ロール13。冒険者になりました。 2転がり目。
「では、納得したようですし、利き手をこの空洞に入れてください」
ペシペシと半球形を左手で軽く叩くココさん。
「なんか……妙に楽しそうだな」
ひょっとしたら緊張をほぐそうとしてくれてるのかもしれない……が。
今さっきとのテンションの落差に、ちょっと面喰っております。と言うか若干ひいております。
気を取り直して。言われたとおり、恐る恐るだけど右手をゆっくりと玉に食べさせるように、
ソローリ ソローリと近づけて行く俺。
手首が空洞の入り口と同じ位置になって、五本の指が綺麗に玉に収まった。
この半球形の透明な玉、手の形に削ってあるようだ。手袋みたいだな。
「では。始めますね。ちょーっと痛いですよぉ」
駐車する時のナースさんですか、ココさん……。
ココさんが玉を右手で包み込むように掴むと、透明な玉に色がついた。
おそらく魔力を流し込んだんだろう。
な……なんか……付いた色が赤黒いんだが。しかも、ちょっと毒々しい。
鉄に血が混ざったような、赤黒いよりむしろ黒赤いような、そんな色になった。
「んぐっ?」
きゅうっと、神経を絞られるような、全身がつうんとするような。
まさに採血されてる時の痛痒いような感覚が、俺の全身を這って行く。
この感覚には、本能的に俺の体が緊張に強張った。
「んぁっ」
更に一回、ぎゅっと強く血管を押さえつけられたような感覚がした。
その感覚が収まると、ゆーっくりと採血状態の締め付けが緩まり始める。
それに呼応して、徐々に俺の体の強張りも緩んでいく。
「終わりました。手を抜いていいですよ」
「ふぅ」
完全に体の緊張がなくなって、俺は深く 深く息を吐いた。
そしてゆっくりと、色の抜けて行く玉から手を引き抜いた。
玉の向きを反転させて、出来上がったらしいギルドカードを見たであろうギルドマスターとココさんが息を飲む。
ーーなんだ? そんなに衝撃だったのか、俺のギルカのイラストは?
「あの、なんか……おかしいんですか?」
顔を見合わせたり、ギルカがあるらしい机に目線を落としたりと、ギルドマスターもココさんも挙動不審気味なので、
どちらにともなく聞いてみた。
「え、いえ。変なわけではなくて」
取り繕ったようなココさんの言い方に、ならばとギルドマスターに視線を移す。
「このドラゴン、まさか君は……」
ああ、それで顔見合わせてたのか。
「莫大な魔力を必要とする伝説の返信魔法、鱗怪変化が使えるとでも言うのか?」
「ギルドカードにドラゴンが移るって、そういう意味になるんですか?」
使用の可不可は答えず、逆に質問をする。
「これだけはっきりと、まるでカードに絵を描いたように出現していると言うことは、つまりそういうことだ」
「しかも、それがあなたの魔力の全てと言うほどに大きく現れたとなれば、使えないと考える方がおかしいんですよ」
ココさんからの補足説明に、なるほどと理解の声を出す。
「しかし、あまりに信じがたくてな。つい確認したくなってしまったんだ。
差し支えないのなら、教えてもらえるだろうか?」
教えることは別にかまわない、とは思う。けど、レイナの言葉を思い返すと、口に出す前に一度考える。
あっさりと教えていいものかを。
伝説の魔法を使えると言う俺の特性は、身柄を狙われることに繋がる、そう言っていた。
それなら、いくら人のよさそうなギルドマスターとココさんとはいえ、教えることはやめた方がいいのかもしれない。
「教えていいのか、俺にもよくわかんないんですよ」
あやうく、この力を手に舌ばっかりで、と言葉を続けて、使えることを教えるところだった。
だから、言葉を飲み込む 変な音が喉で鳴ることになった。
とはいえ、使えない方がおかしいって判定をこの二人がしてる以上、隠してもしかたない気がしないでもない。
が、ここは俺なりの防衛ラインってことで明言はさけておく。
そうか、とギルドマスターはそれだけを答えると、
「いずれにしても、君から魔力を感じない。現れた図柄と一致しないんだが、
これはどういうことなんだろうか?」
と質問を変えて来た。
また困る問いかけだ。己で変身できることを隠した手前、
変身する時だけ魔力が出て来るんじゃないっすかね? とは言えない。
だから、曖昧に「さあ、どういうことなんでしょうね?」と苦笑いする以外に、
リアクションがとれなかった。
「他の図柄も面白いですよね。上の両隅に二つの、白と黒のダイスが一つずつ。
この緑のドラゴンは、一冊の本の表紙みたいになってます」
話の膠着を回避するためか、ココさんが見事な起点で話題を切り替えた。
が、その内容に俺は思わず目を見開いてしまった。
「そのダイスに挟まれるように、見たことのない文様のような物。
君はいったい、どういう人間なんだ。まったく読めない」
「あの、それ。見せてもらってもいいですか?」
「あ、はい勿論です。これは、あなたのものですし」
そう言ってココさんは、手相占い的な楕円形の玉の右から、
俺の方にスーっと、ギルドカードと思しき一枚のカードを滑らせた。
「こりゃ、すごいな」
たしかに白い台紙 ーー 感触としては紙じゃなくてプラスチックっぽいけど ーー のカードには緑のドラゴンを表紙にした本が描かれ、
上側の左に黒 右には白のダイスが一つずつ、2の赤い出目が横に並んだ形で配置されている。
左に描かれた黒ダイスの右隣にRが、右の白ダイスの左側にはYが書かれている。
アルファベットを文様のような物って言ったってことは、この世界には存在しない文字なんだろうか?
