ロール7。体の中から大反撃。 3転がり目。
「いったい、なにがどうなってるの?」
荊棘弦巻く魔槍を構えたまま、あたし ベルクローザ・ニドルモントは正面の敵
依頼のターゲット、屍皇竜ネクロノミコンダを見据えている。
「わかりませんわ。ただ、リョウマさんが飲み込まれて少ししてから、様子がおかしいですわね。リョウマさんに、なにかあったのでしょうか?」
今は白い手袋以外を真っ黒な鎧と鉄仮面で、対アンデッド用に武装したお嬢様、エンブレイスの巫女ことレイナが真剣な声色で言う。
この娘と冒険者のパーティを組んでるからこそ、今こうしてあたしともう一人 幼馴染のリビックがこの場に立っている。
「ねえ、二人とも。耳を澄ましてみて」
「どうしたのよリビック、いきなり?」
怪訝な色を隠さず、あたしは敵を見据えたままで問いかける。
「声が、聞こえるんだ」
「まだお酒が抜けてないんじゃない? あたしにはなんにも聞えないわよ?」
このヘタレ幼馴染は魔法一つ使うために、フレアノ・バッカスキーって言う強いお酒を飲む必要があって、
一回魔法を使うとお酒が回って暫く使い物にならなくなるの。
で、ついさっきリョウマって言う行きずりの、転移魔法の失敗で 今あたしたちがいるこの山の途中におっこってきた、あたしたちと同年代ぐらいの男が
ネクロノミコンダに飲まれて少しして、ようやく復活したの。
「いや、むしろ半ば二日酔いみたいになって音に敏感な今だからこそ、二人よりも聞こえるのかもしれない。とにかく、耳を澄ましてみて」
「わかったわ。珍しくしっかり物言ってるし。信じてみますか、ねえレイナ?」
「そうですわね」
頷いたレイナとあたしに、「ひどいなぁ二人とも」って聞くだけでがっかりしたのがわかる声を出すリビック。
「いじけないの。さて?」
意識を目より耳に集める。いったいなにが聞こえることやら?
「……ほんとだ。声がする。うっすらとだけど」
「ええ。明らかに人の声ですわね。それも、力のある声。戦意を感じる力のこもった物ですわ」
「その声がすると、同時に少しネクロノミコンダが揺らぐ。まるでダメージを受けてるように」
ほんと、珍しくまじめに状況を分析してるわねリビックの奴。いつもはあたしたちに任せるばっかりで、
戦うにせよ逃げ回るにせよ冷静に事態を把握しようとなんて、これっぽっちもしてないくせに。
リョウマって後輩ができて、少しは気合が入ったのかしら? それはそれで嬉しいことだけど、
なら最初っからやんなさいよね って思うのもまた本音。
「どうしますお二人とも。攻めますか? それとも見守りますか?」
「そうねぇ……」
あたしの心は決まってる。けど、先にリビックに答えさせようと、クルっと顔を右後ろに向けて幼馴染に視線を投げる。
「ぼくは、もう少し見てようと思うんだけど、ベルクローザは?」
「そこで加勢するって言わないのは、あんたよね。あたしはつっついてやろうと思ってるわよ」
顔を正面に向けてから、「で、言い出しっぺさんは?」と右にいるレイナに、改めて顔を向ける。
「わたくしも、攻めようかと思いますわ」
「えええ、レイナもそう思ってるの? 恐れ知らずだなぁ二人とも」
「あんたが恐れすぎなのよ。ならあんたはここで突っ立ってなさい。いくわよレイナ」
「ええ」
グ、レイナが両の手を握りしめる。
エンブレイスの巫女、レイナの戦いは基本的にアンデッドに限定される。
彼女が扱う聖魔法はアンデッドに効果絶大だからだ。
そして彼女がエンブレイスの巫女って呼ばれるのと、今の怪しい全身装備には因果関係がある。
彼女は魔法をたやすく扱うことができる。けどその効力を詠唱なしに発揮するためには、相手を抱きしめることが条件。
花も恥じらう乙女のレイナが、アンデッドに普段のかっこのまんま抱き着きたいなんて思うわけがないのだ。
だからいっつもアンデッドと戦う時には、肌の露出どころか髪の露出さえも無くした、怪しさ満点のかっこうになるのである。
カシャリ、あたしは得物を普段の横から構えを変えて、いったん柄の中央辺りを右の脇で抱えるようにして、左手を穂先側に 右手を石突側に置いて持つ。
すぐに突きが打てるようにしたの。一撃離脱の構え、ってとこかしら。
普段はこの構えめったにしないんだけど、今回は目標が横にも縦にも長くて太いおかげで、切るより突く方がいいかなーって思ったのよね。
ダメージを一点集中、その方が効きそうでしょ?
