49話:国王からの召集
国王の勅命の下、メリヤナが緊急召集を受けたのは、初夏も訪れようとする昼下がりのできごとだった。
ちょうど母スリヤナと、侍女の最終選考について話し合っていた時だった。突然国王の勅使が訪れたので、てんやわんやで宮廷衣装に着替えることになった。
牙白色の下着には、袖と腰より下に刺繍と笹縁が施されていて、その上に衣装を着る。青い空色の衣装はメリヤナの瞳に合わせたもので、胸元が開き、袖は肘から先が大きく広がって垂れていた。前面に腰から山型に切れ目が入っていることで、下着の刺繍と笹縁が見える仕様だった。
参代するための装いに着替え終えると、真珠の首飾りを身に付ける。衣装と同じ繻子張りでできた半月型の髪留めを被って、うねる髪を整えた。
鏡台の前でカナンに櫛を通してもらいながら、迷った末、メリヤナは以前フィルクからもらった赤い耳飾りを付けて仕上げにし、出発した。
(どうして、わたしが呼ばれたのかしら)
がらがら、と車輪がうるさく鳴る車内でメリヤナは考える。
ドール公である父ファッセルや、王妃と交流のある母であればわかる。けれど、緊急召集令ということは、それは政治的な事柄だ。メリヤナは未だルデルの婚約者でしかなく、召集令に当たるような務めを担ってはいなかった。
(まさか……)
ぞぞっ、と寒気が背中を伝った。
すでに陰謀の網の目が張り巡らされているというのだろうか。メリヤナがこの五年で動いたことで、運命の歯車が変わって、以前よりも早く罪に問われる事態になったのかもしれない。
そこまで考えて、メリヤナは頭を振り払った。
(やめよう)
想像しても仕方がないことだ。不安はあるけれど、現実は変わらない。何か起きたらその時、最善のことをすればいい。
馬車が西門の前まで到着すると、衛兵の検問を受け、そのまま敷地内の馬車道を進んだ。王宮敷地内の馬車道は、私用などで訪れた時には利用することが叶わないが、こうして正式に召集された時には使うことができる。
本宮の前まで馬車を進めると、そこで降りた。扉から先に進む。長い柱廊を進み、三度扉をくぐった先が、玉座の間だった。ごくっ、と唾を呑むと衛兵に目顔で合図をして、両開きの最後の扉を開いてもらう。
「——メリヤナ・グレスヴィー、召喚に応じ、ただいままかりこしました」
宮廷衣装の両裾を軽く持ち上げ一礼しながら、告げた。
「——大儀であった。面を上げるが良い」
国王に許されるままにメリヤナが顔を上げると、そこには玉座を中心にして左右にずらりと並ぶ召集を受けた者たちが並んでいた。
メリヤナは素早く視線を走らせて己の席次を確認すると、前方に歩を進めた。すでに控えていたルデルの横まで来ると、目礼をする。ルデルが簡単に応じて肯くと、メリヤナはすっとその横に並んだ。
次々と訪れる者がいるなかで、最後に国務府の長官や局長たちの姿が現れると、いよいよメリヤナはこれがなんの集まりなのかわからなくなった。王太子ルデルアンに、宮公、六府の宮中伯や局長、さらに補佐官が控え、重々しい面子のなかで、メリヤナだけが浮いているように見えた。
「揃ったようだな」
国王は、玉座から堂内を見回した。
「すでに知っているものもおろうが、召集した理由については、宮宰より説明する」
合図を受けた宮公は、玉座の前、階下に進み出ると、文書を読み上げるように告げた。
「つい数刻前に、アルー=サラル国より使者が訪れました」
堂のなかがどよめきで揺れた。
「使者が申すには、これより三週間のちに自治都市郡のひとつサルフェルロ市国にアルー=サラルの巡察使が訪れるとのこと。その際、我が国とエストヴァン国の三カ国で協議を設けたいというのが主旨でございます」
巡察使は、広大な遊牧国家アルー=サラルで、地方の監察を行う者のことだ。大帝の代理として、絶大な権限を持つという。
「北の夷狄が、我が国にどのような所以あって協議を申し込むか?」
軍警府長官バロンヌ宮中伯がせせら笑う。同調する空気は見られず、宮宰の返答のみが待たれた。
「隊商都市における今後の交易に関すること、と聞いています」
「仔細は?」
「わかりませぬ。だが、重大な事柄ゆえ、必ず協議には参加してもらいたいというのが使者の申し出です」
再び、堂内がざわついた。近くの者と言葉を交わし、あれやこれやと憶測の声が飛び交う。
メリヤナはそのなかで、何か記憶に引っかかるものがあった。
(アルー=サラルの巡察使、交易……たしか、何か)
かつての記憶だ。思い出そうとすると、沼に沈んでしまったように記憶が底へと沈んでいく。もがけばもがくほど沈んでいく記憶は、重大なことだった気がした。
「——朕は、」
黙っていた国王が口を開くと、一斉に静まり返った。
「この申し出を受けるつもりだ。協議を断って余計な波風を立たせたところで利にはならぬ」
「ですが、陛下、仔細がわからずに協議に挑むのは、いささか余念が残りまする」
「ゆえに、お前たちを召集した」
大臣のひとりが疑念を口にすると、国王は断ずるように言った。
「我が国は、これより五日のちに、協議に参加するための使節団を派遣する。それに際して、」
長官たちに向けられていた視線が、ルデルとメリヤナに的が定まった。
「今回の使節団の長は、王太子ルデルアンとし、特使として、ドール公が長子メリヤナ・グレスヴィーを任命する」
メリヤナは、目を丸くして国王を見上げる。
「王太子、良いな?」
「はい」
ルデルが拝礼して応じた。
「メリヤナ、」
射竦められたように、メリヤナは国王を見つめる。
「そなたはサラル語を習い、今や巧みに話すという。かの国の文化にも通じていると報告を受けている。王太子を支え、伴に使節として向かっておくれ」
「……承知いたしました」
メリヤナは拝礼をしながら、心の臓が胸を打つのがわかった。己に突然訪れた大任に理解が追いついていなかった。どこか遠いできごとのように、続く国王の言葉が耳に響いた。
「セラス宮中伯は、国務府外交局内で、王太子とグレスヴィー嬢と共に向かう使節団の人員の準備を」
「御意」
「バロンヌ宮中伯は、軍警府内で警備に当たる者たちを選抜するように」
「承知つかまつりました」
「土木府と司法府は、使節団が通る街道の整備と治安の問題を至急調査し、必要であればただちに対処するが良い」
二府の長官たちは深々と礼をして、これを受けた。
「人事府と財政府は、以上に伴う人事異動や緊急予算の編成を行うように」
人事府長官と財政府長官が承ると、国王は堂内に轟かせるように告げた。
「——使節団の出立までに巡察使の協議の腹案に見当を付けるのだ」
良いな、と締めくくった国王の言葉が暗黙のうちに、宮宰や大臣たちを締め上げた。全員が全員習ったように、礼をする。
メリヤナは呆然と、受け容れた。
これは現実なのだ、と。




