ロール3。依頼には報酬を。悪臭には結界を。 3転がり目。
「おい。どうすんだこれ。目開けてんのもきついぞ」
目に染みるほど臭いがきつくなり、涙目で前が歪んでしまうほど。敵さんに挑みかかった連中は、防毒マスクでもしてたのか?
更に登った俺達の視界には、ぼんやりと山の頂上が見えて来ている。なんだかまるっこい。
これは、本来の山の頂上の景観じゃないだろうってのは山素人の俺でもわかる。
このまるっこいのは、おそらくネクロノミコンダとやらが、鎌首をもたげてでもいるんだろうと思う。
いったいどういう理由で、空に伸びあがってるのか俺にはわかんないけど、蛇が縦に伸びてるってのはいいイメージじゃない。
「レイナ。この臭い、結界で防げない?」
ベルクが問いかけると、
「おそらく可能でしょうね。情報から考えて、これがネクロノミコンダの能力が原因でしょうから」
ちくしょう平気な顔して喋りやがってっ、いや、仮面で隠れてて顔わかんねえけどさ。
「じゃあ、お願いするよ」
後ろからもリクエストが来た。声が息が詰まったような感じだな。リビックもかなりきついんだろう。
「わかりましたわ。少しお待ちくださいな。今回はいつものような簡易な物ではなく、強力な物を付与いたしますので」
言うとレイナは、深呼吸を一つした。
すると、
「なんだ?」
レイナの体が白く光り始めた。それもただの白じゃない。柔らかく、包み込まれたくなるような、優しい純白の光。
ゆっくりと胸の前で手を組んだレイナは、また一つ 今度は柔らかに深く息を吸う。
「ランダラン。エルファラフィラシ」
「え、あ。なんだって?」
子守歌でも歌うように始まった、呪文詠唱のような言葉はしかし。
俺にはまるっきり理解できない言語だった。
「「マビラファルカリ。ノフォルカリトテ。メスタ、レイナ=クロシーア。聖防御結界」
最後の言葉を、少し顔を上げて言ったレイナ。その動きが、まるで空に対して呪文を語りかけたように思えた。
「うわっ?」
じっと見てたら、レイナから十字架型の光が三つ、俺とベルクと後ろ側 リビックの方に飛んだ。俺とベルクの体に吸い込まれたその光。
「……あれ?」
何度か瞬きした俺。
「臭いが」
驚いたようなリビックの声。
「消えたわね」
頷くベルク。
「やはり。ネクロノミコンダが原因でしたわね」
なにやら胸をそらして嬉しそうだ。きっと仮面の下でドヤ顔をしているに違いない、見られなくて残念だ。
鎧が邪魔して、普段のかっこうなら上下に跳ねたであろうダブル山脈が拝めなかったのも、実に、残念だ。
「っと。いけませんわね。自分にも施さなければ」
そう言うとなにを思ったのか、ぎゅうううっと力をこめてるのが見てわかるほどに、自分を力いっぱい抱きしめたレイナ。
「守護を」
少しだけ苦しそうに、でも静かに優しくそう言ったら、レイナを包み込むように俺達に飛んで来たのと同じ、純白の十字架が現れ 消えた。
ふぅ、と軽く一息吐いたレイナである。
「今のは?」
遜色なく息ができることに安堵しつつ聞いてみた。
「これが、わたくしがエンブレイスの巫女と呼ばれる所以ですわ」
「って、言われても。どういうことだか」
苦笑するしかない。あたりまえのように言われても、俺には「これが」の「これ」がわからないんだからな。
「やったげなさいよレイナ。ちょっと疲れてるみたいだから、ついでにさ」
「そうですわね。では」
言うとレイナは、おもむろにこちらに一歩近づいて来た。
「えっ?」
なにをする気なのかと見てたら、いきなり俺の脇の下に腕を滑り込ませて来たっ!
そのまま腕を背中に、一切のよどみなく回して来たっ!
「なっ?!」
そのままギュウっとしてきたぞっ?!
