79話:令嬢たちの作戦
サール公位家の夜会は、マイラーラと彼女の祖母であるアリエス・ハルヴィスによって企画された華やかな会となった。
色取り取りの花々。色取り取りの衣装。一方で上品な調度が、色を際立たせるようで、アリエスとマイラの感覚の良さを証明していた。
メリヤナは大人っぽい秋の色、葡萄酒色をまとった。無意識に対抗心というものがあったのかもしれない。あの令嬢、サレーネに会うかもしれないから、と。
「——では、手筈通りに参りましょう」
マイラは、この状況にひそかに高揚しているように言った。
手筈通り、とはこうだ。
エイヨンが、サレーネと接触する前に、メリヤナとヨーチェが引き離す。そのあいだに、マイラはサレーネと接触。ミリーを呼び寄せ、叶うならばエイヨンとふたりで話せる機会を作る。叶わないなら、エイヨンに対して物を申すのがメリヤナとヨーチェの役割だ。
メリヤナとヨーチェは、マイラの言葉に力強く肯く。
そして、三人は散り散りになった。
メリヤナがまず、エイヨンに接触を図る。
夜会の主会場となる舞踏の間を抜けて、玄関間に移動する。人が多くいたが、まだ目的の人物はいない。柱の影に隠れるように控える。
「——なにやってるの?」
間もなくして、後ろから声をかけられて、メリヤナは飛び上がるように驚く。
フィルクが不審そうな顔で、柱に隠れるメリヤナに声をかけた。
心の臓が、驚いたからなのか、別の意味でなのか、鼓動を早く打つ。つとめていつものように、メリヤナは振り向いた。
「いきなり声をかけないでよ。びっくりするじゃない」
「いや、なんか挙動があやしかったから」
「今は作戦実行中なのよ。邪魔しないで」
「なんの作戦だよ」
「女同士の大事な作戦」
なんだそれ、とフィルクがますます不審な顔で言ったが、いつも通りのやり取りに、メリヤナはそっと胸を撫で下ろす。
(大丈夫。変じゃない変じゃない)
フィルクと会うのは、火祭り以来で、火祭りの時のことを思い出すと、祝宴の時以上に頭が混乱してしまって、メリヤナはなるべく思い出さないようにしていた。
幸いなことに、フィルクも忙しかったらしく、こういった社交場で会うこともなかった。
であるからか、久々に聞く声に、ほんとうにびっくりしてしまった。
「……誰か待ってるの? さっきから入り口のほうを見張っているみたいだけど」
「そうよ。って、あっ! ごめん、詳しいことを説明している暇はないから!」
メリヤナは、エイヨンの姿を捉える。ふわふわした巻き毛ととろんとした雰囲気の特徴のエイヨンは見つけやすい。
これ幸いとばかりに、メリヤナはフィルクに適当なことを言って、エイヨンの元に足早に向かう。狙いをつけているように見えるかも知れなかったが、とにもかくにも今はフィルクといると、自分がおかしくなってしまうようで、この場を去りたかった。
そんなメリヤナの背中を、フィルクは見つめる。手袋越しの拳を握り締め、見送る。
「——こんばんは、ルース公子」
メリヤナは、社交の面をつけて、エイヨンに声をかけた。
とろんとした目が、メリヤナを見た。
「これは、ドール公女さま。素敵な秋の夜ですね」
エイヨンが紳士の礼をして、メリヤナに応じる。
「少し、お話よろしいでしょうか?」
「はい、もちろん喜んで」
「実は以前お招きした時にご紹介したもののことです」
「ああ……! 石鹸ですね。あれは素晴らしい代物でした。ミリアン商会に先を越されてしまいましたが、これからますます流行るのはまちがいない。生産が間に合わなくなる可能性を覚悟されたほうがよろしいですよ」
「ご助言、ありがとうございます。そのあたりは、ヨーチェさまや職人たちとも打ち合わせていますから。今日は別のもののことでお話をしたくて」
「……別のもの?」
「加加阿ですわ」
「加加阿!」
そんな話をしながら、メリヤナはエイヨンと舞踏の間に戻った。
今日のために、父ファッセルと母スリヤナと算段をつけていたことを話題にする。
「それは聞き捨てなりませんね。あの茶会では、石鹸のご紹介でしたが、加加阿の価値もまた計り知れない」
「ありがとうございます。街道交易を行われているルース公子なら、あれの価値を買ってくださるかと思いまして」
