ロール6。呪文の疑問と蛇の軍門。 2転がり目。
「なるほどね。リョウマって珍しい名前だとは思ったけど、あたしたちが知らない国の出身なのかしら」
考えるようなベルクの様子に、「かもしれませんわね」とレイナが相槌した。
知らない国。異世界だから知りようがない。たとえ日本と似た国や地域があるとして、そこについてどの程度世界的に認知度があるのか、俺には知りようがない。
「じゃ、今度はこっちの番ね」
レイナの相槌に納得したようで、ベルクはそんなことを言って来た。
構えは解かず、目は敵を見据えたままである。
「こっちの、って。なんだっけ?」
「なんだっけって。呪文詠唱に種類があるのか、って聞いたじゃない」
苦笑いである。
「ああ、そうだったっけ。日本語について思い出すのでいっぱいいっぱいになってて忘れてた」
苦笑い返しである。勿論、思い出してたんじゃなく捏造してたせいで、頭をフル回転してたから、自分が聞きたかったことを忘れてたわけだけど。
「呪文詠唱を共通言語で発するのには、二つの理由がありますわ」
どうやらレイナが解説してくれるらしい。
「ベルクローザさんの荊棘弦巻く魔槍のように、ほどこされた力の制限と解除を切り替えるための言葉である場合が一つ」
「なるほど、だから詠唱したらペンダントが槍になったのか」
そういうことですわ、とレイナが頷く。つまり、逆に槍からペンダントに戻す詠唱があるってことだな。
「そしてもう一つは、複数の属性を同時に扱うような魔法を使う時ですわね」
「複数同時、そんな魔法があるのか?」
「ええ。たとえば複数の属性に対応した魔力障壁を作り出すような物がそうです」
「そんなのがあるんだなぁ」
「ありますわ。ありますけれど、それを使える人間はそう多くはいない。そう聞いております」
「そうなんだな」
こう相槌するしかない。俺にはそもそもこの世界の魔法に関して、情報が一切ないんだからな。
「そもそも複数同時に属性魔法が飛んで来ることなんて乱戦の時でもないと起こらないから、まず使う必要ないけどね」
と言うベルクの補足に、
「そりゃ、そうだよな」
と頷く俺。
「けど、なんで共通言語じゃないと複数同時に属性魔法が使えないんだ?」
「わたくしたちの使っている魔法言語、魔法言語は一つの属性に特化した魔法なんですの。
一種の精霊にしか通じない言語でコンタクトを取り、その力を借り受けるんです」
「ふむふむ」
「一方の複数同時の場合、精霊それぞれへと語り掛けることになります。
ですが、一種一種にそれぞれ言葉をかけていたのでは呪文詠唱完了までに多大な時間がかかってしまいます」
「なるほど?」
「また複数種類の魔法言語を立て続けに扱うことになり、使用者に多大な負荷がかかることになるんですの」
「たしかに、あのわけのわからない言葉を何十種類も覚えておく必要があって、なおかつ立て続けに使うなんて脳みそがオーバーヒートしそうだな」
「そこで共通の言葉を用いることになるんです。どうやら精霊それぞれに対しても共通言語なようで、目的の精霊全てに同時に語り掛けることができるようなんです」
「へぇ、面白いな」
そうですわね、と答え頷くレイナに、ベルクも同意したのか頷いている。
「とはいえ、仕様属性の数毎に、一定の法則性があるようなのですが。
けれどわたくし、そちらについては門外漢ですの。ごめんなさい」
ペコリと頭を下げたレイナだけど、充分すぎる立派な回答だ。
「いや、ありがとう。充分すぎるぜ」
「そうですか? それならよかったですわ」
ほっとした声のレイナに、改めて一つ頷いて感謝を伝える。
「よし。スッキリしたところで。作戦、本格始動よ!」
「おお、そうだな。悪いな、出鼻をくじいちまって」
「いいわよ。その分」
「敵が」と言うのと同時に走り出し、
「減らせるものっ!」
「の」と同時に再び放たれる桜色の本流。
それはまた、敵の隊列を破壊した。
「なんて範囲平気だ。それも斬撃だろ、あれ」
「ええ。敵にしたくはありませんわね、彼女は」
真剣な調子でそう言うレイナ。たしかにな、と頷く俺。
「さて、わたくしたちも参りましょう」
「そうだな」
「助力、いたしますわリョウマさん」
「頼む」
「ええ、では」
言うとレイナの姿が消える。
「後ろかよ脅かすなよな」
どこに行ったんだ、と考えるよりも口に出すよりも前に、
背負ったリビックごと背中から抱きすくめられて、俺は思わず声を出していたのだ。
一瞬呼吸が止まってしまったのは、いたしかたあるまいよ。
「ごめんなさい。ですが、こうしないといけないので。リビックさんにも魔法が及ぶことになりますが、リビックさんを降ろして背負い直してでは時間を使ってしまいますから」
「なるほど、そうだな」
「では、参りますわね」
背中の声に頷いて答える。「では」ともう一度言うと、レイナは魔法を発動した。
「力を」
ドクン。一拍だけ強く全身が鼓動を打ったような感覚を味わった。
「今のは?」
「身体能力を向上させる魔法ですわ。さ、いきましょう」
「わかった」
俺は右腰の剣を抜き、レイナと二人でゾンビの群れへと突撃する。
「おわっ?」
一歩で進む距離が、ザッッと言う踏み込み音に違わず文字通り倍増してしまい、バランスを崩しかけて無駄に数歩進んでしまった。
が、勢いが付きっぱなしになってしまって止まることができず、小走り程度に走り続ける羽目になってしまったっ!
