表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。  作者: 稿 累華
第13章:婚約式

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/164

86話:国交再開の訪れ

「よっ、久しぶり」


 変わらず軽快な口調で、皇太子ユステルが手袋越しの片手を上げた。

 この部屋の持ち主のように、長椅子にどっかりと悠々自適に座っている。


 メリヤナは、イーリスがいたら怒られていただろうな、と微笑ましい気持ちになって、淑女の礼をした。


「お久しぶりでございます、ユステル皇太子殿下」


 夜色の衣裳の裾を軽く持ち上げる。橙色の衣裳は新年になったら婚約式のために衣装替えするもので、宴では対比的な夜の色を纏うことにしていた。


 髪は、星彩のように金剛石を散りばめてすべて結い上げ、おくれ毛だけが落ちている。露出した首元には、フィルクからもらった首飾りをしていた。品がある意匠のためか、夜色の衣裳によく合っていた。


「サルフェルロで会ってから、半年経つか……? あっちでは仰々しい舞踏会はなかったからか、本日の姫君は夜空に浮かぶ満月のようだ」


 立ち上がってユステルが紳士の礼を返す。

 ユステルこそ、いかもに皇太子という装いで、右肩から左腰へかける紅の大綬(たいじゅ)の勲章が銀色に輝いていた。髪も撫でつけて後方にやり、牙白色の膝丈の上着には、エストヴァンを思わせる銀の刺繍が縫われていた。中衣(ベスト)も紅で、細袴(ズボン)は上着と同じく牙白色。長靴(ちょうか)の紅が、大綬と胴着と一緒だった。首筋からは、〈血の盃〉の証が垣間見えている。


「そう思うだろう? ルデルアン王太子」

「そうですね。神々しく眩しいほどです」


 そう言って、ユステルは、メリヤナの手の甲に口付けする。

 慣れてきたが、未だにどきどきと小さく鼓動を持て余してしまう。


 ルデルは、ユステルと色ちがいの衣裳を着ていた。

 上着には金の刺繍、胴着は夜色だが、大綬は太子を表す紅、上着と細袴は牙白色だった。長靴は胴着と同じく夜色で、意匠はユステルと、色はメリヤナと合わせている具合だった。


 意匠を合わせることを提案してきたのはユステルで、国交の再開を衣服でも示すためとのことだった。これに国王や王妃も喜び、本日に至っている。


「感謝申し上げます、殿下方。本日のような日を迎えることができたこと、ドール公位家の娘としてうれしく思います」


「変わらず、堅苦しい挨拶をするな、メリヤナ姫は」


「一番年下でございますから」


「イーリスとはもう少し砕けた感じだろう」


「今日はイーリスさまはおられないので、致し方ありません」


 メリヤナがにべもなくそう言えば、やれやれ、とユステルは言う。


「ほんとうはイーリスも来たがってたんだがな。こればかりはしようもない」

「……イーリスさまは、どうかされたのですか?」


 勇ましく、体を鍛えているイーリスのことだ。流感というのは考えづらい。

 メリヤナが小首をかしげれば、ユステルはにやりと笑った。


「それはあとのお楽しみにとっておこう。情報というのは、いつ、誰が、どんなふうに伝えるのかが、肝心だからな。少なくとも、今ではないとだけ言っておく」


 含みを持った言い方に、メリヤナは釈然としないものを覚えたが、隠すつもりはないようだ。あとでわかるのであれば、余計な穿鑿(せんさく)をする必要はないだろうと話題を切り上げた。


「そろそろ向かおうか」


 ルデルに手を引かれる。いつもはすべて覆われているルデルの手の甲は、今日のためだけに誂えたもので、甲部分のみ素肌が露出していた。

 そこには、ユステル皇太子と似た文様が浮かんでいる。〈血の盃〉による刺青。ユステルとルデルは、どちらも文様を晒すことで、国交の再開をさらに印象づける。


 王太子宮から本宮、舞踏会場へとつながる歩廊を進む。宙に作られた歩廊は、王族や関係者のみが移動できる廊下だった。


 舞踏会場に突き当たると、そこには盛装のマイラーラがいた。同行する付き添いがいないユステルに、位家の序列一位にあたるマイラが選ばれた形である。

 マイラは完璧な淑女の礼を行う。角度まで完璧だった。


 一瞬、ユステルが下瞼をぴくぴくさせていたが、皇太子としてそつなくマイラの手を取った。


「あなた、顔色悪いけど、大丈夫?」

「え?」


 隣り合ったマイラから、そう囁かれた。


「ちょっと痩せたでしょう。無理しないようにね」

「……ええ」


 今朝の嘔吐のせいだろう。化粧で隠したつもりだったが、マイラはよく観察している。

 メリヤナは曖昧に肯いた。


「おれたちの出番だな」


 意気揚々と、ユステルは言った。

 メリヤナとマイラの背筋が伸びる。ルデルはもう慣れたように泰然としていた。


 観音開きの扉を開かれると、拍手喝采で迎えられた。宙に浮かぶ角灯や蝋燭の光がまぶしい。様々な香りが充満している。


 メリヤナは一瞬、くらりと目眩(めまい)を覚えた。なんとか重心を保ち、ルデルに力が及ばないよう——ばれないようにする。幸い、手を振って応じるルデルは気付かない様子だった。


(完璧に。失態を犯さないようにしなきゃ。嫌われてしまわないよう)