「ええ、ええ、それはもう」
「少し、とは申しましたけれど、お越しになったばかりでいやでなければ、ゆっくりお話でもされませんか? 実はミリアン商会のヨーチェさまもお呼びしていて、三人で加加阿の話をしたいと思っております」
ミリアン商会、と聞いて、エイヨンは商売敵の名に一瞬眉をひそめた。だが、すぐに加加阿の旨味のほうに価値を見出したらしい。肯いて見せた。
「どちらが、ドール公女さまのお眼鏡にかなうか、という話ですね。腕がなります」
「さあ、そこはヨーチェさまも含めて、詳しくお話をしないと、細かいことはわかりません」
メリヤナは、含みを込めて嫣然と笑って見せる。エイヨンが数秒頬を染めるが、すぐに気を取り直したように、メリヤナと合流したヨーチェと共に話をしながら、別室に向かった。マイラに一部屋用意をしてもらっていたのである。
そこで、はじめメリヤナは、流れ通りに加加阿の話をはじめた。
春の頃合いには、輸入が難しかった加加阿だったが、海南諸島との一定量の交易が可能になったこと。それにあたって、ドール領では輸入は扱うが、輸入後の扱い方を考えあぐねていることを相談した。
ヨーチェはおそらく当初の目的を完全に忘れていたにちがいない。エイヨンとともに、あーでもないこーでもないと語り合う。メリヤナはできるか、できないか、だけを答えて、あとはふたりだけで勝手に盛り上がっていった。
おそらく、小一時間は話していたのではないだろうか。
メリヤナは話の方向性を定めたうえで、作戦を進める。
「そういえば、ルース公子、話は変わりますけれど、お聞きしたいことがあります」
「はい。加加阿を扱うことを許してくださったドール公女さまのご質問であれば、なんでもお答えいたします」
隣でヨーチェがくやしそうにしている。
最初から打ち合わせていたはずなのに、くやしそうな顔は尋常ではなかった。加加阿をだしにする、と言った時から、ヨーチェは、信じられない、と騒ぎ立てていたから、もしかしたらこの場のために加加阿を使ったことに商会の娘として納得がいってなかったのかもしれない。
ヨーチェとはあとでゆっくり話そう、と思考を後ろに放りながら、メリヤナは、言質は取った、と話題にする。
「ミリーさまのことですわ」
「えっ」
「それから、サレーネという令嬢のこともです」
「えっ、あ、それは……」
まさか、メリヤナにそのことについて言及されるとは思っていなかったのだろう。
貴族の公子の顔から、ぼろりと、エイヨンという一人の青年の顔が露呈する。
「あら、興味深いですわね。加加阿を譲ったんですもの。話してもらわなきゃ、あたくしも納得がいかないですわね」
ヨーチェはほんとうにそう思っているのだろう。若干、恨めしそうな色を滲ませて、エイヨンを囲うように卓子に乗り出す。
「うっ……」
「幼馴染であると聞きました」
「許嫁でもあるとね!」
「最近、避けられているようだとミリーさまは泣いていらっしゃいました」
「うっ」
「どこぞの令嬢と過ごしていたり、果ては出かけたりしているそうじゃないですか!」
「……ううっ」
もはや尋問である。ヨーチェは、軍警府の官吏の勢いで、それはもう加加阿の私怨も含めて、エイヨンを問い詰めた。エイヨンはどんどん小さくなっていく。
メリヤナはいじめているようで申しわけなかったが、畳みかけるように言う。
「なんでもお応えしてくださる、とおっしゃいましたよね?」
凶悪な笑みに見えたことだろう。
エイヨンはついに観念したように、溜息をつくと、ぽつぽつと話しはじめた。
「……その、ミリーを避けているわけではないのです」
「ふーん、じゃあ、なんでミリーさまがあんな泣いていたんです? あたくし、あのかわいいリスみたいな子を泣かせるなんて、どんな悪いやつかしらって思っていたんです」
「ああっ、うう……」
「ヨーチェさま、それ以上言うと、エイヨンさまが何も話せなくなってしまいます」
私怨とはかくも恐ろしい。
「避けているわけではない、というのはどういうことですか?」
「いや、その……なんというか……」
エイヨンは言葉を濁しはじめる。
話さないのはメリヤナも許さない。ヨーチェはもっと許さない。
