二、パレサとエシェナ
二、パレサとエシェナ
パレサ達は、階段を挟んで、ソドマ達の真向かいの部屋へ入った。
パレサは、戸口に立つなり、「真っ暗だな。何にも見えないや」と、口にした。暗くて、何も見えないからだ。
「少し待ってて下さい」と、エシェナが、奥へ、颯爽と歩を進めた。やがて、暗闇に溶け込むように、消えた。
突然、明かりが、灯った。そして、小物入れの上の照光石を嵌めた角提灯が、室内を照らした。
その直後、寝台と寝台の間に、エシェナの姿が、現れた。
「よく、明かりの場所が、判ったなあ」と、パレサは、感心した。自分は、動く事すら出来なかったからだ。
「私達が、泊まっていた部屋と同じ造りかと思ったものですから…」と、エシェナが、はにかみながら、返答した。
「なるほど。こんな感じなんだ」と、パレサは、見回しながら、納得した。そして、「ソドマも、今頃、話し込んでいるんだろうな」と、口にした。あの様子では、盛り上がっているような気がするからだ。
「そうですね」と、エシェナも、相槌を打った。そして、「パレサさんも、お掛けになられては、どうですか?」と、促した。その直後、奥の寝台へ、腰を下ろした。
「そ、そうだね」と、パレサも、返事をした。ここに、突っ立って居ても、仕方がないからだ。そして、後ろ手で、扉を閉めるなり、進入した。間も無く、寝台の間へ入るなり、手前の寝台へ、座った。
「今夜は、宜しくお願いします」と、エシェナが、お辞儀をした。
少し後れて、「ああ…」と、パレサも、返事をした。
しばらく、二人は、沈黙した。
突然、「あの!」と、エシェナが、声を発した。
「ん?」と、パレサは、きょとんとした。何事かと思ったからだ。
「パレサさんは、どのような目的を持たれて、旅をしておられるのですか?」と、エシェナが、好奇の眼差しで、問うた。
「う~ん。昔からの夢を叶えたいと思ってね」と、パレサは、はにかんだ。この年で言うと、笑われるかも知れないからだ。そして、「君達を送ったら、故郷へ帰ろうと思っているよ」と、言葉を濁した。
エシェナが、身を乗り出すなり、「お聞かせ下さい!」と、食い付くように、促した。
「き、君って、見掛けによらず、積極的なんだね…」と、パレサは、表情を強張らせながら、たじろいだ。先刻とは一変して、ガツガツして来たからだ。そして、「話すから、落ち着いて」と、宥めた。
「はい」と、エシェナが、返事をした。そして、元の位置に、戻った。
「俺の夢は、え、英雄に…なる事だ…」と、パレサは、冴えない表情で、口をすぼめながら、告げた。初対面の娘に、告白するよりも、恥ずかしいからだ。
その直後、「良い夢ですね」と、エシェナが、目を細めた。そして、「故郷へ帰られると、仰られてましたけど、夢を諦めちゃうんですか?」と、尋ねた。
「まあ、現実的に考えれば、そうなるだろうな」と、パレサは、自嘲気味に、言った。夢を見るような年齢でもないからだ。
「私は、そうは思いませんわ」と、エシェナが、真顔で、口にした。そして、「ザ・ヤーキの謀反が、起こるまでは、王都を出る事なんて、考えもしませんでしたわ。今は、ザ・ヤーキを追い出した後の平和なレーア国が、私の夢ですわ」と、熱っぽく、言葉を続けた。
「ザ・ヤーキって、例の軍務大臣かい?」と、パレサは、質問した。名前は、挙がっていなかったからだ。
「ええ」と、エシェナが、頷いた。そして、「宮廷魔術師のルーマ・ヤーマと王室司教のゴ・トゥも、謀反に加担し、王家の者達を、公開処刑にして、皆殺しにしてしまったのです! 親衛隊長の父と筆頭魔導師の母も、その混乱に巻き込まれて、行方不明に…。私と姉だけで、着の身着のまま、ここまで逃れて来たのです」と、エシェナが、涙目となった。
「なるほど。だったら、尚更、君達を送らなくちゃならないじゃないか!」と、パレサは、立ち上がった。そして、「君の御両親が見つかるまで、付き合わせて貰うよ!」と、力強く言った。困っている者を見過ごす訳にはいかないからだ。
「でも、パレサさんが望むような冒険とはならないつまらないものだと思いますよ」と、エシェナが、表情を曇らせた。
「いや。俺は英雄譚に出て来るような冒険じゃなくても、構わないよ。でも、君を送り届ける事は、現実だし、何よりも、他人を泣かすような奴は、許せない!」と、パレサは、熱っぽく、言い切った。謀反で、国を下衆盗りするような奴を、今すぐにでも、ぶちのめしたいくらいだからだ。
「パレサさん…」と、エシェナが、感極まった表情で、言葉を詰まらせた。
「へへ、ちょっと、カッコ付け過ぎたかな」と、パレサは、自嘲した。柄にも無い事を言ったので、些か、恥ずかしくなったからだ。
「いいえ」と、エシェナが、頭を振った。そして、「私にとっては、どんな伝承の英雄譚よりも、あなたが、英雄ですわ」と、恍惚の表情で、鼻を鳴らした。
「そ、そうかい?」と、パレサは、照れ笑いを浮かべた。満更、悪い気もしないからだ。そして、「そ、そろそろ、休むとしようか?」と、提言した。気分の好いうちに、休んだ方が良いからだ。
「はい。今夜は、これくらいにしておきましょう」と、エシェナも、同意した。
パレサは、剣を外して、小物入れの引き出しへ、立て掛けた。そして、寝台に、寝転がった。
「おやすみなさい。パレサさん」と、エシェナが、鼻を鳴らしながら、告げた。その直後、灯りを消した。
少し後れて、「おやすみ」と、パレサも、返答した。そして、目を瞑った。間も無く、眠りに就くのだった。