六、森を抜けて
六、森を抜けて
翌朝、パレサ達は、目を覚ますなり、野営地を出発した。そして、朝靄の立ち込める道を進んだ。
「パレサ、あんまり、寝ていないんじゃないのかい?」と、ソドマが、身を案じた。
「まあな…」と、パレサは、しれっと答えた。そして、「あんまり、眠たくなかったんでね」と、言葉を続けた。エシェナの事が気掛かりで、気が張っていたからだ。
「パレサ、エシェナの事が心配だったら、大丈夫よ。あの子の杖には、持ち主の安否が判るように、〝探知〟の呪いが掛かっているのよ」と、ラメーカが、何食わぬ顔で、口を挟んだ。
「そうなんですか…」と、ソドマが、感心した。
「どうして、それが判るんだ?」と、パレサは、仏頂面で、問うた。その根拠が知りたいからだ。
「そうね。そもそも、この杖は、母様の御下がりなのよ。エシェナが迷子になったら、すぐに見付けられるように、与えた物なのよ」と、言葉を続けた。
「そうか? 俺には、特に、何にも変わっているようには見えないんだけどな」と、パレサは、見解を述べた。特に、変化は見られないからだ。
「僕も、何の変哲のない杖にしか見えませんね…」と、ソドマも、口添えした。
「そう? あたしは、嘘は言ってないわよ」と、ラメーカが、戸惑った。
「僕達は、魔法が使えないから、その変化が、判らないのかも知れませんね」と、ソドマが、取り成した。
「そうだな。それに、騙すつもりなら、とっくの昔に、ずらかられているだろうしな」と、パレサも、補足した。ラメーカが嘘をついているとは、毛頭から思っていないからだ。そして、「エシェナの居る所には、行き着けるんだな?」と、尋ねた。
「ええ」と、ラメーカは、頷いた。そして、「それに、ここら辺の野盗の親玉は、父様の知り合いかも知れないからね」と、仄めかした。
「そうか。俺達には、判断が付かないから、付いて行くだけだけどな」と、パレサは、一任した。ラメーカとエシェナの杖に頼るしかないからだ。
「僕も、ラメーカさんに付いて行きますよ」と、ソドマも、同調した。
「ありがとう。あなた達に見限られたとしても、独りで行くつもりだったけど、良かったあ~」と、ラメーカが、安堵した。
「俺は、その、昨夜話した猫耳族の子みたいに、見捨てる訳にはいかないと思ったからな。上手く言えないけどな…」と、パレサは、口にした。正解か、どうかは判らないが、自分は、この選択が、正解だと思ったからだ。
少し後れて、「僕は、ラメーカさんを信じていますし、パレサが、付いて行かないと言っても、今回は、付いて行くつもりでしたよ」と、ソドマが、思いを述べた。
「おいおい。俺は、そんなに薄情じゃないぜ…」と、パレサは、口を尖らせた。些か、心外だったからだ。
「それは、言葉の綾だよ…」と、ソドマが、苦笑した。
「うふふ。護衛としては頼り無いけど、同行者としては、心強いわ」と、ラメーカが、目を細めた。
「ここら辺の野盗の親玉って、何処か、隠れ家に、心当たりでも有るのかい?」と、パレサは、尋ねた。ラメーカの口振りからして、野盗の親玉と面識が有ると推察されるからだ。
「ええ。森を抜けた先に、根城が在るのよ」と、ラメーカが、さらりと答えた。
「つまり、関所みたいな所ですか?」と、ソドマが、問うた。
「ええ。一応、この国の盗賊組合を仕切っていた一家の親玉だからね」と、ラメーカが、しれっと答えた。そして、「今は、ザ・ヤーキ達が仕切っているから、秩序が失われて、各地で、物騒な事を起こさせているんだと思うわ」と、言葉を付け足した。
その瞬間、「ええ!」と、パレサとソドマは、信じられない面持ちで、顔を見合わせた。
「まあ、顔見知りなだけで、あたしは、盗賊でも何でもないわよ」と、ラメーカが、あっけらかんと言った。
「何だあ~」と、ソドマが、安堵した。
「騙されているのかと思ったぜ…」と、パレサも、苦笑した。妙な場所へ、誘導されている感じでも無さそうだからだ。
