五、エシェナ、さらわれる
五、エシェナ、さらわれる
夕暮れ前、パレサ達は、森へ進入した。
少しして、「ここって、もう、レーア国の領地なんだよね?」と、ソドマが、問うた。
「ええ。この森を抜ければ、王都とは、目と鼻の先になるわよ」と、ラメーカが、にこやかに、答えた。そして、「それが、どうかしたのかしら?」と、問い返した。
「いや、順調に進めているから、何か、拍子抜けと言うか、何と言うか…」と、ソドマが、答えた。
「そうだな。何か、静か過ぎるんだよな。あの宿へ着くまでは、色んな奴に追い回されたからな」と、パレサは、口添えした。野盗のような連中に、散々、追い回されたが、今回は、そのような気配が無いからだ。
「秩序が、回復しているのかも知れないわね」と、ラメーカが、回答した。
「なるほど。じゃあ、ザ・ヤーキが、倒されたのかも知れませんね」と、ソドマが、可能性を述べた。
「お姉ちゃん、王都に着くまでは、期待しない方が良いかも…」と、エシェナが、異を唱えた。
「そうね。ひょっとすると、あたし達を油断させておいて、何処かからか、狙われている事も考えられるわね」と、ラメーカも、聞き入れた。
「しかし、こう薄暗くちゃあ、何処に、何が潜んでいるねか、判らないぜ」と、パレサは、顔をしかめた。段々と、視界が利かなくなってきているからだ。
「ここいら辺で、野営をしますか?」と、ソドマが、提案した。
「この道は、通って来たから、もう少し、奥へ進みましょう。開けた場所が在るから、そこで、夜を明かしましょう」と、ラメーカが、返答した。そして、「エシェナ、明かりを、お願い」と、指示した。
その瞬間、「はい」と、エシェナが、返事をした。その直後、「照明!」と、呪文を唱えた。間も無く、左手の手の平の上に、光球が現れた。そして、周囲をほんのりと照らし始めた。
「心当たりでも有るのですか?」と、ソドマが、質問した。
「ええ」と、ラメーカが、小さく頷いた。そして、「休憩場所には、丁度良い岩場が、在るのよ」と、回答した。
「へぇ~。そうなんだぁ~」と、ソドマが、理解を示した。
「でも、野宿は、野宿だろ」と、パレサが、口を挟むように、ぼやいた。ぐっすり眠れないのは、必至だからだ。
「そうね。まあ、夜通し歩いて、疲れた所を、賊やザ・ヤーキの兵士に襲われるよりは、マシだと思うけどね」と、ラメーカが、冷ややかに、言い返した。
「う…」と、パレサは、言葉を詰まらせた。確かに、休憩を取らずに、森を抜けるのは、自殺行為に等しいからだ。
「まあ、夜の森は、獣も徘徊しているし、ラメーカさんの仰られた場所で、夜を明かした方が、賢明だろうね」と、ソドマも、支持した。
「はいはい。お前の言う事が、正しいよ」と、パレサは、不貞腐れた。理詰めにされている気分だからだ。
「それに、あんたは、その程度で、文句を言っているけど、エシェナの方が、あなたの何倍も疲れるのよ。だからこそ、野営をするのよ」と、ラメーカが、代弁するように、捕捉した。
その瞬間、パレサは、はっとなった。確かに、魔法を使用しているエシェナの方が、歩くだけの自分の何倍も疲労している事に、気付かされたからだ。そして、「ごめん、エシェナ」と、詫びた。自分の事しか考えていないと、認識させられたからだ。
「いいえ。私は、大丈夫ですわ」と、エシェナが、返答した。
「エシェナ、遠慮しなくて良いのよ。無理をしても、碌な事にはならないんだからね」と、ラメーカが、淡々と言った。
「そうだな。遠慮は、無用だ。君の苦労を知らないで、言いたい事ばかりを言っていたんだからな」と、パレサは、神妙な態度で、告げた。自分の不満ばかりを言っていた事が、恥ずかしいからだ。
