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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。  作者: 稿 累華
第8章:ドール石鹸を披露しましょう

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46話:王族と皇族の血

「——失礼いたします」


 メリヤナが王太子宮の執務室に入室すると、そこには近衛であるエッセンと補佐官であるクルスが並んで、ルデルと共に顔を突き合わせていた。どうやらまだ執務の途中であったらしい。

 メリヤナは話し込んでいる様子の三人を邪魔しないように、そっと長椅子に腰掛けた。


 ルデルは成人してから多忙になった。

 午前に執り行われる国議に参加し、午後は六府の業務の進捗を確認する。特に、ルデルは武に優れていることで、軍警府の業務や訓練に参加することが多かった。エッセンも混ざって話し込んでいるということは、今もおそらく軍警府の業務に関する執務であると思われた。


「——お待たせした。こちらが呼び立てたのに申しわけない」


 ルデルは執務机から、メリヤナに向かい合った長椅子に腰を移動した。ちりん、と鈴を鳴らして、出てきた侍女に茶と菓子を申し付ける。


「先日はどうもありがとうございました、メリヤナさま。またお待たせしてすみません」


 屈託なくクルスがそう言うと、メリヤナはまったく悪い気がしなかった。自然と人に境界線を引かせない雰囲気がクルスにはあった。


「いいえ、姫殿下もいらっしゃっていたようですし、気にしておりませんわ」

「リアーチェに会ったのか?」


 ルデルが訊く。


「ええ。入り口のところで。お久しぶりにお会いしましたが、大きくなられましたね」


 ルデルアンには妹姫がいる。王女リアーチェ。齢は八歳。普段は後宮から出ることはほとんどなく、メリヤナも顔を合わせたことがあるのは、片手で数えるほどだ。その数えるほどの機会が、さきほどあったのだった。


「ああ。最近は母上に似て口が達者で困る」


 そう言いながらもルデルは、なんとなくそんな妹姫の成長を喜んでいるようだった。

 茶が運ばれてくると、入れ替わるようにしてエッセンとクルスは出て行った。エッセンは、外で控えていることを告げ、去っていく。侍女たちもまた茶と菓子を運び淹れるとすぐに執務室を辞していき、メリヤナとルデルだけになった。


「クルスから聞いたのだが、橄欖(オリーブ)石鹸というものを作ったそうだな?」


 茶を一口啜ったルデルが、唐突にその話題を口にした。

 メリヤナは少し驚いた様子を見せながら答える。


「お聞きになられたのですか? たいしたものではございませんよ?」

「そうか? クルスの話によれば、相当自信作のようだが? あれは売れると口にしていた」


 ルデルが少しおかしみを込めて言う。


「それはその……、そうなのですが……」


 恥ずかしそうにしながら、メリヤナは内心で拳を作る。

 あの茶会にクルスを招待したのは、他でもなく、ルデルに報告をして欲しかったからだ。メリヤナが公位家の娘として社交を行っている姿や、自身で考え製作したものを、自信を持って披露している姿を人づてにルデルに伝えたかったのだ。


 かつての社交界をただ渡り歩いている凡庸(ぼんよう)な自分ではなく、王太子妃として立派に社交を果たせるのだという姿を、メリヤナはルデルに知って欲しかった。それゆえ、クルスという歳の近い人物を招待したのだった。

 そういった意味で、メリヤナの目論見(もくろみ)は成功していた。


「もし良ければ、私にもその石鹸を分けてもらえないか?」


「え?」


 メリヤナは今度こそ心底驚いて瞠目する。予想外のことに言葉を継がずにいると、


「あなたが作ったという石鹸を私もぜひ使ってみたいのだ」


 ルデルが説明を加えた。

 ぽかんとして、尋ねる。


「それはとてもありがたい話ですが、なぜ……?」

「そうだな……メリヤナは時々良い香りがするからな」


 ルデルが恥ずかしげもなくそう答えるので、メリヤナのほうが、かっ、と顔を赤くした。なんとも言えず、誤魔化すように茶を飲む。


「……で、では、今度お持ちいたしますね」


 やっとのことでそう答えると、ルデルはにこりと笑って、楽しみにしていると答えた。

 メリヤナの様子を追求しないところが、ルデルの優しさだ。


(心臓がいくつあっても足りないわ)


