ロール13。冒険者になりました。 4転がり目。
「ん、で? いろんな意味でよさげな依頼ってのはどんななんだ?」
なんとなく座りが悪い感じがするので、腕を回したり延ばしたりして具合を確かめながら聞いてみた。
「うん。これなんだけどね」
そう言ってベルクが指し示したのは一つの依頼。
漢字が振り仮名として使われてるせいで、ちょっと読みにくい。護札なる物を十個取って来てほしいと言う物。
場所はボルカディアと言う地方にあるフォニクディオスなる、なんとも舌を噛みそうな名前の火山だと書かれている。
字からするとこの護札ってのは、御守みたいな物なんだろう。
御守と火山。この二つの組み合わせは、かの狩りゲーをある程度までプレイした経験がある人間なら、
際序盤で行っていい場所じゃないはずだと思うだろう。俺もそうだ。
「どうしたのよ、そんな目を真ん丸くして?」
「ちょうどいいのか? 本当に。その依頼」
この言葉が、豆鉄砲喰らった鳩の顔してる理由を説明する代わりだ。
「はい。このフォニクディオスと言う火山は、火山だとは思えないほど今は穏やかなんだそうですわ」
休火山ってことか。
「気候がそうさせるのか、住んでいるモンスターたちが友好的で、
中でも竜凰と呼ばれる山最強の火竜は、とてもそうとは思えない性格をしているそうですわ」
「特記事項で最強の火竜のことが記されてるとか不安しかないんだが……」
「よほど印象に残っていたのでしょうね、フォニクディオスのことを記した方は」
「だからってお前……んで? なにがちょうどいいんだ、もっかい聞くけど」
話題を元に戻す。
「あら、いけません。そうですわね、それについてお答えしなくては」
気を取り直したようで、一つ小さく咳払いするレイナ。
なんともかわいらしい咳払いだった。
「この護札と言うのはこのフォニクディオスのように、
そこにある宝石や鉱石 それこそ御守なんかが、
火山やそこに住むモンスターの魔力に触れていることによって、魔力を帯びた物です。
身に着けることで所持者になんらかの恩恵をもたらす魔法の品なんですの」
「なるほど」
まさにあの狩りゲーのお札システムのそれだ。
流石に力が中途半端で恩恵なし、なんてことにはならないだろうが、
あれに似た物だと考えていいだろうな。
「で、依頼主の要求数以上に持って来ても別にかまわないでしょ、ってことで。
せっかくだからあたしたちの分、もらって来ちゃいましょってことにしたのよ」
「ちゃっかりしてんな」
とは言うものの、たしかに要求数は十個としか書かれてない。
自分たちの分を、余計に持って帰ってもなんら問題はないだろう。
狩りゲーでもフィールド納品クエストでは、余分な目標物や収集した素材は
自分の物になったり資金以外の利用できるポイントに変換される。
それぐらいのメリットがなきゃ割に合わないんだろう、リアル冒険者も。
「現場の判断、って奴だよね」
ニヤリ、楽しそうに百鬼姫が言う。
その言い回し通用すんのかよ、この世界でも。
「かっこいいよね、この言い回し」
うんうんと、自分の言葉を自分で全肯定している鬼娘である。
「また目真ん丸くしたわね。変なとこで驚くのね、リョウマ」
「そう、か?」
お茶を濁す。
「目、泳がすほど変なこと言ったかなぁあたし?」
考え込ませてしまったが、しかたないんだ。これはどうしようもない。
ーーおいこら鬼。なにかを察したように深く頷くのはやめろ。
「睨むことないじゃーん」
口をとがらせて抗議してきた百鬼姫。
その顔は、元々がかわいい系なので愛らしくはあるんだが、言い方が実に腹立たしい。
この鬼、煽りやがる。
濁点声で深い息を吐く俺である、不快だと意味を込めてな。
「それで、どうリョウマ。御守収集、行ってみない?」
「そうだなぁ」
少し考える。
実際最低ランクのポーン向けの依頼に載ってるもんだし、俺のいるこのクロス・アエジスには
超回復魔法持ちに双剣使い、戦い慣れてそうな槍使いに鬼までいる。
いざって時が来てもどうにかなるだろう。
「そうだな。行こう。いざって時はどうにかしてくれそうなメンバーだしな」
レイナ ベルク 百鬼姫へ順々に視線を巡らせる。
リビックが力なく苦笑いしたが、すまんなリビック。
身体能力の高さは理解してるけど、どうしてもお前は戦力に入れられんのだ。
「よっし決まりー。じゃ、カウンター行きましょ」
動くとなったら早いのがベルクだ。さっさと、さっきココさんが階段下から歩いて行った方、
少し奥まった、ド真ん中にあるこれ見よがしな階段の右側へ、みんなで向かう。
「依頼、決まったんですね。もしかして、既に目星、つけてましたか?」
さっきと変わらずにこやかに、そうココさんはゾロゾロとカウンターに押しかけた俺達に声をかけてくれた。
「ええ、リョウマとあなたで話してる間にね。」
そう言うとベルクは、持ってきてたらしい依頼一覧表みたいな小冊子をカウンターに置く。
「んーっと」
ページをめくるベルク。なるほど、左に開くタイプの閉じ方なんだな。
「これ、大丈夫かしら?」
指差したのは勿論、俺が受けることを決めた御守クエである。
……あ、思わずクエって言っちまった。
「えっと、ポーンの3ページ目の六番ですね。大丈夫ですよ」
なるほど、カテゴリとページと上からの順番でオーダー管理してるんだな。
なにやら薄い箱型の物を操作しているココさん。なんだか機械的だな、なんの装置なんだろうか?
