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ただ今10時ぴったり可愛い後輩にキスをされました。  作者: 猫又二丁目
矢杉 綾乃との過去
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未知の感情

私がまだ16歳で高校に入学したての頃だ。

友達との待ち合わせで、ファミレスでココアを飲んでいた。

「……〜、やから…………なさい…。」

途切れ途切れに聞こえる不安そうで不機嫌そうな若い女の人の声。

「〜……!…俺は……すきや……!」

それに続いて普通より小声の大きさであるが、どこか力強い喋り方。多分、女の人と同じくらいか、女の人に敬語を使われているから、歳上か。

近い歳なんだろう。別れ話かな?女の人、迷惑そうだな。女の人が振ってるんだ。なんて、ぼんやりと考えていた。

私の後ろの席で話しているので、私には自然と聞こえるのだけど、別れ話のような会話でも、周りの反応はどうでもいい、といったように私の後ろの人達に目も向けなかった。

「…ごめんなさい。」

女の人が、少し大きな声で言った。その声は弱々しくて、震えていて、聞いてるこっちが助けてあげたくなるような弱さがあった。

……まぁ、そんなこともできる訳もなく、私は彼女の声とは逆方向のドリンクバーコーナーに向かった。

こぽこぽと水音を鳴らしながらカップにココアを入れていく機械は、いいように言えばゆったりと。悪いようにいえば、だらだらと。この時の私は、あの二人のカップルの話を聞きたくてうずうずしていたため、このゆっくりとココアを入れる機械はどうしても苛立たしかった。

ポタリと、ココアを薄めるお湯が1滴落ちたところで、速足で自分の席へ向かった。

「は?」

ココアを机に置き、さて、ゆっくりと聞きますか、と座ろうとしたところで、ガラスの割れる音がした。

私の足元には黒茶色の液体が迫ってきた。それを避け、私はその音の犯人へと顔を向けた。

どうやら、男が女に向かってガラスのコップを投げたらしく、女の方は、肩を竦めて震え、俯いていた。服は真っ黒だったので、分かりにくかったが、コップに入っていたと思わしき、私の足元に流れるコーヒーが染み付いていた。

男は顔を真っ赤にし、苛立ったような顔で、ふざけんな。と震える声で呟いた。


「……ふざけんなはこっちのセリフなんやけど。」

私はその男の肩をトン、と叩いた。

「……あ?なんやガキ。」

威圧的な目を向ける。

私は昔から女の子が好きだった。女を傷つける男は根っから排除していったし、私に告白する男はすべて断り、その後にグチグチと陰口を叩く男は口先で怯ませた。差別だ、そう言われても仕方の無いほどに、プライドの高い男が私は大の苦手だった。


