ロール7。体の中から大反撃。 2転がり目。
「我が血脈に眠りし鱗の類よ。流意に活え我が身のまにまに、今この姿を空覇往堂たる身へ馳せん。
躍り猛るは舞う魂。魂魄汪斗は我が為にあらず!」
ドクン、ドクン。ドクン。ドクン。
鼓動が。俺の鼓動が、その深さを少しずつ増している。それと同時に鼓動がズレてるせいで、呼吸のリズムはかわらないのに、息が少しずつ普段のリズムとズレて行く。
なんか、わかんねえけど。このままこれが続くと……まずい。直感がまずいって言ってるっ。
ドクン。ドクン。ドクンッ。ドクンッ。
「っく、かっ」
鼓動が鳴ると、同時に熱が体中に押し寄せて来る。なんだ、これ?
俺の体に、なにが起ころうとしてるんだ?
「なん、だ。この音?」
バリバリ、バリバリバリ。
俺の体だ。体のある場所で、こんな不可解な音が鳴っている。
どうなってるのか確認したい。けど、この空間は……ネクロノミコンダの体内は真っ暗で、状況を目視できない。
痛みはない。でも、着実に俺の体が変化している。
バリバリと鳴る音は止まず、バリバリ時間が延びてる今、俺の鼓動は深さを失い元の鼓動に戻って来ている。
けど、鼓動の早さは加速を続けてる。まずい……まずいぞ。このまま続いたら、早くなりすぎて俺が。
ーー俺がぶっ壊れるっ!
鼓動が全力疾走したような早さにまで到達した。バリバリって奇妙な音はまだ鳴っている。
いったい……俺に、なにが起こってるんだ? 俺は……いったい、どうなってってるんだよ?
みたい。確認したい。でないと気持ち悪いっ!
だから!
「光 を よ こ せええ!」
ブオン。
なんだ、腕を振り回しただけなのにこの鈍い風切音?
ドスッ。
歩いただけでこの鈍く重たい足音。
あ、バリバリが止んでる。鼓動のリズムが落ち着いて行く。
なんだ……変身が、完了したのか?
体温は明らかに普段より高い位置で落ち着いている。本当に……俺に、いったいどんな変化が起きたんだ?
「なんだ、聴覚が……強化されてる? ゾンビどものうめき声がさっきよりはっきり聞こえるぞ?」
相っ変わらず気持ちの悪い声だぜ。周囲 俺の外周、取り囲むような360度から聞こえる鼓動みてえな音も、よりうるさい。
なんだ? 俺はいったい。なんになったんだ?
「あぁ、うっとおしい……!」
周りがやかましくて、落ち着いて考えられねえ。
「また……体が熱い」
また熱が。体の底からふつふつと、うっとおしさで上がるボルテージの代わりのように沸いて来る!
「くっ」
ドンッ、いらだち紛れに一つ地面を蹴る。蹴った右足が軽く地面にめりこんだ。その感触はやっぱり地面のように硬く、とても生物の体内だとは思えない。
けど、俺のいらだち地面蹴りが当たってから、若干間を置いて外、鼓動が聞こえる外周から、グオアアアって言う鈍い声がした。
いくら平坦な地面のような場所があろうと体内は体内、納得しなきゃいけないってことか。
「くっ、うっさい!」
うっとおしさもそうだけど。この熱が、体の中でジンジン暴れまわってるのもうっとおしいっ!」
なんとかできないか。現状、俺の周りはうっとおしさだらけだ。
ゾンビどもの声も、蛇の鼓動も、体内からさえも沸いて来る。
ウゥゥゥ。
ドックン ドックン。
ジンジンジンジン。
「黙れ……! 静粛にしろ! 音を立てるな! 喋るなぁぁ!!」
ゴオオ。不思議な空気のうねる音が、俺の叫びをおいかけるようにして鳴った。
「すぅぅ……」
空気を使い切って叫んだから、大きく一つ、息を吸った。
ーーなんだ。体の中で暴れてる熱が。気道に急速に収束した?
まるで、俺達を吐き出せと言わんばかりに?
いいぜ、このモヤムカ解消にはちょうどいい。そのリクエスト、答えてやる!
「ガアアアアアア!!」
喉の熱さに吐き出す叫びが、苦痛の色を帯びていた。
ーーすげー、なんだこりゃ。熱が口に移動して、そのまま口内通って外に出てる。
赤い光? 俺の口から赤い光が真っ直ぐ伸びてる。これは、いったい?
