七、初めての実戦
七、初めての実戦
パレサ達は、街道をひたすら進んで居た。
「先刻の役人達って、何だか、役人らしくなかったなあ」と、パレサは、口にした。役人らしからぬ柔軟な振る舞いだったからだ。
「そうだね。どう考えても、あの三人組を泳がしておいた方が、向こうにとっては、利益になる筈なんだけどね」と、ソドマも、同調した。
「確かに、解せないわね。お説教なんてね」と、ラメーカも、見解を述べた。
「人身売買に加担したくないから、手の平を返したのかも知れないわよ」と、エシェナが、口を挟んだ。
「だとしても、あの手の平返しは、ちょっとね…」と、ラメーカが、訝しがった。
「そうですね」と、ソドマも、相槌を打った。
「ザ・ヤーキの言う事を聞くのが嫌だから、あんな、いい加減な事をやっているのかもな」と、パレサは、あっけらかんと言った。あれこれ考えても仕方が無いからだ。
「そうかもね。ヨギアからは、かなり離れているから、兵士達も、私腹を肥やすには、丁度良いんでしょうね」と、ラメーカも、溜め息混じりに、同調した。
「まあ、今回は、運が良かったと思えば良いんじゃない? 人身売買なんて、伝手が無いと、成立しない商売だろうからね」と、ソドマも、しれっと言った。
「そうね」と、ラメーカも、頷いた。
「でも、どうして、あの森の入口に、関所なんて構えて居るのかしら?」と、エシェナが、疑問を口にした。
「確かに、誰かを捜しているとも考えられるわね」と、ラメーカも、考えを述べた。
「この適時だと、ザ・ヤーキ達にとって、都合の悪い者達が、逃げ回っているって事になるんでしょうね」と、ソドマも、憶測を言った。
「そうね。対応が、早いものね」と、ラメーカも、見解を述べた。
「都合の悪い奴って、いったい…」と、パレサは、眉間に皺を寄せた。そして、「王族達は、公開処刑されたって、一昨日、エシェナから聞いたんだけどな」と、言葉を続けた。都合の悪い者の人物像が、想い浮かばないからだ。
「ひょっとすると、公開処刑されたのは、王族の偽者とか…」と、ソドマが、口にした。
「そうね。身代わりの一人や二人くらいは、居てもおかしくないわね」と、ラメーカも、口添えした。
「でも、ザ・ヤーキ達も、それくらいは、把握しているんじゃないかしら?」と、エシェナが、指摘した。
「う〜ん。ひょっとすると、公開処刑は、ザ・ヤーキ達が、本物を逃がした事の隠蔽の為の演出とか…」と、ソドマが、仮説を述べた。
「じゃあ、母が、何かしらの手引きをしたのかも知れないわね」と、ラメーカが、補足した。
「だとすれば、王様達と一緒に、行動しているんじゃないのか?」と、パレサは、にこやかに言った。そう考えた方が、しっくりと来るからだ。
「そうかも知れませんわね」と、エシェナも、同調した。
「まあ、生きて居れば、何処かで会えるんじゃないのか?」と、パレサは、あっけらかんと言った。前向きに考えた方が、幸運を引き寄せるものだからだ。
「ははは…。君は、お気楽だね…」と、ソドマが、苦笑した。
「そうね」と、ラメーカも、相槌を打った。
「俺は、深刻に考えても、どうにもならないから、悪い方に考えたくないだけだよ!」と、パレサは、反論した。今は、気の滅入る話をして、士気を下げたくないからだ。
「そうですね。私も、パレサさんの考えに、賛成ですわ」と、エシェナも、賛同した。
「確かに、筆頭魔導師の母が、そう簡単にやられるとは、思えないわね」と、ラメーカも、口添えした。
「こういう時は、パレサが、羨ましいよ」と、ソドマが、溜め息を吐いた。
「まあ、お気楽だから、あんな事が出来たのよね〜」と、ラメーカが、意味深長な言葉を発した。
「そうですね」と、ソドマも、相槌を打った。
