ロール1。サイコロ怖い! 2転がり目。
「んで? 詳しく教えてもらいましょうか? 返答いかんによっちゃグーパンいくぞ」
「ひどいですよ、女の子の顔グーで殴ろうって考えるなんて」
八の字眉で抗議して来るが知ったことではない。
って言うか、神様って言ったり女の子って言ったり、安定しねえなあ。
もしかして、本人としては女の子なんだけど、生き物としては神だから自分に自分で敬称つけてんのか?
「さっきの号泣でかなりストレス溜めてんだ。一撃グーでいかねえと……ん?」
割に合わない、って言おうとしたら、重箱の隅っこに突っつきどころを発見。
「ど、どうしました?」
「俺。ひとことも『顔を』とは言ってないよな?」
ニヤリ。
「あ……」
「よしわかった。ふざけた理由だったら顔面をグーで殴る」
「ひどい……」
パチパチと、何度もまばたきしている。妙に目が水分多いなこいつ。
「さっきの容量で、指が当たったのがあなただったんですね」
どうやら気を取り直したようだ。
「ふむふむ?」
「それで、えいやーっとダイスロールしたわけなんです」
サイコロを投げた動作と同時にえいやーって言った。
ということは、ダイスロールってのがサイコロを振ったってことなんだろう。なんだそのオサレワード……。
「んで?」
「結果が。結果がですね。うぅ」
「また号泣したらグーだからな」
拳を固めて見せると、狙ってあんな泣き方できませんよ、と力のない声で反論が来た。
「ならよかった。で、そのサイコロの結果がどうだったんだ?」
「はい。根回し不能でした」
肩をガックリと落としての答え。
「ファンブル?」
「最悪の出目、1のゾロ目のことです。こうなるとわたしでもフォローが効かなくなる上に、災厄の結果が出ることになるんです」
「フォロー?」
最悪通り越して災厄。神が災厄って表現するって、どんな大災害が起きてるんだよ?
「はい。出目が悪いとたとえば、愛の告白をする場面に対してダイスロールした場合。出目が成功値以上の値になれば告白は成功しますが、それ未満の目が出た場合その人は振られてしまいます」
「なるほど?」
成功値とか言うワードはスルーしよう。
「失敗した場合でも、女神の権限として、お友達からなら、のお返事で希望を残すというフォローができるんです」
「へぇ、それはありがたいな」
「そうでしょう?」
「ドヤ顔するところではねえけども」
「でもです。根回し不能の場合は、問答無用で キモい 死ね ぐらいの暴言が相手から返ってきます」
「うわぁ……」
思わず俺は顔をしかめた。
告白にその返しされたら世をはかなみかねないダメージだぞ。
今なんの感情も込めずに言ったからよかったけど。
「どんなに清楚でおしとやかな女の子、どんなに爽やかイケメンであっても 多少の毒が混ざります」
「お……おそるべし、女神のサイコロ。で……今回、俺はそのファンブルを受けた結果。あんな最期を迎えたと?」
「はい。ですから本当に 本当に申し訳ございまびゃっ?!」
「言ったよな。顔面にグーが飛ぶ、って」
右の拳をプラプラさせて仏頂面の俺である。
「ひ、ひどいです。謝罪の途中で拳を出すなんて……」
左手で鼻を抑えながら、涙目の自称ダイスの女神。
「拳一発で済んだんだから、ありがたいと思ってくれないとなぁ。人の人生、サイコロ二つ如きで終わらせやがったんだ。
本来、神殺しの照合をもらっても許されるぐらいの愚考だろうが……!」
声は怒気どころか殺意を帯びている、自分でも驚くぐらいのすごみだ。握っていた右の拳がグググと軋む。
「あ、あの、はい。ですので、わたしに罪滅ぼしをさせてはもらえませんか?」
すっかりと元気も覇気もない自称ダイスの女神は、おずおずと俺にそんな提案をして来た。
「罪滅ぼし? いったいなにするつもりなんだ?」
いつでもグーが行けるように握り拳を引き絞りながら、俺は努めて穏やかな調子で尋ねた。
「転生を。竜馬さんを転生させてさしあげようと思って。それで、この場へ呼び寄せたんです、実は」
俺の拳がよっぽど怖いようで。まるで怒られた子供のように、小さく震えながらそう言うのだ。
ーーなんだこの豆腐メンタルの神様?
