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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。【本編完結済】  作者: 稿 累華
第11章:火祭りに出向きましょう

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73話:シャボン玉談義

「もちろんいいよ。どこに行くの?」

「付いてきて」


 メリヤナは馴染んだようにフィルクの手を引いた。喧騒から離れるようにして奥まった通りに進んでいく。

 さすがに祭りの日だからか、職人たちの工房が連ねる区画は普段よりも静かだった。どこかで鍛冶の音はするが、それも遠い。

 目的の吊り看板を見つけると、メリヤナはためらいなく戸をくぐった。


「——時間ぴったりですのね」


 店台(みせだい)に肘をついたコルト伯令嬢ヨーチェがいた。彼女もメリヤナと同様に祭り衣装だ。

 その向かいには常なるように憮然としたアズムがいる。

 メリヤナを認めてから、それから後ろにフィルクを認めると、ヨーチェはついていた肘を離して、びっくりしたように言った。


「ええっ?! もしかして、ローマン公子ですの?」


 フィルクは目礼して肯定を示す。

 ええーっ、とヨーシェはもう一度、声をあげた。


「全然、普段と雰囲気がちがうじゃありませんか。普段も評判いいですけれど……って待って、そもそもメリヤナさまと、ローマン公子ってどういう間柄ですの? そ、それは元から仲が良いことは知っていましたけれど、ええーっ」


「おい、そんなことはどうでもいい。——で、これをこれからどうするんだ?」


 興奮したように言うヨーチェに冷水でも浴びせるかのごとく、アズムがばっさりと話を切り替えた。

 アズムが言ったのは、透明な硝子でできた小瓶に入る液体だった。中には同じく硝子でできた細い棒のようなものが入っている。中は空洞になっていて、吸ったり吹いたりできるような構造になっている。近隣の硝子工房の手によるものだった。


「できたのね!」


 メリヤナは喜色を浮かべて、硝子瓶を手に取る。なかの液体がとろっとしていた。


「リヤ、これはなに?」


「リヤ?!」


 仰天したようにヨーチェが声を出す。

 アズムとフィルクはそんなヨーチェを無視したが、メリヤナは曖昧に誤魔化すように笑った。


「……えっと、これは、ヨーチェさまとアズムとわたしで開発した新製品よ。なんて名前だったっけ、アズム」


石鹸膜(シャボン)だ」

「そうそう。それよ、それ」


「へえ」


 フィルクが面白そうにメリヤナから渡された小瓶を手に取る。検分するように上から下から横から見た。


「どうやって使うの?」

「ふふん、それはですね、吹いて使うのですよ」


 メリヤナとフィルクの話題を扱っても、誰も関わってくれないことがわかったからなのか、ヨーチェは気を取り戻して自慢げに言った。吹いて使う、という着想をしたのはヨーチェだったからだ。


「へえ」


 やってみたいとフィルクが顔で言っている。


「ちょっと表に出て、吹いてみる?」


 メリヤナが訊くと、フィルクは肯いた。

 表に出ると、大通りの喧騒が聞こえてきたが、ここはほとんど人がいない。四人で石鹸膜を試すには十分だった。

 フィルクが液体が付いた棒硝子を取り出す。それから、宙に向かって、ふうっと吹くと石鹸膜の泡がいくつもできて、秋の風に運ばれて浮かんだ。


「うわ、これすごい」


 フィルクが喫驚(きっきょう)する。

 メリヤナとヨーチェは悪戯が成功したように顔を見合わせて笑った。


「そうでしょ? 石鹸をもっと親しみのしやすいものにしたくて、思いついたの」


「だって、今や貴婦人たちのあいだで大流行の石鹸ですのに、庶民は興味を持ってくれていないのですのよ。かと言って、あまりにも安価に売り出したら貴婦人たちの顰蹙(ひんしゅく)を買うのは、売り出した当家です。だから、手はじめに庶民に興味を持ってもらうものを売り出すのはどうかと思ったのです。ミリアン商会は貴族を顧客としますが、今王都に庶民向けのちょっとした贅沢品や遊具を扱う店を出そうとしています。それの宣伝にも使えるかと思いまして」