 心に、ぴんと糸を張る。しっかりしろ、メリヤナ、と自分に言い聞かせる。

 そうすると、目眩は遠のいていって、ルデルに合わせて手を振ることができた。

 まだまだ、夜会は、はじまったばかりだった。




 国王や王妃から紹介を受けたユステルは大人気で、フリーダの貴族——特に貿易を担っている一族——から、ひっきりなしに挨拶や、舞踊(ダンス)の申し込みが来ていた。メリヤナが横目に見ていれば、長い列のなかにヨーチェや彼女の家族もいる。エイヨンとミリーもいた。皆、機は逃さない。


「公女さま」


 メリヤナのところにも、エストヴァンの貴族と思しき人物が、舞踊の申し込みに来ていた。

 メリヤナは笑顔で応じる。


「——こんばんは、ノクセン公」

「おお、なんと、我輩をご存知でいらっしゃる?」


 40ほどの白髪交じりの男だった。軽々なエストヴァンの発音で諧謔を交えて言う。


「はい、もちろんでございます。レッセル辺境侯夫人ウルリーカさまの兄君でいらっしゃいますから」


「これはこれは、ありがたい限りでございます! 他国の人間であろうと把握していらっしゃる姫君の才媛ぶりは噂通りでございますな」


「恐れ多いことでございます。ウルリーカさまが領地に帰っておられて、兄妹の再会をお目見えできず、フリーダの悪戯を感じますわ」


「良いのです良いのです。我輩は、妹に嫌われておりますからな。今頃、あちらはせいせいしていることでしょう」


 男は目元に弧を描いて、軽やかに笑った。


「どうでしょう、姫君、この中年と踊る機会をいただくことは可能でしょうか」


 (うやうや)しく、わざとらしく礼をして、男が片目をつぶって目配せする。

 メリヤナはくすくす笑った。


「中年だなんてとんでもない。素敵な殿方と踊れる機会はありがたいですわ」


 メリヤナは男——ノクセン公の手を取った。ルデルに目顔で、行ってくる、と伝えると、強い肯きが返ってきた。

 ノクセン公は、エストヴァンの忠臣三公のひとり。親しくなっておくに越したことはない。


 メリヤナとノクセン公は、方舞(カドリーユ)を踊った。四人でひとつの箱を作るように、対になりながらも、四方を行ったり来たりするなかなか忙しい踊りだ。とはいえ、大事なのは足運びだったので、余裕はある。


 メリヤナは踊りながら、きょろきょろしすぎないよう、周囲を見渡す。彼が——フィルクがもしや姿を表していないだろうか、と。


(さすがにいないかな……)


 元々所属していた社交界と交わるようなことを普通はしないだろう。エストヴァンの高名な貴族たちが来ていたから、少しだけ期待をしていた。エストヴァンの貴族階級出身と聞いていたものの、どこの家柄というのは聞いていない。


 落胆、いや、寂寥だろうか。〈緑の湖畔〉に沈んでいくような寂寥が、急速に体を満たしていく。浮かび揚げてくれるものがない。呼吸を共にしてくれるものがない。唇を合わせて、慰めてくれるものが。

 二月前のことが体の感覚に浮かぶ。口付け。この上なく優しくやわらかく、メリヤナを満たしてくれたもの。まるで——


「——して、姫君」


 自分の唇をさわりそうになったところで、ノクセン公の声が割って入った。

 メリヤナは、はっとする。


「はい」


「ひとつお聞きしたいことがあるのですが、良いでしょうか」

「もちろん、わたくしに答えることができるものであれば」


 メリヤナは残滓(ざんし)を振り払うように注意を表情に向けて、笑みを作った。


「姫君は……フィルクスをご存知でいらっしゃいますかな?」


 間延びした言い様に、メリヤナは一瞬虚を突かれた。フィルクス、という言葉を解釈して、空色の瞳を見開く。


「フィルクス……フィルクのことでございますか?!」


「ええ、はい。こちらでは、フィルクスと発音しますね。やはりご存知でいらっしゃる?」


「ええ、ええ。もちろん、彼は元気ですか? ちっとも連絡くれないから心配で……」


 思わぬ情報に、メリヤナは興奮したように尋ねだ。

 そういえば、フィルクは、言ったではないか。母方の親戚筋を辿って養子になった、と。ということは、このノクセン公がフィルクの親戚ということではないだろうか。


 希望の光が見えたように、メリヤナはノクセン公に詰め寄る勢いだった。


「はっはっはっ、よもや〈運命の乙女〉と称されるドールの姫君と友人というのはほんとうだったんですなあ。フィルクスは息災(そくさい)でございますよ。今回は、ちと参上するには準備が追いつかず。なにぶん、色々やることがありまして」


「そう……なんですね。けれど、息災とのこと。良かった……」


 胸にあたたかいものが宿る。さきほどまで感じていた寂しさが、幾分かやわらいだようだった。


「ノクセン公は、彼とどういった関係なのですか……?」


 メリヤナが尋ねれば、ノクセン公は鷹揚に言った。


「少しややこしいのですが、フィルクスの母が我輩の従姉妹に当たりまして。血のつながりは薄くありつつも、彼の叔父のようなものですな」


「それを聞いて、少し安心しました……。閣下は、フィルクのことを気にかけてくださっているように聞こえます」


「……あの子は、かわいそうな子ですから」


「かわいそう……?」

「はい。不遇な子です」


 ノクセン公は、何かを含んだように言う。その含ませ方が、さきほどのユステルと似ていたが、どこかもの悲しさが通っている言い様だった。

 メリヤナは、さらに聞きたいことがあった。けれど、ノクセン公との方舞(カドリーユ)は終わる。次に踊る人々が控えていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