ロール12。本当の意味での始まりの一日。 4転がり目。
「すまないな、人前で話すことじゃない話なんだ。まあかけてくれ」
リビックが後ろ手に扉を閉めたのを確認して、厳格な雰囲気の声の男がそう、俺達に声を書けた。
ギルドの建物中央にある、これ見よがしな階段を十弾ほど登って左に曲がって、
更に右に折れた 階段を上り終えたところから直線斜め左前の奥まったところ。
目立たないところに設けられた部屋。それが今俺達のいる、ギルドマスターの仕事部屋だ。
座ってる男、ギルドマスターが太陽を背にする配置で机が置かれているので、人相がまぶしくて分かりずらい。
彼の手元には書類が置かれているが、この逆光だと仕事しずらくないんだろうか?
俺達はギルドマスターの言葉を受けて、各々カクカクと 緊張してますと体で表現してるような動きで、
ギルドマスターの前に並ぶきちんとした背もたれのある椅子に、次々に腰を下ろした。
ーーこ、この感じ。入試の面接思い出して、無駄にド緊張するんだけど……っ!
「よほど緊張しているようだな。それでは手短に行こう」
声に少し笑いが含まった。こいつ……。けど、どうやら空気の読める人らしい。
「全員で来てもらったのは他でもない。そこにいる鬼の少女に関する話だからだ」
やっぱりか。俺以外の四人からもその言葉が空気で伝わって来る。
なんて言うか、緊張にどんよりが混じったって言うか……なんかこう、
雰囲気が悪い色にかわったと言うか、そんな感じなんだってマジで。
「そう硬くならないでくれ、悪い話じゃない」
「どうだか」
「っこら!」
吐き捨てた百鬼姫に思わず小声叫びで注意する。
「悪くない話だ。君の扱いは極めてな」
「どういうことさ」
不満を隠すどころか全面に押し出して、鬼娘は抗議するように聞き返す。
おいおいやめろって、空気を自ら悪くしてどうするよ……っ!
「君は人間の間、特にこのアズマングにおいて鬼と言う種族がどう思われているか、知っているかね?」
「うん。知ってるつもりだよ」
「よろしい。そんな君は、この冒険者三人について自らの領域である山を下りた。
これがなにを意味するのかも、わかっているかね?」
「わかってる」
「ならばよし、話が早い。知性知能を持たないとされる、暴力が具象化したようなオーガと違うところは
この、人と遜色のない知能知性と精神だと、わたしは思っている」
「どうも。で? 手短にすませるんじゃなかったのかい?」
「だから、波風を立てて行くんじゃねえよって……!」
食って掛からんばかりの百鬼姫に、俺はまたも小声叫びで必死の注意勧告。
「ずいぶんとお転婆なようだな」
微笑むかのような、柔らかな色を帯びた声に、俺はちょっと面喰っている。
「そこで、君が厄介毎を起こさないように見張る者が必要になる。しかたのないことだろう?」
「んっあ゛ーっもぅまどろっこしいなぁっ! さっさと答えを言えよっ!」
ガンっと右拳を机に叩きつけた鬼娘に、当人を除いた冒険者側全員が
ビクリっと体を跳ねさせた。勿論俺も。
「ああ、すまない。癖でな」
苦笑一つして、わかったと頷くと、ギルドマスターはスッパリと言い放った。
「鬼の少女。君の監視をする者は、ここにいる三人とする」
「な?」
ベルクが驚き、
「あら」
意外そうにレイナが呟き、
「えっ?」
信じられないと言う様子でリビックが、少し大きく声を上げた。
「異論はあるか?」
「ない……けど。いいの? それって」
疑問の声で尋ねた百鬼姫に、
ギルドマスターは当然だとでも言うように、軽くあっさりとした速度で頷いて見せた。
「危険且つ人間と同じような知性知能を持つ、膂力魔力が人より優れる生き物を野放しにしておくことは、
人々の安全を考慮せずとも怠慢だ。
自分の領域に普段とどまっている鬼が、こうして町中に出て来ることは珍しい。
それが冒険者と共にいるとなればなおのことだ。
さて、我々冒険者ギルドとしては現状、一番手軽な手を講じることとしたい。