「それは、どういう意味ですか?」と、エシェナが、怪訝な顔で、尋ねた。
「それはね…」と、ラメーカが、先刻の事を語り始めた。
しばらくして、「な、何て、危ない事を!」と、エシェナが、素っ頓狂な声を発した。そして、「パレサさん…。相手が、その道具を使って居たら…」と、言葉を詰まらせた。
「そうかもな。でも、そのイナ族の男は、撃てなかったんだよ」と、パレサは、得意満面に、答えた。そして、「撃つのに、躊躇して居たからな」と、言葉を続けた。自分が、怯まなかった事が、相手にとっては、誤算だったと思っているからだ。
「確かに。弾代が、どうとか言って居たね。まあ、無駄弾を撃てる余裕が無かったんだろうね」と、ソドマも、見解を述べた。
「そうね。まあ、相手が、パレサだったのが、運の尽きだったのかも知れないわね」と、ラメーカが、しれっと口にした。
「それって、褒めているのか、貶しているのか、どっちだ?」と、パレサは、眉間に皺を寄せながら、問い掛けた。どっちにも取れる物言いだからだ。
「さあねぇ〜」と、ラメーカが、はぐらかした。
「パレサ、そんなに、気を悪くするなよ。君の向こう見ずな行動が、良い結果に繋がったんだからさ」と、ソドマが、取り成した。
「分かったよ」と、パレサは、気を取り直した。ここは、ソドマの顔を立ててやろうと思ったからだ。
その直後、エシェナが、右隣に来るなり、「パレサさん!」と、厳かに、声を掛けて来た。
その刹那、パレサは、面食らった表情で、エシェナを見やり、「どうした?」と、尋ねた。並々ならぬ雰囲気だからだ。
「パレサさん。次からは、命を粗末にするような行為は、止めて下さいね! 次も、同じように、旨く行くとは限りませんので…」と、エシェナが、真顔で、訴えた。
「わ、分かったよ…」と、パレサは、聞き入れた。女の子に心配されたのは、初めてだからだ。
「パレサも、エシェナの前では、形無しだね」と、ソドマに、冷やかされた。
パレサは、振り返り、「うるせえ!」と、怒鳴った。ソドマに言われると、恥ずかしいからだ
「エシェナも、言うようになったわねぇ」と、ラメーカも、感心した。
その瞬間、「もう!」と、エシェナが、俯いた。
突然、「パレサ、前を見て!」と、ソドマが、促した。
「ん?」と、パレサも、徐に、前方を見やった。すると、身包みを剥がされた数人の男達と鎧を纏った者達が、道の真ん中で、屯しているのを視認した。
「あれって、ひょっとすると、本物の関所の兵士達とか…?」と、ソドマが、推察を述べた。
「人数的にも、そんな感じね」と、ラメーカも、同調した。
「じゃあ、関所に居た奴らは?」と、パレサは、眉根を寄せた。何が何だか、判らないからだ。
「なるほどね。これで、やっと、合点が行くわね」と、ラメーカが、示唆した。
「あの兵士達は、成り済まして居たって事ですか?」と、ソドマが、尋ねた。
「ええ。何か、引っ掛かっていたのよね。ちゃらんぽらんと言うか、役人らしくないと言うか…」と、ラメーカが、感想を述べた。
「確かに、役人でしたら、お説教は無いですよね」と、ソドマも、同調した。
「じゃあ、あの連中は、関所を奪回に、向かって来るって事だな?」と、パレサは、含み笑いをした。初めての実戦の機会が、訪れようとしているからだ。
「パレサ。ここは、穏便に、やり過ごそうよ」と、ソドマが、提言をした。
「そうね。無理をして、危険に身を投じる事は無いわね」と、ラメーカも、口添えをした。
「じゃあ、見殺しにしろって事か?」と、パレサは、険しい表情をした。反ザ・ヤーキ派の者達を見殺す事になりかねないからだ。
「あの数を捌くのは、厳しいわよ」と、ラメーカが、難色を示した。