「ふふふ。騙すのだったら、宿屋の時点で、あなた達の荷物やお金を持ち去っているわよ」と、ラメーカが、にこやかに告げた。
「確かに…」と、パレサとソドマは、声を揃えた。
少しして、板塀が、行く手に見えて来た。
「あれが、隠れ家か?」と、パレサは、小首を傾いだ。関所にしか見えないからだ。
「あたしは、知らないわよ。数日前には、あのような板塀なんて無かったわ」と、ラメーカも、すかさず、頭を振った。そして、「盗賊よりも、性質が悪いかも知れないわね…」と、表情を曇らせた。
「と、言いますと、ザ・ヤーキ側の兵士達が、待ち構えていると…」と、ソドマも、息を呑んだ。
「ええ。そう考えた方が、良いかも知れないわね」と、ラメーカが、冴えない表情で、頷いた。
「でも、お尋ね者じゃないんだろ?」と、パレサは、問うた。
「ええ。今のところはね」と、ラメーカが、回答した。
「じゃあ、エシェナは、別の隠れ家へ連れ込まれているのかも知れないな」と、パレサは、眉間に皺を寄せながら、口にした。隠れ家を引き払っていると考えられるからだ。
「そうね。でも、今頃になって、こんな所に関所を構えるなんて、盗賊組合へ、喧嘩を売っているのかしら?」と、ラメーカが、冴えない表情で、言った。
「だろうな。堂々と関所を構えるくらいだからな」と、パレサも、見解を述べた。盗賊組合と事を構えようとしているのは、見え見えだからだ。
「でも、喧嘩を売る気なら、関所を構える前に、何かしらのイザコザが有ったんじゃないんですか?」と、ソドマが、異を唱えた。
「それもそうね。数日間に、関所が建っているなんて、違和感が有るわね」と、ラメーカも、同調した。
「まあ、もう直ぐ、関所に入るんだし、旅人の振りをして、情報を聞き出してみたら、どうだ?」と、パレサは、提案した。何かしらの情報が、得られるかも知れないからだ。
その瞬間、「ええ!」と、ソドマとラメーカが、素っ頓狂な声を発した。
「俺、何か、変な事を言ったか?」と、パレサは、眉をひそめた。特別な事を言ったつもりは無いからだ。
「いや、パレサにしては、まともな事を言ったもので…」と、ソドマが、苦笑した。
「そうそう」と、ラメーカも、相槌を打った。
「おいおい…」と、パレサは、言葉を詰まらせた。このような反応をされるとは、心外だからだ。
間も無く、三人は、関所へ到着した。そして、板塀の内側へ進入した。
その直後、バニ族の甲冑姿の兵士に、行く手を阻まれた。
「おいおい。ここを通して貰えないかな?」と、パレサは、おどけながら、申し出た。ここは、低姿勢で言った方が良いと思ったからだ。
余所者は、一切の入国を許さない!」と、バニ族の兵士が、即答した。
「あたしは、この国の者です! 妹を捜したいので、ここを通して貰えませんか?」と、ラメーカが、懇願するように、口を挟んだ。
「いいや。一度国を出た者でも、許さん! ザ・ヤーキ様の御達しだからな」と、バニ族の兵士が、けんもほろろに、拒んだ。
「人でなしですね! 頭ごなしに通さないなんて、乱暴な話ですよ」と、ソドマが、強い調子で、詰った。
「永久追放という訳じゃない。少々、王都の治安が悪いので、落ち着くまでの一時的な措置だ」と、バニ族の兵士が、言葉を濁した。
「じゃあ、俺らは、ならず者にしか見えないのか?」と、パレサは、自嘲気味に、口を挟んだ。あやふやな言動が、気に入らないからだ。
「い、いや。そういう訳では…」と、バニ族の兵士が、口ごもった。
「じゃあ、通してくれよ」と、パレサは、得意満面に、申し入れた。ここは、厚かましく圧して行くしかないからだ。
「そうですよ。僕達は、ここを通して欲しいだけなんですよ」と、ソドマも、ここぞとばかりに、口添えした。
「しかしなあ~」と、バニ族の兵士が、難色を示した。
突然、旦那ぁ~。ここを通らせて貰えますかねぇ~」と、背後から、声がして来た。
パレサは、咄嗟に、振り返った。その直後、入口で並んでいる三人の異種族の男が、視界に入り、中央の横縞柄の服装のラット族の男と右隣には、背広姿のイナ族の優男に、反対側には、右肩に、布の袋を担いでいる痩せたウルフ族の男を視認した。
