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153話:エストヴァンの妃将軍(1)

ユステル17歳、イーリス18歳の頃のふたりの出会いを描いた物語となります。全11話。

(本編の時間軸で言うと第5章あたり)

投稿に合わせて、登場人物一覧にもキャラクター紹介を追加しています。


イーリスに会う前のユステルは、クズなところがありますので、ご注意してお読みください。

 ユステルは起き上がると、無造作に脱ぎ捨てた服を拾い上げた。

 宮城でまとっているものと異なって、城下で着るような衣服は簡易的で脱ぎ着しやすい。侍従や侍女がいなくても、ひとりで着ることができた。


「——もう行くの?」


 寝台に残された女が言った。茶色い髪がしどけなく、肩に流れ落ちている。掛布を持ち上げて隠していても、さきほどまでの名残りが色濃かった。

 そんな女に、ユステルはからりと笑って見せる。


「悪いな。またどっかでな」


 適当なことを言って、部屋を出た。


 もう会うことはないだろう。


 ユステルの気まぐれで見つけた相手。一時の、体の憂さを晴らすための相手。恋の相手は別にいたが、悪い気持ちは沸かなかった。男の体なんてそんなもんだと思う。

 すっきりしたから気分はいい。


 気分がよければ、城に戻ったとしても、幾分面倒なことがあっても、しばらくは堪えられる気がした。



 ユステルが十六で成人してから一年、皇太子という身分にのしかかるものは日に日に増えるばかりだった。溜まる憂さも多くなる。特に呆けてきている父王の取りこぼしをさばかねばならないのは面倒だった。嫌気ばかりが差す。


 どうせ父王は母にしか興味がない。


 母は、生まれてからこの方、流感をこじらせたことがないユステルよりも、弟を診ることで現実を忘れようとしている。父王は、母が気にする弟を大事にすることで、母に気に入られようとしている。


 自分だけ弾かれた存在だ。家族の輪に入っていない、入れてもらえていない、という居心地の悪さがずっとある。


 なのに、仕事ばかりがユステルに転がり込んでくる。嫌な役目だけユステルに押し付けられる。

 嫌気が差すのは当たり前だった。


(あいつは元気してるかな)


 もうひとりの弟——フィルクス。

 六、七年会っていない。フリーダに行ってから連絡はなかったが、〈守手〉から息災にしていることだけは聞いている。


 異母弟のフィルクスだけは、なんとなくユステルの仲間だと思っていた。


 歪な皇族の仲間。


 いや、立場や状況を踏まえれば、ユステルよりもフィルクスのほうがずっと悪い。ユステルは弾かれているだけだが、フィルクスは存在していないように扱われている。


 おれのほうがマシ。


 そう言う優越を持て余していたのが数年前のことだ。

 そんなユステルのことを弟はどう思っていたのだろう。

 元気にしているか気になるが、会わせる顔はない。


 元気にしていればいい。元気にしていてくれと願う。


 でなければ、ユステルが持て余していた優越の、矛先になった弟に詫びがつかなかった。どうしようもなく幼く情けなかった自分。会わす顔などあるわけがなかった。


「おかえりなさい、殿下」


 皇宮と皇都を隔てる城門まで来ると、門衛が慣れたようにユステルに声をかけた。


「おう」


 ユステルは片手をあげて応じる。百段と続く石段を駆け上がった。



 気分は、いい。今日の務めは果たせそうだ。



 〈玻璃の宮〉近くまで上ったところで、ユステルは奇妙な喧騒があることに気がついた。馬場と修練場につづく、皇都とは逆に位置する階下で何やら人混みができている。



「どうした?」



 別に急ぐ仕事があるわけではなかったので、ユステルは野次馬のつもりで、踊り場となっている空間まで下りた。


「殿下!」


 集まっていたのは東極(とうきょく)騎士団の連中だった。


 ユステルを見て、武人の礼をする。

 なにやら馬場と修練場のあいだで、面白いことが起こっているらしい。


「なんだなんだ」


 ユステルはにやにやと笑って首を突っ込んだ。

 親しみがあり、身分問わず分け隔てないユステルは、平民も多い騎士団の人間からは好まれている。

 気やすくいくつも返事があった。



「さきほどから、試合をやっているんですが、すごいんっすよ!」

「殿下もぜひ参加してきてくださいよ!」

「どこの誰だかわかんないんですが、とにもかくにもすごい槍術です!」

「それも女なんですよ! 女!」

「細っこい腕で、信じられない力を出すんっす!」



 益荒男(ますらお)どもがわーわー言い募った。

 ユステルは、うるさい、と一括して、騎士団連中が言う馬上槍試合の競技場を見やった。たしかに、ここからでも視認できる華麗な槍さばきが目覚ましい。


 身体的に膂力(りょりょく)が弱いはずの女が槍を振るっているというのは、信じがたい。

 目の前で見てみないことには信じられない。



「よし、おれもちょっとばかし喧嘩売ってくるわ!」



 ユステルが腕をまくれば、さすが殿下! と騎士団の人間が騒ぎ立てた。そのままの流れで全員が競技場まで足を運ぶ。


 近くまでいくと、人だかりがすごいことになっていた。


 ユステルはそんな人だかりを、皇太子の力を使って抜けきる。


 抜けた先に、広場があった。今もまさに、騎士団連中が話していた人間と、相手はなんと東極騎士団の副団長ラッセルだった。金髪と赤毛が混じった三十絡みの男である。騎士としての経験もそれなりにあれば、筋肉もたくましい男である。


 そんな男が、放物線を描いて場外に飛んでいった。飛ばされた。


 見ていた全員が、呆気にとられて口を大きく開けた。

 ユステルも、ラッセルがやられたことに、度肝を抜かれる。

 眼を丸くして、中天に差す陽光の影になった、相手の人物を見上げた。



「——なんだなんだ、わたしより強い人間はいないのか? これじゃ、肩慣らしにもならんぞ?」



 目が慣れてきた先、ユステルはそこにたしかに女を認めた。


 長く真っ直ぐな金の髪を一括りにしている。青玉の双眸がユステルたちを見下ろし、紅の唇に余裕な弧を描いていた。



 ——それが、ユステルと、のちの皇太子妃イーリスの出会いだった。


 

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