「数が、数だからね。僕も、戦う事は、お勧め出来ないよ」と、ソドマも、同調した。
「く…! まあ、不必要な戦いは、避けるとしよう…」と、パレサは、聞き入れた。戦う必要性が無いからだ。そして、「勝てるとは、限らないからな…」と、自分に言い聞かせるように言った。不本意だが、実戦経験が無い以上、ソドマとラメーカの意見に従う事が、賢明だからだ。
「そうですね。私達には、ヨギアへ行く目的が有りますからね」と、エシェナが、補足した。
少しして、一同は、兵士達の所へ差し掛かった。そして、会釈をして、通過しようとした。
その途端、甲冑姿の兵士が、行く手を阻むなり、「お前達、誰の許可を得て、この道を通っているんだ?」と、凄んだ。
その間に、パレサ達は、足を止めた。
「別に、誰だって良いだろう? 関所の兵士が、通って良いって言ったんだからさ」と、パレサは、しれっと答えた。“通って良い”と言われたのは、事実だからだ。
「ほう。関所破りを認めると言うのだな?」と、甲冑の兵士が、言い掛かりを付けた。
ソドマが、左隣に立つなり、「通って良いって、言われたから、僕達は、通って居るだけだよ。どういう理由か知らないけど、先を急ぎたいんで、通して下さいよぉ〜」と、低姿勢で、口添えをした。
「それは、出来ない相談だな」と、甲冑の兵士が、頭を降って、却下した。
「じゃあ、どうしろって言うんだ?」と、パレサは、つっけんどんに、問うた。このまま引き返すのも、癪だからだ。
「そうよねぇ。このままだと、無駄に血を流す事になっちゃいそうねぇ」と、ラメーカが、しれっと口にした。
その直後、周囲の兵士達が、せせら笑った。
「確かに、それは、一理有るな」と、甲冑の兵士が、頷いた。そして、「俺も、穏便に収めたい。ここでだ。一騎打ちというのは、どうかな?」と、申し入れた。
その途端、パレサは、ソドマを見やった。ようやく、本気の立ち会いが出来るからだ。そして、「ソドマ、どうする?」と、問い合わせた。一応、意見を聞いておいた方が良いからだ。
「僕は、今回は、賛成するよ。避けられない戦いだからね」と、ソドマが、理解を示した。
「ここは、パレサに、頑張って貰わないといけないわね。あたし達の為にもね」と、ラメーカも、口添えした。
「パレサさん、あなたの剣に、“火属性”の強化魔法を掛けてあげます」と、エシェナが、申し出た。
「いや。これは、“一対一”の対決だ。強化魔法を掛けるのは、卑怯だと思うんだ」と、パレサは、断った。実力で、この戦いに臨みたいからだ。
「出過ぎた事を言って、すみません…」と、エシェナが、神妙に詫びた。
「いや。厚意だけは、受け取っておくよ」と、パレサは、取り繕った。エシェナの気遣いは、心強いからだ。
「エシェナさん。パレサは、やる時は、やる奴だから、僕達は、勝利を信じよう」と、ソドマが、力強く取り成した。
「そうよ。まあ、あたし達は、離れて、見守りましょう。パレサが、思う存分に戦えるようにね」と、ラメーカも、口添えした。
「うん…」と、エシェナが、返事をした。
間も無く、ソドマ達が、引き返した。そして、二十歩程、離れた。
同時に、兵士達も、同様の距離を取った。
その間に、パレサは、甲冑の兵士へ向き直り、「そろそろ、始めるとしようか?」と、剣を抜いた。そして、正眼に構えた。気後れする訳にはいかないからだ。
「やる気満々だな。俺は、嫌いじゃないけどな。まあ、こんな物を着て勝っても、自慢にならねぇから、脱ぐとするか…」と、甲冑の兵士が、脱ぎ始めた。
「おい、なめてるのか!」と、パレサは、語気を荒らげた。まるで、見下されているような感じだからだ。
