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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。【本編完結済】  作者: 稿 累華
第13章:婚約式

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85話:メリヤナの手紙

拝啓 フィルクさま


 11月30日

 晴れて、わたしは17歳になりました。二度目って不思議ね。12歳からこの方、二度目の誕生日ばかり。また、一度目の誕生日を迎えることはあるのかしら。あと2年したら19歳だから、このままやり直しが上手くいけば、わたしは19歳の一度目の誕生日を迎えることができるわ。その日が来ることを願ってます。


 12月1日

 いよいよ、来月に婚約式ということで、準備が慌ただしくなりそう。あなたも、エストヴァンに戻って、ばたばたとしているのかしら。


 12月4日

 ねえ、すごくびっくりしたことがあるの。なんとカナンが、わたしの正式な侍女になることになったのよ! すごいと思わない? ついに、お母さまが許してくださったの。

 三国協議での振る舞いが評判良かったから、実はわたしの知らないところでどうにか侍女にあげられないのか考えてくださってたみたいなのだけど、今回侍女に上げるにあたって、カナンはマイラの家に半年間、修養を積みに行くことになったわ。


 それから、これも驚いてしまったのだけど、馬丁だったサンデルが、実は、等位貴族の四男で、秋にあった騒ぎを受けて、実家が今回位家に昇格したの。それも、ファルナ伯を推戴(すいたい)することになったみたい。サンデルはそれを受けて、カナンに結婚を申し出たらしく、カナンが了承したから、結婚すればカナンも位家の仲間入り。身分の問題は解決して、これで、侍女にすることができるってお母さまも喜んでいたわ。

 さすがに色々うまくいきすぎていてびっくりだし、元ファルナ伯令嬢エオラさまが亡くなられたことを考えると、胸が詰まるようだけれど、カナンが侍女になってくれるのは素直にとてもうれしい。あなたに直接、この喜びを話したかったわ。


 12月7日

 もう無理。やだ。投げ出したい。死ぬほど、忙しい。やり直す前は絶対にこんなに忙しくなかった。それもこれも、陛下から頂戴したフォゼル辺境伯領の運営のせい。

 領地運営なんて、父に任せっぱなしで何もやって来なかったから、知らないことばかり。頭がぱんぱん。あなたなら色々参考になる情報や知識があるでしょうけど、わたしは何も知らないのよ。ちょっと父に手伝ってもらったり教えてもらいながら、フォゼル領の収支を確認している。これは、領地を見に行かないと埒が明かないわ。いつ見に行こうかしら……。


 12月10日

 婚約式で着る衣装の仮縫いができました。橙色の薄紗(はくさ)をたくさん重ねて、裾から腰に向かって、段々と色が移り変わるの。わたしの表象(イメージ)は、太陽が登りきった夜明けの空。ルデルさまとのはじまりになるよう、色を注文したわ。前の生では真っ赤な衣装で目立つだけの衣装だったから、今回は何か意味を持たせたかったの。


 12月13日

 婚約式の装飾品を合わせたわ。金色の橄欖(オリーブ)の葉が七枚、実が七つ。エスカテ教の七柱を模した装飾品なんですって。言祝(ことほ)ぎを意味するのに使われるめでたい意匠なんだそうよ。でも葉っぱの先が髪に刺さるから、髪型だけ工夫しようと思う。


 12月17日

 今日はあなたの誕生日ね! おめでとう! 19歳ね。帰国して、祝ってもらえているかしら。

 両親とは関係が希薄だったって言っていたから心配しているけれど、少なくともここにひとり、あなたの大事な友人が、あなたの誕生日を心から祝っているわ。こればかりはあなたと出会えるきっかけを作ってくれた神さまに感謝をしている。いつもありがとう。早く会えるといいな。贈り物も、とっておきを用意している。

 19年前の今日という日に感謝を。


 12月20日

 わたし、忙しすぎて、婚約式を前に、寝不足で死んでしまうかも。だめ。眠い。何も書けない。いっぱい書いて驚かしてやるつもりなのに。作戦失敗しちゃうのだわ。


 12月21日

 ぐっすり眠ったら、頭がすっきりしたわ。……もうあなたと会えなくて、一ヶ月経つ。三国協議の時とかに比べたら、全然短いのだけど、どこにいるのかわからないし、いつ会えるのかわからないと思うと、とても長く感じる。この手紙……というよりは日記に近くなっちゃっているけれど、この筆記本(ノート)をあなただと思って語りかけていると、少しだけ安心する。


