ロール6。呪文の疑問と蛇の軍門。 3転がり目。
「全ゾンビを行動不能にしたのがまず前提なんだけど、気付いてる?」
殺したってのがゾンビ相手には不適切だと思ったのか、それとも再起動すると考えたのか。
いずれにしても、ちょっと面白い言い回しだな。
「そうだったのか」
「うん。あたしとリョウマでね」
「マジか、俺。そんなに敵倒してたのか」
自分でやったことだけど、まったくわからない。
「けっこうな数を送り直していましたわね、リョウマさんは。わたくしの方は、そこそこの数を浄化できたと思いますわ」
送り返す、って言わず送り直すって言うのは、もう一度送らなければならないわたしたちを許してくれ、って祈りの言葉を語り掛けてたレイナらしいな。
「レイナ、知らない間にそんなことやってたのか」
「はい。あの様子では聞こえていなかったと思いますわね」
「そっか。ゾンビやらアンデッド相手に魔法使うから、その格好になったんだもんな」
「ええ」
頷くレイナに、そりゃいやだろうな、とレイナの魔法の使い方をしっかりと認識したからこそ、同意の頷きでもってレイナの前進防御をお疲れとねぎらった。
「ありがとうございます」
「んで? 消えたのはレイナが浄化したから……じゃあ、ないんだよな?」
軽く会釈したレイナに確認。おかしい、と言ったのは他ならぬレイナだ。
浄化することでゾンビが消えたんだったらそうは言わないはず。
「流石にわたくしでも、あの短期間にあの数全てを浄化することはできませんわ」
「だよな。ならおかしいってのは、いったいなんなんだ?」
話を脱線させちまったので本題へ戻す意味で、『それがね』とこの話に繋がりそうな言い方をしたベルクに目線を向けながら言うと、
「言おうとしてたんだけど、話が脱線しちゃったのよね」
と苦笑で頷いた。
「で、普通なら残るでしょ、倒れた敵が」
ベルク、気を取り直したようだ。俺は「だな」と頷く。
「でもね。残ってないでしょ?」
「そうだな」
「どこ行ったと思う?」
「……予測もつかないな。って言うかさ」
「ん?」
「やめてくんないか? その、怖い話みたいなどんよりした言い方で話すの」
「にわかには信じられなかったんだもの。半信半疑にもなるわよ」
「目の前で見たのにか?」
「うん」と頷きながら言って、続けて「だって」となにが起きたのかを教えてくれた。
「吸い込まれたのよ」
が。なんのこっちゃである。
「なにが?」
「死体が」
「なにに?」
「蛇に」
「……蛇?」
「あれ」
左手で指差したのは俺の後ろ。つまりはネクロノミコンダである。
「んな、バカな?」
と、後ろにちらっと顔だけ向けたら。
「蛇が……ねじれてる?」
蛇の。ネクロノミコンダの形がかわっていた。
俺の言葉の通り、ねじれていたのだ。ちょうど俺の体勢と同じように、体をねじっている。
そのねじれは、顔をこちらに向けている格好になっていて。
ーーその結果。
「やべ、目が合っちまったぞ!」
「喰らえ!」
いきなり有無を言わせず、左下から右上へと槍を振り上げたベルク。やっぱりその軌跡は、桜色のエネルギー波となって敵へと走った。
「くっ、無傷、揺らぎすらしなかったわね。遠すぎたか」
ググっと柄を握る音。吐き捨てるように言ったとなると、今のは悔しさに槍を握り込んだってところか。
「おいおい、まだこっち見てんぞ。なんだよ? 俺になんの用なんだよ?」
ジリ ジリと後ずさってる俺。意識してやってるわけじゃない。
「な? なんで俺をおっかけて来るんだ?!」
ゆっくりと、けど明らかにこっちに向かってネクロノミコンダは首を伸ばし始めている。
ねじれた状態のまんまで。
ねじ切れてくれれば、なんもしないでミッションコンプリートになるんだろうなレイナたちは。
なんぞと考えるものの、そんな様子は見せてくれない。
ズズズと更に後退、今度は意識してやった。
「リョウマを見たとたん、動き出したわよあの蛇? どうして?」
「なにか。リョウマさんに、興味を引く要素がある。と、言うことでしょうか?」
「おいおい勘弁してくれよ。いったい俺のどこに興味をそそられたってんだ? 巨大蛇さんは?」
まさか。元異世界住民ってこと、感づいてるのか?
けど、そうだとしたっていったいなにを目印に?
「けどまあ結局。やっこさんとは戦り合わないといけないんだから」
足を肩幅辺りまで開いて少し腰を落として左に刃を向ける。これ、ベルクの構えなんだな。
「顔向けてくれるのは、目なり顔なり切り付け易くなって助かる、とも言えるわね」
「お前、俺を囮にしようってのか?」
「せっかくこっちに顔向けてくれたからね。狙いがブレないのはありがたいもの」
平常心らしい。ネクロノミコンダの顔を見るなり、いきなり攻撃しかけただけのことはある。
「って言うか、じわじわ迫ってくんじゃねえ!」
でかすぎるからなのか、巨大蛇はスローモーションなほどにゆっくりと、ゆーっくりと。まるで恐怖を煽るかのようにこちらに向かって来ている。
「あたしの斬撃波、そんなに射程距離長くないのよねぇ。やっぱり、もっと距離を詰めるしかないか」
「いえベルクローザさん、無暗に接近するのは危険ですわ。さきほどのゾンビたちのように、吸い込まれてしまうかもしれません。
いくら聖防御結界があるとはいえ、不用意な行動は慎んでくださいませ」
「ったって、どうしろって言うのよこの状況。リビックはもう魔法使えないだろうしあたしの攻撃は効果があるかは今のところ未知数。
レイナの浄化魔法は、相手がおっきすぎて効果があるのかはやっぱり未知。リョウマにいたっては目を付けられてる。動くしかないでしょ!」
「おい!」「っ! ベルクローザさんっ!」
あんの突撃バカ、突っ込みやがったぞ!
