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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。【本編完結済】  作者: 稿 累華
第6章:炎の洗礼

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29話:ルデルへの想い

 「——王太子殿下をはじめ、こちらに参加されている貴方がたは、今年の洗礼式にて、守られ庇護されるべき(から)を脱ぎ、〈浄火〉の力にて、一切の穢れを払うことになります」


 大神官長は厳かに告げた。


 大神殿には、今年で14の歳月になる王都の少年少女が集められひしめき合い、エスカテ教フリーダ神を祀る本山の身廊にて、年越しに行われる洗礼式の心構えを説かれていた。

 メリヤナもまた、ルデルの横に並び、神官長の厳しい御言葉(みことば)を頂戴する当人のひとりだった。


 大神官長が説く通り、フリーダでは14になると、身分を問わず炎の洗礼式を受け、子どもとして扱われなくなる。成人は16だが、大人への階段を上がるという意味合いで、洗礼式は成人式よりも重要視される傾向にあった。


「殿下」


 長々とした説教の末、大神官長はルデルを呼んだ。


「はい、台下」


 春頃からかすれはじめた声で、それでもしっかりとした語調でルデルは答える。


「殿下には、王族として、儀式の〈()め〉を担っていただきます」


「——わかりました。精いっぱい務めたいと思います」


 ルデルは、大役を担った緊張を滲ませて応じた。


「ドール公女メリヤナさま」


 大神官長は、次にメリヤナに視線を滑らせた。


「貴女には、儀式の〈結び〉を担っていただきます。よろしいでしょうか?」


「はい、台下。承知いたしました」


 メリヤナの返事に満足したように、大神官長は肯いた。


「では、そのように。——〈初め〉や〈結び〉は、儀式の区切りではございますが、その務めを担っていない方々もまた、フリーダ神の加護を受ける身として、気を引き締められますように」


 大神官長は堂内を睥睨するように見渡す。


「ゆめゆめお忘れなきよう」


 その言葉で終いとなった。





「メリヤナは、緊張しないのか?」


 大神殿を出て、護衛されながら東王都からの城門をくぐる。そこから反対の城門に向かう道すがら、ルデルが問うた。


 ぐんと背が伸びたルデルは、少年が持つふっくらとした姿からすらっとしたに成長を遂げていた。首元から除く鎖骨が浮き彫りになって、メリヤナはどきまきした。


 今はまだ少し幼さの残る目元をしているけれど、成長したルデルは、それはもう容姿端麗な男ぶりで、落ち着いた冷静な雰囲気も相まって、社交界に出てからは年頃の令嬢の憧れを一心に集めていた。


 メリヤナはルデルが大好きでたまらなかったから、己の婚約者として鼻が高く、自慢して歩いていたことを覚えている。思い返せば、なんと品のないことをしていたのだろう、と今は思う。


「緊張ですか?」


 おそらく洗礼式の役割のことだろう。

 メリヤナが問いかけを返すと、ルデルは付け加えた。


「洗礼式の〈結び〉のことだ」


 やはり。

 ルデルは幾分、声が強張っているように聞こえた。半年は先のことなのに、責任感の強さからその役目に今から緊張を覚えているにちがいない。メリヤナは唇に笑みを浮かべて、安心させるように同調した。


「緊張していますわ」

「ほんとうか?」

「ええ」


 緊張していないと言えば、嘘になる。だが、ルデルのような心持ちかと問われれば、否だった。メリヤナが洗礼式の結びを行うのは、これが初めてではない。過去に一度、経験したことがある。やり直す前にも指名を受けて、結びを行ったことがあるのだ。ルデルとのちがいは、経験の有無だった。


「さきほどは、あまりそう見えなかった」


「まだ先のことですから。現実感が沸かないのです」


 まさか経験があるからとは言えない。メリヤナは誤魔化すように曖昧に笑う。


「今から役目の大切さを認識しているルデルさまのほうがしっかりとしていらっしゃいますわ」


「そうだろうか」


 ルデルは思案するように言う。


「私は……半年も先のことで緊張するようでは王族としての務めは果たしきれないと思う。メリヤナのように泰然(たいぜん)と構えられるようでなければ、この先、国の舵を切ることはできぬ」


 言葉には隠しきれない憂慮(ゆうりょ)が滲んでいた。


 〝そんなことはありません!〟

 〝心配しすぎですよ!〟

 〝ルデルさまなら大丈夫です!〟


 かつてのメリヤナであれば口にしていたであろう台詞が思いついたが、今のルデルは慰めも激励も必要としていないように思えた。そこにあるのは、王族の責務を感じはじめた多感な少年の心だった。