光の先、壁でもあるのかそう遠くない場所で光が止まってる。で、光が俺から出てすぐに、またグオアアアアって苦痛を訴えるような叫びが聞こえ始めた。
俺はたしかに熱を吐き出している、その自覚はある。だからって、ネクロノミコンダのこの痛がり方はおかしい。
俺自身がちょっと熱い程度でなんともないんだぞ。なんでやっこさんはこんなに苦痛を訴えてるんだ? 外は刃でもろくに傷も付かないような頑丈さでも中は弱いってことなのか?
徐々に喉の熱さが収まって来たな。……あ、いけね。俺がどうなってんのか確認しねえと。
見えた。ちょっとオレンジ入った赤い光で見えた俺の顔は……?
み、緑色!? 緑色だ。色どころか形がかわってるぞ。
前に突き出た目の下 鼻から先。鼻の下無く、裂けたように頬の半分ぐらいまである口。
額が延びたように背後へ反り返る一対の角。首から下は自分の口で遮られて見えない。
これは……これはまるで。いや、まるでと言うよりまさに……!
ーードラゴンじゃねえか!
「ブハーッ! ぜぇ……ぜぇ……」
息を吐き切ったせいで、全力で呼吸する。
息を吐き切ったのと同時、体にあって気道に収束していた体温以外の、
感情から来たようにしか感じられなかった熱も消費仕切ったらしい。
「今のブレスで焼けたところを足掛かりにして、こっから出てやる」
自分がドラゴンになってることを認識した以上、さっきの熱を帯びた光がファイアブレスであることは疑いようがない。だからブレスと言ったのである。
しかしなるほど。これでコロコロちゃんが言ってたヒントに合点が行った。
なにに変身するのかは名前がヒント、そう言っていた。そして名字の山本ではなかった。
竜か馬か、もしくはその合成獣かもしれない。俺はそう当たりをつけた。どうやら……読みは、的中したようだぜ。
それも ーー一番いい予想がっ!
「ん? 周りから歩行音?」
ジャッ ジャッ ジャッ、こう擬音にするのが一番てきとうな、よくイメージされるゾンビとはちょっと違う足音。
おそらくこの、ネクロノミコンダ配下のゾンビならではの足音なんだろうと思う。
連中、本体がダメージ受けたんでどうやら動き始めたらしい。
好都合。この状態の体の動かし方に慣れるついでだ。内側から戦力を削いでやる。光を見るのはその後だ!
「とはいえ、自分の間合いがわからないってのは厳しいな。ドラゴンってことは手が人と違うはずだし、腕も 腕じゃなくて翼になってる可能性がある。
尻尾だってあるかもしれない。とりあえず……確かめておくか」
口に出してるのは、一人真っ暗闇の中、音を出さずに考えるのが不安だからだ。自分が思考したことを、音に出すことで確認してる。
なんでだろうな、明るかったり夜だと、こんなこと感じないのに。
ここが生き物の体内で周りにゾンビがうようよしてるって言う、危機的で否日常シチュエーションだからこんな思考になってるのかもな。
ジャッジャと近づいて来続けてるゾンビども。奴らが憶測俺間合いに来るより前に、腕だけでも素振りしておくか。
「んぇっ!」
ブンッ。まずは縦。あんまり上下には動かない。そのかわり風圧は人の腕よりも強い感じだな。
「はっ」
ブンッ。今度は横。手で叩くのはむりだな、そのかわり腕ではたくのはやり易そうだ。つばさでうつとはよく言ったもんだぜ。
「で、指は?」
顔とほぼ同じ高さに指がある。数は左右に五本ずつ。人の指ほどの長さはないな。なにかをひっかけることぐらいはできそうだ。
短いせいか指の配置のせいか、あんまり自由はきかないな。前にそこそこ曲げられる、けど後ろにそらすことは殆どできない。
「なるほど。指ってよりは爪って考えた方がいいかもな。
腕……いや、翼か。翼の縦振りと同時に勢いをつければ、引き裂き攻撃になるかもしれない。っと、来た」
ゾンビの足と思われる部位が背中のずいぶんと後ろの地面、おそらく尻尾の先端に触れた。
「よし。やってみますか、がむしゃらに!」




