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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。【本編完結済】  作者: 稿 累華
第7章:社交界への顔見世

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39話:花片の残光

「——ローマン」


 大広間に浮かぶ角灯(かくとう)が、今年も新年を祝っている。角灯の数は顔見せする人間の数に揃えてあるのだという。


(彼女のもあるのか)


 フィルクが杯を片手に一人壁際で考えていると、気安い声がかかった。ちらりと姿を認めて、フィルクは酒杯を(あお)る。


「おいおい、つれねえなあ。上司なんだから、ちょっとは気を遣え」


「挨拶をする必要がありましたか、マブロン局長」


 マブロンは40になったばかり。国務府外交局の局長だった。ルグラン一等位(いっとうい)貴族家の出身で、位家の貴族が多い国務府のなかでは、特異な存在だ。フィルクに必要以上に関わってくるという意味合いでも、普通ではなかった。


「私的な場ではあるが、知り合いに会ったら挨拶くらいするもんだろう」


「なるほど。

 では、こんばんは、局長。——これで、挨拶は済ませたので失礼いたします」


 フィルクが身を(ひるがえ)そうとすると、マブロンは、お前なあ、と呆れた声を出す。


「頭いいんだから、少し愛想を付ければ、ちゃっちゃと昇進できるぞ? 補佐室配属も夢じゃないはずだ。おれなんかすぐに踏み台にできるんじゃないか?」


 補佐室は、人事府に付属する。人事府全体が、登用される官吏たちにとって花形の配属で、希望する者が多い。なかでも補佐室は、国王や王妃、王太子や王女の公務の補佐をする役割で、状況によっては六府を束ねる宮宰よりも発言権を持つ。宮宰は実質世襲の色合いが強いが、補佐室は実力と王族からの信頼によって選ばれるため、多くの官吏が極めたいと思う配属だった。


 かつてのフィルクもまた、補佐室の王太子付きを希望している時期があった。——数年前までの話だ。


「曲がりなりにも、私は今の配属が気に入っております。そのうえで、局長には格別な配慮をいただいていると思います。ありがたいことです。

 ——これでよろしいでしょうか?」


 フィルクが淡々と喋れば、


「……もうおれは何も言わんよ」


マブロンは、やれやれと溜息をついた。


 フィルクもまたひとつ溜息をつく。


「……局長はどうしてこちらに?」

「お! いいねえ! そういう雑談大事だぞ」

「…………」


「いやあ、実はうちの娘が、今年顔見世(デビュタント)でね。晴れ姿を見るために出席したというところだ」


 新年の王宮舞踏会に出席が義務付けられているのは位家の貴族のみだ。等位貴族の出席は任意であるが、少しでも位家とのつながりを持つためにおおよその家が出席する。一方で、出席しない家もあり、マブロンは通常はそういった類だろうと思われた。


「思い出がてら、あとで一曲踊ってもらえるとありがたい!」


「……わかりました」


 じゃあな、と引き下がるあたり、マブロンは人との距離というのを(わきま)えている。踏み込む時には踏み込み、踏み込まないほうがいいと思った時には踏み止まる。出世に寄与(きよ)したのは、そういった才だろう。


 国王と王妃の入場が宣言された。まもなく呼びかけに応じて、顔見世の子女が入場してくる頃合いだ。

 彼女は、最後に王太子と共に入場の最後を飾る。

 フィルクは思わず唇を噛んだ。


「——フィルクさま」


 厳しい視線で扉のほうを見ていたところに、ファルナ公女エオラの声がかかった。はにかみながら、フィルクを見上げる。


「お見かけしましたからついお声がけを。今日も素敵な衣装をお召しになっておりますね」


「ええ、まあ……。ファルナ公女も、いつもながら素晴らしい刺繍の腕前ですね」


 エオラの衣装には裾や胸元にびっしりと刺繍が施されている。趣味が高じたのだと少し前に聞いた。

 応えながら、苦いものが込み上げる。あまり関わりたくなかったが、社交の場では無下にできない。マブロンはああ言ったが、フィルクとて最低限の愛想と礼節は持ち合わせている・


「そう言っていただけて嬉しいですわ。もしよろしければ、フィルクさまのご衣装にも針を入れさせていただきます」


 フィルクは秀眉(しゅうび)を寄せる。


「では、機会がありましたら」


 そう言ってやんわりと断ると、エオラは心得ているかのように笑顔を作った。


「はい、その折にはよろしくお願いいたします」


 そう言って淑女の礼をしてファルナ公女は去っていった。


 このエオラという娘は、なかなか食えない令嬢だった。

 知り合ったのはもう四年も前になる。その時のおどおどとした自信のない雰囲気からは一変して、この二年で社交界を上手に渡り歩くようになっていた。


 この令嬢の自信を後押しした一助として、自分の存在があげられることを、フィルクは冷えた目で分析している。令嬢自身も自覚があるだろうし、四年間、フィルクのことを恋い慕っていることは態度を見れば明らかだった。


