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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。【本編完結済】  作者: 稿 累華
第5章:石鹸を作ってみましょう

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26話:ドール領での3ヶ月

 石鹸が固まったのは、バリラやケルプなどの植物に含まれる塩分の影響だろう、というのがメリヤナとアズム親方の結論だった。


 アズムのほうで、試しに橄欖(オリーブ)油を使って灰汁(あく)水はいつもと同じものを使い、石鹸を作ってもらった。結果、ひどい臭いはしなかったけれど固まらなかった、という報告をもらった。また、逆に動物油脂を使って、バリラとケルプの灰汁水で煮炊いたところ、固まった、とのことだった。


 以上の結果から、まずまちがいなく、灰汁水によるものと結論付けた。


 最初に作って偶然固形化した石鹸は、持ち運べる固さになるのに一ヶ月以上を要した。おそらく、より扱いやすい石鹸にするためには、もっと乾燥に時間を要したほうが良かった。雨季という季節が影響したのはまちがいないけれど、手に取れる大きさに切り取った時に、まだしっとりとしていた。


 今後、石鹸の乾燥には一ヶ月半や二ヶ月ほど時間を取ったほうがいいだろうと、メリヤナは筆記本に書き付けた。できれば、夏の乾燥する時期に日陰で作ったほうが、いい固形石鹸ができる気がする、と。


 同じ内容をアズムにも手紙で報告し、春の訪れと共に試作を開始しようということで、王都での石鹸作りの手筈がついたのだった。





 できあがった石鹸をまず試してもらったのは、洗濯場だった。きちんと汚れが落ちるか検証してもらったところ、リリアからは、


「臭くない!」


 と嬉しい感想が上がってきた。

 次に試してもらったのは、厨房だった。灰汁水の代わりに石鹸を用いてもらったところ、オリガからは、


「肌が荒れません!」


 と感激した感想をもらうことができた。

 そして、最後がメリヤナ自身だった。


「——よろしいですか?」


 カナンの確認の言葉に、メリヤナはゆっくりと肯く。


「ええ、お願い」


 カナンは、ミラルの葉を漬け込んだ水に、亜麻布(あまぬの)を沈み込ませる。盥から取り出して、滴がしたたり落ちる亜麻布に石鹸をくるむと、転がした。見ているうちに、ふんわりした白い泡が泡立っていく。


 メリヤナは一年近く前に、頭のなかで思い浮かべていたものが目の前で形になるのを見て、喜びが泡のように膨れあがっていくのを感じた。


(やわらかくて、ふわふわしたものだわ)


 カナンの手で、それがメリヤナのむき出しになった右腕に乗せられた。ふわっとした泡が肌にふれると、それだけで気持ちがいい。ミラルの葉の清涼感のある匂いと合わさって、右腕が至福の心地に包まれた。


「流しますね」


 カナンが湯で泡を流してから、手ぬぐいで腕の水気を拭き取ってくれた。


「最高だわ!」


 メリヤナの言葉に、カナンも嬉しそうにした。


「そうですね。手で触っているだけでも気持ちが良かったです」


「ちょっと大変だけど、また作ってみましょう。アズムも、王都で試して作ってくれると言っていたし、試作を重ねましょう!」


「その前に、お嬢さま。数日、肌に異常がないことを確認してからですよ」


 興奮するメリヤナをたしなめるように、カナンはそう言った。


「はーい」


 メリヤナは、喜びで胸がいっぱいだった。





 王都に戻るまで、幾度となく材料の視察や試作を重ねた。


 橄欖油の農家を視察するという父ファッセルに付いていき、橄欖が石臼(いしうす)ですり潰される様を実際に目にした。橄欖の収穫時期は、秋の終わりから冬のあいだで、今が一番の収穫時期だった。石臼で液状になった橄欖は、そこから圧搾器(あっさくき)にかけられて、とろりとした油が出てくる。


 メリヤナは新鮮な橄欖油を初めて口にして、こんなに甘くておいしいのかとびっくりした。そのできたての搾油(さくゆ)を瓶に詰めてもらい、いくらか持って帰って試作に使わせてもらった。


 バリラやケルプは、母スリヤナと一緒に海岸沿いの街アーレンまで出向いて目にした。雲海に閉ざされた街は、噂に聞く夏の喧騒とはまるでちがっていた。けれど、赤や青、黄色など鮮やかな色に彩られた漆喰の家々は、灰色の空のなかでも明るく華やいで見えた。


 バリラは、そこら中に生えていた。岸壁(がんぺき)になっているアーレンの街のいたるところから、バリラと思しき草が芽を出していて、呆気に取られた。採りたい放題だった。ケルプは、漁に出た船の網にたくさん引っかかっていて、これもまた気兼ねなくもらうことができた。


 母スリヤナが、ドールの特産としてケルプを売り出したのは、取ろうと思わなくても取れるからだろう。ケルプが苦手なメリヤナにとって、今まではもらうと顔が青くなる土産の品だったが、石鹸作りに活用できるとなれば、特産でありがたかった。


 試作に試作を重ね、同じ分量で同じ工程できちんと再現ができるようになるまで、メリヤナは石鹸作りに没頭した。できあがった石鹸は洗濯場や厨房で試してもらうだけでなく、父や母にも使用感を尋ねたところ、好評だった。誰でもできる製法が確立すれば、ドール領の新しい製品として売り出してもいいと許可をもらい、メリヤナは浮足立った。


 気が付けば、三月が経ち、黄色や桃色の花が咲き始める頃にやっと王都へと戻ったのだった。



 *



 アッロ(さん)の頂上、扁桃(アーモンド)の木の下が、数ヶ月ぶりに会うフィルクとの待ち合わせ場所だった。


 桜色の花は中央が濃い色で、五枚の花弁が風に吹かれている。〈緑の湖畔〉は春の陽に輝き、王宮の背後には王都一番の山〈(もり)(みね)〉が緑に色づいていた。甘い香りのそよ風が頬を撫でて、メリヤナは、風に扇がれすぎないよう髪を撫でつける必要があった。



「——リヤ……?」



 髪に気を取られていると、透明な声に名前を呼ばれて、メリヤナは聞き慣れない音にどきっとして振り向いた。洞窟のなかに響くような声だった。低すぎない、されど、落ち着いた低音。



「フィル……?」

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