ロール17。ゆるさんとゆるゆる登山。 2転がり目。
「開けたとこに出たな」
軽く息を弾ませて言う俺。
太陽はまだ頂点じゃないけど、それなりの高さになった。
たぶん前世界時間で言うなら、御前の10時から11時ぐらいだろうか?
「ここ、中腹辺りです。あの木でお昼寝するの、すっごくきもちいいんですよ」
なんとものんびりした竜王である。ゆるさんこと竜王ブルカーニュの言うように、
空間の中央辺りに、大人の男の両腕でも抱えきれないぐらいの巨木がある。
なるほど、たしかにこれに背中を預けて晴れた昼間に寝たら、
さぞかしきもちいいお昼寝タイムになるんだろうな。
うまい具合に葉っぱで日陰もできてるし。
「休憩にはもってこいだな」
巨木に向かいながら言った俺、直後になにか 踏んだ。
「いた」
「あ……」
どうやらゆるさんの尻尾だったらしい。
ほんとに竜王と通称される存在の持ち物かと疑いたくなるほど、
靴越しでもわかるほどぷにゅっとしていた。
「わりい」
慌てて足をどける。
「痛いじゃないですか」
くるっとこっちに振り返ったゆるさん、なんと涙目だった。
そんなにか? そんなに痛かったのか?
「おもいっきりふむんですもん、痛いに決まってるじゃないですか」
更に抗議されてしまった。驚いたのが顔に出てたらしい。
「あ、ああ。ちょうど踏み込んだところにあったからな……」
左手で頭をかいて苦笑い。
「気を付けてください」
それだけをむっとした声色で言うと、巨木に向かって歩いて行った。
そしてそのまま、体を預けてしまった。水竜姉妹がゆるさんに続いて、
ちょこちょこと歩いて行く。
「竜王さまがあの様子だし、便乗しましょっか」
ベルクのひとことで、俺達も一休みすることになり、
ゆるさんをまねる形で巨木に背中を預けて座り込んだ。
水竜姉妹 ーー カスクもメスらしいので ーー はゆるさんの隣に
並んで休んでいるので、俺達は自然とドラゴンを間に挟む配置になっている。
左から、ゆるさん アズラッティ カスクと並んでおり、
ゆるさんの左隣に百鬼姫、更にベルク 俺。
カスクの右からエル レイナ リビックの順だ。男子が一番外側になった。
幸い序盤で湖から水を水筒に入れといたおかげで、
喉が渇くことなくこの場にいるので、疲労があるのは
足ぐらいの物である……俺以外は。
俺からただよってるらしい、火竜の臭いとやらが気になるのか、
ゆるさんとあの会話をしてからと言うもの、あっちこっち
前後左右は元より上からさえも視線を感じて、緊張を強いられたのだ。
だから肉体面より精神面で疲労蓄積が多い。勘弁してください、ほんと。
エルはちょこちょこ休みたがったものの、その都度ゆるさんにまたがっての
ゆる山歩状態で進まされてて、気の毒に思うのと同時に、
そのライドオンゆるさんの絵面がかわいらしくて、俺達を和ませてくれていた。
話によると、普段冒険者を相手にする時は、
まず山に入るまでの冒険者の同行で性格を見極め、
土を司ると言うドラゴンたちが武具の利用に有用な鉱石を、
巨大な板状で渡し反応を見ると言う工程を踏むらしい。
ところが今回、道中エルが空飛んでたあの見張り役のドラゴンに、
ドラゴンたちが昨日土産に持たせた護札を見せたことによって
過程をすっ飛ばしたそうである。
それに加えて俺達といっしょにいるエルの様子を見て、
俺達を山の脅威になる冒険者ではないと判断したようで、
警戒モードはゆるかったらしい。
とはいえいきなり山最強の存在のゆるさんが出て来たのは例外らしく、
ゆるさんが昨日知り合ったエルが気に入って出迎えてくれたとのことだ。
水竜姉妹は、エルがいるのでなんとなくゆるさんについてきたそうである。
結葉との関係といい、ゆるさんたちとの関係といい。
エル・クレインブリッジ、実はとんでもないカリスマ性の持ち主
だったりするんだろうか?
「ずいぶん余裕そうだな、ベルクは」
両手足を投げ出した姿勢で、羨まし交じりに溜息含みで言った俺。
まったりテンションに入ろうとしている俺である。
「まーね。レイナとリビックだって、あたしと同じぐらい
余裕あるんじゃないかしら」
ちらっと、ドラゴン挟んで右っ側の二人に視線をやって
切り返して来たベルク。
「マジかよ?」
思わずベルクの視線を目で追ってしまった。
「流石にベルクローザさんほどの余裕はありませんわよ」
右手でパタパタと、軽く自分を仰ぎながらレイナ。
……わざとらしくないか? そのパタパタやるタイミング。
リビック苦笑いしてるし。
手団扇はレイナなりの冗句、と受け取ってよさそうかな?
