三、ソドマとラメーカ
三、ソドマとラメーカ
ソドマとラメーカは、階段を上がって、直に在る左側の部屋へ入った。
その途端、「ソドマさん、奥へどうぞ」と、ラメーカに、勧められた。
「は、はあ」と、ソドマは、呆けた表情で、歩を進めた。そして、奥の寝台へ、腰を下ろした。
少し後れて、ラメーカも、右隣へ座った。
その直後、「ラ、ラメーカさん!」と、ソドマは、面食らった表情をした。いくら何でも、距離が近過ぎるからだ。
「うふふ。ソドマさんって、初なのね」と、ラメーカが、目を細めた。
「ま、まあ…」と、ソドマは、素直に答えた。心の中を見透かされているような感じだからだ。そして、「僕は、村のウルフ族の中では、剣術はからっきしだし、どちらかと言えば、力ずくよりも、消えた古代文明の方が好きなんだよ」と、言葉を続けた。自分は、世間の印象とはかけ離れている異端者だと自覚しているからだ。
「そんな事無いわ。力自慢の脳みそ筋肉よりも、知的で、思慮深いあなたの方が、魅力を感じるわ」と、ラメーカが、艶っぽく語った。
「う、嬉しいです! こんな事を言われたのは、生まれて初めてです!」と、ソドマは、上気した。自分の存在価値を認められたからだ。
「あたしは、あなたの存在は、稀有だと思うわ。好戦的じゃないウルフ族って、素敵じゃないかしら」と、ラメーカが、口にした。
「ぼ、僕も、ラメーカさんの存在は、稀有なものだと思いますよ!」と、ソドマも、感激した。自分の存在を認めてくれるラメーカも、稀有な存在だと思うからだ。
「でも、どうして、消えた古代文明について、興味を持たれたのかしら?」と、ラメーカが、興味津々に、尋ねた。
「何て言ったら良いのか分からないけど、胸が高鳴ると言うか、何と言うか…」と、ソドマは、眉根を寄せながら、答えた。はっきりとした言葉が、思い当たらないからだ。
「知的好奇心が、そそられると言ったところかしら?」と、ラメーカが、当て嵌めるように、言った。
「確かに、その言葉が、妥当だと思いますよ」と、ソドマも、頷いた。しっくりと来たからだ。
「けれど、あのパレサって子は、消えた古代文明には、興味無さそうね。あたしだったら、同じ考えを持った人と一緒に旅をするんだけどね」と、ラメーカが、眉間に皺を寄せた。
「そうだね。ラメーカさんの言う通りだと思うよ」と、ソドマも、同調した。普通ならば、共通の目的を持った者と旅をするものだからだ。そして、「しかし、パレサは、ああ見えて、幼馴染みで、理解者なんだよね」と、告げた。向こう見ずな所は有るが、この旅の主旨を理解してくれているからだ。
「へぇ~。意外ね~」と、ラメーカが、感心した。
「でしょうね」と、ソドマは、苦笑いを浮かべた。そして、「パレサは、乱暴に見えるけど、弱者を見捨てられない性分なんだよ。僕は、彼の男気に、いつも、助けられてばかりいるんだけどね」と、目を細めながら、語った。気の弱い自分を支えて貰っているからだ。
「そうなんだぁ~」と、ラメーカが、理解を示した。
「ラメーカさんこそ、どうして、危険な所へ戻ろうとするんですか?」と、ソドマは、問うた。わざわざ、我が身を危険に晒しに戻る事が、解せないからだ。
「実は…」と、ラメーカが、経緯と事情を説明した。
しばらくして、「酷い話ですね。パレサも、多分、エシェナさんから、その話を聞いているでしょう。僕と同じ考えだと思いますよ」と、ソドマは、自信満々に言った。パレサが、見捨てる訳無いからだ。そして、「僕は、同行させて貰いますよ」と、表明した。パレサが反対したとしても、困っている者を放って置けないからだ。
「こう言っては何だけど、無理に付き合わなくても良いのよ」と、ラメーカが、申し訳なさそうに、言った。
「何を仰られるのですか! 無理なんてしてませんよ!」と、ソドマは、言い切った。初めて、他人に頼られるという気負いも有るが、何もせずに引き返すと、後悔しそうな気がするからだ。
「ありがとう」と、ラメーカが、礼を述べた。
「礼を仰るのは、事が済んでからにして下さい」と、ソドマは、告げた。まだ、礼を言われる事を成し遂げていないからだ。