「おれは要望と期日と注文だけつけられて、日々液体石鹸の配合を調整し作らされていた」


「それで、その試作品のお披露目が今日だったの」


 アズムの言葉を受けて、メリヤナは締めくくるように言った。


「なるほどね。——もしかして、これは子ども向け?」


 フィルクは一通りの説明を受けて、推察したように尋ねる。


「さすが、秀才のローマン公子! ご名答ですわ。これは、当店で子ども向けの商品として扱おうとしている品ですの。石鹸膜玉(シャボンだま)と命名するつもりですわ」


 ヨーチェの回答を聞いて、フィルクは顎に手をやる。おもむろに口を開いた。


「そうか……、そうだな。そうしたら、一緒に注意事項も併せて販売したほうがいいだろうね」


 フィルクの言葉に、メリヤナはきょとんとし、ヨーチェは訝しみ、アズムは太い片眉を吊り上げた。


「これ、きっと流行るよ。まちがいない。子どもは大喜びだ。きっと誕生日とかに売れるだろうね。安価になれば、一般的な遊び道具として人口に膾炙(かいしゃ)するだろう」


 称賛してフィルクは一度言葉を切る。考えさせるように疑問を口にした。


「でも、流行るとそこら中がどうなると思う?」

「……泡だらけになる?」


 メリヤナが答えると、フィルクは首肯した。


「そうだ。正確に言うと、きっと雨の日に大変なことになる。石畳は水はけが良いけれど、この液体なら残る。そこら中が泡だらけになるだろうね。後始末が大変だ」


 だから、とフィルクはヨーチェに気軽に行った。


「使う場所はどこそこにする、と決めたうえで販売したほうがいい。それでもそんなの忘れて子どもって動き回るから、長期的に下水処理とかも踏まえて検討したほうがいいよ。石鹸を庶民にも売れるようにするのであれば、西王都の下水処理法を参考にして、東王都全体の処理法もあらためる必要があるかな。まあ、長期的な話だけど」


 ヨーチェはしばらく押し黙っていた。それから、観念したように嘆息した。


「ご助言ありがとうございます、ローマン公子。たしかに商品が売れることだけでなく、売れた結果どうなるかまで考える必要があります。大変勉強になりました」


「参考になったのなら何より」


 フィルクが言うと、メリヤナは感心したように言葉を紡いだ。


「やっぱりフィルって思考力がすごいのね。わたしも、勉強になったわ」


「フィル……?」


 ヨーチェが鋭く反応してぼそっと呟いた。黙殺される。


「見直した?」

「うん」


 ふたりのなんとも言えない空気を、ヨーチェは凝視するように見つめていた。


 ——このふたりの関係性はいったい。メリヤナさまには王太子殿下という婚約者が。でも、政略結婚なわけだから、他に恋人がいてもたしかにおかしくないわけで、いやでも、王太子殿下がメリヤナさまにぞっこんだというのは有名な話だし、もしかしてこのふたりは危ない橋を渡っているのでは、などと憶測を深めていた。


「——今のを聞くと、配合も考え直さねばならんな。膜が作りやすく、一方であとから泡立ちにくく、さらっとしたものがいいか。努力しよう」


 職人肌のアズムはそんなことどうでもいいと言わんばかりに締めくくったのだった。



   *



 山の端に陽が沈む。黄昏が訪れ、王都はいよいよ火祭りの本番が始まろうとしていた。次々と用意された篝火や角灯に火が灯っていく。街もいっそう賑わっていた。


 アズムたちの元を去ったあと、灯火占いをしないか、と言ったのはフィルクだった。


 灯火占いは、星が見えるようになってから行われる。メリヤナとフィルクは、それまで時間を潰して過ごし、それから占いを行える畔の桟橋に向かった。若い男女の連れ合いや、女子同士が多い。一方で商人組合の団体なども見られた。


 灯火占いは火祭りの夜にしか行われないが、フリーダ神の加護を受けて、よく当たると言われているので、恋占いや商機を見るために訪れるものが多かった。


 長蛇の列ができており、メリヤナたちも並んだ。

 一時間ほど喋りながら過ごすと、メリヤナたちの番だった。辺りはすっかり暗くなり、占いの結果を見るのにちょうど良い。


「はい、恋人さんたち、こちらの紙にこの燐寸(マッチ)を使って灯してくださいね。ぱちぱち火花が跳ねるから気をつけて。硝子玉のような形になったら、湖に落とすのよ。そうすると、落ちたところに視えはじめるわ。——フリーダ神の加護があらんことを」


 今日だけの腰かけ仕事だろう。自分と年齢が近そうな女が言った。


 恋人と言われて顔が赤くなる。気にすることなどないはずなのに、フィルクの顔が見れなかった。


 女から紙縒(こより)を二本と燐寸(マッチ)二本を受け取る。小舟を利用したかったらどうぞ、と案内された。

 灯火占いは湖面であればできるが、舟に乗って行うのも人気に寄与している。



「——懐かしいね、舟に乗るの」



 櫂を漕ぐフィルクが言った。メリヤナは笑う。

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