 厄介払いしたいところだが、目に見えてしつこい様子や媚びを売る様子はなく、たまにあちらから声をかけてくるだけで、それさえも今回同様、主張は控えめだ。ゆえに、やりづらい。

 特段の理由がない限り、追い立てることができないから、忌々しかった。



 拍手が、場内を満たした。



 フィルクは顔見世の始まりを遠目に見る。

 大広間に紅と白の衣装に身を包んだ男女が入場した。男女の列は長く続き、中央の国王と王妃の待つ首座の前へと並んでいく。最後の一組が並び終えると、呼名係が高らかに告げた。



「——王太子ルデルアン殿下、ならびに、メリヤナ・グレスヴィー令嬢のおなりー!」



 フィルクは注意深く、白い扉に視線をやった。


 王太子の手を取り、ゆっくりと入場する姿。薄い紗をまとった純白の衣装を輝かせながら歩む。結い上げた金の髪には真珠と金剛石の髪飾り。おくれ毛がまるで風をはらんでいるようで——。


 前を通る王太子と彼女に礼をする。

 顔を上げた先で、彼女とばっちりと目が合った。



 不意に彼女が——メリヤナが微笑んだので、フィルクは動けなくなった。光る花びらを撒かれたような残光が目の奥に焼きついた。体に痺れが残ったような感覚だった。



 国王によって、成人代表として王太子が祝福され、顔見世たちが記念の舞踊を踊っているあいだも感覚は残り続けた。無意識にその輪の中央にいるメリヤナに視線をやってしまうのは、どうしようもなかった。金色の髪はそこら中にいるのに、彼女だけが曙光(しょこう)に照らされているように見えた。


「フィルク」


 顔見世の踊りが終わり、各々自由に動き回れる時間になったところで、名を呼ばれた。


「……義兄上(あにうえ)義姉上(あねうえ)


 ローマン家長子ケイウス。次子キリカ。正真正銘レッセル辺境侯ローマン家の人間だった。自分のような養子ではなく。


「あちらで父上と母上がお待ちだ」


 ケイウスはフィルクに対して常に険のある物言いをする。今もそうだ。


「あなたにぜひとも引き合わせたいご令嬢がいるそうよ」


 義姉のキリカは逆にたおやかな話し方をする。すでに、二年前に、別の家に嫁入りしていたが、たまに家に顔を出してはフィルクの世話を焼こうとする。


「さようですか。ですが、僕はけっこうです。結婚にはまだ早いと思うので」


 そうやって横を通り過ぎようとすると、ケイウスに腕を掴まれた。


「おまえ、父上と母上の好意を踏みにじるつもりか?」


「そんなつもりはないよ。ただ時期じゃないだけだ。良ければ、義兄上がそのご令嬢とはお会いになってください」


 フィルクがねめつけると、義兄弟の交わす視線は険悪なものになる。キリカがその様子におろおろしていると、舌打ちをしてケイウスがフィルクを解放した。


「少しは家のために役立てばいいものをっ」


 ケイウスは、捨て台詞を吐いて雑踏のなかに紛れていく。


「……もし、気が変わったら顔を出してね、フィルク」


 いかにも思案げな表情でキリカは言うが、それは自分が思いやりのある優しい人間であると思われるための見られ方を考えた振る舞いであることを、フィルクはよくわかっていた。義兄のあとを追っていく姿は、おそらく後ろ姿でさえ計算している。

 残されたフィルクのなかには、砂を噛んだような心地悪さが煙を吐いていた。


(気分でも換えるか)


 どうせ、今日はメリヤナと言葉を交わすことはできない。王太子の婚約者として、忙しくて自分に構ってなどいられないだろう。

 そう考えると、ますます苦いものが滲み出てくる。


 フィルクはそっと会場から大窓の外、数段の階段を降りて、夜の庭園へと姿をくらました。


 大広間から続く庭園は、王妃が管理する王宮庭園に続いている。広大な庭園の茂みには、時折人目を偲ぶ男女のかけ合いが聞こえるが、奥まった場所に行けば、人はほとんどいなかった。大きな生け垣を抜けた先が、フィルクにとっては思い出深い場所だった。


 枯れた芝生と、城壁。その壁越しに(のぞ)める湖。

 腰を下ろすと、昨日までの雨の影響で濡れてしまう可能性があった。フィルクは喧騒から離れた場所で、湖を見つめる。


 まだ小さかった彼女が寝そべっていた姿を思い出すと、笑みがこぼれた。

 それゆえ、急に生け垣から現れた影に、度肝を抜かれた。



「——こんなところにいた!」

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