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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。  作者: 稿 累華
第6章:炎の洗礼

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30話:三人の邂逅(1)

 どうして、ルデルは急に王都を見て回りたいと思ったのだろう。


 取り急ぎ集められた近衛兵たち数名に囲まれながら、メリヤナは隣のルデルを見やる。

 王太子の予定を目にしたことはないけれど、暇がないほど予定が組まれていることは容易にして想像できる。なぜなら、いつも近衛や侍従、侍女が付き従って、次の予定を囁かれながら過ごしているからだ。


 そして、ルデルという人は、王太子として求められる役目をきちんとこなす人だった。文句ひとつ、我儘ひとつ言わず、淡々と与えられたことをこなし、王族の(かがみ)のような人。自分がどれだけの人に支えられて、自分の行いがどれだけの人に影響を及ぼすのかわかって、己を律する——それが、王太子ルデルアンだった。


 だから、このような無茶をするのには何か理由があるはずだ。

 メリヤナには、それがただの思いつきだとは思えなかった。


「実はあまり、王都を自分の足で歩いたことはないんだ」


 メリヤナが様子を窺っていると、ルデルは晴れ晴れとした顔で言った。


「そうなのですか?」

「ああ。いつも馬か、車に乗っているからな」


 少しだけ楽しくなさそうな声で、そう付け加える。


「ほんとうなら、こちらだけでなく、東側も自分の足で歩いてみたいものだが、それは成人しないと難しそうだ」


 ルデルはエッセンの顔色をちらっと見てから苦笑した。


「あちらは……そうですね。賑やかですから」


 メリヤナは、アズム親方の職人工房へ行く道のりを思い出した。

 西王都の数倍はいるであろう人々。露店の喧騒。往来する子どもたちの声。

 メリヤナとて、あまり足を運んだことはないが、昼間に行く王都はいつだってどの季節だって、賑わっていた。


「メリヤナは、東側に行ったことがあるのか?」


 ルデルが驚いたように尋ねる。メリヤナは肯いた。


「はい。少し職人の工房を見学したくて、女中と共に何度か」


「へえ、そうなのか。父上もお忍びで何度か訪れたことがあると言うが、こちらとは随分と様子がちがうのだろう? 城から眺めていても、西のほうは白いのに、東のほうは彩りがあって、まるでちがう」


 思い出しながら、ルデルが言った。


「ええ。東に建つ家々は色合いがとてもかわいいのです。木造りのあいだに漆喰が塗ってあるのですけど、そこに桃色や黄緑、橙などの薄い色が塗られていて、物語の世界のようです」


「そうか。よく語られる物語は東の街並みが題材になっていると言うから、言い得て妙だな」


「そうなのですか?!」


 びっくりして、メリヤナはルデルを振り仰ぐ。

 ルデルのほうはそのメリヤナの様子に少し目を(みは)ってから、首を縦に振った。


「ああ。昔、母上が教えてくださった」

「知りませんでした……。ということは、物語の題材になるほど、東王都の街並みは美しいということなのですね!」


 それはなんだか誇らしいことだった。自分たちが住まう街が、物語によって紡がれることで、人へと伝わっていく。この大陸に、吟遊詩人たちの詩を通して、〈緑の湖畔〉が謳われるのであれば、フリーダに住まうひとりの人間として、喜ばしいことだった。


 思わず、声が甲高くなってしまったことに気が付いたのは、悠久の彼方へ想いをはせ終えてからだった。はっとして、ルデルを見れば、そこには整った顔立ちに微笑みを浮かべる彼がいた。

 一気に顔が赤くなる。まぶしくて直視していられず、メリヤナはすぐに顔を背けた。


「あなたは、東王都が好きか?」

「はい……、ルデルさま」


 小さい声で答えると、ルデルの、そうか、という相槌が届いた。


「だったら、私もなるべく早いうちに訪れなければいけないな」


 その時のメリヤナには、どういう意味なのか深く考える余地はなかった。火照った顔と早くなった鼓動のせいで、初夏の風を感じるだけでいっぱいいっぱいだった。

 他愛もない話をしながら、ルデルと共に西王都を歩くのは新鮮だった。いつも顔を合わせるのは、王宮の城壁のなかばかりで、狩猟の季節に郊外に出向くくらいだった。かつての生でも、どこかに連れ立って歩くようなことはなく、鋸壁(きょへき)のなかの閉ざされた世界が、メリヤナとルデルの干渉し合う世界だった。


 こうして好きな人と歩くと、よく訪れる西王都の白い街並みが、 真珠のように輝いて見えた。

 ところどころですれちがう人々にぎょっとされた。よもや、王太子がのんびりと王都を歩いているとは思わないだろう。二度見三度見されたが、ルデルは意に介さず、颯爽と足を進めた。歩を止めれば、先々で王太子におもねる輩に捕まりかねない。メリヤナも心得て、ルデルの足に付いていった。


 手を引かれながら、導水渠(どうすいきょ)に架けられた小さな石橋を渡って、辿り着いたのは宝石商の店だった。

 メリヤナは吊り下げられた看板を見上げながら、首をかしげる。


「ルデルさま、ここは……?」

「入ろう」


 有無を言わさんばかりに、ルデルが店の敷居を(また)いだ。近衛たちに目顔で促されて、メリヤナもあとに続く。

 店のなかには、格子状に張り巡らされた木箱が硝子に覆われて、数多くの宝石が収納されていた。おそらく百はくだらないだろう。二百はあるだろうか。個々に陳列した宝石は、虹のように様々な色を放っている。


 黄玉(トパーズ)青玉(サファイア)紅玉(ルビー)碧玉(エメラルド)紫水晶(アメジスト)蛋白石(オパール)藍玉(アクアマリン)菫青石(アイオライト)橄欖石(ペリドット)柘榴石(ガーネット)、黒曜石、孔雀石、瑪瑙、翡翠、瑠璃、琥珀など、その他多くの石が、原石のままの区画と、磨かれた区画に分かれて、輝いていた。蛋白石などは遊色(ゆうしょく)を見せ、他の宝石たちは、色が天井に虹を作るのではないかと思うくらい光彩を放っている。


 メリヤナは、心を奪われたように、ぼうっと立ち止まった。

 宝石は目にしたことがあるが、このように石だけ取り扱った場所は初めてだった。メリヤナが目にするのはすでに細工が施されたものばかりで、グレスヴィー家に直接訪れる宝石商や細工師はそういうものを取り扱った。


 石とは、こんなに美しいものだったのか。飾られ、石座に嵌められたものよりよっぽど美しいではないか。

 メリヤナは歩を進めて、広い店内を順繰りに眺めた。ルデルも関心深く硝子越しの石を眺めている。こつ、こつ、と足を奥に進めて、そうして柱の先に見つけた背中に、メリヤナは再び足を止めることになった。



「——フィル?」



 椅子に腰かけて、窓外を見つめているのはフィルクだった。呼ばれたフィルクは、驚いたように振り返る。



「リヤ?」



 なんでここに、とフィルクがつぶやく。メリヤナは、その台詞をそっくりそのまま返したかった。

 なんでここにいるの。



「メリヤナ? どうした?」



 ルデルが、メリヤナの声に反応したように柱の影から顔を覗かせた。


 ——もしかしたら、この時の邂逅だったのかもしれない。運命の分かれ道は。

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