 12月25日

 あと一週間で新年の夜会。婚約式。なんだか緊張してきてる。考えると吐きそう。ここに吐いたら、まずいわね。異臭がしちゃう。


 12月26日

 もう衣装も装身具も完成して、あとは当日を迎えるばかりになりました。

 まだ結婚式でもないのに、どうしてこんなに緊張しているのかしら。胃がきりきりします。食欲があまりわきません。あなたのおかげで、色々な問題が解決したはずなのに、左肩の刻印が消えないからかもしれません。

 フリーダ神は、神との契約が果たされれば……フリーダが滅ぶという未来を変えることができれば、二枚の葉の刻印は消えると言っていました。まだ消えてないというのは、フリーダが滅びる可能性がある、ということです。あとは何を解決すればいいのか、それとも、時が過ぎたり何かの儀式を終えたりすれば、刻印は消えるのでしょうか。そう思うと、婚約式という場にどきどきしてしまいます。

 ルデルさまに嫌われないように、ずっと好かれたままでいられるようにしないと。


 12月29日

 少し熱を出しちゃったわ。リリアから、お嬢さまってば繊細、ってからかわれちゃった。わたしってけっこう図太いと思っていたけれど、ちがうのかな。どう思う? あなたの意見が聞きたいようで、でもまたどうせからかってくるんでしょう? ただ、今はそんな場が欲しくてたまらない。この張り詰めた感じをどうにかしたい。わたしってば、ほんとにあなたの協力に支えられていたのね。

 13歳の時は石鹸を作ることばかり考えていて、三国協議の時はカナンがいてくれたから良かったけど、今は婚約式のことばかり考えて、気が伏せってしまいそう。あなたに、茶化してもらえたら、肩の力が抜けたのに……、なんてどうしようもないことを考えてしまう。


 12月30日

 エストヴァンから先ぶれの使者が来ました。ユステル皇太子殿下が新年前日に到着すること。それから今回イーリス皇太子妃は体調不良で訪問がかなわないという話でした。イーリスさま、大丈夫かしら。

 ……あのね、実を言うと、エストヴァンからの使者というので、ほんの少しあなたじゃないかと期待しちゃった。使者があなただったら、会えるのになって思ったけれど、さすがにそんな都合がいいことはないみたい。

 それにしても、もう一ヶ月経つけど、そろそろ手続きとか終わってもおかしくないんじゃない? 何してるのよ。


 12月31日

 いよいよ当日だと思うと、胃がもうだめで、吐いちゃった。甘橙(オレンジ)の寒天を食べると、気分が良くなったわ。カナンの代わりに、臨時の私室女中になってくれているオリガにたいそう心配されちゃった。しっかりしないと。

 14才のあの時、悪夢と寝不足で追い詰められていた時よりはまし。あの時はひとりで考えるしかなかったけれど、今は異国のどこかの地で、あなたがわたしのために動いてくれているってわかっているもの。秘密の共有者がいる。大丈夫。そう思うだけで、明日も大丈夫。

 それにしても、エストヴァンでやることって何? 再会したら、きちんと教えてよね。

 さて、これから夜会と婚約式の準備に出かけます。宮中に上がって、準備を終えたら、皇太子殿下との会談。それから、夜通しの挨拶やら舞踊やら、新年が明けたら殿下との婚約式。胃はなんとかなる。お酒を飲まないように気をつけるわ。



  *



 メリヤナは、水色に染色した革の表紙を閉じた。筆記本(ノート)型の手紙を書くために誂えたもので、メリヤナから、とわかるように、水色の表紙にしたのだ。表紙には『親愛なる秘密の共有者へ』と捺されている。中の羊皮紙は一枚一枚に、飾り(けい)が施されていて、美しい筆記本だった。


「お嬢さま、そろそろご準備されますか?」

「そうね。行くわ」


 外套の準備をしてきます、というオリガに礼を言う。


 太陽は中央に上っている。冬に入って雨季になったから、久々の晴れ間だった。晴れていると清々しい気持ちになる。これからの夜会のことを思うと、また吐き気がしそうだったけれど、晴れていると思えば、幾分か気分が楽になった。


(やっぱり雨が好きって、変わってるな)


 胸元に下げる首飾りの先端を撫でる。雫の形のジェスト石を贈ってくれた友人のことを考えた。

 今頃どこで何をしているのかを考えると、心の中に冷たい突風が吹きつけてくるようだった。内心でかぶりを振る。


 彼はきっと自分のために今日という日を祈ってくれているにちがいない、と。


 それでも溜息が出そうになりながら、メリヤナはオリガが用意した外套を羽織った。そうして馬車に乗り込む。夜会と婚約式の準備に臨むのだ。

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