出会った冒険者との仲が良好な君を、わざわざ別の冒険者に監視させるのは愚策と踏んでな。
同行していた者と、そのまま行動を共にしてもらおうと考えた。それが手軽な手だ」
改めての通達、ってところだろう。百鬼姫はむすっとしている。
それは今聞いた、とでも言いたいんだろう。
「この手は、鬼の君にとっても、人々への不安の面でも、また冒険者の君たちにとっても」
君たち、と言うのと同時にレイナ ベルク リビックを順繰りに見て行ったギルドマスターは、
「そして依頼者にかわって危険を代行する冒険者、それを預かるギルドとしても
他に回せる人数が減らない。誰にとっても悪くない、と思うのだが?」
と言葉を閉めた。
ギルドの人材のやりくりの話を持ち出されても、こっちはまったくわからない。
わからないものの、なんとなくギルドマスターの言うこと つまり誰も損しないって言う話には、納得できた。
「誰も損しないって言うならぼくはかまわないよ。
なにより、この四人といっしょにいられるなら文句ないしね」
一つ頷いてから、百鬼姫はそう了承、
この四人って言いながら俺達をぐるーっと指差した。
「四人か。つまり君は、この青年。
リョウマ=ヤマモトもこの三人に同行すると思っているわけだな」
「それしか竜馬には道がないからね」
「ちょ こら、余計なことを言うな」
「そうか。君の言うことはよくわからないが、わたしの話を了承すると言うなら、残りのここにいる三人。
ネクロノミコンダの依頼を受けた冒険者各位に確認を取っておいてくれ。
そして代表はこの書類に名前を書いておいてくれ」
テキパキとした支持に、冒険者三人はそれぞれ了解を示す。
「さて、では次にリョウマ君」
「あ、はい」
「隣の部屋に来てくれ」
「あ、はい。了解です」
さっと椅子から立ち上がったギルドマスターは、そのまま右に進み
隣の部屋へのドアを開けて、そこへ入って行ってしまった。
閉まったドアを少しぼんやりと見てしまってた俺だが、
「あ、ああ。いかないと、な」
我に返ってズリズリと椅子を引いた。
俺は、まるで何十キロもある重りを背負わされてるように、カクカクとおぼつかない動作で動き、どうにか椅子から立ち上がった。
自分で笑いが出そうになるほど間抜けな動き方だ。
「大丈夫ですわ」
すっと立ち上がったレイナが、
「っ!」
むぎゅうっとハグして来たのだ、そりゃ息も詰まる。
「簡単な話をして、冒険者証を作るだけのことです」
しかし今回のハグ、どうやら魔法を使うような感じじゃなさそうだ。
「緊張しないで」
優しく語り掛けて来てるはずなのに、色気を含んでるようにしか聞こえない声で励まされ、言葉が出て来ない。
そもそも顔近いせいで、頭ん中があわあわ状態で言葉が出て来ないんだけど……。
「どうですか? 楽になりました?」
俺の表情の硬さに少し不思議そうではあるが、触れてる感触から判断したんだろう、
同じような声色で問いかけられた。
たしかに、レイナの巨大なふくらみと背中に回された腕の力加減は、
凝りと言うほどでもないけど 固まってる体の緊張を和らげてくれている。
しかし……自分の意志ではコントロールの難しい、ある一定の部分が緊張してしまいそうで、実は気が気じゃない。
このままの状態が続くとまずいっ。
「ああ、体がほぐれた気がする。ありがとな」
レイナからのホールドを解除すべく、俺はそう言った。
よかったですわとにっこりする黒髪ロングの美少女に、あやうく意識が刈り取られるところだった。
好意的な意味で。
声がちょっとだけ上ずってて、自分でびっくりした。想像以上に動揺してたらしい……。
「んじゃ、行ってくるな」
慌てて右のドアに向かうが、自分でなんだこの動きと思ってしまった。
ちょこちょことすり足で動いてるからだ。
女子三人からクスクス笑いでかわいいなんて言われちまってる俺は、今とっても恥ずかしい。
「失礼します」
自分でわかるほど聞くからに硬い声でドア向こうに声を駆け、
俺は冒険者認定のテストのため、その会場へと足を踏み入れた。




