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ただ今10時ぴったり可愛い後輩にキスをされました。  作者: 猫又二丁目
一条 栞菜への愛と矢杉 綾乃への愛
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可愛い後輩を傷つけました。

短くなってしまい申し訳ありません...

「...栞菜。お待たせ。」

仕事が終わった後、私は栞菜を家に呼んだ。

「あ、ううん...紅茶ありがと。」

栞菜はそう言って、私が机の上に置いた紅茶を両手で持って飲んだ。

「美味しい?」

「え...あっうん...おいし。」

不安そうな顔...。

ふと、栞菜の手元を見てみると軽くだけれど、震えていた。

「...っ。栞菜、カップ...置いて...。」

私と栞菜が、隣り合わせで座っているソファーが少しギシ...となった。

「...はい。」

栞菜はカップを置いて私を見つめる。

少し潤んでいる瞳は不安でいっぱいだ。

「...どこから、話そうかしら。」

「...派遣の人...あの人が綾乃さんです...か...?」

「...っ...うん。」

私がそう言うと栞菜は居心地の悪そうな顔をして、俯いた。

「私...」

「なに?」

「ふられ...ちゃうんですか...。」

あぁ...なんで、私はこの子にこんな顔させてるんだろう。どうして、泣かせているんだろう。

「...。」

NOと答えたいのに、脳裏にあの人の顔が浮かんでは消えて、自分の優柔不断な心に心底イラつく。

「...せんぱ...ぃ。」

酷い声。裏返って呼吸も荒い。嗚咽なんて、聞きたくないのに。そうさせているのは私で...。


不安になんてさせたくないのに。泣かせたくなんかないのに。こんなにも、愛して...なんて、NOを即答出来ない私が言う言葉じゃない。


「好きなの..。」

「...ぇ?」

「好きなのよ...栞菜も...」

「...」

「っあの人も...。」


最低最低最低。こんなにも純粋なこの子に、あの人と付き合ってた頃の私と同じ気持ちを味わせるだなんて。どれほど辛いか分かっているのに...この子の前では自分の心に嘘をつけない...。


「ひっ...ぅ...。」


視界が揺れる前に見た栞菜の顔は裏切られたような、怒ったような()()()の私と同じ顔をしていた。


じわりと頬に熱い痛みが走る。


栞菜は自分の手を痛そうにさすって私の家から出ていった。


「...なんで....選ばれへんの...ぉ?」

痛い。栞菜に叩かれた頬も、心臓も。

心が荒んでいく。綾乃さんが私に会いに来なければ...それでも、会いに来たら私はあの人を好きになってしまう。全ては私が選べないせいだ。私のこの感情は、栞菜にも、綾乃さんにも、どちらにも失礼で...残酷だ。


「死にたい...。」

1人には少し広いリビングに、私の独りよがりな欲求が響いては溶けた。



現在6月23日6時47分

結局、あまり寝れなかった。昨日、私が綾乃さんのことが好きなのを認めてしまったから。栞菜を酷く傷つけた。


シャコシャコと歯を磨く音が寝不足の脳に響き少し気持ち悪い。

「...。」

(渚って歯磨き苦手...?)

キィンとあの日話した内容が頭に浮かぶ。あの時私が歯磨き粉まずいって言ったら凄い笑われたな...。


ポタ...


「っ...別れたく...ないなぁ...。」


無数に零れる涙は洗面台へと音を立てずに流れて行った。



現在8時14分

「...おはようございます。」

出社して挨拶をすると色んな人から挨拶が返ってくる。

「おはよー...ふふっ。」

もちろん綾乃さんからも挨拶が返ってくる。


昨日の今日で接しにくい。あの時栞菜に投げかけた無責任な言葉は綾乃さんにとっても失礼で、最低な言葉だった。


「...仕事、覚えましたよね。今日は一人でやってください。わからないところがあれば呼んでくださいね。」

私は目を合わさずそう言って横を通り過ぎた。

綾乃さんは私の目を見て話してくれていたのに。


「...佐藤先輩。ここってこっちの内容をまとめてこの資料から表抜き取るって感じですか...。」


八神が私にぽてぽてと近付いて、書類を机の上において見せた。あんな事があったからか未だに少し私を避けていた。


「...えぇ。あ、でもここ気を付けてね。この書類の方に合わせて。」

「...はい。あの、先輩今日元気ない...ですね...。」

おずおずと私を上目遣いで見つめる。

「そ、んなこと...ないわよ。」

あぁ、後輩にも心配かけて。最低じゃないか。プライベートを仕事に持ち込んじゃダメなのに。


「おはようございます。」


ほら、また心が痛くなる。顔を顰めてしまう。


「あらぁ、一条ちゃんおはよう。今日ねー、この仕事お願い出来るかしら?」

栞菜は、課長がそう言って渡したファイルを受け取ってはい、と言った。


私の顔を一度も見ずに。


「...一条先輩と何かあったんですか。」

八神が周りに聞こえないように小さな声で言った。

「...ちょっと、私が最低なだけ。」

あぁ、また自己嫌悪が脳を蝕む。イライラして痛くて悲しくて、前髪を拳で強く握りしめた。


加害者が被害者ヅラで悲しいなんて。死ねばいいのに。


「今日、また私とご飯行きませんか...?」

「へ?」

突拍子もない言葉にマヌケな言葉が出た。

「...先輩が、私の事好きじゃないの知ってます...。でも、私は一緒に...いたいです。先輩がどんなに最低な人でも、彼女さんを傷付けちゃう人でも...。」


多分、浮気や不倫をする人ってこうやって全肯定された上で私といて、って言われたら落ちちゃうんだろうな。だって、傷ついてる時こんな事言われたら...誰だってこの愛に縋りたくなる。


「ごめんね...さすがに、一条にも、八神にも失礼すぎる。」


だけど私だけが安全地帯に逃げ込むのはずるい。しかも、被害者は救われず加害者である自分が楽になるなんて。余計死にたくなってしまう。


「私は、全然...」

「ごめん違う...私が、これ以上...救われたくない...少しでも幸福感を得たくないの...申し訳なさ過ぎて死にたくなっちゃうから...。私って、自己中心的な人間なのよ...。」

そう言って初めて八神の顔を見ると、とても、可哀想な者を見る目をしていた。

「ほら、デスクに戻って...?」

そう言うと八神は立ち上がってデスクに戻った。

戻る前に、私の指を欠けたガラスをなぞるように人差し指でなぞった。

「っ...はぁぁ泣きそう...。」

熱くなる目頭を押え、私は仕事を続けた。




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