「う~ん。ただでは通してやれんがな」と、バニ族の兵士が、示唆した。
「昨夜、仕入れた物なんですがね」と、横縞柄の服装のラット族の男が、勿体振った。
「ほう。で、物は?」と、バニ族の兵士が、興味を示した。
横縞柄のラット族が、痩せたウルフ族の男を見やり、「おい」と、目配せをした。
その直後、「おう」と、痩せたウルフ族男が、返事をするなり、歩を進めた。そして、パレサ達には目もくれずに、バニ族の兵士の前まで移動した。間も無く、「よっこらしょ!」と、雑に布袋を下ろした。
その刹那、布袋が、もぞもぞと動いた。
「中身は、動物か?」と、バニ族の兵士が、興味津々に、尋ねた。
「ええ。まあ…」と、横縞柄の服装のラット族の男が、曖昧な返事をした。そして、痩せたウルフ族の男の右側まで歩を進めるなり、「で、通らせて頂けますかねぇ?」と、揉み手をしながら、問い返した。
「そう急かすな。中身を吟味してからでも、遅くはないだろう」と、バニ族の兵士が、返答した。そして、封をしている縄を解くなり、中を覗き見た。
パレサも、爪先立ちで、横縞柄の服装のラット族男の頭越しに、中身を確認しようと試みた。興味が、そそられたからだ。間も無く、袋の奥が、視認出来た。その瞬間、「あ!」と、声を発した。赤毛の人らしき頭頂部が、視界に入ったからだ。
「パレサ、どうしたんだい?」と、ソドマに、問われた。
その直後、パレサは、ソドマを見やり、「袋の中身は、エシェナかも知れない…」と、口にした。自信は無いが、中身が人なのは、確かだからだ。
「ええ!」と、ソドマが、両目を見開いた。そして、ラメーカを見やった。
「これで、確認出来るわよ」と、ラメーカが、左手で、エシェナの杖を差し出した。
「おいおい。俺は、魔法は使えないぜ」と、パレサは、戸惑った。いきなり振られても、困りものだからだ。
「誰も、あなたに期待なんてしてないわ。袋の中身が、エシェナだったら、呪文を唱えれば、杖が、反応する筈よ」と、ラメーカが、小声で告げた。そして、右手に持つ杖へ顔を近付けるなり、「認識の魔法」と、呪文を唱えた。
次の瞬間、杖全体が、ほんのりと紅い光を帯びた。
「エシェナの髪の色と同じだな」と、パレサは、感想を述べた。エシェナの頭髪を想像させる色合いだからだ。
「見とれている場合じゃないわよ」と、ラメーカが、袋の方へ、杖を向けた。その直後、点滅が、忙しくなった。
「これは、どういう意味ですか?」と、ソドマが、興味津々で尋ねた。
「あの袋の中身が、エシェナって告げてるのよ」と、ラメーカが、力強く断言した。
「そうか」と、パレサは、含み笑いをした。自分の見立てに、間違いが無かったからだ。そして、バニ族の兵士達へ向き直り、「ちょっと、待った!」と、意気揚々に、声を発した。
その途端、横縞柄の服装のラット族の男達が、振り返った。
「おいおい。ここでの揉め事は、止して貰えないか?」と、バニ族の兵士も、口添えした。
「揉め事も何も、中身を返して貰えれば、丸く収まるんだがな」と、パレサは、示唆した。エシェナさえ返して貰えれば、争う必要など無いからだ。
「嫌だと言えば?」と、背広姿のイナ族の男が、意地悪く返した。
「力ずくで、返させて貰うわよ!」と、ラメーカが、息巻いた。
「ガキが、生意気に、言い掛かりを付けてるんじゃねえ!」と、痩せたウルフ族の男が、怒鳴った。
「そうそう。さっさと帰りな」と、横縞柄の服装のラット族の男が、半笑いを浮かべながら、右手で払った。
「話になりませんね」と、ソドマも、溜め息を吐いた。
「確かにな」と、パレサも、同意した。話し合う気など、更々無い態度だからだ。
「お前達、難癖を付けて、関所を破る気だな!」と、バニ族の兵士も、敵意を剥き出しにした。その直後、槍の穂先を向けて来た。
「おいおい。悪いのは、そいつらだろ!」と、パレサは、語気を荒らげた。自分達は、エシェナを返して貰いたいだけだからだ。