まぁ、結論から言うと、この女の人にコーヒーをぶっかけたこのクソ男が許せないってことだ。

「…足。かかってんけんけど。なぁ、どうすんのこれ。片付けんねやんな?こっちまで広がってきてるけどさぁ?どうすんねん、自分で片付けんのが常識やんなぁ?」

「……っごめんなさい。私が悪いんです。私が片付け……」

なんというか、意外にもお姉さんが割って入っては、ガラスの破片のそばにしゃがもうとする。

「……あかんって。お姉さんは、まず家帰って。ほんで服着替えて。シミなんで。」

「…何言ってんのお前。全部その女が悪いんや。ガキが入ってくんな。」

背の高いその男は私を見下ろし、ギロりと睨む。

「……はぁ、くっそゴミみたいに威圧感ないメンチやなぁ?生まれたてのゴキブリ風情が人間様に逆らうなや。」

その男の隙だらけの足を払うと、その男は自ら流したコーヒーの水たまりに体を滑らせた。

「……っおいおま……!!」

「…店員さん。これ、ドリンク代と迷惑料です。」

5万程を店員さんに渡し、名前も知らない女の人の手を引いた。

「…渚様、あまり問題は起こされないようお願いします。」

すれ違ったスーツの男はそう言うと、先程の男とはうって違う高圧的な視線をおくった。

「ごめん。」

そう言ってから、俯いていたお姉さんの顔はよく分からないままお姉さんを私の家に連れていった。

「……へ?」

「…入って。」

怯えた声で足を止める彼女を無視し、腕を引く。

「「「「「お帰りなさいませ、渚様!!」」」」」

「ん。ただいま。」

「え、その方は……?」

首を傾げ、一人の部下が質問する。

「拾い物。」

足を止めずにそう答えると、大浴場へと足を進めた。



「あの……えっと、とりあえず、ありがとう?えっと、これどういう状況なんか意味わからへんねんけど……?」


「これって私とお姉さんが風呂はいってること?」

お姉さんと私は大きな湯船にひと間隔あけて、隣り合わせで座っている。


「……えっと、そうやな。」

困惑気味のお姉さんの顔は美人と言っていいほどの次元ではないほどに、整っていて、この人がモデルだ、ハリウッドで活躍する女優だ、と言われても何らいわかんがない。湯船に入る時にまともに見た時、心臓が鷲掴みにされたような感覚が走った。なんだったんだろう。

「……コーヒー、匂い嫌やろ。服も洗ってるから。シミにはならへんと思うけど。」

「そうじゃなくてやな……」

ふぅ、と一息ついてから、真面目な顔をして私を見つめた。

……ドキドキする。なんやこれ。

「なんであの人にあんなん言うたん。私が悪いねん。あの人は……」

「ふ、悪くないって?」

なんや、めっちゃムカつく。イライラする。なんか腹ん中がウゴウゴしてて気色悪い。

「……何笑ってんの。」

「常識的に考えてや。こっちは靴にコーヒーかかってんの。あいつが壊したコップの中に入ってるコーヒーが。あんたらが勝手に喧嘩して被害者が2人だけなんやったらどうでもええけど、公共の場所でコーヒーなんかばらまかれたら迷惑かかんの。分かる?」

「……だから私が悪いんやって。」

「どっちが悪いとか、原因とかクソほどどうでもええわ。私ら他人からしてみれば、コーヒーばらまいた主犯はあの男やろ。いくらあんたが原因やとしても、あいつが壊したコップに入ったコーヒーのせいでこっちが迷惑かけられてんねん。こっちからしてみれば目の敵はあの男や。痴話喧嘩なら他所でやれって話。痴話喧嘩の内容じゃなくて、迷惑かける行動をしたやつがこっち側からしたら犯人やねん。やから私はあの男にあんなんを言うたんや。これで分かった?」

あんまりまとまらへんかったけど、まぁ伝わったやろ。

「……それでも、今は君に事情を話せるから。原因は私やねん。あの人があんな行動をしたんも私のせい。迷惑かけてごめん。」


そう言ってすくっと立ち上がりぺこりと頭を下げた。


「……そう言われたらなんもかえされへん。事情話してくれるんやろ?痴話喧嘩の内容教えてや。」

ニヤニヤとしながら聞いてやると、しまった、といった風に口に手を当てた。

「……まぁ、しょうがないか。」

諦めたようにもう一度座り、話し出した。



話を聞いた結論とすると、2人は恋人同士ではなく、男の方が彼女に付き合ってくれと言ったそうだ。それに対して、この人は軽く断るために、彼氏がいると嘘をついたらしく、その嘘がバレて、ファミレスでしっかりと話すこととなったらしい。そこで、何度言われても付き合えないのに、あなたが聞いてくれなくて、後をつけたりするからそう言ってしまった。これ以上私のストーカーをするなら警察を呼ばせてもらいます。私は付き合えないです、ごめんなさい。と言うと、誰がストーカーだ、ふざけるな。と言って男が逆上し、コップを彼女に向けて投げた、ということらしい。


