19夜目 可愛い後輩は、私が大嫌い。
...早く投稿するとか言ったのに1ヶ月近く待たせてしまった...本当にすみません...。
カタン。
「.....」
「.....」
外の池の傍にある、ししおどしが、私の部屋まで、大きく響く。
...いや、普通なら気にならないほどの大きさの音なんだけど。
「...あの、栞菜?」
「...。」
えっと、待って。雰囲気がやばい。
私の部屋に来てから栞菜はずっと暗い顔をして黙りこくったままだ。
...そしてこの呼びかけの声も17回目だ。優華と別れてから30分程経っている。そしてその30分間栞菜は『あ』の一言も発していない。
「栞菜...なんで黙ってるのよ。怒ってる?栞菜?」
「...。」
一瞬、眉間にシワを寄せ、口をグッと結んだが、直ぐに先程の無表情に近い暗い顔に戻る。
「...。」
「...。」
あぁ...ほんまにどうしよ...何この沈黙、地獄か。
「...栞菜、あと10秒間黙ったままだったらキスするわよ。10、9、8、...」
「...っ...!?」
栞菜さーん、目、泳ぎまくってますよー。もう諦めて喋りましょーよー。ねーったらぁー。
「4、3、...」
「...っっ渚のバカっ!!」
怒り狂ったように平手で私の身体を叩く。何故か分からないけど、多分...いや、絶対に私のせいで不機嫌なんだろう。心当たりはある。
「...ご、ごめんなさい...。栞菜、どうしたのよ。」
栞菜の両手首を掴んで、私から離す。
私がそう言うと、栞菜は顔を顰めて恨めしそうに私を見つめた。
「...渚のそういう所、私本当に嫌い。」
そういう所って?え、待って?今嫌いって言った?は?何それ。知らないし。そういう所が分かんないし。てかなんで怒ってるのよ。それすら意味わからないのにそういう所っていう謎の語句まで出てきて。そういう所ってどういう所なのよ。てか何、嫌いってなに。本当に嫌い?なにそれ、意味わからないわ。
「...は?」
あぁ...我ながら最低だ。完璧に相手を脅す、威圧を含んだ声で、言っちゃった。てか、睨んじゃった。
「...あ...ごめ...っ.....違う...私が...謝ることじゃない...もん...。渚が...悪いんだよ...嫌い...渚なんて大っっ嫌いだもん!!」
拳を強く握り、眉間に深くシワを寄せ、私を睨み返す。
「...っそんなに私の事嫌いなら...私は栞菜のこと、もういいわ。」
そう言って、私は自室から出た。
パタン、と、和室の襖が情けない音を出した。
...あぁぁぁ...大人気ない。分かってても口に出してしまうのは、私が相当焦っていて傷ついてるから。私がここで深く追求したら彼女はきちんと教えてくれる。分かってる。分かってるけど、今栞菜の顔見れる気がしない。こんな顔を彼女に見られたくない。
あぁ、本当に大人気なくて情けない。小学生みたい。何してるの私。
「なんで泣いてるのよ私...。」
目頭が熱くなっていく。一度泣いたら止まらない。昔からの癖だ。全部出し切るまで流す。あぁ、しんどい。辛い。苦い。ほんとに、有り得ない。
「ダサすぎじゃないかしら...ほんと...こんなのみたらもっと嫌いになっちゃうわね...。」
やけくそ気味にはっ...!と嘲笑する。
私は長く広い廊下を歩きながら、縁側に行く。
温かい日差しが優しく照りつける。中に入る襖を閉め、木製の床に寝転がる。
ここは、私がいつも悩んだり、傷ついたりしたら、いつも来る所だ。目の前に錦鯉が泳ぐ池があって、近くの桜の木が、さわさわと音を立てていて、すごく気持ちいい。
私が初めて本気で恋をした人ともここでいっぱい話した。いつもいつも優しくて、暖かい声で乱暴に私の頭を撫でながら隣で楽しそうに笑っていた。付き合ってからは、彼女が私の頭を乱暴に撫でることは無くなったけど。優しく、割れ物を触るように私に触れた。それが無性に嬉しくて、きちんと大人扱いしてくれてるんだ、なんて考えていた。あの時は子供だったから、大人になって早く彼女に近づきたかったから。まだ高校生の私は、5歳も年上の彼女に似合わないから。
「あー、また要らないこと思い出したわ...。」
『本当に嫌い。...渚なんて大っっ嫌い!!』
栞菜の声が脳内に染み付いて離れない。ずっと頭でリピート再生されている。
何となく分かる。この悩みと傷は栞菜と話さないと解決されないし、治らない。
分かってるんやけど...なー。しんどいんよなぁ。今栞菜の顔見たらガチ泣きしそうで...。25歳の社会人が2歳年下の部下であり、彼女でもある子の前で大泣き。
うーん、地獄絵図やな。もうちょっと現実逃避しとこ。あー、どこまでも子供でごめんな、栞菜。あんたの彼女は普段大人ぶってるけどこんなに子供なんですよ~。勉強から逃げる学生みたいやな。まぁ、私は勉強好きだったから逃げる意味は分からなかったけど。
