ロール3。依頼には報酬を。悪臭には結界を。 2転がり目。
「なんか、じんわり疲れて来たな」
ベルクを先頭に俺 レイナが横並び そして後ろにビビリくん。相変わらずの立ち位置で歩きながら、軽く弾んだ息で俺は言った。
「しかたありませんわ。ここ、山の中腹を超えていますもの。頂上、目的地までもう少しですわ」
「そっか。そんな上の方だったのか。なんにもないとこだな、とは思ってたんだけど」
ザクザク音を立てて歩く俺達は、たしかに登山って雰囲気ではある。足音だけは。
「ぜんぜん登山してる感じじゃないのは、レイナもベルクもそれらしい荷物持ってないからか」
納得すると、後ろから「全部ぼくが持たされてるからね」とビビリくんが普通に返事をした。
「……悪かったビビリくん」
足を止めて言葉を発した。
「え、なにが?」
不思議そうな声である。
「いったい何人分のなにを持たされてるのかはわからないけど」
クルっと体を反転する。
「かなりの荷物を背負って登山してるのを知らなかったんだ」
「え、あの。だから、どうしたの突然?」
面喰った声である。
「そんな状態なのに、平気なんだな。俺にはまねできない身体能力だ」
上から下までザッとビビリくん……いや、リビックを見る。やっぱり、声のイメージの通り細身だ。
レイナの言う通り、全体的に見た目にも柔らかな感じだな。目付きも顔つきも柔和で、とても冒険者なんて職をしてるとは思えない風貌。
なんて言うか、全体的に丸い。女性的って言う表現は言い得て妙だ。
そんなリビックの見てくれを確認し、俺は。
「雑魚扱いしてすまなかった」
思いっきり頭を下げた。そしたら、
「うあっ?」
勢いが付きすぎて、意図せず土下座になってしまった。
「いや、いいってば。ぼく、専門の人達に比べたら強さなんてかけらもないんだから、リョウマの印象は間違ってないんだよ。そんな、全力で謝ることなんて、ないって」
リビックはそう言って手を差し出してくれた。
「……すまん。勢いつきすぎちまって」
苦笑で答えつつ、リビックの手を借りて立ち上がる。
「これからは名前で呼ばせてもらうことにする」
「気にしなくていいのに」
困ったように笑うので、
「俺なりの敬意だよ」
とリビックの右肩を軽く叩いてから進行方向に向き直る。
すると、
「新交は温め終わったかしら?」
少し小さくなったベルクが、手でメガホン作って大声で呼びかけて来た。
レイナは左手を口元にやっている。目が細まってるってことは、笑ってんだな。
ーーうむ。レイナ、多少ベルクより距離が近いとはいえ、遠近感ほぼかわらずの距離だろうが、レイナの黒服を押し上げる双子山は見事なり。
実に眼福である。が、
「ああ! 今行く!」
ぼんやりし続けてるのもおかしな話なので、メガホンハンド声で返して、名残惜しいけど合流すべく動くことにした。
***
「なぁ。なんか、臭って来ないか?」
少し登った後のこと。うっすらでも異様とわかる臭いが、俺に鼻をつまませた。
「ええ。お話は、本当だったようですわね」
臭いに耐えてるのか、レイナがしきりにまばたきを繰り返しながら、俺の言葉に答えてくれた。
って言うか、既にまばたきのし過ぎで涙目になっている。
このまばたき連打、まだ暫く続きそうな気配がするな。
「ぶはっ」
今度は正面から、突然の息大放出。思わず視線がそっちに向いた。
「ふぅ。息止めるの、やめよ。くさいけど」
「ベルク。喋らないなと思ったら、息止めてたのか。鼻いいんだな」
鼻を未だにつまみっぱなしで、俺は声を出している。
「そうかしら?」
「少なくとも俺よりは鼻が利くぞ。だってベルク、俺より前から息止めてたんだろ?」
「ええ。どうも、そうみたいね」
顔顰めてそうな声だな。現状、後ろ姿しか見えないから確証はないけど。
「臭いが来るってことは、大分近づいてるってことだな、目的地。蛇の住処に」
言ってみると、一様に三人から肯定の声。横と前が頷いてるので、きっと後ろもそうだろう。
「それで、どうするのレイナ? 準備しとく?」
「いえ、まだです。明確に敵の気配がわかるまではこのまま進みましょう」
「了解」
「準備って、なんかするのか?」
「ええ。レイナはちょーっと魔法の使い方が特殊でね。準備がいるの。対アンデッドでは必須の準備がね」
「そうなのか?」
いったいどんな準備がいるんだろうか。対アンデッドか。
なんか、特別に儀式でもするんだろうか?