顔が熱くなるやら目をパチクリするやらで、顔面大忙しな俺を尻目に、レイナは落ち着いた声音で言った。
「癒しを」と。
「……っ」
そのとたん、足の裏から頭の天辺に向かって、スーっと冷気のような物が走り抜けた。その冷たさに俺は動きが止まったのだ。
「疲労、回復したと思いますけれど」
腕をスッと俺の脇から引き抜いて一歩下がると、レイナは少しだけ首を左に傾けて聞いて来た。
「言われてみれば。なんか、体が軽いな」
軽く腕を回してみると、今さっきまでじわっと疲労で重たくなってた腕が、元気に回せるようになっている。
「エンブレイスの巫女。レイナはね、相手を抱きしめることで魔法を簡単に対象に使えるのよ。きっと普段のかっこだったらリョウマ、鼻血物でしょ?」
ニヤニヤしてんのがどうにも腹立たしいけど、ベルクの言うことはその通りだ。
「……鼻血物かはともかく。たしかに、こんな美少女におもっきし抱きしめられるのは、男としちゃ嬉しいな」
そんな、美少女だなんて。と、レイナさんはなにやらはにかんでおられる。
体付きが凄まじいことと、美少女扱いされることは別の話なんだな。この世界じゃ、女性の体付きはただのバロメータってことなんだろうか?
ーーいや。ベルクのニヤニヤ顔での茶化しを見る限り、そんなことはないな。レイナが美少女って言われ慣れてないとも思えないんだけどなぁ。
けど、ちょっとズレてるっぽいレイナだし。案外気付いてなかったりするかもな。
「アンタはあそこに転移させられて早々、その思いっきり抱きしめられての回復魔法をかけられたんだけどね。残念だったわねぇ、意識がない間で」
「そのニヤニヤやめろよな。なるほど。たしかに今さっきの寒気は気がついた直後の感じといっしょだったな」
俺の推測は当たってたらしい。
「あれ、ずいぶん落ち着いてるわね。もっとこう、『ちくしょー! なんてこった! おおそうだ、ベルク。いや、ベルクローザ様! このわたくしめを瀕死にしてください!』ぐらいのこと言うと思ってたのに」
「言うかそんなことっ! ナメクジ星での野菜王子じゃあるまいし」
「ナメク なんの話よ?」
「ああ。気にすんな、独り言だ」
つい出ちまった。異世界の娯楽の話ですよ、なんて言えるわけもない。
「ずいぶん大きな独り言ね」
気になります、と言うようにこっちを覗き込んで来た。
「き に す る な」
強く言って追及回避。わかったわよ、と頷いてくれてほっとする。
「ところで。さっきの呪文みたいのは、いったいなんだったんだ?」
聞いてみると、それには「ああ、あれ?」とベルクが口を開いた。
「あれね。魔法言語って言って、魔法を使うためだけに存在する言葉でね。
一定以上の魔力操量があれば、なに言ってるのかわかるらしいんだけど、
あたしたち程度じゃ聞いただけだとなんだかわかんないみたいなのよ」
ベルクに説明を受けて、
「なるほど」
スルッと納得できた。
「さて。楽に息も吸えるようになったことだし。先行きましょっか」
クルっと、まるっこい頂上の方に体を戻し、同意も得ずにベルクは歩き出してしまった。
「マイペースな奴だな」
「切り込み隊長はあれくらい勢いがなくては」
楽しそうに言うレイナに、「誰が突撃バカですって?」と背中で返して来た。
「誰もそこまで言っていませんわよ、ベルクローザさん」
仮面の下で微笑みを浮かべてるんだろうってのが、聞いただけでわかる声で、レイナは突撃体調に答えた。
「ぼくも会話に混ざりたいよ」
ぼやく背後に、
「ごめんなさいリビックさん。ですが、殿を。背中を任せているのですから、我慢してくださいまし」
そう優しく言葉をかけた。
「……わかった。任されるよ」
不満は消えてない声だけど、納得するだけの力が今の言葉にはあったみたいだな。
「すごい説得力なんだな、今の」
小声で言うと、
「仮にもリビックさんは戦うことを覚悟している方です。
背中を任せている。つまり、仲間から全幅の信頼を寄せられていると言うことは、
戦士にとって誇るべき物なのですわ」
小声でそう説得力の理由を教えてくれた。
「なるほど。そういうことか」
言葉を理解した。そして改めてこの世界を認識した。
二次元で背中は任せるって言う台詞と、それを言われて奮起するキャラって言うのはわりとある。
それが実際のこととして通用する。それがこの剣と魔法のファンタジー世界。
ーー俺が選んだ世界、なんだな。