そして今日も、捜査を兼ねた参詣にわざわざ出向いている。



 季節は夏。ここは京の都。

 この物語の時代は、平安時代の九八〇年代と随分昔だが、今の京都と同様に都の夏は蒸し暑かった。いや、むしろこの頃のほうが、気温が高かったらしい。


  そんな、今にも雨が降りそうな蒸し暑い中でも、人々は清水詣でにやって来た。

 とにかく、高貴卑賤にかかわらず、多くの人々が繁栄を願い清水詣でに寄り集う。

 また、この清水寺の参道を少し離れると(とり)()()と呼ばれる地である。

  そこは人々が極楽を信じて終末を迎え、野辺に送られる処でもあった。つまり常人達には憚られる場所で、得体の知れない連中の体の好い隠れ場所にもなっている。そこで、捜査も兼ねて定期的に見廻っているのだ。

 だが、理明の清水詣でにはもう一つの目的があった。

 参詣に来る若くて高貴な娘たちの姿を垣間見ることだ。



 幼い頃、亡くなった母に連れられて清水寺で参籠(さんろう)したことがあった。その当時、寺では昼夜籠って祈りを奉げる人々のために、簡単な個別のスペースが用意されていた。といっても、御仏らが奉られている内陣の外側にある外陣部分に、屏風や間仕切りを使って小さな空間を作り、畳で仮眠できる程度に(しつら)えた簡単なものだったが、その中でも、一角に目隠し用の簾をひっかけ、四方から見えぬように囲った少し良さげな(つぼね)(部屋)のような場所があった。

 おそらく、身分の高い人々がいるのだろう。そんな風に見て取れた。


 とにかく、そんな限られた空間の中で人々は寝起きし、仏にひたすら祈る。

  ある者は官職や位を得るため、また子宝に恵まれたい夫婦、そして病気平癒などと、目的は様々ではあるが、皆一様に真剣な面持ちで祈りを捧げた。

  いや、祈ることでしか、運命が変えられない……そう信じていた時代でもあった。


 当然、こんな場所では子供は落ち着かない。

  最初の頃は、母と共に誦経の真似事をしていたが、すぐに飽きると、堂内をうろつき始め、いろんな人々の顔を覗き込むなど、だんだん悪戯がエスカレートし始めた。

 そして、とうとう退屈しのぎに例の局の簾を上げると、中の人々の顔を覗き込んだ。

 そこには美しい貴族の奥方と、若い侍女、そして理明より少し年上に見える男の子がおり、案の定、この不躾な行動に怒った男の子と喧嘩になってしまった。

 騒ぎはすぐに収められたのだが、身分の低い下級貴族の理明の母は、相手方の親が思いの外、高貴な身分なのに驚いた。一歩間違えば面倒なことになるかもしれない非礼だったからだ。

 ところが、この止事無(やんごとな)い身分の奥方は、心も高邁(こうまい)な人物で、叱責されるどころか、同じ年頃の子を持つよしみで、菓子を分け、子供同士の仲までとりなしてくれた。


 理明は、今でもその時のことが忘れられないでいる。房に招かれた時のことや菓子の味まで、それはまるで夢のような一時だった。

 とりわけ、奥方の侍女などは、若くて見眼麗しく、初夏の汗ばむ蒸し暑させいか、衣装を着崩しており、その艶やかな姿と、衣からほんのり感じられた華やかな香りが脳裏に焼きついてしまった。

