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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。  作者: 稿 累華
第8章:ドール石鹸を披露しましょう

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48話:大切な友人

「あなたは、ばかなのっ?」


 人気がなくなったところで、メリヤナは振り返ってフィルクを罵倒した。


「あんな態度を取ったら、みんなからよく思われないに決まっているじゃない!」


 場所は庭園も奥まった小林のなかだった。春陽(しゅんよう)が差し込むあたたかい光に包まれながら、フィルクは無表情を崩さない。


「フィルは自分から希望して国務府に入った。あなたが語学や諸国の事情に精通しているのを考えれば、当然のことだわ。どうして、それをクルスさまに言ってやらなかったの? 僕は自分で選んで入ったって。それどころか、彼をばかにするような態度を取って、勘ちがいされちゃうじゃない!」


「別に勘ちがいされたっていい。仕事には支障がない」


 フィルクはにべもなく言う。


「そんなわけないでしょう! 何かをするには、人脈は大事よ。情報を得たい時や困った時、そういう時に人の(つて)が頼りになるの。そのために、最低限の人との関わりや礼儀は必要だわ。それなのに、あんな……。ましてや、殿下に対して失礼だわ」


「王太子に嫌われたところでたいしたことじゃない。そもそも、元から嫌われている」

「なんでよ?」

「さあ、どうしてだろうね」


 含みを持たせながら、フィルクは諦めたように言った。言ってもわからないだろうと言わんばかりに。

 メリヤナはその物言いに腹が立った。腹が立って、つい要らぬことを口にしてしまう。


「仕事上の付き合いや殿下には愛想ひとつ振りまけないのに、女の子には愛想を振りまけるのね」


 額の裏で、ファルナ公女の姿がちらついた。


「……へえ」


 フィルクの面白がったような声に、メリヤナは睨みつける。


「何よ?」

「それって、もしかして嫉妬?」


 フィルクがにっこり笑うので、メリヤナはすぐに顔を真っ赤にした。


「ばかっ!」

「えー。リヤが妬いてくれたらうれしいのになあ」


「わたしが好きなのは殿下! あなたに妬いてどうするの、まったく。今のは嫌味よ、嫌味」

「ふーん」


 楽しそうにこちらを窺い見るフィルクの目には、さきほどまで漂っていた冷たさは氷解しているように見えた。悪戯な光と、もうひとつ。真剣な光が宿っているような気がして、メリヤナは無意識にそれに気付かないふりをした。


(いつものフィルだ)


 少しほっとして、胸を撫で下ろす。


「わたしはただ、あなたがちょっと怖かったから……」


 小さくつぶやいた。

 そう、怖かった。

 メリヤナが知らないフィルク。覗き込んだことのない姿。


 不意にそういった影を感じ取ることはあった。冷たく、誰も寄せ付けない視線。境界線を引き、己の領分を越えさせない態度。不用意に寄ってくるものがあれば、言の葉の刃を以って斬りつける。