「パレサ、何を言っても無駄だよ。世の中、損得で動いて、善悪を捻曲げる輩なんて、幾らでも居るんだからね」と、ソドマが、語った。
「そうよ。ここの役人と、この三人は、もう、利害が一致しているのよ」と、ラメーカも、補足した。
「く…!」と、パレサは、歯噛みした。悪事を働いている連中の言い分が罷り通る現状が、歯痒いからだ。
「お前らに、勝ち目は無いぜ。どうするんだ?」と、痩せたウルフ族の男が、冷やかした。
突然、ソドマが、痩せたウルフ族の男の正面へ進み出るなり、「こうするんだよ!」と、分厚い本で、有無を言わさずに、右の横っ面を引っ叩いた。
次の瞬間、「ぐわっ!」と、痩せたウルフ族の男が、ド派手に、左へ倒れ込んだ。そして、動かなくなった。
「あんまり、なめて掛からない事だね」と、ソドマが、言い放った。そして、「まあ、聞いていないだろうけどね」と、言葉を続けた。
「やるわね、ソドマさん」と、ラメーカが、称賛した。
少し後れて、「ソドマ、今日は、積極的だねぇ」と、パレサも、舌を巻いた。ソドマが、先に手を出す事は、今までに無かったからだ。
「おいおい! 俺らの連れに、何をしてくれてるんだよ!」と、横縞柄の服装のラット族の男が、腰の両側から、ナイフを抜いた。
イナ族の優男が、右手で、茶色い前髪を掻き上げるなり、「やれやれ。仲間をやられて、黙っていては、男が廃りますからね。少々、お仕置きをしなきゃあならないようだね」と、左手で、胸元から回転式の拳銃を取り出した。
その刹那、「パレサ、飛び道具だよ!」と、ソドマが、忠告した。
「あれが?」と、パレサは、きょとんとなった。自分が見てきた飛び道具とは違うので、しっくり来ないからだ。
「あれに似た物が、城の宝物庫にも在ったような気がするわ」と、ラメーカが、口にした。
「ほう、こいつの事を知っているようだな。護身用にと、全財産を叩いて買ったんだがな。この距離だったら、間違い無く、あの世へ送ってやるぜ!」と、イナ族の優男が、得意満面に、語った。
「撃てるもんなら、撃ってみろよ!」と、パレサは、両手を広げて、挑発した。エシェナを誘拐するような連中が、わざわざ手の内を見せる事に、違和感が有るからだ。
「は? お前、正気か? お、俺は、本気なんだぜ?」と、イナ族の優男が、表情を強張らせた。
「おい、何をびびっているんだ? さっさと撃てよ!」と、横縞柄の服装のラット族の男が、けしかけた。
「た、弾代が高いから、よぉく引き付けて、撃ちたいんだよ!」と、イナ族の優男が、理由を述べた。
「は? 先刻と言って居る事が、違うんだけど?」と、パレサは、ツッコミを入れた。撃つ気満々の態度が、一転して、気弱に思えたからだ。そして、一気に、距離を詰め寄るなり、銃口の前へ立った。
その瞬間、「うわあああ!」と、イナ族の優男が、喚きながら、その場に、へたり込んだ。
パレサは、見下ろすなり、「どうしたんだい? 撃たないのかい? それとも、元々、弾が無いとか?」と、半笑いで、言った。おそらく、“張ったり”のような気がしたからだ。
「…」と、イナ族の優男が、呆然と項垂れた。
その直後、「ケッ! 使えねぇな!」と、横縞柄のラット族の男が、吐き捨てるように、口にした。
「大人しく、エシェナを返してくれるんだったら、見逃してあげるけど」と、ラメーカが、勧告した。
「いやいや。俺らには、御役人様が、味方に付いて居るんだ! お前らこそ、大人しく引き下がるべきだな!」と、横縞柄のラット族の男も、強気に、言い返した。
その直後、「者共、不逞な輩を引っ捕らえろ!」と、正面の兵士が、命令を下した。
次の瞬間、「は!」と、周囲の兵士達が、行動を起こした。その刹那、横縞柄のラット族の男達へ、穂先を向けた。
横縞柄のラット族の男が、正面の兵士へ振り返り、「おい! これは、どういう事だ? 通行料を払ったじゃねえか!」と、語気を荒らげた。