「分かったわ。じゃあ、宜しくね」と、ラメーカが、柔和な笑みを浮かべた。
「こちらこそ!」と、ソドマも、微笑みながら、応答した。そして、「ラメーカさんも、古代ホー文明に、興味でも有られるのですか?」と、好奇の眼差しで、尋ねた。何と無く、そんな気がしたからだ。
「そうね。何故、大陸が、忽然と消えたのかが、興味をそそられるわね」と、ラメーカが、回答した。
「確かに、五百年前の神魔大戦後に、忽然と消えた事については、色々な説がありますからね。この本に記されている説では、大魔導師ド・ラーグが、空間を切り離して、封印したと書かれていますけどね」と、ソドマは、受け売りを語った。この古代史事典は、自分の愛読書だからだ。
「それは、複製本ね」と、ラメーカが、指摘した。
「ええ。原本を抜粋して、この厚さに編纂されてますからね」と、ソドマは、頷いた。これでも、読み応えは、十分だからだ。
「まあ、ド・ラーグ説は、一般的だし、ドファリーム大陸の何処かで、隠者として、現在も生きているんですものね」と、ラメーカが、補足した。
「でも、それは、噂じゃないのですか? 誰も、確認した訳じゃないみたいですし」と、ソドマは、異を唱えた。五百年前の人物が、現在まで生きているとは、考えにくいからだ。
「まあ、五百年間、天変地異が起こるような大きな争いが無かったから、出番が無かったのかも知れないのでしょうし」と、ラメーカが、考えを述べた。
「確かに、神魔大戦のような破滅的な争いは、起こっていませんね」と、ソドマも、同調した。確かに、ラメーカの言い分にも、一理有るからだ。
「でも、ザ・ヤーキが暴走して、パテシやソリムと戦争を始めちゃったら、神魔大戦の二の舞になるかも知れないわね」と、ラメーカが、表情を曇らせた。
「そうですね。神魔大戦も、発端は、些細な事件からでしたからね」と、ソドマも、眉根を寄せた。些細な事件が発端となり、それが、侵略戦争へ進展し、近隣の国々へ飛び火して、世界各地で、紛争が乱発して行き、最終的に、神皇軍と魔王軍といった二大勢力へ分かれて、世界中を巻き込んだ大戦へと発展した経緯があったからだ。
「ド・ラーグのような大魔導師じゃなくてもいいから、あいつらをやっつけてくれる人が、現れてくれれば良いんだけどね」と、ラメーカが、冴えない表情で、ぼやいた。
「そうですね」と、ソドマは、苦笑した。恐らく、自分には、なれないと思ったからだ。
「まあ、父様か母様が無事ならば、三人をやっつけてくれるでしょうね」と、ラメーカが、口にした。
「でも、そのような報せは、届いていないのでしょう?」と、ソドマは、尋ねた。ラメーカ姉妹が、ここに居るという事は、ザ・ヤーキ派が、現在も国を牛耳っていると、考えられるからだ。
「ええ」と、ラメーカが、小さく頷いた。
「僕達が、王都へ着く前に、ザ・ヤーキ派が、倒されていると良いんですけどね」と、ソドマも、溜め息混じりに、言った。寄り添った方が、気休めになると思ったからだ。
「そうね。まあ、期待はしてないけどね」と、ラメーカが、しんみりと補足した。
「そろそろ、休みませんか?」と、ソドマは、提言した。夜通し話をしていたいのだが、明日に、支障を来すからだ。
「今夜は、一緒に休ませて頂けないでしょうか?」と、ラメーカが、申し出た。
その直後、「ええー!」と、ソドマは、素っ頓狂な声を発した。添い寝の申し出とは、思いもしなかったからだ。
「駄目かしら?」と、ラメーカが、寂しげな表情で、問うた。
「と、とんでもない!」と、ソドマは、畏まった。そして、寝台の上へ、正座をして、ラメーカに向くなり、「ぼ、僕の方こそ、お、御願いします!」と、返礼した。想定外の展開だからだ。
その直後、ラメーカが、胸元へ寄り添って来た。
ソドマは、硬直した状態で、受け入れた。ここは、場の流れに任せた方が良いと思ったからだ。少しして、ラメーカの寝息が、聞こえて来た。その途端、視線を向けた。すると、穏やかな表情の寝顔を視認した。そして、「余程気が張っていたんだろうね…」と、呟いた。かなりの疲労困憊なのだと見受けられたからだ。しばらくして、起こさないように、そっと、寝台へ横たわらせるのだった。