  妙な話しだが、この強烈な思い出のために理明は未だに幸せになれずにいる。


 つまり下級貴族でありながら女性に対する嗜好が非常に高くなってしまった。

 そして、今日もこの清水坂を上っている。

 もちろん信仰の為ではない。……とは言え、この時代の人間でもある。全くの不信心者というわけでもないが。

 そして、この日の清水寺詣では、彼の人生を大きく変えるきっかけになったのである。


 とうとう、雨が降り始めた。

 従者の若竹丸が、ほら見たことか、……という顔で理明の方を見てくる。

 若竹丸は十五歳になったばかりの利発な少年で、頭の回転が速い子だ。だが、少々、正直過ぎる所がある。

 理明の乗った馬の鼻を軽く撫でると、いかにも『しょうがないな……』と、言いたげに歩みを速めた。

  馬もイヤイヤしながらも坂を急いだ。


「もし、天火(てんか)様……」

 だらだら続く坂道の途中で、男が急に馬の前にしゃしゃり出てきた。

「危ないではないか、誰じゃ……」

 すると男は妙に馴れ馴れしく話しかけてくる。

「いや、それ、寺に参られるのですか、……今から」

 何か訝しがっているようにも見えた。

「おまえの知ったことか」

「雨も降りましょうに、……それに、今日は厄日ですぞ」

 埒が開かぬと馬を速めようとした。

「その……、()()様、お止めになった方が良いかと」

 男は、まだついて来る。

「おい、その名を誰から聞いた」

「いや、我らの間では、天火様といえば、知らぬ者はおりますまい……」

 ちょっとした嫌味に聞こえてムッとした。

 だが、その言葉がきっかけになり、ちょうど思い出した。


  この男は以前、西の(ひとや)に捕われていた者だ。名前までは思い出せないが、見たことのある顔だった。

 さては、放免(ほうめん)にでもなっているのか。……といっても、放免などは、検非違使庁に山ほどいるのでいちいち覚えていない。

 ちなみに放免とは、刑を満たした囚人を、出獄後に検非違使庁の下部として雇い、最下級の職に付けたものである。もともとは再犯防止が目的であったが、犯罪者ならではの情報網にも通じている上に、追捕や囚人護送の最前線で、暴力を伴う汚れ仕事の執行も任せられるので、それなりに重宝されていた。


