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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。【本編完結済】  作者: 稿 累華
第3章:女中さんたちと仲良くなりましょう

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11話:友人からの贈り物

「——フィルクって、引きこもりなの?」

「なんだって?」


 王都の城下街をふらふらとしながら、メリヤナは尋ねた。同行者のフィルクは素っ頓狂な声をあげた。


「だから、フィルクは引きこもりなのって聞いたの」

「……引きこもりだったら、こうして一緒に歩いてないよ」


 何を言い出すんだと言わんばかりの呆れたような口ぶりである。


「だって、社交が好きじゃないし、図書室にいてばかりで友だち付き合いをしないと聞いたわ」


 先日、ウルリーカから聞いたことを思い出しながら告げる。


「うんまあ、それは事実かな」

「じゃあ、引きこもりじゃない」


 びしっと断言すると、フィルクはわかってないなと返答した。


「引きこもりの定義は、ずっと長い間家から出ない人のことだよ。僕はこうして、メリヤナと出歩いているから、引きこもりじゃないよ」


「だったら、なんて言うの?」


「さあ?」


「何よ、さあって」


 メリヤナはむくれる。

 自分としては、あまり人付き合いをしない友人を心配したつもりだというのに、本人はけろっとしている。


「わたし以外の友だちっているの?」


「うーん、友人というのをどこまでの範囲のことを指すかわからないけど、自分から話したい、会いたいって思うのは、メリヤナだけかな」


 そんなことをのたまうものだから、メリヤナは顔を赤くする。

 会いたいなどと、何を突然言うのだ。

 メリヤナが動揺している心中などお見通しなのか、フィルクは茶目っ気たっぷりに告げた。


「だって、君って見ていて飽きないしね」

「……人をおもちゃみたいに言わないでよね」


 げんなりする。うろたえていた自分がばかみたいではないか。

 ますます腹が立ってきて、メリヤナは黙り込んだ。


「ごめんごめん」


 機嫌が悪いことを察したフィルクが心のこもらない声で謝った。


「もうフィルクなんか知らない」


「悪かったって。でも、君と会いたいって気持ちはほんとうだよ。でなきゃ、こんなに頻繁に会ったりしないって」


「……それはそうだけど」


 わたしだってフィルクに会いたいし、という言葉を恥ずかしくなって、口のなかでつぶやく。

 耳聡いフィルクはそのつぶやきを拾って、またしても茶化してみせた。


「もしかして、王太子よりも僕のほうが好きになっちゃった?」


「あなたのその口、今度、(にかわ)で糊付けしてやるんだから」


 ぎろっと睨めば、フィルクが慌てて手を振った。


「それは臭そうだし、まずそうだからやめて」


「もう……。こっちは心配しているって言うのに」


 メリヤナの心配なんてこれっぽっちも伝わっていない。

 はあ、と溜息をつくと、精神年齢以上に歳を取ったようだった。


 王都の西——貴族街には、立派な漆喰の店が軒を連ねている。道もきちんと石畳で舗装され、側溝(そっこう)も整備されて景観を損なわないように整えられていた。


 湖を渡った向こう側には、主として平民たちが利用する商店街や住宅街になっていた。遠目にも木骨造(もっこつぞう)の淡い色に塗装されたかわいらしい家々が揃っていて、メリヤナはいずれそちらのほうにも足を運びたいと考えている。


「なんで急に、僕の交友関係なんか気になったの?」


 フィルクお得意の質問である。

 メリヤナは不機嫌なまま答えた。


「わたししか友だちがいなかったら、大変だと思ったから」


「ふーん、なんで?」


「えーっと、社交で人脈を広げておいたほうが、フィルクの見地を広げることにもなるし、人脈があれば、何かを普及させたり情報を得るのにも便利になるわ。それに、人からは多くのことを学ぶことができるもの」


 渾身の理由を説明したつもりだった。

 けれど、フィルクは納得がいかない様子で言った。


「理由はわかった。でも、僕はそういうことには興味ないよ」


「どうして?」


 メリヤナが問いかける番だった。


「人間関係とか社交は煩わしいよ。人は見かけや言葉だけでは何を思っているのかわからない。一番好きとか、愛しているとか、そういう言葉を言っていたとしても、実際にやることはちがったりするんだ。書物のほうがよっぽど正直だよ」


 横顔にふと影がちらついた気がして、メリヤナは一瞬身が(すく)んだ。そう見えたのはほんの束の間で、フィルクは諦めた笑みを浮かべているだけだった。


「だから、別に友だちはメリヤナだけでいいよ」

「そんなこと……」


 言いわけないのに。


 何も言えなかった。フィルクの考え方は、まだ彼のことをよく知らないメリヤナが易く否定してしまうのはちがうと感じたからだ。 彼の考えには、もの哀しさが通っている。それは、少しだけ自分の悲しみに通底しているものを覚えた。