「……は?」

「……ん?」

「いやそれ普通に男の方が悪いやろ。気持ち悪。なんでストーカーなんかしてんの。きっしょ。」

「ええ…。」

バッサリと言うと、彼女は複雑な顔をして喉の奥から唸った。

「…え、だってそれ男が悪いやん。あんたがコーヒーかけられる意味がわからん。」

『男は勝手だ。』そんな奴がいるからそういうふうに思われるんだろう。まったく。

「…あれ、それもそうやな?ん?なんで私が悪いとか思っててんやろ。」

意外にも彼女は夢から覚めたような顔をしてそう言った。その後、だんだんと怒りがこみ上がってきたらしく、眉間に深く皺を寄せた。

「…はぁ、お姉さんあほやなぁ。」

「歳上への礼儀がなってないで……と言いたいとこやけどなぁ、私あほやなぁ。」

クスクスと笑いだしたお姉さんを怪訝そうに見るとパチリと目が合った。

「お姉さん、美人やなぁ。そら告白もされるわ。」

そう言うと、笑って、

「あんたが言わんといて〜。」

とふざけたように私の頭を乱暴に撫でた。

「うわぁぁっ、やめー!髪の毛ぐしゃぐしゃなるやんかぁ!」

二人で笑い合い、浴場に笑い声がじんわりと響いた。


「あ、言い忘れてたけど服貸してくれてありがとう。」

「あ、ううん、別に。」

私の部屋で二人で漫画を読んでいると、お姉さんが不意に話しかけてきた。

「……そういや名前言うてなかったよな。」

「そーやな。」

「……言わんの?」

そう言って彼女はふっ、と軽く鼻で笑う。

「佐藤 渚。」

「……あ!渚様渚様言われてたもんな!よろしくな渚様!」

「渚様言わんとって。渚って言って。」

そう言うと、部屋がしんと静まり返った。何か変なことを言っただろうかとお姉さんの方を見ると真っ直ぐに私を見ていた。


「渚。」


あまりにも綺麗すぎる声でそう呼ばれた。


ドッ……

心臓が殴られたように苦しくなった。顔が熱くて、心臓がありえないくらいに波打つ。


「……な……に?」


私は多分今、すごく情けない顔をしていると思う。恥ずかしい。

「顔真っ赤!なんや、照れてんの〜?」

そう言ってまた、乱暴にくしゃくしゃと頭を撫でた。


「……うるっさいわ!お姉さんの名前は!?」

もう自分が何を言ってるのかわからないくらい顔が熱くて、触られたところが熱くて、耳がぼーっとする。

「はははっ!ほんまに可愛いなぁ。私の名前は矢杉 綾乃(やすぎ あやの)。あや姉とか呼んでもいいよ?」

「うるさいわ!呼ばんし!……綾乃さんにしとく。」

名前を呼んだ途端にまた顔が熱くなった。それを隠すために、ベッドにあるクマの抱き枕を顔に当てた。

「……なんかめちゃくちゃ可愛いわ。ほら、渚おいで。」

そう言って私の腕をぐい、と引っ張った。

「っっ……!」

油断しまくってた私は、軽々と綾乃さんの方へと体を引かれた。

ポスっと綾乃さんの体に包まれた途端、ゾクゾクと体が震えた。

「…渚可愛い。」

「……っあ……ほ。」

馬鹿みたいに体温が上昇して本当に何も考えられなくなる。

「顔真っ赤や。風通しええとこある?」

そう言われて、ふと思い出したのは桜の木のそばにある縁側だった。誰も使ってなかったけど、小さな頃、お母さんとあそこでアイスを食べてた時を思い出した。

「ある……。」

そう言って、綾乃さんの手を引いた。綾乃さんの顔を見てるとドキドキして、ふわふわして、今まで味わったことの無い心地良さがあった。その初めての感情に私はドプリと沈んでいった。

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