ロール10。好奇心旺盛なぼくっこ鬼少女。 2転がり目。
「鱗怪変化の術は、使用者に竜の鎧と力を纏わせる術なの」
「そうなのか?」
あの変身は鎧をまとってる状態だったのか? 驚きだ。
「うん。外装としてまず魔力で姿を纏って、その魔力で生成した下地に竜の部品を新たに生み出して張り付ける。そんな風にね」
「なるほどなー。でも、それならどうしてブレスが吐けたんだ?」
「それね。なんか、下地の魔力、竜の部品を生成する段階で術者の体内に吸収されるみたいで、
その纏った竜の形が部品の生成によって、竜の性質を持つんだってさ」
実感がないからだろう、教えてくれてる方もよくわかってないってのがありありだ。
「その竜の性質を得た、体内に吸収された下地魔力の影響で、俺は魔力を口から吐き出すことになった。ってことか?」
コロコロちゃん、俺に魔力適正がつけられなかったって言ってたけど。
もしかしたら、鱗怪変化のダイスロールの時の女神の恩恵のおかげで、
その制限が解除できたのかもしれない。
オーバーなほどに喜んでたのはそのせいもあったのかもな。
「そうそう」
どうやら合ってはいるらしい。けど……。
「ピンと来ねえなあ」
「そうだね、ぼくもよくわかんないし」
楽しげに言う百鬼姫に「説明してるお前がわかんねえのか?」ってびっくり相槌だ。
「鬼って言うのは、こった術の知識はあっても、実際に使うのは初歩的なのばっかりでね。専らこいつで勝負だから」
こいつ、って言いながら百鬼姫は自分の右手で左腕をバシンと叩いた。
「なるほど。たしかにそりゃ鬼っぽい」
納得する俺。完全にイメージでしかないけど、鬼って体が資本なインファイターの印象あるからな。
「書物によれば、術 魔法の威力は並み以上とありましたけれど?」
「ん? ああ、そうかもね。人間の尺度で言うんなら」
「初歩的って……なんだろうな?」
思わず哲学めいた言葉が漏れてしまった。
「で、ついでの話なんだけどね」
そう前置きしてから百鬼姫は話を続けた。
「どうして君の使った術の使い手が現在、他に見当たらないかって言うと」
マジかよ。遺失物的な奴だったのか?
反則級にレアどころか、この時代においては唯一無二とは。可能性として予想したけど、いざほんとにそうだと衝撃でかいな。
「その術。下地の魔力とそこに張り付ける部品とで、二重に形を生み出すから、魔力の消費量が大きすぎるんだって」
たしかについさっきも、そんなようなこと言ってたもんな。
って、ちょっとまてコロコロちゃんどういうことだ?
俺は魔力がうまく扱えないんじゃなかったのか? それとも扱えないだけで、宝を持ち腐れさせるって意味だったのか??
「使い勝手が悪すぎたから、すぐに封印されたみたいだよ」
「人の身には過ぎた魔法だ、ってか?」「人の身には過ぎた魔法だ、ってことで」
……ハモっちまったよ。
「覚えてる話によれば、下地の魔力は大して消費しないけど、部品の方が大変なんだってね。
竜相応の強度を出来上がった鎧に持たせようと思うと、半端な魔力じゃ柔らかくて話になんないんだって」
「そうだったのか……」
おいおい、もっぱつ爆弾来たぞ。
ってことは。ってことはだぞ?
なら俺は。ロストマジックとでも言うべき物を、竜相応の強固な形で竜の鎧を具現化できてる俺の魔力は。
並大抵の容量じゃないってことになる。
それこそ、名前が幾重にも連なって書かれててもおかしくないレベルなんじゃないのか?
「なによ。その短い名前は詐称だったってこと?」
査証って言われると、なんかすごく悪いことやってる気分だな。
フェイクって言われた方が罪悪感ないわ。
「睨むなよ。ミドルネームなしはフェイクじゃねえって。
この力を受け取った時に相応になるように女神様が付与してくれたんじゃないのか?」
困り声で返す。これは俺の思ったことだ。
女神からの授かり物って言う話を明かしたおかげで、こういう話に罪悪感がなくなって、かーなーり気が楽。
「女神からもらった?」
訝しむ声色の百鬼姫の目が少し細まった。
俺に向いたその視線は、僅かに鈍くなっている。
「な、なんだ?」
鈍くなった緑の光に気圧されるが、それでもなんとか平然を装う。
声が、ちょっと息が詰まったようになってるのが、その「なんとか」度合の高さを示してしまっている。
「ちょっと来て」
「うわっ?」
言うのと同時、俺は左腕を掴まれそのまま引っ張られてしまった。
「君たちは来ないで、絶対に」
俺を引きずりながら、冒険者たちに告げる百鬼姫。
振り返って、絶対にを強調した調子に レイナたちが了解したのが聞こえた。
「な、なんだよ急に?」
少し前の方で、俺が引きずられる音にエコーがかかって聞こえ始めた。
「ここならいいかな」
先まで広がる鬼少女の声のエコー。
「洞窟……?」
「うん、そう」
こっちを向いた鬼少女の瞳の色が、明かりのない洞窟内だからか 輝きを増したように見える。
「で? 俺をこんなところまで引っ張り込んで、いったいなにするつもりなんだ?」
声が自然と警戒心で低く鳴る。
「なにもしないよ。強いて言うなら質問、あんけーとって奴だよ」
なんでちょっとアンケートがたどたどしかったんだ?
