ロール3。依頼には報酬を。悪臭には結界を。 1転がり目。
「ところで、討伐しようとしてるモンスターって、どんなのなんだ?」
「推測はしていますが、確定したわけではございませんの。おそらく正しいとは思いますが」
「どういうことだよ、それ?」
ベルクの口振りだと大したことなさそうな感じだったけど。詳細不明の敵に挑むのに、あの態度だったのか。
ーーいやな予感しかしないぞ、これ。
「わたくしたちに白羽の矢が立ったのは、適任だと判断されたからと言うことです」
「適任の相手?」
「ええ。唯一逃げ帰って来た冒険者さんからの情報を元に、わたくしたちが調査及び討伐依頼を受けることになりましたの」
「おいおい。それ、とんでもなくヤバイ奴が相手なんじゃないのか?」
おいこらコロコロちゃん、安全ポイントに転移したんじゃなかったのか?
「大丈夫よ。相手がアンデッドなら、あたしたちに負ける理由はないもの」
「どんな自信だよ……」
ベルクが平然と言ってのける言葉に、俺は頭を抱えた。
「今回依頼があたしたちに来た理由って、レイナがいたからなのよ。レイナは対アンデッドでは最強だからね」
「そうなのか?」
「それは少し持ち上げすぎですわよベルクローザさん。たしかにわたくしはアンデッドに強い、聖魔法の使い手ですけれど 最強と言うほどでは」
うっすら頬を赤くして言う。か……かわいい。
「で、なんでそういう話になったんだ? 俺にはさっぱりだぞ」
うっすらと顔が熱持ってるけど、気にしてない風で問いかける。
「あ、そうですわね ごめんなさい」
小さく会釈して、レイナは依頼を受けることになった経緯を教えてくれた。
「初めは、山に登った人間が戻ってこないから調べて来てくれ、と言う依頼だったそうです。けれど、調査に向かった冒険者の方々も戻って来ない。ミイラ取りがミイラと言う状況が続いていたそうですの」
とりあえず助かることが一つ見つかった。可愛い子には、で普通に会話が成立してたから不思議じゃないことだけど、元の世界と同じ言い回しがあることが確定した。
言葉の齟齬がないのはいいことだ、うん、ほんと。
「なるほど」
そんなことより。やっぱこれ、ものすごくヤバイ依頼だろ。
生きて山を下りられる気がしねえ。って言うか、ここ山だったのか。
「ですがお一人、目的地に近付くに従って強くなる腐臭を警戒しながら進んだ、と言う冒険者パーティの方がいらっしゃったそうで」
「ふしゅう?」
「ええ。鼻を突く、なにかが腐ったような臭いがしたそうなんですわ」
「ああ、腐った臭いで腐臭か」
「ええ。そして、その方が僅かに見たそのモンスターの姿は、蛇のようだったと言います。それも、とても大きな蛇」
「腐った……蛇?」
「本体が腐っているのか、周りが腐っているのか。それはきっちり見た者がいないのでわかりませんが。アンデッド、それもゾンビに關係のあるモンスターだろう、と言うのが一致した意見でして」
「で、アンデッドに強いレイナが調査に、あわよくば討伐して来いって言われたわけか」
「はい。生半可な聖魔法使いでは駄目だ、と言うのが冒険者ギルドの決定だったそうです。わたくし、そんな強いわけでもないのですが」
「そうなのか?」
思わずベルクを見た。そしたら、首を横に振っている。
それも髪の毛を振り乱すほどの勢いで。流石全身眼のベルクさん、視線を体で完治したか。
「だそうだぞ」
「操量が多いだけですのに、どうして皆さまそんなに持ち上げるんですの?」
不思議そうだな。
「この娘、自分の扱ってる魔法がどんな程度なのかわかってないのよね。たった数秒で瀕死の人間完治できるのなんて、レイナぐらいのもんだって言うのにさ」
呆れているベルク。けど、なんだかそのやれやれ度の強い声は、飽きれ以外の感情が混じってるようにも聞こえる。
「で。指名されての依頼だから、報酬金高かったのよね。
しかも、対象の一部でも持って帰ってくれば更に上乗せ。
アンデッドにレイナ、この組み合わせなら楽勝。簡単なお小遣い稼ぎぐらいの感覚なのよ、あたしはね」
「強気だなぁ」
こいつらの実力がわからない俺からしたら、不安しかないんだが。
「わたくし、今回の騒動の相手。思い当たるモンスターが一種類だけおりますの」
サラッと本題に戻したレイナに、そうなのかと相槌。そうなのかの回数は、もう気にしないことにした。
「では聞かせてもらおうか。おそらく合っていると言う推測とやらを」
「なんで急に偉そうなのよ?」
「わかりましたわ。仮にゾンビを生み出せる能力があるモンスターだとして、そのゾンビが山を降りたと言う話を聞いておりません。
このことから、その生み出されたゾンビはモンスターの周辺にしかいられない。モンスターからある程度離れるとただの骸へ還ってしまうのではないか。
そう考えましたの」
「なるほど」
「腐臭からするに、おそらくこの推測は正しいと考えますわ。ゾンビを生み出す能力を持っていることも含めて」
「そうして思い至ったモンスターが一種類だけいるわけだ」
「そういうことですわ」
「あの、それで。いったいなんてモンスターなの?」
俺よりも早く、ビビリくんが尋ねた。なんで聞いてねえんだ?
