24夜目 嵐の予感がします。
現在6月21日午後23時15分
「ふふ、可愛いわね。」
『もーっ。いっつもそうやって!あ、もうこんな時間だね。そろそろ寝る?』
「あぁ、そうね。明日から派遣も来るみたいだし。気合い入れていくわよ。」
『…可愛い子でも…浮気とか、しちゃだめだよ?』
「……っするわけないわよ。栞菜以上に可愛い子なんていないし栞菜以上に愛せる人なんていないわ。」
『そんな堂々言われると……なんか……ごにょ…。』
「ふふ、それじゃあね?また明日。おやすみ。」
『あっ、うん。おやすみなさい。』
プツッ…ツー、ツー…
ほぼ日課になっていた栞菜との電話を終えて、私はゆっくりとベッドに寝る。
「…最近…可愛すぎへん?あの子。」
ドキドキと波打つ胸を抑え、今日もムラムラを耐えながら眠りにつく。
現在6月22日午前8時
「…はぁ、昨日結局シちゃったし。眠た…ふぁぁ…。」
大きな欠伸をしながら赤色になっている信号を見上げる。
結局昨日悶々が絶えず、ベッドをきしませながら1時間半ほど栞菜を抱いてる妄想をしながらシた。いやしょうがないでしょ。不可抗力よ。
「それにしても…嫌なくらいどしゃぶりね。」
外は雨。車に乗ってても大粒の雨だと分かるくらいに、ボンネットに当たる雨が大きな音をたてて落ちる。
「…嵐か台風か、どっちがくるかしらね。」
そんなことを独りつぶやきながら青になった信号を渡った。
現在午前8時30分
「おはようございます。」
「あ、おはよぉ。あのねあのね、佐藤ちゃん。派遣の子がちょっと道に迷っちゃったらしくて遅刻しそうらしいんだけどいいかなぁ?」
課長がトタトタと小走りに私の元へやってきたと思えば唐突に派遣の遅刻を知らされた。
「…え?迷うって、なんでですか?」
「いやぁ、その子ね?大阪の子らしくて。貴方よりかは年上の人なんだけど、派遣仕事メインに色んなところ渡り歩いてるらしいんだけど、凄い方向音痴らしいのよぉーもぉうふふっ。派遣先が決まる度に会社を下見しに来るらしいんだけど今回は時間が無かったみたいで。ごめんね?」
手を合わせてウインク。課長の決めポーズだ。
「……まぁ、しょうがないですよね。取り敢えず私は仕事に取り掛かっても大丈夫ですかね?」
「ええ!私も戻るわぁ。」
そう言ってパタパタと席に戻って行った。
「……っふう。」
「おーはよっ。大阪の子なんだってな!もしかしたら知り合いかも?なーんてな!ははっ!」
凛子がお決まりの背中叩きを私にくらわしてから、意味ありげに私の耳元で呟いた。
「変なフラグ建てないでもらえるかしら?」
凛子はじゃ、席に戻るわと言いながら自分の席に戻って行った。
「ったく、何しに来たのよ。」
「あ、おはようございます。」
悪態をついていると、栞菜がペコ、と頭を下げ私の横を通り過ぎる。この瞬間だけでなんかキュンとする。…中学生かよ。
「……おはようございます。」
わざわざ私の横に止まって挨拶をするのは八神葵。萌え袖口元に手を持っていきからの八の字眉毛。
癒しでしかないわね。
「おはよ。今日はお昼一緒に食べるわよね?」
可愛くて自然に口角が上がっちゃうのが八神葵という生物である。猫猫猫猫。猫みたいで可愛すぎる。
「……あっぅ…はい。」
「なに……?どうしたの?」
八神ちゃんは何か言いたげにモゴモゴと口を動かす。
「…2人きりで…食べたい…です。」
「へ?」
「あ、あの、だ、だめ……ですか……?」
ビクビクとしながら私の行動を探る。
……これは浮気には…ならないわよね?普通に後輩とのご飯だし……うん。
「いいわよ。何食べたいとかある?」
「えっと…この前見つけたんですけど、駅前に美味しいタイ料理屋があるんですけど、パクチーとかいけますか?」
「パクチー好きよ。そこにしましょう。道案内お願いできるかしら?」
「あ、はい!楽しみ…です。」
八神は嬉しそうに目を細めて笑う。
……可愛くない?えー、可愛い。
「私も楽しみ。仕事頑張って終わらせちゃうわね。」
私がそう言うと八神はぺこりとお辞儀して自分の席へ小走りで向かった。
ヴーヴーッ
……ん?スマホかしら。
『ばか』
「……。」
栞菜はどうやら会話を聞いていたようでご立腹のご様子。やっぱりダメだったか。
「…ほんとにごめんなさい。今日はお昼一緒出来ない。今度埋め合わせする。っと。」
ヴーヴー
『いいよ。今日は瑠衣と食べるし。2人で仲良く食べてきて。こっちも仲良く食べさせてもらうから。』
「……そう言えばあのクソ女…。……はぁ。」
にしても困ったわね。表に出すようになってきたヤキモチ栞菜が可愛い……なんて。
◇一条 栞菜目線
最低だよ渚。普通彼女いるのに2人きりで行きたいって誘われていいよって言う??……いや、女同士だから……言う……かも。で、でも八神さんは渚のこと好きだし…!……そういや渚は知らないんだっけ。
「……。」
返事が来ない。瑠衣をダシに使ってゆするのはダメだったかな。言いすぎたかな。怒った?
チラ、と渚を見てみると疲れた顔をしてため息を着いていた。
……ど、どうしようどうしよう…!!怒ってる?呆れてる?……嫌われちゃったかな?やだ。どうしたら…ごめんなさいしなきゃ……。
『ごめんなさい、ちょっと妬いちゃっただけなんです。嫌いにならないで。』
その文を送信しようとした所でスマホが鳴った。
『ヤキモチ可愛いって思っちゃった。今度の休みこの前みたいって言ってた映画見に行こ。だから怒らないで。』
「……っもう…馬鹿。」
◇渚目線
現在午前9時10分
結局あの後素直な気持ちを伝えてみれば栞菜の怒りは消えたようで、優しい言葉で並べられた文章と可愛い絵文字が返ってきた。
「……あ、ここ違うか。」
パソコンの画面に並べられた数字が違うことに気づき、直そうとした時、扉が急に開けられた。
手が、止まった。
嫌な気はしてた。
大阪の人で、凄く方向音痴。何となく、あの人に似てるなーなんて思ってた。
でも、そんな要素を含んだ人は万人いる。そんなわけない。なんて、いやに響く心臓の音に気付かない振りをしていた。
最高に最悪。
「す、すいません!あー、派遣としてきました、」
聞いた事がある声なんてもんじゃない。耳から離れないほど聞き慣れた彼女の声。
「……なん……で。」
なんだろう、頭が痛くなってきた。
「矢杉綾乃です。」
扉から出てきた女は少し訛った発音でそう言って
それはとても綺麗に笑った。