ロール2。復活と出会いと、早速のダイスロール。 1転がり目。
なんだ、この感覚。寒いのに……あったかい。
俺は……どうなってるんだ?
目を開けてるはずなのに、暗い。
転生と言うか転移と言うか、ともかく。未知のファンタジー世界に出た俺は。
……中空にいた。しかも、わりと高い中空に。
なにがどうなってるのか、理解するよりも早く肉体は落下を始めて。
そして俺は。
人通りの見えなかった昼間の道に、ジタバタしながらおっこった。
ズドンっと全身に痛みが走った。そしてまた、さっきと似た。つまり
ーー死んだ時と似たような、意識の薄まりを感じた。
ちくしょうあのコロコロちゃんめ。生き返ったと思ったら女神さんちにとんぼ返りかよ。覚えていやがれ、ツラ見た瞬間ぶん殴ってやる。
そんなことを考えた気がする。
で、今は真っ暗だ。足元からゾクゾクとせりあがって来る寒気は生きた感覚。
おそらくこの、腰のちょい上に一本 まるで帯みたいにある感覚は、誰かが抱きしめてるんだろう。
この顔面を包み込むふんわりとした柔らかさ。おそらくは 普段男が触れたくても触れられないジレンマの山脈。
俺をホールドしてるのがあの女神だとすれば、かなり着やせするタイプってことになる。
「息遣い。気が付いたようですわ」
くぐもった声。女の子の声だ。けど、口調も声色もダイスの女神とは違う。
すぐ近くから聞こえるってことは、このふわっとした感触の持ち主か?
「大丈夫ですか?」
ふわっが消えた。
初めて視界が広がった。
この世界、まともに見た初めての物は。
「ん、あ。ああ、なんとか」
俺の顔を覗き込んで来る、黒髪翠目の美少女の顔だった。
「意識、戻られたようですわね」
満足げに頷く少女。
距離を少し離したところで、俺は息を飲むことになった。
「どうしました? なにか体に不調でも?」
なんでかって言うと。
「あ、いや。大丈夫。大丈夫だ」
ふわっとした物の大きさが、想像してたよりも遥かにでかかったからだ。
「そうですか。それならよかったですわ」
……三桁行ってんじゃないのか、ひょっとして?
宝石のような翠色の瞳に温和そうな表情。けど アンバランスに、ドレスみたいな服が黒い。
髪の先が見えないってことは、少なく見積もっても肩よりは髪は長いらしい。
「流石はエンブレイスの巫女、レイナね。殆ど死んでたのに、ピンピンしてるじゃない。傷も綺麗に消えてる」
別の女の子の声だ。どうやらレイナって言うらしい目の前の少女の、その手当? の手際を褒めてるようだ。
「……俺。どうなったんだ?」
要領を得ない問いかけだと自分でも思う。熱い顔の俺からの、返答に困る質問に、少女は少しの間固まった。
「どうなった、ですか? わたくしたちが見たのは、ここに倒れている姿だけでしたわ。その前……そうですわね、なんだかすごい音が聞えましたわ」
考えながら答えてくれたレイナに、俺は一つ頷いて言った。
「それ……たぶん俺だわ」
ん? と首をかしげるレイナ。
「転移魔法の失敗でもした?」
レイナの左前からこっちに歩いて来ながらこう言うのは、今さっき レイナの手際を褒めた少女だ。
「運が悪かったわね。こんな人の来ない場所に出て来るなんて」
濃い紅のセミロングストレートで、青紫の瞳をした歩き方の強気な少女。
ピンクの槍みたいなのに 蔓っぽいのが絡まって、ドリルみたいに見える物のあしらわれたペンダントをしている。
ペンダントの紐が見えてて、茶色いそれは髪を軽く押さえてまとめてる感じだ。
赤系が好きなんだろうか? 鎧も赤銅色だし。
「いえ、ベルクローザさん。むしろ今ここに転移したのは、わたくしたちがこの場にいたのですから、運がよかったと思いますわよ」
「転移魔法……そうだな。転移魔法、かけられて 出た場所が中空だった」
間違ってはいない。だから、こう伝えた。
「かけられた、と言うことはわざとここに飛ばされたんですの?」
心配そうに聞いてくれているレイナにどう答えたらいいものか。