んー、どんな感じなんやろ。勉強が嫌って、解けたらおもろいし、点数高かったらワクワクするし、将来に余裕できるし、ええことだらけやん。意味わからん。
「...さてと、現実逃避はこれくらいにして愛しの彼女の元に戻りますか。はぁ、泣いたらアカンで渚。」
先程通った廊下をもう一度歩いて、自室の前でピタリと止まる。
...怖気付いちゃったわ。どうしましょう。
「すぅー...ふぅー。」
大きく深呼吸をして、スっ、と襖を開け、中に入る。栞菜は先程いた場所で体育座りをして泣いている。
「栞菜、ごめんなさい。私、嫌いって言われてちょっと...だいぶ混乱というか...傷ついたというか...その...えっと...大人気ない態度とっちゃってごめんなさい...栞菜、泣かないで、ごめんなさい。私、人の心読むのが苦手なのよ。だから、教えてくれるかしら?その、恥ずかしながら考えてみてもよく分からなくて...ごめんなさい...。」
長ったらしい言い訳のような言葉をできるだけ優しく言って、弱々しい小さなその背中をふわりと抱く。
甘い匂いが私の嗅覚を刺激する。
「だから...」
栞菜が肩を震わせながら、必死に振り絞った声でそう言ってから、
「...そういう所が大嫌いなの!!」
大声で怒鳴り、私を力いっぱい押しのけた。
「...かん...な?」
あーやばい。死にそう。頭が馬鹿みたいに真っ白になってる。そういう所が嫌い?待って、それ精一杯私が振り絞った素の私の言葉なんだけど。それが大嫌い?それ根っから私を否定してない?ていうことは、いつもポーカーフェイスで、大人ぶってる私が好きってことよね。こういう実は泣きそうになってて頭が真っ白になってる私は嫌いってことよね。あぁ、嫌いじゃなくて大嫌いだったわね。
「ふふっ...」
「何...が...おかしいの?」
ボタボタと涙を流しながら私を睨む栞菜。いつもならこんなにも怒っている栞菜も愛しく思えるのに、今はちっとも愛しくない。
「栞菜って、精一杯大人ぶってる私が好きなのね。」
「...え?」
「標準語で、好きって気持ちを精一杯出さないようにしてる私は嫌いで、無表情でいる私が好きなのね。」
「...なにそれ。」
「...今だって...内心ぐちゃぐちゃで...栞菜に初めて大嫌いって言われて、傷ついて、悩んでる私が...っ...頑張って...私の本当の弱い姿を見せて...悩みに悩んで...頑張って言った素の言葉が...そんなことを言った大人気ない私が...大嫌いなのね...。」
「...な...ぎさ...?」
「...あぁ、もう...だっさ...。...栞菜、ごめんなさい...直ぐに...泣き止むから...いつもの私に...もど...る...から。...今の私は忘れ...て。...嫌いにならないで...怖いの...これ以上...私から...離れないで。...あぁ...こんな顔して泣いてて...栞菜の...言葉にいちいち傷ついて、泣いてる私も嫌いなのよね...ごめんなさい...お願い...見ないで...これ以上...嫌いなんて...言わないで。」
お願い、止まって。これ以上嫌いなんて言われて、栞菜と別れたら、私死にそう。
「渚...違う...そうじゃ...。」
「気、使わせちゃったわね...ごめんなさい、やっぱり私、これ以上、栞菜の近くに居れない。」
ダメだ。止まらない。逃げなきゃ。また逃げて、いっぱい泣いて、いつもの私に戻らないと。
起き上がって、私は黙って部屋をでる。あーほんとにやばい。周りの音なんっも聞こえない。自分の泣き声さえ聞こえない。これ、綾乃さんに別れよって言われた時と同じ症状じゃない。大嫌いって言われてこれだったら栞菜に別れを告げられたら私壊れちゃうわね。
家から出たいけど...栞菜いるから無理だし、そうだ、お母さんのところに行こう。そこでいっぱい泣いて、ゆっくりしよう。
「...失礼致します。」
正座のまま、ゆっくりと襖を開け、ゆっくりと襖を閉じる。襖の音すら聞こえない。あぁ、本当に正常な判断できてないわね。
「お母さん、お久しぶりです。」
母の仏壇の前で、正座のまま、頭を下げる。自然と土下座のような格好になる。
「少しだけ...少しだけ、ここで休ませて下さい。申し訳ございません。」
もう一度頭を下げてから、18畳もの部屋の端で、体育座りをして、涙を流す。
「...っほんまに...だっさ...っ。」
胸が苦しい。息をしてるのかもわからない。ただただ狂いそうになる。ここで、あーって叫びたい。切腹しろって言われたら喜んで受け入れる。しんどい。辛い。苦しい。
...もう、あほくさ。ほんまに自分、
「どんだけ栞菜のこと好きやねん...。」
スタンッ!!