「貴方様のご活躍はよく伺っております。ただ、あまりに忙しくなされ過ぎますと余計な騒ぎに巻き込まれないとも……」

 男は好意から話しかけてきたのかもしれないが、理明は無視するように馬を進めた。

「今、寺に有象無象(うぞうむぞう)の輩が集っております。まさかの事態が起こらぬとも限りませんので……」

「そうか、では早速、願いが叶うな」

 そう言うと、男の言葉を遮った。

「思いのほか大人数ですぞ、お気を付け下さいませ……」

 男の声が遠のいていく。


 折しも、俄かに空が曇りだし、大粒の雨がポタリポタリと落ち始めた。

「ちっ……」

 若竹丸が駆け足になった。理明も馬を急がせる。

 とうとう、灰色の空から遠雷が聞こえ始めた。



 やっとの思いで清水寺にたどり着き、馬駐(うまとどめ)で馬を降りると、大塔を過ぎた辺りで奇妙な光景を目にした。

 一人の若い女が橋殿(清水寺の御堂の前に突き出した部分で、現在の舞台に該当する所)に佇んでいる。

 次第に激しくなっていく雨にも無頓着な様子で、放心したかのように、ただ空を仰いでいた。

 すくなくとも、理明には女に見えた。が、女というより、もっと子供なのかもしれない。

 とにかく、薄汚れた衣を着ているが、そのほっそりとした立ち姿は、決して下賤の生まれの者のようには見えなかった。

 激しい雨が降りだし、屋根に打ちつける大きな音が響く。

 ボタ…ボタ……と、激しく雨粒が流れ落ちていく中、そんな音にも動じることなく、女はじっと濡れそぼっていた。


 もしや……、

 理明の脳裏にある考えが浮かぶ。

 ……飛び降りるつもりか。


 確かに、究極の願掛けとして、橋殿から谷へ飛び降りる輩もいるようだが、よりにもよってこのような日に……と、なぜだか忌々しいことのように思えた。


 それは、まだあどけなさが残る少女だった。


 理明が、やっと観音が奉られた御堂に辿り着いた時にも、まだ、少女は舞台の高欄にもたれかかったまま立っていた。

 大きな目を見開き、何か思いつめたように谷を見下ろしている。

 ……おそらく、飛び降りるつもりなのだろう、いや、むしろ雷に貫かれ死にたいのかもしれない。どちらにしろ、ろくな事ではない。


「おい、そこで何をしておる」

 理明は、腹立たしげに大声で呼びかけた。

「仏が()()す尊い所を(けが)すようなことはするな。おまえの様に、仏の慈悲を試すような者の願いを聞いて下さるものか、よく考えてみよ」

 激しい風がヒュルヒュルと吹き、理明の声は、雨の中にむなしく消える。

 だが、全く伝わらなかったわけでもないようだ。

 娘の視線が、スッと理明の方に向けられたかと思うと、寂しそうに薄笑ったからだ。

 ……いや、一瞬、そう見えただけなのかもしれないが、それでも、理明には、少女が何かに追い詰められ、助けを求めているように見えた。

 いつもは、こんな無謀なことはしないのだが、妙に居たたまれない気分になり、激しい雨が吹き荒れる橋殿の方に歩みを出る。

「こら、今日は谷に飛び降りたりするな。少なくとも、わしの目の前で谷行などするものではない。夢見が悪うなる。……仏を拝んでも、心が()しくなるではないか」


 遠雷の音がした。

 いよいよ大雨雲が近づいて来たようだ。


 よく見ると、柱の陰に何人かの男たちが潜んでいる。まるで少女を遠巻きに見ているかのようだった。逃げないように監視しているのか、とはいえ、こんな空模様では逃げようもないだろうが、いまにも雷が落ちてきそうな気配だ。

「愚かな奴じゃのう、雷神様(かみなりさま)の供物にでもなりたいのか」

 そう言うと、イライラしながらも少女の方に歩み寄った。普段なら、なるべく厄介事には首を突っ込まないようにしているが、ここ清水では要らぬ気を遣ってしまう。

「おい、その女に何の用じゃ、おまえには関係なかろう」

 案の定、バラバラと男達が飛び出してきた。

「おい、何をやらかしたのだ。そろいも揃って、見たことのある輩が出てくるとは……」

 理明は、肩をすくめた。

 男たちの中でもとりわけ大きな男が近づいてくる。

「おう、美努殿ではないか、随分とご無沙汰ですな、お噂はかねがね……。まぁ、今日のところはこの様な不粋事に関わらず、ゆるりと観音参りなされませ」

 そう言うと、少し禿げあがった頭を掻きながら笑った。

「そうじゃな、……わしとて関わりとうはないが、ここは観世音菩薩様の御前じゃ、見苦しきことは止めてもらいたい」

「いやいや、……はっきり申しますが、その女はとんでもない不孝者でして、この年になるまで我等に食わせてもらいながら、働こうとはせんのです。十三年程前に清水の堂の下に捨てられていたものを、我らが慈しみ育てたというのに……」

「働かせるだと……、どうせ、ろくでもないことを企んでおるのだろう」


 激しい雷音が聞え、ギラギラと光が点滅する。そして、突風が吹いたかと思うと、堂の中から参拝者たちの悲鳴が聞こえ始めた。

 いつの世でも、雷は恐れられている。

「まぁ、雷神様もお怒りのようじゃ、今日のところは矛を収めよ……」

 男たちも、雷鳴に引き攣った顔をしていたが、我に返って少女と理明を取り囲んだ。

「話の解らぬ奴らじゃのう……、このままでは皆で雷神様の供物になるぞ」

 空が激しく光った……そして間髪いれず轟音が鳴った。

「近いな……」

 突然、少女の腕を掴むと、雷鳴に怯み、しゃがみこんでいる男達を尻目に、理明は御堂の中に走り込んだ。折しも、雷の閃光に御堂の中はパニックになっている。その中をかき分けながら男達を撒こうとしたのだ。

 お籠りに来ていた貴族の子女達であろうか、この突然の侵入者に絹のような悲鳴を上げる。激しい風に吹かれ、几帳(きちょう)の布がはためき、信心深い人々は、この突然の来訪者に顔を伏せて震えた。

 まるで本物の雷神のように人々の間を駆け抜けると、坂を下り、急いで馬駐に向かう。

 すると、雨を避け休んでいた若竹丸がムクリと起き上がり、何事かというように眼を見開いた。

「馬を使うぞ」

 そう吐き捨てるように言うと、娘を馬上に乗せ、坂を駆け下りた。




 

とにかく、コツコツ続けていくつもりですので、これからもよろしくお願いします。

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