「いいや。お前に、敬意を払っているんだよ」と、甲冑の兵士が、兜を脱ぎ捨てた。すると、豚鼻が特徴のブヒヒ族の顔が、露わとなった。そして、「先刻、お前が、強化魔法を断ったじゃないか。俺も、それに倣って、装備を脱いでいるだけだ」と、理由を述べた。
「へえ〜。ザ・ヤーキの手下にしちゃあ、公平なんだな」と、パレサは、感心した。国を下衆盗りする側の兵士なので、自分に有利な戦い方をするのかと思っていたからだ。
「あんな連中と一緒にするな! 好き好んで、あんな下衆共の兵士をやっている訳じゃない! 今は、あいつらに従うしか、生きる道が無いんだよ!」と、ブヒヒ族の兵士が、吐き捨てるように語った。
「なるほど。でも、手加減はしないんだろうな?」と、パレサは、尋ねた。わざと負けられるのも、気分の良いものではないからだ。
「そうだな。負けてやるのは簡単だが、俺の部下達が、納得しないだろう。安心しろ。手を抜くつもりは無い!」と、ブヒヒ族の兵士が、力強く返答した。間も無く、鎧も脱ぎ捨てた。
「そうか」と、パレサは、安堵した。そして、「腕と足は、脱がなくても良いから、そろそろ始めようじゃないか」と、促した。全ての装備を外すのが、待ち切れないからだ。
「せっかちな奴だな。まあ、これくらいの制限は有っても良いだろう」と、ブヒヒ族の兵士が、承知した。そして、右手で、腰の片刃の剣を抜くなり、「さあて、掛かって来な!」と、切っ先を向けながら、身構えた。
その刹那、「やあ!」と、パレサは、真正面から打ち込んだ。相手の実力を量る上では、真っ向勝負が、手っ取り早いからだ。
「ふん、素直な奴め!」と、ブヒヒ族の兵士が、その場から動かずに、左手で、受け止めた。
その瞬間、甲高く金属音が、響き渡った。
「ぐっ…!」と、パレサは、押し込もうと、歯を食い縛った。しかし、前進出来なかった。
「小僧。これが、お前の実力だ。力業で、俺に勝とうなんて、考えが甘いぜ」と、ブヒヒ族の兵士が、含み笑いをした。その直後、「ふん!」と、左手を押し返した。
「うわ!」と、パレサは、数歩、押し戻された。そして、弾みで、もんどりうって倒れた。
次の瞬間、「おおー!」と、周囲の兵士達が、歓声を上げた。
その間に、「く…!」と、パレサは、上半身を起こした。こうも、力の差を思い知らされるとは、予想だにしなかったからだ。
程無くして、ブヒヒ族の兵士が、距離を詰めるなり、「このまま、おお怪我をしない内に、とっとと引き返せ!」と、上から目線で、勧告した。
「出来るか!」と、パレサは、立ち上がった。まだ、始めたばかりだからだ。
「どうやら、相当、痛い目に遭わせねぇと、分からないみたいだな…」と、ブヒヒ族の兵士が、溜め息を吐いた。
「確かに、あんたの言う通り、力任せで勝てない事は、分かった。でも、あんたの言うような結果になるとは限らないぜ」と、パレサも、言い返した。ブヒヒ族の兵士の言うような結果になるとは思っていないからだ。そして、立ち上がった。その途端、立ち眩むなり、右へよろけた。
「おいおい。威勢が良いのは、口だけか?」と、ブヒヒ族の兵士が、皮肉った。
「う、うるせぇ! ちょっと、寝てないだけだ!」と、パレサは、語気を荒らげた。これしきの眠気で、勝負を降りる訳にはいかないからだ。
「何だ? 勝負にもならねぇな…」と、ブヒヒ族の兵士が、冴えない表情をした。そして、「誇大妄想小説の英雄のつもりかどうかは知らないが、このままやっても、お前に勝ち目は無いぞ!」と、言い放った。
「何だと!」と、パレサは、目を見開いた。誇大妄想小説のように、危機に陥った途端、都合良く、無双状態になれるとは思っていないからだ。だが、意に反して、全身の力が抜けるなり、突っ伏してしまった。間も無く、意識が、遠退くのだった。