「どうするレイナ? このカイナベルだって、奴の肌に傷を付けられる切れ味はなかったぞ」
「わたくし、人に防御結界を付与することはできますが、武器に対してほどこすことはできませんの。たよりは、ベルクローザさんだけ、ですわ」
「あるいは逃げる蚊、だな」
「たしかにそれは、正しいです。けれど、これ以上の被害者を出すわけにもまいりませんわ。
たとえこの山に入ることを禁じたとしても、万が一 誰かがその禁を破ってしまう可能性はないとは言い切れません」
「そういう奴って、どこにでもいるからなぁ」
駄目って言われると逆にやりたくなる。わかるんだけどな、その気持ちは。
「ですから、完全にその可能性をなくさなければいけませんの。そのためにわたくしたちが、ここに来たのですから」
レイナの真剣な声色は、逃げると言う選択肢をはなから捨てている、そう俺に思わせる力強さがあった。
「くそっ、俺の攻撃力じゃどうしようもねえってのに」
前の方で、ネクロノミコンダに向かって、魔力変換された斬撃を何度も浴びせてるベルクを見てると、
「あっ、リョウマさんまでっ」
動かずにはいられねえっ。なんだ、この衝動はっ。コロコロちゃんに出会う前には、こんなこと絶対にありえなかったってのにっ。
まさかコロコロちゃん。身体能力の補正以外に、ヒーロー気質 ーーいや、違うか。
主人公気質でも付与したんじゃあるまいな?
この、仲間 ーー になる可能性が高い人たち ーー が、必死に戦ってるのを黙って見ていられないなんて。
こんなの主人公じゃねえか。
俺の立ち振る舞い、完全にモブだったんだぞ。それをいきなり、主人公補正マシマシで放りだしやがって。
今度会ったら問い詰めてやる。さっきは勢いだけで取り調べみたいなやりとりになったけど、次は俺が刑事役で、意識的に取り調べモードをやってやる。
待ってろよ、コロコロちゃんめ!
「どうだベルク、効いてるか?」
「ちょっとリョウマ、なんで来てんのよ?」
驚いた様子で少し後ろで止まった俺をちらっと見て言った。
「体が勝手に動いてたんだ、どうしようもできなかった」
事実をそのまま告げる。
「あんた、なんにもできないでしょ」
「できない」
素直に頷く。
「なら下がってなさいって。少しは傷がついてるから、そのうち糸口が見えるわよ」
「気の遠くなる話だろ、それ。レイナは駄目なのか?」
「お二人とも。わたくしがあぶないと言っていますのに」
言ってるところにちょうどよく、来たぜ仮面のお嬢様。
「レイナ。あの蛇、なんとかできないか?」
「あれを、ですの?」
困った声色で言う。
「あたしの攻撃で、少しずつ傷がついてるの。ある程度深まったら、そこに浄化魔法を叩きこんだらなんとかならないかしら」
言いながらベルクは、ビュン ビュン ビュンと槍を振るって、その飛ぶ斬撃を打ち込み続けている。
「お前、よく大丈夫だな」
「素振りしてると思えば、この程度の回数。なんてことないわよ」
のわりに少し息が弾んでいる。
たしかに、見た感じは完全に素振りだ。ただ違うところは、桜色のエネルギー波が敵を少しずつ傷つけているところ。
「くっこいつ。目線をリョウマからまったく外してないわよ、気持ち悪いっ」
「マジで俺にしか興味がないって感じだな、ちくしょう。なんだって俺なんだよ」
俺にその、濁った赤緑の目を向ける、向け続ける理由。
やっぱ、異世界人だからだろうな。なにか他とは違う気配があるんだろう。
けど、それを口に出すわけにもいかない。確実にややこしいことになるからだ。
しかしどうする? さっきみたいにベルクやレイナの後ろに下がってても、きっとこの蛇は俺に向かって突き進んで来る。
後ろに下がってれば、今ちらっとベルクが言った作戦を実行するための傷の深さを増せるか?
「しかしこいつ……いつまで体、ねじりっぱなしなんだろうな?」
ふとした疑問が口から出た。そしたらこの蛇、まるで言葉を理解してるように緩慢な速度で背中を向け始めた。
「ちょっとリョウマ! なに余計なこと言ってるのよ!」
「あ、すんません。つい……気になったもんで」
などと軽口をぶっ叩いた直後だった。
「リョウマさんっ!」
レイナの悲鳴が聞こえたと思ったら、
「えっ?」
俺の視界が真っ暗になった。
ーーそして。
「リョウマアアアア!!」「リョウマさんっっ!!」
二人の少女の悲痛な声が、くぐもって聞こえたかと思ったら。
俺は、なにかに流されるように、闇の奥へと吸い込まれていった。
その、突然来た吸い込まれる息苦しさに、俺は意識を手放さざるをえなかった。