「パレサも、少しは成長したみたいだね」と、ソドマが、冷やかした。
「う、うるせぇ!」と、パレサは、語気を荒らげた。気恥ずかしいからだ。
しばらくして、四人の行く手には、聳え立つ苔むした岩盤が見えて来た。少しして、根元の隙間から進入した。すると、吹き抜けになっており、開けた空間になっていた。少し中程には、左右両側に一対の横たわるには丁度良い長さの腰掛け岩が在った。その間には、焚きびの出来る場所が、在った。そして、その外回りを、潜り抜けた同じ形状の巨大な岩盤が、規則正しく立ち並んでおり、王都側の方にも潜り抜けられる穴が有り、残りの両側は、隔絶するかのように、外壁を形成していた。間も無く、腰掛け岩へ到達した。
「ここは、良い場所ですね」と、ソドマが、笑みを浮かべた。
「でしょう」と、ラメーカが、どや顔をした。そして、「まあ、見張りさえ確りしていれば、一晩くらいなら、大丈夫よ」と、言葉を続けた。
「確かにな」と、パレサも、頷いた。侵入口も限られているので、そこさえ注意していれば、後手に回る事も無いと思えるからだ。
「じゃあ、僕とパレサが、交代で見張ってられそうだね」と、ソドマが、にこやかに、言った。
「おいおい、俺とお前だけでって、勝手に決めるなよ」と、パレサは、異を唱えた。勝手に話を進められるのが、気に食わないからだ。
「パレサ、ラメーカさん達は、色々と心労が重なって、疲れているんだから、僕らが、少しでも負担を軽くしてあげないとね」と、ソドマが、考えを述べた。
「そうだな」と、パレサは、すんなりと聞き入れた。昨夜のエシェナの話を聞いて、事情を察しているからだ。そして、「まあ、交代制だから、良しとしとくか」と、口にした。そうそう物騒な事が起こるものでもないからだ。
「とにかく、腰を下ろしましょう」と、ラメーカが、提言した。
「そうですね」と、ソドマも、すかさず、同調した。
間も無く、四人は、二組に分かれた。
パレサとエシェナは、左へ。
ソドマとラメーカが右の腰掛け岩へ腰を下ろした。
「エシェナ、火をお願い」と、ラメーカが、促した。
「はい」と、エシェナが、返事をした。そして、立ち上がり、杖の握り手の部分へ光球を移して、地面へ突き立てた。少しして、焚き火の燃え残りの炭の方へ、右手を向けた。間も無く、「小火魔法!」と、唱えた。その刹那、蛍のような大きさの火の玉が、放たれた。程無くして、焚き火の跡へ投じられた。次の瞬間、瞬く間に、燃え上がった。
「魔法って、便利なものなんだな」と、パレサは、感心した。意のままの事が、容易く出来るからだ。
「まあ、確かに、便利と言えば、便利だけど…」と、ラメーカが、言葉を詰まらせた。
「つまり、使う者次第では、危険なものになるって事なんですね?」と、ソドマが、補足した。
「ええ、そうよ」と、ラメーカが、冴えない表情で頷いた。
「軍務大臣が、絡んでいるって事だよな?」と、パレサは、尋ねた。魔法を使える者も、関係しているのだと察したからだ。
「軍務大臣のザ・ヤーキは、魔法は使えないけど、ルーマ・ヤーマという宮廷魔術師とゴ・トゥという司祭が、この国では、最高の魔法の使い手よ。母が、ぼやいていたのだけど、ルーマ・ヤーマは、頻りに、極秘で、ドファリーム大陸のデヘル帝国へ出向いていたそうだし、ゴ・トゥの所には、西の隣国のソリム国の宮廷魔術師のネデ・リムシーとその最高司祭のダ・マーハが、密談をする始末。今にして思えば、謀反の予兆だったのかも知れないわね」と、ラメーカが、語った。
「じゃあ、ソリム国も、謀反の準備をしていたって事なのかな?」と、ソドマが、くちにした。