言ってることは本音かなーと読むけど。
なによりベルクがフフフっと微笑してるので、
女子二人の間では冗句で通ってる模様だ。
「やー元気だよねー」
「そういうお前も充分余裕たっぷりじゃないか鬼娘」
「だってぼく、人間よりいろいろと上位だしー」
この勝ち誇った言い方は突っ込むべきなんだろうけど、
鬼娘の言うことがその通りなので突っ込めない。
「いろいろってなによ? 少なくとも魔力はレイナに負けてるじゃない」
「レイナの胸を指差すな胸を」
「あ、あの胸は規格外なんだよ、結葉もそうだけど」
「その規格外は、どういう意味でなんだかな」
思わずつぶやいていた。こいつらの場合、魔力的な意味より
むしろ女性的な意味合いの方がでかい気がする。
「まったく。こっから先が本番だってのに、
休憩したくても休憩できねえじゃねえか」
続けてぼやいてしまったではないか。
俺のまったりテンションなんぞお構いないからなこいつら。
「癒してさしあげましょうか?」
「大丈夫だ。そこまで疲れてない」
これはほんとのことなのと同時に、今回の依頼遂行中には
レイナの回復魔法のお世話にはならないって言う、隠れた決意表明でもある。
とはいえ、大丈夫だのひとことでそこまで察せる奴はいないだろうけど。
レイナを体力回復マシーンみたいに扱ってる気がして、
気軽にやってくれって言えないんだよな。これまではレイナの側から、
半ば強制的にハグ魔法を使ってたから、お世話になってたって形だったんだ。
ありがたいことじゃあるんだけどな。
「そうですか。でしたら、限界だと思った時だけにしましょうか」
柔らかく言われた言葉に、「わかった、覚えておく」とレイナの方を見ずに答えた。
ありがたい気遣いだぜ。レイナの人の好さが身に染みる。
「なぁにてれてんのよ。ハグされた時の感触でも思い出したの?」
「つっつくな、そうじゃねえよ」
「ぶっきらぼうに言うところがまたあっやしー」
「やかましい」
「レイナぐらいの胸で抱きしめられたら、圧力で窒息しそうだなぁ」
レイナの魔法の使い方を既に知ってる鬼娘の、
なぜかしみじみと言った感想はまさにそのとおりだったりする。
が、現状ではなにも言わない。ベルクに、勘違いを真実にされかねないからな。
「けど、あたしとかナキリメでも充分窒息させられそうじゃない?」
「そう?」
「試してみる?」
「俺を見るな、真っ先に実験台に選ぶな」
そんなことされたら嬉しいけどな。
「ニヤニヤしてんじゃない。このむっつりめ」
「物理的につっついて来るんじゃねえよ」
安西先生、ポーカーフェイスがしたいです。
「面白そうだね、やってみよう」
「がっっ、こ……行動ハヤスギダロ。って ゆ う か。
それは 胸の 圧力じゃ ねえ! 腕の力だ!
骨が きしんでるからっ、腕の 力を 緩めろっ!」
百鬼姫の背中を力いっぱい何度もぶっ叩く。
ギブアップの動作が、はたしてこの世界で通用するのかわからんがなっ!
「あ、ああ ごめんごめん。腕は力入れすぎちゃ駄目なんだねー。
いやー失敗失敗」
軽口を叩きながら俺から離れる鬼娘。
「ぜぇ ぜぇ。あやうく殺されるところだった……!」
「じゃ、あたしが見本を見せてやりますか」
「続けるのか……」
「勿論。ちゃんと検証しないとでしょ」
「人で遊びやがって」
「いいじゃない。リョウマ、
女の子の柔らかさに包まれて寝られるかもしれないんだから」
「その眠るが永眠になる危険性があるけどな」
「大丈夫大丈夫。こんな感じでしょ?」
ふわっと抱きしめられ、少しずつ前後から圧力がかかり始めた。
「まるで抱き枕扱いだな」
ベルクの抱きしめ方がそんな感じなのである。完全に遊ばれてるわけだが、
たしかに水風船に例えて遜色ないような、反発力のある弾力は
若干の窒息を伴いつつ、それでも悪い感触ではない。
乳圧窒息実験台としての役割と眠気の一石二鳥状態ではある。
「ぐ、や やりすぎだ。苦しい」
やっぱりベルクの背中をパシパシ叩いてギブアップ宣言。
「よし。あたしでも窒息させることは可能、っと」
満足したらしく俺から体を放すと、
「はい、改めてナキリメ どうぞ」
そう言って俺の前からどいた。
最初っから、自分の大きさでも窒息できること、
わかっててやってる説があるのがなんともなぁ。
ほんと、俺で遊ぶなって。
「すきにしてくれ」
投げやりである。本気で実験台にしてることに呆れる。
とはいえ気持ちはいいので、やめろと正面切って言えないのが
男心と言う奴である。
けど、その気持ちよさが性的な方向よりむしろ枕感の方が強いのは
なんでなんだろうか。現在俺の体は、三大欲求でも
睡眠欲を優先していると言うことなのか?
我ながら謎である。