「盗品を通行料として、受け取る訳にはいかんからな〜」と、正面兵士が、白々しく、手の平返しをした。
「そりゃ、無いぜぇ〜」と、横縞柄のラット族の男が、情けない声を発した。そして、刃物を落として、落胆した。「者共、その三人を、取り調べ小屋へ連れて行け!」と、正面の兵士が、指示した。
「はっ!」と、周囲の兵士達が、返事をした。そして、横縞柄のラット族の男達へ、穂先を向けながら、取り囲んだ。
「へいへい。逆らう気なんて無いぜ」と、横縞柄のラット族の男が、両手を上げた。
少し後れて、イナ族の優男も、神妙な態度で、徐に起立した。
「起きろ!」と、右側の兵士が、痩せたウルフ族の男へ呼び掛けた。
次の瞬間、「何だよ!」と、痩せたウルフ族の男が、語気を荒らげて、上半身を起こした。だが、眼前の穂先を見るなり、表情を強張らせながら、息を呑んだ。そして、「どうなってんだ?」と、目を白黒させた。
「さっさと立て!」と、右側の兵士が、急かした。
「ちっ、分かったよ」と、痩せたウルフ族の男が、不満顔で、腰を上げた。
間も無く、兵士達が、横縞柄のラット族の男達を連行して、左奥へと消えた。
少しして、「で、袋の中身は、俺達に、返して貰えるんだろうな?」と、パレサは、問い掛けた。兵士達と一戦を交えてでも、エシェナを取り戻さなければならないからだ。
「まあ、この袋の持ち主が現れた以上は、返さねばなるまい」と、正面の兵士が、返答した。
「そうか。でも、さっきの連中の時みたいに、手の平返しってのは、無しだぜ」と、パレサは、指摘した。いまいち、信用ならないからだ。
「そうだね」と、ソドマも、相槌を打った。
「私は、これから、さっきの連中に、説教をしてやらねばならん。これ以上、仕事が増えるのは御免だし。まあ、居ない間に、通り抜けられても、致し方無いだろうな。さあて、仕事、仕事」と、正面の兵士が、わざと口にしながら、立ち去った。
パレサ達は、速やかに、袋へ歩み寄った。そして、覗き込んだ。程無くして、口を湿布で塞がれて、両手両足を縄で縛られたエシェナを視認した。
「エシェナ!」と、ラメーカが、真っ先に、名を呼んだ。そして、ゆっくりと、右手で、湿布を剥がした。少しして、剥がし終えた。
その直後、「お姉ちゃん!」と、エシェナが、目を細めながら、安堵した。
「パレサ、縄を切ってあげなよ」と、ソドマに促された。
「あ、ああ…」と、パレサは、はっとして、頷いた。そして、右手で、剣を抜くなり、速やかに、縄を切った。
「取り敢えず、先をいそぎましょう!」と、ラメーカが、提言した。そして、「エシェナは、歩ける?」と、気遣った。
「うん!」と、エシェナが、力強く返事をした。
その刹那、パレサは、無意識に、エシェナへ、左手を差し伸べた。何と無く、そうすべきだと直感したからだ。
「パレサさん、ありがとう」と、エシェナが、礼を述べながら、両手で、掴まって来た。
「あ、ああ…」と、パレサは、咄嗟に、視線を逸らした。些か、照れ臭いからだ。
その瞬間、「パレサ、照れてるね」と、ソドマに、冷やかされた。
その直後、パレサは、ソドマを見やり、「う、うるさい!」と、語気を荒らげた。図星だからだ。
その間に、エシェナが、立ち上がり、「ソドマさん、からかっている暇なんて有りませんよ」と、庇うように、窘めた。
「言うようになったわね。エシェナ」と、ラメーカが、口元を綻ばせた。
「そ、そんな事…無いわ…」と、エシェナが、慌てて、否定をした。
「まあ、何にせよ、早く行こうぜ」と、パレサは、提言した。ここで駄弁って、兵士達が戻って来ると、ややこしい事になり得るからだ。そして、剣を収めた。
「そうだね。この好機を逃しちゃあいけないね」と、ソドマも、同意した。
「そうね。急ぎましょう」と、ラメーカも、賛同した。そして、「はい、エシェナ」と、右手で、杖を差し出した。
「うん」と、エシェナが、両手で、受け取った。
少しして、パレサ達は、足早に、王都ヨギア側の出口へ、関所を抜けるのだった。