「そうか。でも、それならあの三人がいるところでもよかっただろ?」
大したことじゃなさそうで、緊張が少し緩む。
「駄目だよ。彼等には、君の『本当』はバラしたくないでしょ?」
「……なに?」
緩んだはずの緊張が、一瞬にして盛り返してきた。
「知ってる? 鬼って、人よりもいろいろと優れてること」
「力、魔力、そういうこと……だけじゃなさそうだな、その言い方だと」
「うん。君はこの山に現れた時からおかしかった」
さらっと本題に行かれて、ちょっと驚いたけど、それ以上に驚いたのは
俺と言う存在を、出現した時から察知してたことだ。
「……知ってたのか?」
「うん。突然現れたんだから、そっちに注意を向けるよ」
「転移魔法ってことは考えなかったのか?」
「考えたよ。変なところにおっきな魔力がいきなり現れたから、その近所の仲間たちに様子を見るように言って、
君たちのことを見聞きさせてもらったんだ。あの蛇の領域前までね」
「おっきな、魔力。そうか、初めからか」
どうやら、さっきコロコロちゃんに対して思った疑問は、まんざら間違ってもいなさそうだな。
「ただこの魔力は眠ってる状態で、あの三人にはわからなかったんだ。
持ち主である君が、その力をまるで認識さえできずにいて、世界に微塵も混ざってない。
そんな、文字通りに寝てる状態だったからね」
……ん? 今、なんか妙な言い回しがあったな。
「世界に……混ざってない?」
俺の疑問は、「そういう魔力は人間では感知できないんだよ」とスルーされてしまった。
「そうなのか?」
気を取り直して相槌を打つ。
「そ。君のあのへったくそな嘘が通った理由はそれなんだよ」
「……厳しい言い方だな」
苦笑いである。
「けどね。その背格好でそれはおかしいんだ」
「どういうことだ、それ?」
一つ、なにか 確信を持ったように力強く頷くと、ぼくっこ鬼少女は解説し始めた。
「生き物はこの世界に生まれ落ちて、少しすると自らの魔力を認識する。なにか、自分の中に沸き立つ物を理解するんだ。
そうしてその力を、わけもわからず振るう。それによって自分の魔力のほどを知って、そこからその力は否応なく延びて行く。限界の高低はそれぞれだけどね」
「なるほど?」
「世界に自らの魔力を放つと言うことは、魂に同化している力を世界に混ぜること。
そうしないと魔力はなんの意味も持たない、正体不明の掴み処のない疼きでしかない。
君はその魔力を放つと言う工程をすっ飛ばして現れた。
その青年の姿で、そんなおっきな魔力を持っていながら」
推理物の作品の、トリックの種明かしを聞いてる気分だ。
なんとなくわかったような気がするけど、その実よくわからない。
「つまり……どういうことだ?」
「うん、つまりね」
一つ呼吸し、そして百鬼姫は言ったのだ。
「君は世界の理から外れてるんだよ」
「っ」
息を飲む、飲むしかなかった。ただビシっと刺された指が、ザックリと心に突き刺さった気がした。あの裁判ゲームのように。
「だからぼくは、君に聞きたかったんだ。いったい何者なんだ、って」
そう、俺をこんなところに引っ張って来た理由らしい話を締めくくった。
「そうだったんだな。ってことは、俺達へのお礼とか、そういう話は嘘ってことか?」
「まさか。あれも本気、これも本気だよ」
首を横に振りながら、さきほどの陽気な調子に戻って、百鬼姫は否定した。
「で、改めて。教えてもらえるかな? 彼等には絶対言わないから」
真剣な瞳でそう言われてしまっては、言わざるをえない。
それに半ば、この世界にいなかった者だと見抜かれてる現状、ここで嘘を塗り固めてもしかたない気もする。
「ごめんね。ぼく、気になると知りたくてしかたないんだ」
俺の迷った顔を見てだろう、そう謝って来た。
「気にしなくていいぜ、そうか 知りたい、か。」
少し考えた。考えて、俺は、
「わかった。半ばバレてるようなもんだしな」
結局話すことを決めた。
そして俺は、ここにいたるまでの体感一日程度の話を包み隠さず伝えた。
「異世界……転生?」
「そ。俺の元々いた世界で、そういう読み物が今流行っててさ。まさか自分がそうなるなんて思いもしなかったけど」
「しかも女神様と友達なんて、すごい話だなぁ。
作り話にも思えるけど、それにしては元の世界の話が生っぽいし。
もしでまかせでそんなこと言ってるんだとすれば、天才だよ」
「でまかせでこんな話をとっさにできるほど、俺頭の回転狂ってないっす」
「そうだよねぇ、うん。とっさでもそうじゃなくても、なかなか考えつかないと思うよ、そんな話。
そう考えると、君の元々いた世界って魔力や魔法がない分、異世界を覗く能力を持った人間さんがいっぱいいるんだなー」
「そういう発想になるのか。俺はそっちにびっくりするぞ」
真っ暗な洞窟の中に、二人の笑い声が響く。
まさか、ただ話をしただけでこれほど親しくなれるなんて、思いもしなかった。