「うわー! とめてくれー!」
バランス取るのにせいいっぱいで、前傾姿勢で走る羽目になってるからよくわかんないんだけど、
「どけ~っ!」
どうやら走り込むついでに敵を蹴飛ばしながら切り捨てると言う状況になってるらしい。
足と体に激突したような衝撃と、右腕になにかを思いっきり叩いたような重みと同時に、切りつけたようなひっかかりを感じた。
だから、こう推測したってわけだ。
前傾姿勢のまま上半身を持ち上げられないっ。なんでだろう、なんて考える必要はなかった。
俺の背中に、人間一人が俺に全体重を預けてぐっすりと寝入っている。この不自然な体勢なのは背中のリビックが原因だろう。
とはいえ、現状でリビックを捨てるわけにも、レイナに渡す余裕もない。
ベルクは戦闘中だから、そもそも投げて渡したら、あの槍でリビックが串刺しになる可能性があるので論外。
結局俺が背負っとくしかないのである。
「ええい、こうなりゃ勢いだ! うおおおお!!」
前傾姿勢で人間一人を背負ったまま、不安定に走りながらバランス取りの右腕の左右振りによって、切り払うような斬撃を放つ。
この奇妙極まりないスタイルで、俺は戦線を押し上げて行く。いや、行けていると言うべきだろう。
今の俺の不安定な体勢走りが、ゾンビだらけと言うこの戦場にベストマッチだったんだろうな。
「とまった?」
突然、刃がなにかに詰まったように動かなくなって、俺の動きが止められた。
いきなりむりに止められたせいで、全身にドンって衝撃が来て、んぐっとうめくことになった。
深呼吸一つして、今のとどめられた衝撃を緩和してる気分になって。
更に一息ついてから、
「っ!」
余った左手を刃をとどめてる物に叩きつけた。身体を起こすためだ。
「おわっ!」
背負ってるリビックごと仰向けに倒れ込んじまった。
剣がスポンと抜けたせいで勢いが付きすぎたんだ。
カランカランとすぐ右に剣が転がった。
「いってぇ」
「う、うぅ……」
背中のリビックが小さくうめいた。
「流石に叩きつけられれば起きるよな」
よっ、と言いながら半身を起こす。
左手でおんぶするように背中の奴を抱えて、右手は剣を拾い上げる。
そのまま立ち上がった俺はいったんリビックから左手を離し、剣を慎重に右の鞘へと納めた。
鞘と刃がこすれる音からの、カシンって言う納剣する音がなんとも小気味いい。
「リョウマさん、一度こちらへ」
「わかった」
レイナに答えて反転、小走りで合流。
足元にゾンビの姿がないのか、それともうまいことよけて通ったのか、ひっかかることなくスムーズに辿り着けた。
「さっき、俺。いったいなににつっかかったんだ?」
開口一番聞いてみた。
「親玉よ」
しれっと返された。
「え、到着してたのか、俺?」
いまいち信じられない。俺の背中のリビックは、状況が飲み込めてないのか未だに声を発していない。
「辿り着いてたわよ。考えてみなさいって、それまでまったく突っかからないで進めたのにいきなりつっかかった。
で、ここはゾンビとネクロノミコンダしかいない。リョウマはなにしにゾンビを突っ切ってった?」
軽口で諭された。けど、その口調にも声色にも棘がない。
「俺はネクロノミコンダへの道を確保しようとしてた」
その口調のおかげか、言われてる間に状況が整理できた。自分で言った言葉で、完全に状況の整理完了。
「なるほど、いちいちその通りだな。けど、到着したのになんで呼び戻したんだ?」
返す疑問には、レイナが両方の胸の前で、両手を握り込みながら答えた。
「おかしいから、ですわ」
「おかしいって、いったいなにがだ?」
不穏なレイナの様子に思わず聞き返す。
「周りを見てくださいな」
「周り?」
言われて見回してみる。
「ゾンビが、消えてる?」
そう。前方を埋め尽くしていたはずのゾンビが全て、跡形もなく文字通りに『消えて』いるのだ。
「どういうことだ? 欠片一つ残ってないぞ」
たしかにこれはおかしい。
俺が斬り捨てたにしろベルクが薙ぎ払ったにしろ。肉体の一部ないし大部分は、地面に転がっているはずなのだ。そうでなければおかしい。
「それがね」
深い息交じりに言うと、ベルクはその現象について語り始めた。