じいっと見つめていると、半分顔を隠して目線もメリヤナたちを避けるようにして、エイヨンは空いた手で後頭部を掻いた。それからぽつりと言う。
「最近彼女が、かわいすぎて、どう関わったらいいかわからず……」
「ええっ」「はあっ?」
メリヤナとヨーチェの声が重なった。
エイヨンはそれを言ったら、恥ずかしさは超えてしまったらしい。ぺらぺらと話しはじめた。
「成人してから、彼女のかわいさは増す一方なんです。昔からかわいかったのですが、最近はまるで小さなルッサムみたいで、私のところに子犬のように来るものですから、どう関わっていいのやら関わりあぐねていました」
ルッサムのよう、と思っていたのはメリヤナだけではなかったらしい。
「じゃあ、なんでサレーネなにがしなんかと一緒にいるのよ!」
ヨーチェは、もはや金切り声と言わんばかりだった。メリヤナは耳を塞ぎそうになって、エイヨンの返答を待つ。
「それは……彼女と違う雰囲気の女性と少しでも関わったら、彼女との関わり方もわかるかな、と思い。これまでの関わり方を思い出そうとしても思い出せないので、別の女性と関われば思い出せるかなと」
「そんなわけないでしょうがっ!」
「…………」
メリヤナは、少しだけエイヨンの気持ちがわかる気がした。どう関わればいいのかわからない、というのはわかる。これまで、どう関わっていたのかわからなくなる、というのも。
今メリヤナが、絶賛そのような感じなのだから。
エイヨンは話しはじめると止まらないらしい。ヨーチェの金切り声にも動じずに続ける。
「その、彼女のことは好きです。婚姻を結ぶのであれば、彼女以外ありえません。ですが、彼女とはただ小さな頃からの付き合いですから、私の後ろを付いてきてくれるだけなのですよ。私に対しては家族のような情があるだけで、私が想っている気持ちとはとても異なります。だから、こう上手く関わっていきたいのですが、如何せん——」
「——それは、ほんとうですか、エイヨンさま」
エイヨンがべらべら内心を吐露していると、可憐な涙声が空間に木霊した。
「エイヨンさまのそのお気持ちはほんとうなのですか」
ミリーが扉の前に立っていた。
何せ小一時間が経っている。そういえば、機をみて、ミリーを呼び寄せるというのがもともとの手筈だった。
「ミリー……!」
さすがのエイヨンも今のを聞かれたことに羞恥が先立ったらしい。とろんとした目元がいつになく見開かれて、顔中が真っ赤になっている。
「今のお話はほんとうなのですか……エイヨンさま」
涙袋をつくり、いよいよつぶらな瞳のリスなのか、雫を溜めるルッサムなのか、わからない顔でミリーがエイヨンに近寄る。
「…………ほんとう、です」
エイヨンが小さく言った。
「なぜ、おっしゃってくれないのですか……っ。そんな、ちがう女性の方ではなく、わたくしに言ってくださればいいのに……」
「だって、あなたはぼくのことを家族のように思って——」
「思ってません! 勝手に決めないでください! わたくしは、わたくしは……」
震えるようにミリーは顔をあげて言った。
「あなたをひとりの男性として、愛しているのです! ですから、わたくし以外の女性のところには行かないでください。悲しくなります」
「ああ、ミリー……まさか、そんな」
うえーん、とミリーは泣いて顔を伏せる。
そこに、エイヨンが近寄って、慰める。
「あなたが、そんなふうに思ってくれていたなんて、僕はなんて罪づくりなんだ……っ」
演技がかったようにエイヨンは言ったが、至って本人は真面目だった。
「僕も君のことを愛している……っ!」
「エイヨンさま……っ!」
「ミリー……っ!」
抱擁して、ふたりが感動でむせび泣きはじめる。
メリヤナとヨーチェは、三文芝居を見せられている気分になった。
「——メリヤナさま、あたくしたち、必要でした?」
「……とりあえず、外に出ましょうか。ふたりだけにして差し上げたほうが良いかと思います」
「あたくし、あんな男に加加阿を譲る必要あります?」
「ふたりの仲が戻れば、もしかしたらエイヨンさまも加加阿を譲ってくださるかもしれないですね」
はあ、とヨーチェが溜息をつく。
まだまだ、サール公の夜会ははじまったばかりだった。




