ロール10。好奇心旺盛なぼくっこ鬼少女。 3転がり目。
「ねえ竜馬」
「え、あ、うん。どうした?」
いきなり名前で呼ばれて面喰ってしまった。
「もっと君の世界の話、聞かせてよ」
満面どころか顔からこぼれそうな笑みで言われた。言われたが。
「ちょ 顔近い近い!」
今にもおでことおでこどころか、唇すらくっつきかねない距離なのであるっ!
「あはは、ごめんごめん」
ゆっくりと顔を離したぼくっこ鬼少女の無邪気さに、やれやれと息を吐く俺。
「面白い話なんて一つもないぞ。それに、あまし話し込んでると寝る時間もなくなっちまうし」
「君にとっては面白くないかもしれないけど、きっとぼくには面白いと思うなぁ」
純粋キラキラおめめで言われると、すんごく罪悪感だ。この後に言おうとしてる言葉の内容が。
「それになにより。俺はあいつらといっしょに行くつもりだ。
睡眠時間が減るってことは、体力の回復も少ない。その状態で山を下りるのは正直、きついもんがある」
「むぅ」
むくれた顔が、かわいらしいのが余計に罪悪感で 胸が痛い。
「いくらレイナが超回復魔法持ちだって言っても、お前さんと話し込むって言う個人的なことで寝足りなくなって、
そのせいで魔法を使わせるのは申し訳ない」
「むぅぅ」
「たしかに俺の前世の話を、三人の前でするわけにはいかない。
けど、このままお前さんと話し込むのは、三人に心配かけてる状態で申し訳ない。
どっちかを取らなきゃいけないだろ?」
「それは……そうだね」
一応は理解してくれたものの、声も表情もむっとしたままで、納得してくれてるわけじゃないのがわかる。
「今さっきも言った通り、俺はあいつらと山を下りる。それなら取るのは、どうしたってあっち側になる。わかってくれないか?」
「うぅ。異世界の人間さんなんて、もう出会えないと思うのに。異世界の話、もっと聞きたいのに」
な……涙を目に溜めないでくれ、そんな顔されたらもらい泣く準備を涙腺が始めるだろうがっ!
「ど……どうしろと……!」
歯噛みといっしょに、かみつぶしたような声にもなろう。
「ううむ……」
一つ大きく息を吸って目を閉じた百鬼姫、なにやら考えている様子だ。
「なんか、折衷案でもあるのか?」
おそらく、この状況を双方プラスの状態で解決する手を考えてるんじゃないか、
と思ってこう聞いたわけである。
「そうだっ」
「お、おお。なんかあったのか」
いきなり、カッと目を見開いたもんだから、ちょっぴりホラーでビクってなってしまった。
「連絡手段、あるよ。鬼謹製の奴がっ」
「マジかよ。そりゃ朗報だっ」
思わず右拳を胸の前で握り込んじまった。
「三人に心配かけたってことなら、ぼくが一晩見張りをするから。そのかわり、受け取ってくれる?」
「ああ。お互い寂しい思いをしないベストだからな」
とは言うものの。この態度を見る限り折衷案は彼女の中でベストアイデアじゃないんだろう、まだ寂しがってるように見えるからな。
だとすれば、本当のベストはこいつも俺達に同行することなんだけど。
鬼って言う生き物のあり方が、はたして自分の領域から出てもいいのかわからない以上、こう言う無難なことを言うしかない。
ーーまた、嘘言ってんのか、俺は。
「よっし、よく言った竜馬っ!」
「いってぇっ! か……肩外れるだろ! 加減して叩け!」
「えへへ、ごめん」
「あったく、調子のいい奴だ。いてて」
じんわーりと痛む左肩を抑えて、苦笑に悪態を乗せた俺である。
「しっかし太っ腹だなぁ。お前一人で一晩俺達をガードしてくれるなんて」
異世界からの転生者って話をしたせいで、こいつと喋るのはすごく楽だ。いちいち言葉に気を回さなくてもいいからな。
「おっきな秘密を教えてもらったからね。そのお返し」
ニカっと楽しげな笑みで返して来た百鬼姫に、微笑を返す。
「よーっし。ぼくの暇つぶしに付き合ってもらえることも決まったし、君のことにも納得行ったし。戻ろっ」
スキップでもしそうな、ひょこひょことしたご機嫌な足取りで、来た路を戻り始めた百鬼姫を、自然とこぼれた笑みで少し眺める。
「どしたの?」
立ち止まってこっちに顔だけ向けて問いかけて来たので、
「いや、なんでもない」
とだけ答える。
「そう、ならいいや」とまた歩き出したのを確認して、そして。
俺は一つ。今思ったことを試してみることにした。
ーーコロコロちゃん。いや、ダイスの女神コロン・コロン。一つ、投げさせてほしい運命がある。
時を、止めちゃ。くれないか?
語り掛けるように祈る。呼びかけるように願う。
はたして彼女が、俺の声を聴きとれるのか否か。そして、聞き入れるのか否か。
チリンチリーン
「通じた!」
一秒ぐらい答えろ答えろと念じていたら、突然全身を締め付けられるような感覚に襲われた。それと同時に今のチリンチリンが聞こえたのである。
チリンチリーンが鳴り終えると、体の締め付けがゆっくりと緩み、それと反比例するように周囲はくぐもったうねるような風の音に囲まれた。
こんな音、あっちから呼んだ時にはしなかったぞ?