「転……生。『小説家になってやろうじゃねえかコノヤロウ』で流行りに流行りまくってるジャンルだな、異世界転生。
……え?」
自分で言っといてなんだけど。なに言ってんだ、目の前の女も俺も。
「あの……おいやですか?」
「ううむ。いや、って言うか 転生ってものそのものがよくわからねえんだよ、俺」
拳を降ろして、手を楽にして言う。俺の軟化にふぅと一息、表情も安堵している。心に素直な奴なんだな。
「転生。簡単に言えば、これまでとは別のところに生き返ってもらおう、ってことです」
「うん、すんなりわかった」
「よかったです」
微笑してそう言う。鼻を手で隠しながらだけど。
「あなたの転生はわたしのごめんなさいです。拒否権はありません」
鼻前の手をどけて、きっぱりと言い切りやがった。笑顔で。
「なんだその理不尽? まあ、拒否するつもりはないけどな」
「そうですか。よかった」
「ほっとするのかよ、拒否権ねえって言っといて」
「発破かけてみただけですから、こう ドカンっと」
握った両拳を、花火が広がる様子でもイメージしてるのか、ドカンのドと同時にパッと広げた。
「鎌の方じゃねーのかよ?」
「それで。普通は転生は、転生前の記憶や人格は強くは残らないものなんですが、今回は特別です」
俺の突っ込みをスルーし、解説に戻りおった。
「って言うと?」
「山本竜馬さん。あなたの記憶 人格をそのままの状態で、元の体をベースにして転生していただきます」
「ってことは……ひょっとして。俺は……人生を続けられる、ってことか?」
「そういうことです」
深く大きく、一つはっきりと頷く女神。
「そっか」
なぜだか、俺は安堵に表情を緩めていた。
「しかも、わたしのサポートありです」
微笑で言われた。が。
「それ、あんま嬉しくねえな」
苦笑いしか返せない。
「ひどいですよ、さっきからもぅ」
ぷいっと俺から顔をそむけていじける女神。ほんと、神様感のねえ女子だな。
「そのサイコロころころで殺人しといてよくそんな琴言えるな?」
開きっぱなしの本の上に転がってるサイコロを指さしながら、じとめで指摘する。
「むぅ。いいですか? なんの条件もなしに女神の加護が受けられるんですよ。こんなこと、簡単にできることじゃないんです」
じとめで返して来るとは思わなかった。
「たしかにわたしはダイスの女神、ゆえに加護は安定しません」
言い切っちゃった。
「安定はしませんがその分、最大効果 女神の恩恵はですねっ、すっごいんですよっ!」
「ちょ、掴みかかるなっ」
俺の肩をガッシリと掴んで、なにやら力説モードに入ったらしい。ビクってなっちまったよ、不意打ちすぎる。
「さっきの告白話でたとえるとですね。告白された側が、告白した側の人のことをまったく知らなかったとしても、お付き合いできちゃうぐらいの威力なんですから女神の恩恵っ!」
「それは流石に怖いだろ」
「ノってくださいよぅ。たとえ話じゃないですか~」
あ、ちょっとへこんだ。
「そうゆうわけですから、お得なのですっ、もらって損はないのですよっ」
「ごり押しかよ? 新聞の押し売りかお前は!」
突っ込みを入れつつ軽く肩を押して、俺の肩を掴む手を離させた。
「う……。ひどい、そんな言い方しなくても」
涙声になり出したぞ? って言うか、押し売りが迷惑行為だってこと、知ってるのか? そっちに驚く。
「しょうがないじゃないですか。だ……だって、わたしには。わたしにはっ」
ーーいやな予感が。
「これしかできないんですもん」
あれ? 号泣会見来ると思ったら、涙抑え込んでる。
「ダイスの女神であるわたしでは、ダイスでしか加護を与えることはできません。でも……たとえ、たとえその結果が一定でない不安定な加護だったとしてもっ」
ギュっと、拳を強く握る女神。
「他の神々にダイスの不始末を任せるなんて言語道断前代未聞空前絶後なのです」
拳握って、必死に涙が溢れるのを耐えてる童顔少女。
くっ。胸がざわつく。見てられねえっ。
四文字熟語の後ろ二つが、マイナスイメージないけどそんなことはどうでもいい。
俺は、ダイスの女神に。目の前の少女に、はっきりと意志を伝えることにした。