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ートクハチー  作者: nau
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暴走男

上島かみしまさん、宮路原さん今日来てませんよ」

「またか、あのバカモンが。ノーズ・フィンガースラッシャーくらわしたろか」

「いや、何すかそれ」


宮路原茂雄(みやじはら しげお)

職業:フリーター

年齢:32

好きな女優:網島遥(あましま はるか)

嫌いな俳優:斗森塚哲(ともりづか さとし)

現在、土木現場でアルバイト中。本日サボり。


「レフトアームズ・ストロングにするか」

「だから何すかそれ」



宮路原茂雄は家にいた。泣いていた。泣きじゃくっていた。本日早朝、玄関のポストに投函された新聞紙を広げ、彼は絶句した。


『アマシーこと網島遥と斗森塚哲の熱愛発覚!!』


人生が終わった。これまでの全てが崩れ去る。


「何で、よりにもよってこの二人が」


網島を始めてみたのはロケ現場でのことだった。宮路原が失意のどこ底で目の前が真っ暗になっていた時、カメラ数台とマイク、その他数人に囲まれ、大物芸能人と一緒に街を歩く彼女を見た。一目で、胸が熱くなった。

それ以来、宮路原が彼女のことを考えない日はなかった。

斗森塚を見たのは街のとある居酒屋だった。そんなに値段は高くない店だったが、味が評判で芸能人も時々訪れるという。そんな中に斗森塚はいた。


『何で席空いてねぇんだよ』

『すみません、少しお待ちくだ』

『俺は斗森塚哲だぞ!! 今すぐ席空けろ』

『それはできかねます』


一瞬で嫌いになった。非常識極まりない。それ以来、宮路原はテレビで斗森塚を見るとチャンネルを変えるようになった。

そして本日、宮路原の中で対極にいる二人の熱愛が発覚したのだ。そんなもの仕事になんて行ってられる訳もない。


「斗森塚め、ぶっ殺してやる」


宮路原は家を飛び出した。


向かう先はもちろん斗森塚の所属するプロダクションの事務所である。電車で3時間。金はないので鈍行だ。

目的地につくと既に数人の同志が、ビルの警備員と言い合いになっていた。


「困ります。お引き取りください」

「どけジジイ。俺は斗森塚に用があんだよ」

「お引き取りください」

「ふざけんな」


そう言って小太りの男が取り出したのは、短めのナイフだった。警備員の顔が青ざめる。周りにいた他の者も恐怖の色を見せ、少し後ずさった。


「君、少し落ち着きなさい」

「うるせぇ、退かねぇならお前も同罪だ」


 その時だった。集団の一人が声をあげた。


「斗森塚だ!!」


 その男は宮路原の方を指差した。全員がこちらに注目する。


「いや、宮路原ですけど……」


しかし男たちが見ていたのは、宮路原の背後だった。少しして宮路原もそれに気付き、振り返る。

そこには黒のジャケットを羽織り、深く帽子を被った怪しい奴が歩いていた。マスクをつけ、身を限りなく縮めた姿勢で事務所の裏口から出てきたのだ。

不幸なことに事務所の駐車場は入り口正面にあり、裏口から出ても最終的には正面の道路に通じる造りになっていた。


「トモリヅカッァァァアアアアアアアッ!」


ナイフを持った小太りの男が駆けてくる。凄まじい形相、以前雷門で見た風神雷神象にそっくりだ、と宮路原は思った。


「ひぃいいい!」


斗森塚らしき男からか細い悲鳴が聞こえた。とても今話題の人気俳優のモノとは思えない声。その男は走り出した。

直後に縁石に足を引っかけて転んだ。

小太りの男は息を荒くして宮路原の横を通り過ぎ、間抜けな格好で倒れている斗森塚の前に立った。転んだ拍子にマスクは外れ、イケメン俳優の素顔が丸出しだった。


「よくもアマシーをタブらかしたな。今ここで成敗してやる」

「ちょっと待て、違うんだ。それは」

「問答無用!!!」


小太りの男がナイフを振り下ろす。


「ぐぁぁぁあああああ!」


叫びが上がる。宮路原は自分の腹を見下ろした。ベージュのシャツが赤黒く濁っている。

自分の行動が信じられなかった。咄嗟に斗森塚と小太りの男の間に入り、斗森塚を庇うようにしてナイフをその身に受けたのだ。


「やべ、目が回る……」


宮路原はゆっくりと膝を突き、生暖かい腹部を触りながら冷たい地面に横たわった。



殺したいほど憎んでいた男を庇い、自分がこんな目に遭うなんて誰が予想できただろう。

病院のベッドの上で宮路原は激しく後悔した。

幸いにも一命をとりとめ、入院という形で話は纏まった。小太りの男は当然逮捕され、他の男たちもその場から逃げ去った。

そして、その渦中にいた当事者である斗森塚は現在、


「うわあん、うっうっうぅぅぅう」


宮路原のベッドの横で泣いていた。


(さっさと帰れよ)

「ありがとうぅ、本当にありがとうぅございます、あなたがいなかったら僕は今頃……」

「わかったから今すぐ帰れ。俺はお前の顔なんて見たくないんだよ」

「でもあなたは命の恩人だ」

「知るか! てめぇがアマシーに手を出しさえしなけりゃ」

「だから違うんだって、それは真っ赤な誤解なんだ」

「あぁん?」

「あの女の方なんだ。あの女は悪魔なんだよ!」


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