作為的だ。ダイスの女神がこのポイントを指定して転生させたんだからな。
けど。はたして、どうこのことをごまかそう。
どんな世界観なのかわからない以上、無難な答えをしなきゃいけない。
もっとも、俺の無難がこの世界の無難とイコールかわかんねえけど。
「気が付いたばっかりなんだし、あんまり聞くばっかりはよくないんじゃないかな?」
なよっとした、気の弱そうな男子の声。
「それもそうですわね。ごめんなさい」
小さく頭を下げたレイナに、いや 気にしなくていい、と答える。
「見たところ丸腰よね? こんなとこに転移させるんなら武器の一つぐらい持たせろって言うのよ」
そう言ってやるなよ。こっちは転生者なんだぜ。この世界の物品なんて流石に用意できないって。
などと言えるはずもなく。そうだな、って曖昧に笑うしかない。
「どこのどなたか存じませんが、この場にいてはどちらにしても身が持ちません。わたくしたちについて来るつもりは、ございませんか?」
願ってもない幸運。地元民からの同行のお誘いだ。ものっすっごーく死に難い体なんだったら、ちょっとぐらい危険でもなんとかなるだろう。
「まったく、お人よしねぇ」
とは言うが、赤い少女も小さく笑みだ。レイナの言うことは賛成らしい。
「え、あの。でも」
一人、なよなよボーイだけは乗りきではないらしい。
「いいじゃない。たかがモンスター一匹の討伐の依頼でしょ。相手がなんであれ、大した仕事じゃないわよ。さ、いきましょ」
歩き出す赤い少女。かわいそうななよなよボーイ、ごり押されて黙ってしまった。
「ありがとな。こんなどこの馬の骨ともわかんない奴を」
本当になんの戦闘能力もない一般市民だからな。
モンスター討伐依頼の途中だ、なんて聞いたらお邪魔しますの気分にもなる。
ただの足手まといだからな、俺は。
「気にしないでくださいな。言ったじゃありませんか、いずれにしてもここにいては身がもたないと」
「あ、ああ。そうだな」
「転移させられたのでしたら、帰り道もわからないでしょうから、そう遠慮なさらないでくださいませ」
「お、おお。ほんと、ありがとな」
なんだこの娘。天使か?
「ところでさ。君、名前は?」
「え、名前?」
チリンチリーン
「これは……」
例のダイスロールタイムと言う奴らしい。
『聞えますか?』
「ああ、聞こえる。この野郎なんてことしてくれたんだ!」
『ぁぅっ』
びっくりした様子の声だ。そんなに大声出したつもりないんだけどなぁ。
「あやうく死ぬとこだったんだぞ!」
『ごめんなさいっ。まさかあんな中空に出現するなんて思わなかったんですっ! わたし、こんな形の転生したの 初めてだったからっっ!』
怖がってる。よっぽど俺の顔面パンチが効いたんだなぁ。完全にトラウマんなってるわこりゃ。
「って、あれ。テーブルと……サイコロ。どっから出て来たんだ? 世界がいつのまにか、お前さんの部屋みたいなとこになってるし」
『それがこの空間、賽の目暗幕です』
一呼吸した後、落ち着いた調子でそう答えた女神。
『わたしのいたあの部屋を再現した物です』
そう続けた。
『ちょっとまっててください、今いきますから』
声が終わると、まるで虚空にドアでもできたように 縦長の長方形に空間が切り取られた。
「どうもです」
ご丁寧にガチャって音を立てて空間が開き、俺をいきなり瀕死に追いやったコロコロちゃんが姿を現した。
「よう。さっきぶり」
「はい。ごめんなさい」
俺の顔を見るなりしゅんとしてしまった。しかたねえけど、自業自得だし。
とはいえ、初の異世界への転移ってことらしいから。まあ、大目に見る蚊、結果死んではいなかったんだし。
「で? ここで俺になにについてのダイスを振れって言うんだ?」
いい意味のスルーで、普通に聞いたんだけど。なんか「うぅ」ってしょんぼりしたっぱなしだ。
ーーどうしろと?
……はぁ。まったく、しかたねぇなぁっ!