 だとすれば。

 メリヤナは逡巡してから口を開いた。


「不安なのですね」


 今の彼に必要なのはおそらく傾聴だった。


「……ああ。情けないことに」


 ルデルはつぶやくように肯定する。


「こんな私で大丈夫なんだろうか。父上のようになれるのだろうか」


 それが不安なのだ、とルデルは言った。


 昔のメリヤナだったら、ルデルの心情を聴くことはなかっただろう。おそらく励ましたり否定したりして、悩みを聴くことはしなかった。自分のなかの美しい王子さま像を押し付けて、彼を見ようとはしなかった。


 それはきっと、ルデルが遠ざかったひとつの要因だ。


 過去の自分を反芻しながら、メリヤナは唇に言葉を乗せていく。


「ルデルさまが思うことは最もです。不安になって当然だと思います。何事にも動じなそうな国王陛下と王妃殿下のもとで育っていれば、そう思って当たり前ですわ」


「そうだろうか……?」


 碧眼が揺れている。メリヤナは、やわらかく笑んだ。


「ええ。かく言うわたくしも、王妃殿下を見ていると、自分があのように務まるだろうかと思うばかりですから」


 その言葉は真実ではなかった。過去の自分が失敗してしまったから、また道をたがえてしまうのではないか。それが真実だった。これでいいのだろうか、正しいのだろうか、という疑問は、やり直しから二年経過した今もずっと思っている。


 それは、ルデルが抱えている不安に近いのではないだろうか。


「そうか」


 ルデルの目から不安が薄くなる。そのまま目尻がほころんだ。


「ありがとう、メリヤナ」


「いいえ、とんでもございません。わたくしたちは……互いに支え合って生きていかなければいけませんから」


「そうだな。あなたが、私の婚約者で良かった」


 ルデルにそう言われて、羽になって舞い上がるような気持ちがメリヤナを満たした。


「あの、」


 浮かれた気持ちのまま、メリヤナは続ける。


「殿下がもしよろしければ、今後も互いの悩みや不安などは打ち明けるのはどうでしょうか?」


 おそるおそるメリヤナは続ける。


「そうすれば、わたくしも将来への不安を話すことができますし、殿下にとっても……その、恐れながら不安を誰かに話すことはいいことですから……」


 言葉をつかえつかえ言い終えて、メリヤナは上目にルデルを窺った。そこには、きょとんとした様子の彼の姿があった。まるで何を言われたのかわからないと言った表情だった。


 やってしまったかもしれない。


 もしかしたら、余計な世話だっただろうか。メリヤナは咄嗟に、ルデルに必要なのは内情を吐露できる相手なのではないかと提案をしたけれど、さすがに踏み込みすぎていただろうか。


 メリヤナが懊悩(おうのう)し、撤回の言葉を口にしようと唇を開きかけた瞬間、その言葉が耳に飛び込んだ。


「もちろんだ。そうしよう」


 ルデルは笑顔だった。満面の笑みで、じんわりとメリヤナの胸に染み込んでいく。

 受け取ってもらえたのだ。


「……っ、はい」


 ほんとうに大好き。

 あたたかな笑みに、メリヤナは顔に朱が昇って、視界がくらりとした。


「——メリヤナ」

「はい」


 ルデルの笑顔が嬉しくて、その場で足付きで拍子を刻みたくなる気持ちをかろうじて堪えながら、メリヤナはいらえた。


「このあと、時間があるか?」


 メリヤナがきょとんとする番だった。さあっ、と肩から流れ落ちる金の髪を押さえながら尋ねる。


「時間、でございますか?」


「ああ。その……王都を見て周りたいと思ってな」


「王都を、ですか?」


 ルデルは、城門の前で後頭部を掻きながら訥々(とつとつ)と提案した。

 メリヤナはその意味を介して、後ろを見やる。ちょうど近侍のエッセン卿が小走りで走って来るところだった。


「殿下、そのようなご予定は——」


「わかっている。一時間だけだ。融通してくれ」


 ぼそぼそとしたやり取りは、しっかりとメリヤナにも届いていた。予定されていたものではないらしい。


(なんで……)


 理由はわからなかったけれど、エッセン卿が諦めた表情をして急ぎ後ろに控える他の者たちに告げに行ったのを見て、自分のすることを理解する。


 メリヤナのこのあとの予定はあと一時間ほど先のことだ。——ちょうどフィルクと西王都で会う約束をしていたのだ。十分に時間があるだろうと算段をつけて、返事をする。


「時間は問題ありませんわ。わたくしも一緒に参ります」

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