「どうかしら? あたし達よりも、ソドマさん達の方が、詳しいんじゃないのかしら?」と、ラメーカが、問い返した。
「僕らは、ソリム国じゃなく、パテシ国を通って、この国へ来たんだけど。ソリム国の話なんて、聞かなかったですよ」と、ソドマが、返答した。
「パテシ国を通って来たのなら、交易の街のムオルにも立ち寄った筈よね?」と、ラメーカが、好奇の眼差しで、尋ねた。
「交易の街って?」と、パレサは、ソドマを見やった。
「パレサ、猫耳族の女の子が、背の低い中年の男と筋骨隆々の大男に追い掛けられていた街だよ」と、ソドマが、指摘した。
その瞬間、パレサは、はっとなり、「ああ、そうだったな」と、頷いた。印象深い三人だったからだ。
「パレサさん、助けてあげたのですか?」と、エシェナが、興味津々に、問うた。
パレサは、頭を振り、「いいや。ソドマに、係わるなって、止められたよ」と、告げた。その場では、ソドマの言い分が、正しいような気がしたからだ。
「どうして、パレサを止めたの?」と、ラメーカが、質問した。
「善悪の判断が付かなかったもので、下手に介入すると、僕達にまでとばっちりが及ぶと思っちゃって…」と、ソドマが、見解を述べた。
「なるほどね。賢明な判断ね」と、ラメーカが、理解を示した。
「でも、猫耳族の娘さんは、どうなったのかしら?」と、エシェナが、心配した。
「まあ、物盗りだったら、役人に突き出されているだろうしな」と、パレサは、あっけらかんと言った。状況からして、物盗りに失敗して、逃げて居たのだろうと思ったからだ。
「ひょっとしたら、人身売買の連中からの脱走だったのかも知れないわよ。猫耳族の女の子って、ライランス大陸では、バニ族やメギネ族よりも、高値で取り引きされているみたいだからね」と、ラメーカが、憶測を語った。
その途端、「ひょっとしたら…」と、ソドマが、オロオロし始めた。
「今更、後悔してもなぁ」と、パレサは、眉をひそめた。今になって、猫耳族の娘の身を案じたところで、後の祭りだからだ。
「まあ、この件に関しては、正解は無いから、ソドマさんが、責任を感じる事は無いわよ」と、ラメーカが、取り成した。
「そうだな。あの状況では、介入しようが、するまいが、正しい選択肢なんて無かったんだからな。まあ、気にするなよ」と、パレサは、サバサバと言った。ラメーカの言う通りだからだ。
「ラメーカさんでしたら、どうしましたか?」と、ソドマが、質問した。
「そうねぇ」と、ラメーカが、右手の人差し指を添えるように、頬へ当てた。少しして、「いちいち首を突っ込んだりしないわね」と、回答した。
「薄情なんたな~」と、パレサは、口にした。何と無く、冷たい感じがしたからだ。
「まあ、あたし個人の考え方だし、そもそも、その子を助ける義理なんて無いからね」と、ラメーカが、淡々と考えを述べた。そして、「文句有る?」と、言葉を続けた。
「う~ん」と、パレサは、眉間に皺を寄せた。言っている事は、分かるのだが、何かが違うような気がするからだ。
「私でしたら、様子見をしてから、判断しますわ」と、エシェナが、口を挟んだ。
「確かに、静観してから行動するのもアリね」と、ラメーカが、賛同した。
「パレサには難しいだろうね」と、ソドマに、冷やかされた。
「う、うるせぇ!」と、パレサは、口を尖らせた。ソドマの言う通り、考えて行動するのは、苦手だからだ。
「でしょうね」と、ラメーカが、含み笑いをした。
「話は、これくらいにして、さっさと休んでくれないか? これから、寝ずの番をしなけりゃあならないんだからさ」と、パレサは、憮然として、打ち切った。行楽気分で、閑談するほど、夜更かしは出来ないからだ。