「レイナ。一回蛇が派手にのたうったじゃない?」
「ええ」
「その時、どこにダメージが入ったと思う?」
あたしの問い、レイナはわかりませんわの言葉と同時に首を横に振る。
「そりゃそっか」
「ただ、その位置はわかりませんが、同じ位置への攻撃がしたいのでしたら代案があります」
「なに?」
「さきほどベルクローザさんが一撃与えた場所を再び突けばいいのですわ」
「ああ、なるほど。でも、あたしその位置覚えてないわよ?」
ゆっくり。ゆっくり蛇との間合いを詰めながら話すあたしとレイナ。
「そうですか、ならわたくしが追撃ポイントを作ってさしあげますわ」
「なんかいい手でもあるの?」
「ええ。お試しですが」
そう言って、シュっと開いた右手を突き出した。
「片手にこめて はいタッチ、ってこと?」
「ご名答。抱きしめることでわたくしの範囲に相手を閉じ込めて魔法を使うわたくしのやり方。
腕で作る円形の範囲、始まりと終わりを結ぶのは常に手です。ならば、できるのではないか。
そう閃きましたのよ」
「嬉しそうに言うじゃない。新しい遊びを見つけて喜んでるガキ大将みたいよ」
「そんな、言うにことかいていたずらっこのリーダーだなんて、あんまりですわよベルクローザさん~」
「楽しそうに言われちゃ、ぜーんぜん不満が見えませんよーだ」
いけな、つい子供みたいなこと言っちゃった。
「フフフ」
表情は仮面のせいでわからない。けど、この子の素直さが、そのニコニコの表情を声色一つで教えてくれる。
だから、ついついあたしも表情が柔らかくなっちゃうのよね。でも、今は引き締めないと。
そろそろ、助走してから突きを打つのにちょうどいい距離なんだもの。
「では、わたくしから」
声が少し引き締まった、それでもやっぱり優しい声色。
「大丈夫そうね」
白く優しい光を湛えた右手を見て、あたしはそう笑む。
「ええ、いけますわ。では……っ!」
駆け出したレイナ。ガシャリガシャリと、特有の音をさせて屍皇竜へと迫る。
普段のゆったりからは想像しづらい素早い身のこなし。
鎧やら鉄仮面やらつけててこれだけ動けるんなら、普段本気で動いたらかなりのスピードなんでしょうね レイナって。
スピードだけなら負けてそう、あたし。
「破ぁっ!」
信じらんない、今の気合 レイナよね? ドスッて言う重たい音、突き出された右手はきっと掌底だったわね。
『ゴオオオオオオアアアアア!!』
思わず耳塞いだわよ。だって、さっき派手にのたうった時より声がおっきかったんですもの。音圧で吹き飛ばされるかと思ったわ。
で、今レイナが叩き込んだ掌底。そこからジュワーって言う まるでなにかが溶かされたような音といっしょに、灰色の煙が吹きあがった。
鼻を突くいやな臭い。でも、あたしはその臭いの元にこれから突っ込む。我慢しないとね。
「ベルクローザさん!」
走って戻って来たレイナに軽く頷いて、あたしは改めて攻撃点を見る。
「角度。距離。よし、記憶」
槍を持ち直す。すぅっと一呼吸。すると無数の棘ある槍の刃に、淡いピンクの魔力が灯った。
一つ、大きく頷いて、あたしは駆けた。
一歩 二歩 三歩 四歩!
「貫けぇっ!」
つ、と同時に槍を僅か後ろに引いて。ぇ、と同時に全力で前へ突き出した。
「ジャストっ!」
灰色の煙の出処、寸分たがわず突き刺さった荊棘弦巻く魔槍。
ズッシリと刺さった肉の感触を、あたしの両腕 特に肘へと伝えて来た。
そのまま更に刃に宿った魔力を、槍を進めて流し込む。
「っ!」
力を込めて思いっきり引き抜く。腕が抜けるんじゃないかって勢いで引っ張り抜いたその勢いを殺さずに、あたしは思いっきり飛びのいた。
どうしてかって? だって。
『オアアアアアアアオ!!』
この蛇が、倒れ込んで来るって思ったから。
ズドーンって凄まじい音を立てて、巨大な蛇は前のめりに倒れ込んだ。
「やったの?」
動かない蛇を見て、あたしは誰にでもなく問いかける。それでも警戒は解かない。
「いえ、まだでしょうね。外側からと内側からとで、かなりの傷にはなっているでしょうけれど」
あたしが飛びのいた位置の少し後ろにいたレイナは、右隣りに来ながらそう言った。
「こっから先。どうなるか、ね」
「ええ。リョウマさん、大丈夫だといいのですけれど」
心配そうに呟くレイナに、あたしは静かに頷いた。