 もしかしたら、彼の生い立ちが影響しているのかもしれない。


 メリヤナは知っている。側妻の子だったと聞いた。父親に顧みられず、母親は死に、周囲から愛情を受けぬまま、親戚筋の辺境侯位家の養子となった。

 ローマン家での様子を聞いたことはないが、ウルリーカや、ケイウス、キリカの態度を見ていると、フィルクがずっと馴染めずにいるのは明白だった。

 フィルクは、飢えているのだ。かつてのメリヤナがそうであったように。


「……リヤは、……幻滅した?」


 だから、こうしてたしかめるようにメリヤナを窺う。ふとした瞬間に不安に苛まれて。

 メリヤナはゆっくりと首を振った。


「ちがうわ。そんなことあるわけがない。だって、フィルはとても優しい人で……そんなあなたが誰かに勘ちがいされたままなのはいやよ。だから……」


「僕が優しいっていうのは嘘だ。優しいと言うなら、それは君の前でだけだよ」


 フィルクが自嘲するように言う。冷ややかに自分を笑う。

 メリヤナは、否定するように再度首を横に振った。


「あなたは優しい人だわ。不器用なだけ」

「どうして、そんなことがわかるの?」

「わかるわよ。だって、大切な人のことだもの」


 メリヤナが淡く微笑めば、フィルクが固まった。それからほどなくして、力をなくしたように笑った。


「……リヤにはかなわない」

「じゃあ、少しは愛想よくできる?」

「努力してみるよ」


 そう言うフィルクの顔には明るい諦念が見られた。


「まあ、でも、王太子には愛想よくできそうにないけどね」

「どうして?」

「……秘密」


 にやりとする彼は、これ以上話してくれそうになった。

 追求したところで答えてはくれまい。

 メリヤナは溜息をひとつついて、それから話題を変えた。


「ついでだから、ひとつ報告しておきたいことがあるの」

「君の巻き戻しに関すること?」

「そうよ」


 メリヤナが答えると、フィルクは真面目な顔になって肯いた。


「わかった」


 メリヤナは、さきほどルデルから聞いたことをすべてフィルクに打ち明けた。

 〈盟約の証となる報せ(メルディメルグ)〉については、すでに説明してあった。本来であれば、国家の重大機密となる事柄を話していることが知られれば、重罪になりうる。しかし、メリヤナが冤罪となって処刑された以上、装置のことを話さずにはいられなかった 。フィルクが誓って口外しないと信用できるからこそ、メリヤナはすべてを明かしていた。


 話を聞き終えたフィルクは、顎に手を当て考える仕草を見せた。メリヤナはそのあいだに自分の仮説を述べる。


「殿下の話をまとめると、そもそも〈盟約の証となる報せ〉を使用できるのは、この国には陛下と殿下、姫殿下しかいらっしゃらないことになる。でもまず、この三人が装置を使うことはまずありえない。となれば、その存在を理由にできる者が怪しい。わたしがルノワ宮中伯に述べられたことが半分嘘である以上、装置の存在を知っている人間で、なお且つ、王城の設計図の在り処を知っている者が、黒だと思うのだけど、どうかしら?」


「つまり、リヤは〈盟約の証となる報せ〉は実際には使われていなくて、隠蔽(いんぺい)の理由のみに使われたって言いたい?」


「そういうこと」


「たしかに、その可能性はある。あるいは装置の存在を知らず、設計図の場所を知っている人間の可能性も」

「……そうね、それもそうだわ」


 メリヤナは首肯する。


「だが、それ以上にもっと単純な話もある」

「単純な話?」

「実際に、装置は使われたという可能性だよ」


 続けられたフィルクの言葉に、メリヤナは目を丸くした。


「何を言ってるの? まさか、陛下や殿下がやったって言いたいの?」


 そうなれば、売国という行為を王族がやったことになる。そんなことはありえない。


「ちがうよ。僕が言いたいのは、まだ〈盟約の証となる報せ〉を使える権限があるものはいるだろうってことだ」


「使える人間なんて……」


 言われてはじめて、メリヤナは思い至る。


「エストヴァンの皇族……?」

「そういうこと」


「皇族がフリーダに潜入するなんて……、それも王宮の内部に気付かれることなく入ることなんてできる?」


「難しいけど、できる可能性はあるね」


 フィルクはこともなげに言った。


「リヤは、皇族をどれだけ知ってる?」


「どれだけって、今上皇王陛下と皇妃殿下、皇太子ユステル殿下、病弱だと聞く第二王皇子アステル殿下……それからあとは、皇弟殿下よ。それだけじゃない?」


「あと十人近くはいる」


 メリヤナはぎょっとした。


「うそでしょう? だって、聞いたことないわ」

「だろうね。表に出てきてないから、知らなくて当然だ」


 フィルクは淡々と説明をつづけた。


「エストヴァンの皇族には側室制度がある。皇王や皇太子は正妃以外に、側妃を持たなきゃいけない」

「え、でも、たしか皇族には〈唯一愛〉の権能があるって、昔言っていたじゃない」


 メリヤナの血にも流れているそれだ。一人の人のみを愛し抜くという、女神エストの権能。


「そうだよ。だから、その神の血を引く者を絶やさないために、側室制度があるんだ」

「それって、じゃあ、絶対に愛されない人の元に嫁がなければいけないってこと?」

「うん、そういうことになる」


 どこか憂えた空気をまとっているのは、フィルクが同じような境遇にいたからだろう。


「そんなの……まちがってる」

「まちがっていてもそうやって成立しているのがエストヴァンだ。側妃の子たちは皇籍に入ってはいるが、基本的に自由だ。宮殿に務める者もいれば、国を出る者もいる。十年以上行方不明の者だっている。だから、誰か一人くらいフリーダに紛れ込んでいたところでおかしくはない」


「…………」


「この件はとりあえず置いておこう。まず先にリヤは、自分が立てた仮説を潰すために動いて。装置の存在を理由にできるものや、装置それ自体のこと、それから設計図の在り処、そういう情報を調べて。僕は、司法府のことを調べる」


「……わかった」


 なぜだか複雑な気持ちだった。

 エストヴァンの側室制度を淡々と語るフィルクがその内実、どう思っているのか知りたくてたまらなかった。


「またわかったことは報告しよう」


 フィルクがまとめて間もなくして、メリヤナは西門まで辿り着き、送り届けられたのだった。

次回から9章です。

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