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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。【本編完結済】  作者: 稿 累華
第13章:婚約式

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88話:雄弁な皇太子

 ユステル皇太子が正式な場で伝えたいことがあると提案してきたのは、新年が明けてから三日後のことであった。


 その頃にはメリヤナの体調不良もすっかり良くなっていた。医師によれば、寝不足と緊張不安からくる精神的なものということだったので、よく寝てのんびりと過ごせば、常なる状態が戻ってきた。


 メリヤナは謁見用の衣服に着替え参代すると、まずは婚約式でのことを詫びたが、国王も、招待客であったユステルも気にしていない様子だった。儀礼的な要素が強い式だったからだろう。


 とはいえ、このために準備を進めてきた王妃ルーリエはいささか不服そうな顔であった。そんなルーリエをたしなめたのは、子であるルデルで、メリヤナがやり直そうと打診してきたのに対して、拒否をしたのは自分であることも説明されると、ルーリエは溜飲(りゅういん)を下げたようだった。


 のちほど、ルーリエに直接詫びを入れに行こうとメリヤナは思う。


「——して、皇太子、かような場でどのような話か、そろそろ切り出してくれないか?」


 正式な場とはいえ、玉座の間ではない。本宮にある小ぢんまりとした謁見用の部屋だった。長官ら大臣たちはおらず、近衛兵や補佐官、書記官が控えているだけで、私的な場に近かった。


「申しわけございませぬ。ついつい色々な話をしていると、本題を忘れてしまいがちです」


 イーリスがいたら睨まれていたことだろう。ユステルはそろりとそう返したが、


「まずは今回、私をご招待いただけたこと、エストヴァンを代表して感謝申し上げます。父たる皇王も喜んでおりました」


いつになく真面目な空気をまとうと、頭を下げた。


 ルーリエにルデルアン、メリヤナはそれを受けて、同じく頭を下げる。

 国王だけが、おおらかに肯く。


「むしろ、ご苦労をおかけしたなかで、御礼をいただけるなど、我が国としても感謝申し上げる。これより貴国とは、以前のような交流を行いたいと思っている」


「御礼を言われるのは言うに及びませぬ。今回のことは王国よりの招待。交流はぜひとも、というのが我が国の考えです」


「ふむ」


 国王は満足そうに言う。王妃もまた自分が提案したことに満足げな様子で微笑んでいた。


「——それで、今回、国交を再開するにあたって、ぜひとも王国の方にも、我が国にも足を運んでいただけないか、と思っております」


 これからが本題だった。

 国王と王妃は目顔で合いの手を入れる。


 ユステルは続ける。


「少し話が脱線しますが……実は、今回妃であるイーリスが訪問叶わなかったことには理由がございまして」


 いつ、誰が、どんなふうに伝えるのか、と言っていた例の話題である。

 メリヤナはそれが今なのだとわかった。


「私の子を懐妊しておりまして」


「まあ、それはおめでたい」

と、王妃。


「おお、どのような子が生まれるのか楽しみだな」

と、国王。


 ルデルもまた祝辞を述べた。

 メリヤナは嬉しさから、思わず口元を覆う。


「イーリスさまが……ほんとうに、おめでとうございます」


 たしかに懐妊している身で、フリーダまではあまりにも遠すぎる。納得した。


「陛下に殿下方、姫君、ありがとうございます。とはいえ、少々問題があるのです」


「ほう?」


「実はうちの妃は、なかなか活発なものでして、腹に子がいようとも槍を振り回して叶いませぬ」


 エストヴァンの妃将軍、の名は知れている。国王たちは、なるほど、とユステルの思案がわかったように肯く。

 メリヤナもまた、サルフェルロでの彼女を見ていたからこそ、容易に想像がついた。


「止めようとすると、『わたしの楽しみを奪うつもりか!』と怒り狂うのです。腹の子によくありませぬ」


 芝居がかかりはじめたユステルに、皆が笑いながら、うんうん、と肯いた。


「そこで、私が『槍以外の楽しみを見つけろ』と言ったところ、『三国協議の時に、女同士で過ごしたのは楽しかった。あれは槍と同様に楽しく思えるめったにない機会だった。メリヤナかソルアを呼んでくれたら、槍を振り回すのは考え直してもいい』とか、のたまうのです。ソルア夫人は、残念ながらすでに遠い異国にご帰国され、さらにユニル巡察使と各地を行き交う日々。つかまえるのは容易ではございません」


 メリヤナはそこで自分の名前が出てきてびっくりした。目をぱちぱちとさせる。

 演技かかったユステルの説明に、国王たちも笑いをこらえるように聞いている。


「さらに話が脱線しますが、うちには第二皇子がいますが、アステルは余命幾ばくもないと侍医に告げられています」


 打って変わって、突然の重みのある話に、空気が、しん、とした。

 王妃だけが痛ましい表情で言う。


「それは母君の気持ちを考えたらなんと言えばいいのか……」

「母もわかっていたことです。アステルは生まれた時より、病弱でしたから」


 ユステルの返しに、また、しん、とした。

 そのまま気にしない様子でユステルは続ける。


「ここで問題なのは、私が皇位を継承したら、あとがいない、ということです。子は生まれる予定ですが、まだ幼い。父や私に何かあった時に、まだ洗礼も受けていない子に皇位が転がってきてしまう。それが問題なのです」


 フリーダの場合は女子も王位を継ぐことができるが、エストヴァンは男子のみに皇位が継がれていく。皇弟もいるが、次代の、という話だろう。


「これまた実はなのですが、我が国には随分前に側妃から産まれているもうひとりの弟がいます。基本的にエストヴァンでは側妃の子は自由に過ごすことができるので、皆皇都から出ていきます。その弟もしばらく出ていたのですが、これが最近戻ってきまして」


 随分と前にフィルクから聞いた話を思い出した。やはりエストヴァンの側室制度の話はほんとうだったのだ。

 側妃から生まれた子、というのに同情が禁じ得ない。フィルクと同じような境遇だ。同じような鬱屈したものを持て余しているのではないか、と顔もわからない皇子をメリヤナは不憫に思った。


「それでまあ、ちょうどいいことにアステルのこともあったので、第三皇子として父が認めることになったのです」


「なんとそうであったか……」


 国交が断絶してからあまり隣国の仔細は聞いていなかったのだろう。間諜から聞いて知っていることもあったかもしれないが、国王は今知ったと言わんばかりの反応だった。


「話を戻しますが、この弟が第三皇子になったものの、久方ぶりに宮殿に戻ったものですから、あらためて皇子としての教育をしなければなりません。国内のことはわかりますが、他国のことや言葉にも精通している教育者がどこかにいないかと探しておりまして……」


 またユステルが演技がかったように言う。

 そして、メリヤナに視線が定められた。


「ちょうど良い人材が、隣国にいらっしゃるじゃないか! となったわけです」


 あはは、とユステルが笑った。

 国王や王妃、ルデルの視線がメリヤナに集まった。

 メリヤナは話の思わぬ展開に絶句する。

 ユステルはひとしきり笑い終えると、咳払いをして、あらためて言葉を放った。



「——メリヤナ姫君、ぜひとも、国交の再開を祝って最初に我が国に足を運んでいただけないだろうか? 我が妃、我が弟のためでもある。ぜひ、ご快諾いただきたい」


 

13章終了です。次章から後編エストヴァン編に入ります。

5月末完結を目指しているので、一日二回更新することもあるかもしれませんが、一回のことが多いかもしれません。

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