夜の居ない夜
私が、夜を殺した。
私が…、人殺し。
グルグルと言葉が回っている。
私が夜の家を出る頃には、ユウちゃんは居なかった。
「朝乃ちゃん、ごめんなさいね。ユウちゃんは夜と幼稚園から中学校まで一緒の幼馴染でね…、彼女も混乱しているみたいなの」
「いえ!もしかしたら、ユウちゃんにしか話せない悩みを夜が相談していたかもしれないし…、それに私、昔から鈍感で気付かないうちに夜を傷つけていたのかもしれません」
私の父は仕事柄、転勤が多かった。
いろんな学校を転々として、いろんな人と友達になった。
そして気づいた。
私は、臆病の癖に人一倍、人の痛みに鈍感なようだ。
私が…、夜を殺してしまったのだろうか?
「そんなことないわ。夜は、朝乃ちゃんの話ばっかりしていたのよ?ユウちゃんの勘違いだわ」
自分の娘があんなショッキングな死を迎えたというのに励ましてくれている。
さすが、夜のお母さんだ。
「すみません、大変なときに上がりこんで、気を遣わせてしまって」
「いいのよ。私もだいぶ塞ぎ込んでいたから…、ほんの少し、元気を頂いたわ」
夜のお母さんは、疲れた顔でふっと笑った。
このまま長居するのもいたたまれなくて、「頬、赤くなってるわ」と渡された冷却シートを頬に当てながら岐路に着いた。
玄関のほうは飽きもせずに野次馬が張り付いていた。
「ただいま」
自宅の古いアパートの扉を開ける。
「朝乃、おかえり。いつもより遅かったわね」
「え、ああ、うん。私の友達が自殺しちゃって…、その子のお家にお邪魔してた」
「あら…、お気の毒ね…」
バタバタと出勤の準備を整えていた母が、驚いた顔で私のほうを見た。
心の底から、痛ましいという表情をしていた。
「マ、ママ?時間、遅れちゃうよ?」
「あ、あら!急がなきゃ。ごめんね、今日、ちょっと遅いかも。いつもより心細いかもしれないけど、ちゃんと寝なさいね」
「もう、高校生だよ」
「分かってるわよ。まだまだ子供じゃないの。じゃあ、行くわね」
バタバタとママが出て行った。
ママは夜の仕事をしている。
お父さんは、今は単身赴任中だ。
以前は、一緒に引っ越していたけど、私が夜に出会ってから、学校を変えたくないと駄々を捏ねたため、今の学校に来てからは私とママは定住している。
一人で夜を過ごすことなんて寂しくない。
夜は夜更かしだから、寂しいと思った時にラインを送れば、すぐ返事が来る。
そんな夜更かし友達はもういない。
どっと寂しさが押し寄せてきて、普段は全く見ないテレビをつけた。
「○○市 女子高生自殺!!」
でっかい見出しのニュースが出てきた。
ちょうど今日行った夜の家が晒される。
そのニュースは淡々と読み上げる方式ではなく、スタジオの芸能人たちがあれこれと討論する形式だった。
「いじめはなかったのか」や「SNSを利用した見えない攻撃を受けていたのではないか」と、ちんぷんかんぷんなことを言っている。
挙句の果てには、「親が子供とコミュニケーションをとり切れていない」などと、いかにも夜の家族の関係を疑うようなコメントもあった。
お前らに…、夜の何が分かるって言うの?
段々と腹が立ってくる。
「こいつが夜を殺したんだ」
ふと、ユウちゃんの言葉を思い出した。
じゃあ私は、本当に夜のことをちゃんと理解していたのだろうか?
好きなものも、嫌いなものも、誕生日も血液型も知っている。
プロフィールとしての情報は知っている。
でも、夜に悩みを相談されたり、愚痴を言われたりしたことはない。
夜にとっての親友はユウちゃんで、私はただのクラスメイト…、だったのかもしれない。
急激に四肢が冷えてきた。
どうしよう。
ねぇ、夜、助けて。
なんでもいいから、夜の本心が聞きたい。