 尋ねたところで、答えてはくれないだろう。


 ——メリヤナが自分自身の秘密を隠しているように。


 大事な友人にでさえ、言えないことはあるのだ。


「それよりも、メリヤナのほうはどうなの?」


 フィルクは辛気臭い空気をかき消すように言った。


「どうって?」

「僕以外の友だち、いるの?」


 ぐっ。直接攻撃だった。

 フィルクは、どうしてこんなに鋭利な刃を持っているのだろう。


「……いないかも」


 はあ、と再び溜息をつく。


 未来の王太子妃として、交友関係を持っていかなければいけないのだが、如何せん一度失敗している。上辺だけの付き合いで、こちらに胡麻をすることしか知らない友人たちは、結局メリヤナが追い詰められた時には何もしてくれなかった。

 幾人かの顔が思い浮かぶが、彼女たちともう一度関わり合いたいとは思えなかった。


「じゃあ、僕たちは友だちいない同士で、ふたりだけだね」


 悪気なくにこりと笑いながら軽やかに言うので、メリヤナはますます溜息が深くなった。


「あのね、一応言うけれど、わたしにはちゃんと友だちを作る意志はあるのよ。あなたとちがって」


「へえ。僕以外に?」


 不満そうにフィルクが問う。


「そうよ。だって、わたしは未来の王太子妃を目指しているんだから。殿下のためにも親しい友人は多いほうがいいに決まっているじゃない」


「うーん、まあたしかにね。僕は貴族位を継がないから、最悪ずっとひとりとかでも大丈夫だけど、君はたしかにそうだ」


 うんうん、とフィルクは肯く。


「そうなの。だから、一応手始めにって考えていることはあるわ」


「どんな?」


「女中たちと仲良くなろうと思うの!」


 意気込んで告げると、フィルクがたじろぎながら訊いた。


「えーっと、たしか前にも言っていたと思うけど、どうしてそう思ったのか聞いてもいい?」


「あのね、やっぱり友だちを増やすためには、まずは自分の一番近しい人たちと仲良くする必要があると思うの。それから、輪を広げていけばいいかなって」


 メリヤナは、そもそも人間関係が希薄だった。友人関係は上辺だけ、両親とはそれなりに会話をしていたが、悩みを打ち明けることなどしなかった。使用人は使用人と線を引き、おそらく血の通う同じ人間だと思っていなかっただろう。

 メリヤナの興味はただ一点、ルデルに向けられていただけだから。


 それではいけないと、今のメリヤナは思う。

 この半年、人生をやり直して、ただルデルに関心を持つだけではなく、 多くの人に関心を持って、自分自身を豊かにしなければいけないことを知った。


 ——何よりも、自分以外の他者を大切にする必要性を。


 それは、メリヤナに欠けていた心だ。


「なるほど……。そこで、なんでまず、女中さんが出できたのか不思議なんだけど」


「だって、一番よく接するもの」


「……なるほど。まあ、君が考えていることはなんとなくわかった」


 そう言って、フィルクはある店の前で立ち止まった。


「もし、上手くいかないことあったら教えて。僕に手伝えることがあったら手伝うよ」


「ありがとう、フィルク」


 理由が知れれば、彼は本当にあっさりとしている。優しい言葉がけに礼を言って、メリヤナはフィルクと共に吊り看板のある店に入った。


 看板の表示を確認せずに入ったため、なんの店かわからずにいたが、どうやら服飾小物店だというのは店内に視線を走らせてすぐにわかった。あちらこちらに帽子や扇子、日傘、飾紐(リボン)や靴などが飾られている。


 あきらかに淑女を対象とした店にいったいなんの用だろう、とメリヤナが疑問符を浮かべていると、店台から商品を受け取ったフィルクはすぐに戻ってくる。


「きちんとした場所じゃなくてあれだけど。——はい、これあげる」


 差し出されたのは今受け取ったばかりの包まれた商品だった。

 メリヤナは、きょとんとする。


「何これ?」

「僕からの贈り物。このあいだ、誕生日だったでしょ?」


 何回も目をしばたいた。手のなかに置かれた小箱をまじまじと見つめてから、もらったものを認識する。

 それから、ぎゅっと胸のなかに抱え込んだ。


「……わたし、お父さまとお母さま以外から贈り物をもらったのは、はじめて」


「そっか。喜んでもらえたようで何より。——開けてみて」


 促されてメリヤナは、おそるおそる木箱の包みを開く。なかから現れたのは、水色の繻子(しゅす)でできた飾紐だった。檸檬の花と月桂樹の葉が細密に刺繍されている。


「すごい、素敵……!」

「付けてみる?」

「うん……!」


 貸して、と言われてメリヤナは再びフィルクに飾紐を戻した。後ろに回ったフィルクは慣れた手付きでメリヤナの髪に触れる。異性——と言ってもまだ子どもだけど——にこんな形でふれられるのは初めてで、少しだけどきどきした。


「できたよ」


 鏡の前に手を引かれる。姿見に映った自分の髪には、飾紐が丁寧に結われていた。


「良かった。よく似合ってる」

「ありがとう。……大切にするわ」


 メリヤナは微笑んだ。

 大切な友人からのはじめての贈り物に、心が舞い上がるようだった。

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