「エンブレイスの巫女、なんて呼ばれているのも魔法の使い方が理由ですの」
ベルクに続いたレイナの解説には、なるほどな と相槌するしかない。
「ところで、その演武なんとか言うのは、いったいどういう意味なんだ?」
鼻から左手を離して問いかける。鼻つまみ続けるの、肘が地味に疲れるんだな。
「少しすればいやでもわかるわよ。楽しみにしてなさい」
「楽しそうに言うなよな。こっちゃ気になってるってのに」
「だからこそ、楽しみにしときなさいって。男のあんたなら、きっとからくりを知ったら鼻血物だから」
「なんの話だ、そりゃ?」
意地でも言う気がないらしい。
横目でその演武なんとか当人を見たら、フフフと笑うだけで教えてくれない。
「こいつら……」
「リョウマ。君、二人から気に入られてるんだよ。特にベルクローザ、そんな風にいじわるしたりしないからね。初対面の人には」
「そうなのか?」
「共感してくれる名前が短い人間だもの。それに、リョウマの言うこと いやみがなくてきもちいからね。。気兼ねしなくていいんだってわかったから」
「ずいぶん良く見られてんなぁ俺」
「でも、外れてはいないでしょう?」
レイナに確証を持って言われたけど、
「自分じゃよくわかんねえな」
思ったまんま返した。
「そうです。その素直さですわ」
なにやら笑顔で頷かれたんだが……いったい、俺のなにがそんなに気に入ったのやら。
にしても、レイナの笑顔はかわいい。臭いも気にならないほどだ。美少女の笑顔には、どうやら消臭効果があるらしい。
「どうしましたの? さっきから、ちょくちょく顔が赤くなっていらっしゃいますけれど」
「おわっ、覗き込むんじゃねーって」
慌ててレイナの体を左手でちょいと左へ押しやる。また顔が熱くなってしまったぜ。
「いったい、どうしましたの?」
未だ不思議そうなレイナ、きょとんとこっちを見ている。
「なんでもない」
予想外にもごもごになってしまった。
「そんなあんただから言ったのよ。レイナが魔法使うとこ見たら鼻血物だって」
こっちを見て来たベルクが、ニヤニヤとそう言う。
「ちくしょう。ますます気になるだろうが!」
「それでしたら。準備に入りましょうか。気配が、してきましたわ」
少しトーンの落ちた、真剣な様子でレイナが切り出した。
「そうね。上の方からザワザワ聞こえて来たものね」
「マジか? 俺にはなんにも聞こえないぞ?」
「風みたいな音、聞こえないかい? 少し強い風が窓の外を吹き抜けて行くような、ザワザワした感じの音」
リビックに言われて、俺は耳を澄まして見た。
「……ほんとだ。なんか、ゾワー、みたいな音が聞こえる」
「それが。おそらくは、彼等の声、あるいは魔力の気配ですわね」
一つ頷きながら、レイナが変わらずシリアスに答えた。
「敵地、ってわけか」
音の止まない上を見て、俺もまたシリアスに頷いた。
と、突然背後からガシャガシャすごい音が。
「……なんだ、それ?」
荷物が次々と地面に置かれていく様を俺は見て、コメントしたのだ。
「これかい? これがベルクローザの言う準備だよ。っと」
一式を出し終えたらしく、リビックは荷物の袋の紐を絞って袋の口を閉じた。
「えーっと? 仮面に鎧に手袋に……不審者セット?」
「失礼ですわね。立派な武具ですわ」
ちょっと口をツンと尖らせるレイナに、思わず吹き出した。
「なんですの?」
「いや、なんでもねえ。って、レイナが着るのか?」
「そのとおりです」
地面に置かれた、装備らしい不審者セットにしか見えない物を手に取りながら言うと、着慣れてますと言わんばかりにスルスルとレイナは着込んで行く。
「準備完了ですわ」
俺に見せてるのか、そう言ってからクルリと一回転した。
「うわぁ。完全防備だな。声聞かないとレイナだってわかんないぞ。肌が一切見えねえ」
見えないけど、きっと空気を取り込む場所はあるんだろうなぁ。
って、そうでなきゃフルフェイス装備として失格か。
「髪の毛、装備の中に入れたのか?」
「ええ。アンデッドに触れられるなんて、お断りですもの」
こもった声で答えるレイナは、どっからどう見ても 白いグローブをした無手で仮面の全身黒い戦士。敵キャラである。
「潔癖症なんだな、レイナって」
戦うことになっても、そうそう背中から接近されるなんてことはないだろうに。
……あるのかなぁ?
「誰も好き好んでアンデッドに障られたいなんて思わないわよ……たぶん」
「んー。そりゃ、まあそっか」
うんって言うのと同時に一つ頷くと、ベルクは歩き始めた。
……ひょっとして、今言いきらなかったのって。アンデッドに触れられることにヨロコビを覚える変人がいるのか?
ベルクに続いて歩く俺。このメンバーにその性癖を持つ奴がいないことを祈る。
ーー本気で。