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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。【本編完結済】  作者: 稿 累華
第11章:火祭りに出向きましょう

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72話:火祭り

 火祭りは、初秋に行われる庶民の祭りだ。祭りの起源を遡ると、神代に遡ると言われている。


 当初は、女神フリーダを祀る厳かな儀式だったらしいのだが、時代を経るにつれて、厳かな空気はなくなり、むしろ現代では和やかな親しみがあるものに変化している。平民の子どもたちがはじめて祭りというものに親しむのが、この火祭りだった。


 日中からはじまる火祭りは、夜遅くまで篝火が焚かれる。そこら中の商店が祭りのための露店を出し、通りは狭くなっていたが、街なかのあちこちで音楽が流れ、活気と喧騒に満ちていた。


「うわあ……!」


 東王都の入り口、煉瓦塀の近くがフィルクとの待ち合わせ場所だった。通常も人で賑わっているが、入り口だけでも祭りの賑わいが伝わってくる。


 王都に住んでいるのに、メリヤナはこの方20年とちょっと(やり直し前も含める)火祭りに参加したことがなかった。貴族のなかでも民衆に混じって参加する者も多いと言うが、位家の序列が高いほど、庶民の祭りに参加することを忌避する暗黙の空気というのがあった。楽しそうだな、と思いつつも、毎年対岸で指をくわえているだけだった。

 憧れだった祭りに参加できるのはとてもうれしい。


「お嬢さまってば、子どもみたーい」


「リリア!」


 カナンとオリガの声が重なった。リリアのけらけらした声が笑う。


「だって、きょろきょろしてて、ほんとに子どもみたいなんだもん」


「お嬢さまははじめて参加なさるのよ。きょろきょろするのは当たり前でしょう」

と、カナン。


「お嬢さまの場合は、かわいらしいというの。あなたは言葉選びがどうしてそんな雑なの」

と、オリガ。


 ふたりが続けて非難すると、リリアは常なるように、はいはーい、と受け流す。

 メリヤナはくすくすと笑う。メリヤナの様子にリリアは、ふふん、と鼻を鳴らすように機嫌をよくしていたが、カナンとオリガは辟易していた。


「——ごめん、リヤ。遅れた」


 はっ、とメリヤナは振り返った。そこに馬から下りるフィルクがいた。

 入口付近の馬屋に小銭を渡して馬を預ける。四人が集まってくるところに辿り着くと、息を切らしているようだった。


「あれ、ローマン公子? 素敵! 元がいかにも高貴なお貴族さまだから、庶民の服を着ても、庶民感というよりは商家のおぼっちゃん感がどうしても出ちゃうけど、()かっこいい! あたしの好み!」


「リリア!」


 本日二度目のカナンとオリガの合奏だった。


「ええー、だって()かっこいいよ? かっこいいと思いませんか、お嬢さま。あたしはちゃんとお嬢さまの内なる心を代弁しただけなんだから」


「今あたしのって言葉が聞こえましたよ」

「おかっこいいって何……」


 オリガ、カナンに言われて、ああそれは、とリリアが視線をどこかにやって曖昧に誤魔化そうとして、メリヤナに視線を定めると縋るように言った。


「お嬢さまもかっこいいって思いましたでしょ?」

「あ、う、うん」


 メリヤナも曖昧に肯いた。


 正直なところ、なんと言えばいいのかわからない。話が振られるまで、ぽかんとしていた。

 いつもの着姿でないから、呆気に取られていたのであろうか。


 フィルクは、祭り服だった。真っ白な襯衣(シャツ)に、黒襟の付いた薄赤の胴着(ベスト)を羽織っている。合わせているのは黒い細袴(ズボン)で白い長靴(ちょうか)が映えていた。