「では皆さん、一人ずつこれに冒険者証を」
薄い箱の上にそっと左手を置いたココさん。
……なに? まさかカードリーダーだとでも言うのか、この四角い箱みたいなのは?!
レイナがまずは箱みたいなの ーーカードリーダー括弧仮の上にギルカを置いた。
レイナのギルカには、まるで今のレイナをそのまま写し取ったような女性のイラストがあって、
その表情は柔らかく、そして背景には太陽の光が白いカーテンのように描かれている。
淡く光る指で、カチカチとボタンを押すココさん。
パソコンのキーボード スマホのタッチパネル同様に、タイプするのと同時にギルカの階級マークの上にある余白に文字が刻まれていく。
左の端、少し余白を開けたところにポーンの階級マーク、その右に3-6。ポーンマークの少し下にはクロス・アエジスと左から右に。
そしてロの下のところから、やっぱり左から右にオーダーの文字が打ち込まれて行った。
たしかに、この記載内容はさっき説明された通りだ。
「レイナさん、受注手続き完了ですね」
ココさんの言葉を受けて、カードリーダーからギルドカードを取り去るレイナ。記載事項を確認したか、一つ頷いた。
「他の皆さんも順々に」
言われてベルク リビックの順にレイナと同じ工程を踏んだ。
ベルクのギルカは、武器屋かよと思うほど多種の武器が背景に描かれ、ベルクが不敵な表情で描かれている。
リビックのには炎の翼を生やしたリビックが、覚悟を決めたような表情で立っているイラストが描かれていた。
リビックのイラストは、昨日の魔法使用の雰囲気から納得の行く象徴イラストだけど、
ベルクの大量の武器って象徴はなんなんだろうな?
「最後は俺だな。緊張するなぁ」
右ポケットに手を突っ込む。幸いさっきの引っ張られ移動でも、ポケットから落ちてなかったようだ。
「えっと、イラストを表にして、受付嬢に絵を見せるように置く。っと」
三人の様子を脳内で思い返しながら、呟き確認して
カードリーダーにギルドカードを置いた。
少しココさんの手の動きが違う。たぶん、今回で俺は初オーダーだから、階級マークを印字してるんだろう。
それしか動きが違う理由もないしな。
「はい、リョウマさん。受注手続き完了です。
初のオーダー、気を張りすぎないようにしてくださいね」
「善処します」
言葉の後、俺はカードリーダーからギルドカードを取り去って、しばし眺める。
ーーこれが。これからの俺か。
ーーこっから。ほんとの意味で。異世界生活が始まるんだな。
知らずギルドカードをグっと握り込んでいた。
そしてギルカを、また右のポケットに突っ込んだ。
「それでは皆さん。ご武運を」
俺の様子にか微笑を浮かべた後、そう言って、ココさんは深く頭を下げた。俺達は、
それに全員で行ってきますと返し、受注カウンターに背を向けた。
いささか淡泊な感じだけど、あまり長々と話すのは受付嬢としてよろしくないんだろう。
「よし。じゃ、ボルカディアに向けて、出発よ!」
右手を振り上げてのベルクの声に、俺は思わずだけど 他の三人は「おー!」とポーズをまねた。
……が!
「まて。お前ら、まだ鑑定が終わっておらんじゃないか。
それに、わたしを。オーダーの依頼主をほって別のオーダーへ向かうつもりか?」
冷や水が。それはもう、氷水張りの冷や水がぶっさされた。
「「「「あ……」」」」
盛大に出鼻をくじかれた。全員、すっかりネクロノミコンダの素材鑑定中であることを忘れてたのである。
「やっぱり大変だな~、人間社会」
ケタケタと、楽しそうな百鬼姫の笑い声が、ギルド中に響き渡るのだった。