 いくらメリヤナがルデルの前で見栄を張って澄ましていようが、彼は言葉かけひとつで化粧を剥がしてしまう。すぐにメリヤナは、感情豊かな自分を表に出してしまいそうになるのだ。


(大、好き)


 言葉では口にしないが、メリヤナはひっそりとあらためて感じ入る。

 茶菓子をかじり、互いに一息つくと、メリヤナは呼吸を整えて尋ねた。


「ところで、今日はどういったご用件があったのでしょうか?」

「なんだ? 用件がなければ、婚約者を呼び立ててはいけないか?」


 ルデルが少し拗ねたように言うので、メリヤナは言葉を詰まらせた。


「えっ、と、その……」

「……冗談だ」


 ルデルは、メリヤナの動揺をかき消すように言うと、手を組んで前のめりになった。


「私たちの今後についてだ」

「今後、ですか?」


「そうだ。まだ少し早いが、次の新年会の折に併せて婚約式を執り行うつもりでいる。その翌年の春、つまり二年後に婚姻式を挙げる予定だ」


「二年後……」


「私たちは18になっている」


 18、とメリヤナはつぶやいた。以前の生で処刑された年齢だ。


「それに当たって、話さねばならぬことがある」


 ルデルは、声を低くして言った。


「ここからは、王族と一部の者のみしか知らぬことだと思って、心して聞いて欲しい」


 つまり他言をするなと言うことだ。メリヤナは神妙に肯いた。


「メリヤナは私と婚姻すれば、王籍に入ることになる。そうなれば、あなたにはある権限が付与される」

「権限、でございますか?」


「〈盟約の証となる報せ(メルディメルグ)〉を行使する権限だ」


 メリヤナは、ひゅっ、と息を呑んだ。まさか、今ここでその話を聞くことになるとは予想していなかった。


「……それは、なんなのでございますか?」


「我が王国とエストヴァン国の王族と皇族で通信を行うことができるものとされている。物品もやり取りすることができるそうだ」


「殿下もまだご存知ではないのですね?」


 伝聞調であることから、そう予測できた。


「ああ。私も聞いただけだ」

「では、目にされたことも?」


「ないな」

「……そう、なのですね」


 メリヤナは悄然(しょうぜん)と押し黙った。

 かつてのルデルは、どうだったのだろうか。知っていて、メリヤナを冤罪に追い込んだのだろうか。

 考えても詮のないことが浮かんで、首を振る。


「その権限は、誰が持っているのですか?」

「フリーダでは、父上と私、それからリアーチェだけだ」

「王妃殿下はお持ちではないのですか?」

「母上には王族の血が流れておらぬからな」


「わたくしにも王族の血が流れておりません」

「あなたにはエストヴァン皇族の血が流れている」

「では、王族や皇族の血が流れていることと、王籍や皇籍に入っていることのふたつが、〈盟約の証となる報せ〉を行使できる条件ということですか?」


「そういうことだ」


 言質(げんち)を取れた、とメリヤナは思った。母におしえてもらったこととも重なる。ならば、これは事実だろう。


「わかりました……。もうひとつお聞きしても?」

「かまわない」

「このことはどこまでの方が知っていることなのです?」


 重要なことだった。知っている者が、メリヤナに罪を着せ、王城の設計図を盗み出した可能性があるからだ。


「妹は成人しておらぬから、まだ知らない。あとは宮宰と各大臣、それから補佐室の筆頭補佐官とその補佐までが知らされている」


「クルスさまも知っているということですね」

「ああ。私と共に父上から聞かされている」


 ぞくっ、と身がそそけ立った。メリヤナが思っていたよりも、知っている者が多い。そのなかでエストヴァンに通じている者を洗い出すのは、骨が折れるにちがいない。


「わかりました。わたくしもその者たちの前以外では、堅く口を禁じたいと思います」


「そう誓ってくれ」

「はい」


 メリヤナの強い返事に、ルデルは安心したようだった。

 西門まで送ろう、と席を立つルデルに促されて、メリヤナもまた席を立った。

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