パーティ内の情報伝達能力大丈夫なのか、たった三人なのに。
「あんたは聞いたでしょ。耳塞いでるからよ、まったく。
変な時にだけやたら力 強くなるんだから。無駄なとこで魔力使うんじゃないわよ」
今回は本気であきれ果てたと言う溜息と共に、ベルクがまた拳を振り抜きそうな 悔しそうな声で言った。
ってことは。耳塞ぐ手をどけようとしたけど、ものすごい力で抵抗されて諦めた。そういうことか、これは。
「ビビリくんの自業自得か、安心した。情報伝達能力、ちょっと不安になったけど心配しないでよさそうだな」
当然でしょ、とベルクが振り返りざま、右拳の第二関節で肩を小突いて来た。わりいわりいと苦笑を返す。
「で、改めて聞くけどレイナ。その思い当たるモンスターってのは?」
「はい。ゾンビを生み出し、それを自らの護衛兵のように使役する巨大な蛇。
屍皇竜ネクロノミコンダ。これしか思い当たりませんでしたわ」
「したり顔で言ってるところわるいんだけど。俺には、まっったくピンと来ない……」
とはいえ、だ。ネクロノミコンって名前。相手がものすごく強大な物に思えるのですが。
本当に大丈夫なんでしょうか?
「リョウマはしょうがないわよ。ド田舎暮らしだったみたいだから」
悪気がないのは声色でわかるけど、ド田舎って言う言われ方はどうにもなぁ。都会だったとは思わないけど、そこまでド田舎でもなかったからな。
「平和だったけどな」
田舎であることは否定できないので、そこには触れないでおこう。
この世界の話じゃないけどな。
「ところでさ。ビビリくんって、使い物になるのか?」
これ以外に言いようがない。「リョウマさんっ」ってレイナにたしなめるように言われたけど。
「案外と、ね。納得いかないけど」
ベルクはその言葉通りの声色で、よどみなく答えた。
「ほんとか? モンスターの情報を耳塞いで意地でも聞こうとしなかったり、すごく気弱っぽいしで。とても戦えるとは思えないんだけど」
「リビックさんは、これでも双剣の使い手ですわ。積極的に攻撃したがる人ではございませんけれど」
「マジか……その気弱でモンスターに突っ込んでいくのか?」
突っ込んでいく間に、恐怖と緊張でぶっ倒れる気しかしねえんだけど。
どんな自分いじめだよ。Mなのか?
「リョウマ、初対面のわりにずいぶん言うんだね」
アハハと苦笑付で、ビビリくんがそう困った声で言う。
「そのまま印象で話しちまった。わりい」
「いや、いいよ。本当、ぼく、そんなんだし」
まだ苦笑交じりな声である。
「ほんと、魔力が泣いてるわよ。ま、この後先制攻撃してもらうけどね」
サラリとベルクが言う。驚いた俺だけど、当のビビリくんは「それがぼくらのやり方だからね」と了承した。
「戦い方、決めてあるのか?」
「うん。リビックが先制攻撃で魔法を打つ。レイナが防御魔法をみんなにかけてから、あたしといっしょに突っ込んでいく。アンデッド相手でもないと、レイナはリビックの護衛になるんだけどね」
「これがあたしたちの戦い方よ」とベルクは言葉を締めくくった。
「へぇ。適材適所、って奴か?」
感心する。ビビリくん、先制攻撃である程度ダメージになるような魔法が使えるんだな。まあ、強大な魔力を持ってるみたいだから、それぐらいはできるのか。
ぜんっぜん想像つかねえな。
……ん? レイナがビビリくんの護衛、それにレイナがいっしょんなって突っ込んで行く?
ーーいったい、どんな戦闘方法なんだ、こいつらは?