薄ぼんやりと空間が変化して行く。現れたのは昼間鱗怪変化をもらった時に呼ばれたのと同じ、賽の目暗幕。当然だけどな。
すりガラスみたいな質感の壁に囲まれたような、牢屋のように横に狭く縦に長い空間。それが賽の目暗幕だ。
低くうねる風の音はまだ鳴り続けているが、その音はグニャグニャしたような奇妙な感じになっている。
時空が歪むって、こんな雰囲気のことを言うんだろうか? この歪んだような音の中にいるのは、正直言ってあまりいい気分じゃない。
そしてようやく、音もなくニュウっとテーブルが一脚、白地と黒地の 赤い目の六面サイコロが一つずつ乗った状態で、地面からせりあがって来た。
やっぱりこの、空間ができあがる様子は気味が悪い。
「はみゃっ!」
変な声がドア向こうみたいな、くぐもった音質でしたと思ったら、
「っ うおい?!」
空間ドア ーー 今考えた呼び方 ーー が勢いよく開いて、巨大なダイスが転がり落ちて来た。
どうやら、コロコロちゃんの帽子が脱げたらしい。
「うぅぅなんれすかりょうまさんー、こんな時間にぃ」
……女神は、寝起きだった。
「悪いな、寝てたんだろ?」
「はい。でも、起こしたのはりょうまさんでしたし、起きないとずーっと呼ばれそうな 怨念のこもった声でしたので」
「答えてくれと願いはしたが怨念はこめてねえ」
「で、いったいなんのようですか? 女神を叩き起こすだなんて、よっぽどですよ」
「うぅ、顔洗いたい」、って言う独り言が言葉の直後に駄々漏れた。が、気にしないことにする。
気にしてたら話が進まないしな。
「用事は二つ。一つは聞きたいことがある。もう一つが本題だ」
俺の主人公的な思考回路と、たまに出る文章っぽい思考時の声について。これを尋ねること、忘れてない。
ただ、寝起き相手なんで取り調べモードにはしないことにしておこう。
「ほみゅ。じゃあまくらからおねがいします」
この調子だしな。左腕で目ぇこすってるし。
「わかった。なら、簡単な方からだな」
「なんです?」
目をパチパチ、その後軽くのびをしている。
ガチの寝起きすぎて、なんだか申し訳なくなって来るな。さっさとこっちは済ましちまおう。
「俺の思考になんだか、元の世界に生きてたころにはなかった部分があってな。まるで主人公にでもなったような、そんな勇敢な考え方。
それに、心の声が『なになにしているぜ』みたいな文章っぽい感じになることがある。これは、コロコロちゃんがやったのか?」
心の声、と言うかまあ なんて言うか。思考してる時に、自然と思う声とでも言うか……なんだけど、
心の声って言った方が通る気がしたんだよな。
「ふうむ。考え方を弄れるほどの干渉は、わたしにはできませんでした。
あるとすれば、竜への変身能力が、なにか 影響を与えてるんじゃないでしょうか?
竜馬さんの奥底にそういう考え方が眠ってて、それが起こされた とか」
「そっか。神様でもわからない、か」
「はい」
「なるほど。俺の奥に、か。ないと思うんだけどなぁ」
「知性のある生き物には、えてして自分の知らない部分があるものですよ」
「そういうもんかなー」
「そういうものです」
微笑したコロコロちゃんに、「そっか」と話を締める相槌を打った。
「さて。本題に行きましょう、本題に」
そう言うとコロコロちゃんは、サイコロ帽子を拾い上げてかぶり直した。
……気を取り直してるんだろうけど、かぶる物が物だからなんともしまらない。
「あ、ああ。そうだな」
そのせいで、笑いそうになるのを必死で堪えて頷くことになった。
なんとか声の笑い震えも抑えられて、コロコロちゃんには気付かれてないらしい。
とはいえ今回サイコロ帽子の目は、こっち側を2の目が向いてる彼女的正しいかぶり方だから、
ぼんやりかぶったんじゃないなって言うのがわかって、彼女なりに気を引き締めたんだろうなとは思える。
「じゃあ、行くぞ」
一つ息を深く吸ってからそう言い、気を引き締めた俺は。
その、本題、を切り出した。
「俺はあの鬼娘、百鬼姫の寂しがってるような様子を見て、俺達に同行すれば一番いいと思ったんだ。
だから、明日のあいつが俺達に同行するような気持に、その方向に動くようにしたいって考えた」
「なるほど」
「鬼って存在が自分の領域についてどんな価値観なのかわからない。
けど、あの様子だとおいそれと領域を離れるような性質じゃないと思うんだ。
だから、その……ダイスの力であいつの心を動かそうと、な」
躊躇の入った俺の言葉を聞いて、
「それが、本題。ですか」
左手を顎にあてがって考えるポーズで言うダイスの女神。
この反応……。この頼み。この人のいい女神様は、はたしてどう答えるだろうか。
はたして俺に、ダイスを振る権利は恵まれるだろうか?