襖が、空を切った音を鳴らしてから、激しく壁に当たる。
「じゃあ...なんで逃げるの...?」
息を切らした栞菜が私を恨めしそうに睨む。
「...栞菜...なんで...。」
あー、また涙出てきた。
「...渚...。」
「だから見んなや!こっち来んな!ほんまにやめて。こんな顔...こんな声...聞かんとって...どっかいってや...。」
弱々しく震えた声が、脳を侵食して、また滝のように涙が止まらない。
「好き。大好き。優しくてクールでスマートな渚も、もちろん好きだけど、私の為に泣いてくれたり、頑張ってくれる渚も大好き。世界一好き。私、渚がいなかったら寂しいし心細いし、泣きそうになる。私は不器用で、私の怒ってる理由も分かんない馬鹿な渚はちょっとウザイしムカつくけど、でも、好き。急に実家に呼んだりする大胆な渚も好き。...え...えっちで...キスとか...から...からだ...気持ちよく...触る渚も...大大大好き...!でも、それ以上に...私の為にこんなにも取り乱すほど私が好きな渚を...死ぬほど愛してる...。私は...渚のこと...嫌いになったりしないよ。絶対に。」
真っ赤になったり、複雑な顔をしたり、コロコロと表情を変えて、私のことを好きと言ってくれる。
「...えっちな私も好きなのね...。」
「渚!そういう所だよっ!」
真っ赤になって怒る栞菜。
あぁ、さっきみたいな不安は全くない。どうしよう。さっきの肋骨に響く動機とは違う、甘いスイーツのような柔らかい動機が私の体の熱を取り戻していく。
なんというか、取り戻しすぎて顔が熱すぎるくらいなんだけど、それでも気持ちいい。
「栞菜、こういう私は...好き?」
暖かい。好きだなぁ。私、栞菜のことが好きだなぁ。
「...ばかっ...!」
ポスリと私に向かって抱きついてくる。可愛い。
「栞菜、好き。私栞菜のこと本気で好き。私も世界で1番好き。ね、キスしていいかしら。舌入れる濃ゆいやつ。」
今すぐ抱きたい。栞菜の体を今すぐ私のものにしたい。
「...。」
黙ったまま、目を瞑る。
ごめんなさい、お母さん。なんのプレイか分からないけど、私、あなたの前で愛しい人とえっちしちゃうわ。.....マジでごめん。お母さん、出来れば大音量でヘッドフォンしながら、テレビでも見て、ズンチャッズンチャッとか言ってて。たまには、厳しいお母さんじゃなくておちゃめなお母さんになってみて。
「はっ...んんっ...!」
「かん...なっ...舌...入れ返して...そう...んっ...はぁ...上手よ...。」
「はぁ...ふぁ...や...らぁ...。」
「ヤダじゃないでしょう...?いいって言いなさい。」
熱を含んだ吐息が顔にかかる。あぁ、堪らない。
「ふっ...あっ...きも..ち...いぁ...。」
ノってきたのか、私の首に腕を回す。そのまま、栞菜の方に体重を掛け、ゆっくりと押し倒す。
「...渚っ。」
驚きと憂い、少しの期待を含ませた瞳を大きく魅せる。そこには私の顔が映っていて、謎に支配感が湧いて、興奮する。
「...嫌なら、言って。」
今ならやめられる。栞菜が嫌がるなら無理にはしない。
「...したいよぉ...。」
今までに見た事がないような発情した栞菜が、吐息を混ぜた甘すぎる声で私の鼓膜を揺さぶった。
次回、ちょっとエッチです。(いまのところエッチなの書こうとしてる)