アルファベットの存在については置いておくとしてもだ。
このイラストたった一つで、俺がどういう人間なのかが一発でわかってしまう。
まさに俺の要素が詰まったカードだ。
「あの。なんで絵柄が右に寄ってるんですか?」
なぜかカードのイラストが、右に寄せて描かれている。左側がまったくの空白になっているのである。
「ああ、それですか。それは、冒険者のクラスと、受注中の依頼 オーダーを記して置く場所なんですよ。
リョウマさんはまだ一つも依頼を受注していないので白紙ですね。
一つでも依頼を受ければそこに今のクラスと受注中のオーダーを記します」
「なるほど、ランクとクエスト……じゃない、オーダーの情報の記述場所だったのか。ランクって、やっぱり数字ですか?」
あ……あべ、やっぱり とか言っちまったけど、狩りゲーの常識が通じるはずなかったっ!
「いえ、数じゃありませんよ」
穏やかに、やんわりとそう訂正したココさんに、心の中で一息つく。
「ランクは全部で七段階で、下から順に、ポーン ルーク ナイト ビショップ クイーン キング、そしてスターになります」
この並び、なんだか聞き覚えが……そっか、六つはチェスの独楽か。
スターってのは最上級ってことだな。
「って言っても、これまでの記録にスタークラスの冒険者は、片手ですら余るほどしかいないんですけどね」
「なるほど。ちなみにレイナたちってどの辺りなんですか?」
「彼女たちは、ついさっきまでナイトランクでした。今回のネクロノミコンダ討伐依頼の達成認定で、ビショップに昇格していますね」
「そうなのか。中の上ってところなんだな」
「ええ。彼女たちの場合、メンバーが一度もかわってないのがすごいところなんですよね。
あの三人はパーティを組んでから一度もかわっていないそうなんですよ」
「そっか。さっきのココさんの話を考えると、たしかにすごいんだろうな」
理解した俺の言葉に一つ頷いて、ココさんは言葉を続けた。
「彼女たちと共に冒険者生活をするつもりなら、一つだけ忠告しておきます」
「なんですか、改まって?」
俺の言葉にまた一つ頷くと、ココさんはこう言葉を返して来た。再びの心配モードで。
「くれぐれも。功を焦らないでくださいね」
わかってますよと笑みを返す。本当に優しい人だな。
「元よりこのパンピー竜馬、追いつこうなんて思っちゃいない」
おどけて、後ろ向きな強気発言。
パンピーが通じるかわからんと言うことに、言ってから思い至る駄目っぷりに軽くへこんだ。
けど、ココさんはにこりとしてくれた。パンピーが通じたかはともかく、面白がってくれたらしくてほっとする。
「これで登録工程は終了です。お疲れさまでした」
「ふぅー。やっとか~」
ようやく緊張の終わりを告げられて、大きくのびをしながら大きく一息ついた。
「では、改めまして」
俺がカードを掴み、握りしめたのを確認したようなタイミングでココさん、
また左手でめがねをクイっとやって、明るい調子でそう言った。
ギルドマスターがそれに答えるように一つ頷くと、二人揃って言ったんだ。
「「ようこそ、冒険者の世界へ」」
二人の言葉に一つ、知らず微笑していた。
そして知らず、よしっと声を出汁ながらカードを握る手に、更に力をこめていた。
「じゃ、レイナたちんとこ戻りますね」
言って席を立ってギルドカードを右のポケットに突っ込んだ。
すると、二人も俺と同じ左隣の部屋に向かおうとしている動きを見せた。
ギルドマスターは書類確認があるから納得だけど、まさかココさんまで来るとは思わなかった。