「そうね。エシェナ、王都までは、まだまだ先だし、休める時に、休みましょう」と、ラメーカも、聞き入れた。
「はい」と、エシェナも、即答した。
突然、何処からともなく、焚き火の中へ、何かが放り込まれた。次の瞬間、爆発が起こり、周囲が、白煙に包まれた。
「な、何だ!」と、パレサは、動揺した。そして、「何も見えないぜ!」と、語気を荒らげた。視界が利かないからだ。
「ラメーカさん、大丈夫ですか!」と、ソドマが、安否を問うた。
「ええ、大丈夫よ」と、ラメーカが、すかさず答えた。
「エシェナ、俺から離れるなよ!」と、パレサも、指示した。傍に居てくれた方が、安心だからだ。
その直後、「は…! きゃあ!」と、エシェナの悲鳴が、聞こえた。
「エシェナ!」と、パレサとラメーカが、同時に、名を呼んだ。
次の瞬間、「パレサさん! お姉ちゃん!」と、エシェナが、叫んだ。
少し後れて、「静かにしろ!」と、若い男の声がした。
「娘を一人確保したから、ずらかろうぜ!」と、子供みたいな男の声もして来た。
「長居は無用だしな」と、勇ましい男の声も、同調した。
「そうそう」と、若い男の声も、相槌を打った。
「く! ど、何処だ!」と、パレサは、すぐさま、周囲を両手で探った。近くにいるのは、声で把握しているからだ。しかし、空振りに終わった。
程無くして、複数の足音が、王都側の方から聞こえた。そして、次第に、遠ざかった。やがて、聞こえなくなった。
しばらくして、煙が晴れて、ようやく、視界が利くようになった。
その途端、「エシェナを追わなきゃ!」と、パレサは、足音の向かった方向を見やった。今なら、追い付けるかも知れないからだ。
その刹那、「止しましょう」と、ラメーカが、冷ややかに言った。
その瞬間、「ええ!」と、パレサとソドマは、信じられない面持ちで、ラメーカを見やった。
「勘違いしないで。あたしは、エシェナの事は心配よ。でも、暗闇の森を歩くのは危険だから、今夜は止めておくのよ」と、ラメーカが、理由を述べた。
「何だぁ~」と、ソドマが、安堵の息を吐いた。
「だ、だよな~」と、パレサも、落ち着きを取り戻した。ラメーカの真意が、分かったからだ。そして、「あいつらは、何者なんだろう」と、小首を傾いだ。
「野盗の部類か、何かじゃないかな?」と、ソドマが、推理を述べた。
「かもね」と、ラメーカも、相槌を打った。そして、「あたしに、心当たりが有るから、ちょっと寄り道になるけど、良いかしら?」と、提案した。
「僕は、構いませんよ」と、ソドマが、即答した。
「俺も、良いぜ」と、パレサも、同意した。今は、エシェナを見付ける事が、先決だからだ。
「じゃあ、休みましょう。今夜は、これ以上、襲われる事は無いでしょうからね」と、ラメーカが、しれっと言った。そして、腰掛け岩の上へ横になった。
「胆が据わっているなぁ~」と、パレサは、舌を巻いた。自分は、気になるのに、身内のラメーカが、意外と動じていないからだ。そして、「ソドマは、先に休めよ。俺は、ちょっと、眠れそうもないからな」と、促した。エシェナを護れなかった事を引きずっているからだ。
「そうだね」と、ソドマも、相槌を打った。そして、「でも、一応、僕と交代で、見張りはしておこうよ」と、言葉を続けた。
「ああ」と、パレサは、聞き入れた。
「じゃあ、適当な時間に起こしてよ」と、ソドマも、ラメーカの横たわっている腰掛け岩の下へ、本を枕にして、仰向けに寝転んだ。やがて、寝息を立て始めた。
「くっ…」と、パレサは、歯噛みをした。何も出来なかった事が、悔しいからだ。そして、左隣の光球魔法の作用しているエシェナの杖を見やりながら、自責の念にかられるのだった。