 いつも結わえてある髪を半分下ろしているせいだろうか。雰囲気がちがって見えて、まともに見られなかった。


 あたしの好み、とリリアが言った言葉が頭の中で木霊する。


 あたしの……わたしの、好み。


「へえ、リヤもかっこいいって思ってくれてるんだ?」


 フィルクの楽しそうな声にいつものからかいの色が含まれる。


「もう——」


 メリヤナもいつものようにむかってして顔をあげると、想像より近い場所にフィルクの顔があって、心の臓が止まった。


 祝宴の時のことが思い出される。

 ばっと火炎が灯ったように顔中が熱くなった。畳みかけるように、フィルクが耳飾りが揺れる耳元で囁く。飾りに、以前洗礼式でもらった飾りにふれながら、そっと囁く。


「——君も、かわいいよ」


 耳まで、発火したのがわかった。

 すかさず距離を取って、メリヤナは耳元と頬を隠すように両手で覆った。


「あらあらあら、これはあたしたち、邪魔者じゃない。さっさと行くわよ、ふたりとも」


 察しの良いリリアが、カナンとオリガを引き連れて人混みに消えた。

 あとには真っ赤になったメリヤナと、楽しげなフィルクだけが残された。

 メリヤナがこのあとどうすればいいかわからなくなっていると、フィルクが片手を差し出す。


「僕たちも行こうか」


 今さっきのことはなかったかのように言うので、付いていけない気持ちになりながらも、差し出された手を取った。ぎゅっと強い力で引き寄せられる。

 胸が弾むようだった。



 人。人。人。どこへ行っても人。



 あまりにもの人の多さに圧倒されるものがあったけれど、メリヤナは楽しくて仕方がなかった。

 賑わいが楽しい。皆が笑っているから気持ちが伝播してくるのだろうか。人がいて、もわっとするようなのに、秋の枯れ草の匂いが混じっているからか、室内で行う舞踏会などよりも、ずっと空気も良かった。


「リヤ、こっち」


 フィルクとはなし崩しに手をつないだままだったが、これは功を奏した。今のところはぐれずに済んでいる。もしかしたら、はぐれないように、という意図があったのかもしれない。あたたかく大きな手が心地よい。


 フィルクに案内されたのは湖に望む露店で、なんとそこには、コモナの塩漬けが串に刺さって姿焼きされているのである。


「ええっ!」


 メリヤナは歓喜して興奮して、声を上げた。

 フィルクが笑う。


「食べよう」

「うん……!」


 ふたりで小銭を出して、一本ずつ買った。小銭を持ってきて良かったし、以前アズムから金銭感覚を教わっていてほんとうに良かったと思う。コモナの串焼きは、小銅貨三枚の値段だった。お祭り価格である。

 好物に、今すぐかぶりつきたい気持ちを抱いていると、フィルクが良い提案をする。


「さっきそこで、発泡葡萄酒が売ってたから、それも一緒にどう?」


「最高だわ!」


 発泡葡萄酒も、小銅貨三枚だった。


 空いていた石段に腰かけて、メリヤナは串焼きにかぶりついた。

 じゅわっと、魚の旨味が塩と香草の香りと一緒に口の中に満ちていく。常に食べるのは蒸し料理がほとんどだったから、炭焼きになっているのをはじめて口にした。


 炭のけむっぽいかおりが、信じられないほど合った。酒蒸しなどとんでもない。きっとこの郷土料理はもともと炭焼きが起源だったにちがいない。苦いような香ばしいようなかおりが、塩みの利いた魚肉に絶妙に絡んでくる。


 言葉を忘れて、夢中で頬張った。これまた発泡酒がたまらなく合う。塩っぽくなった口に、爽快な葡萄の泡が流れてきて、体のなかをぽかぽかさせる。発泡酒さえあれば、串二本だろうが、三本だろうが、いくらでも食べられる気がした。


(幸せすぎる)


 メリヤナが満面の笑顔で食べる様を、フィルクは穏やかに、優しく、見守っていた。


 食べ終えてから、メリヤナたちは噴水のある広場に向かった。民衆に混じって街の踊りに参加する。


 音楽は、(ふいご)式の縦笛と竪琴、提琴(ヴァイオリン)による合奏で、小気味のよい拍子だった。街の踊りであるものの、音楽も振り付けも社交界で聞き覚えのあるもので、拍数が速くなっているだけだった。だけだったが、実際に踊るのはかなり大変だった。


 社交界で踊るものはあくまで社交のためだから、泊数がゆっくりで、喋る余地がある。けれど、いざ街の拍子で踊ってみると、喋る余裕はなく、踊るのに精一杯だった。


「いいぞいいぞー!」


と、酔っ払いから声がかかるが、それどころではない。メリヤナは目をぐるんぐるんさせながら踊った。フィルクは余裕そうで、メリヤナを、あはは、と笑ってさえ見せる。


 一通り踊り終えたのちは、メリヤナは酔いもあって視界が回っていた。フィルクはそんなメリヤナにすぐ近くの露店で買ってきた甘橙(オレンジ)の果汁水を差し出す。

 酔いや疲れがすーっと引いていくような清涼さだった。



「ちょっと寄りたいところがあるんだけど、いい?」



 甘橙の果汁水を飲み終えてから、露店を見てまわる。時間を確認して、メリヤナは訊いた。

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