ロール6。呪文の疑問と蛇の軍門。 1転がり目。
「おいおい……冗談だろ」
「こ……これは……」
「予想以上の数ね……」
目的地に到着して、俺達は唖然とした。
風の音を塗りつぶすほどのうめき声、ただ事じゃないだろうとは予想していた。
けど。
ーーまさか。親玉、ネクロノミコンダに辿り着くまでに、いったい何層かわからないほどの人の……いや、ゾンビの層を突っ切らないとならないなんて、
誰が想像するよ!
「二人とも、いい? 作戦はこうよ」
唐突に、ベルクが静かな声色で話し始めた。
「あたしがゾンビどもを薙ぎ払って先陣を切るから、レイナとリョウマはゾンビどもがあんたたちに目を向ける前に進んで。
あたしが薙いだ後の道にいるゾンビはリョウマ、あんたが切り払って」
「マジか!? 双剣なんて使ったことねえぞ!」
思わず大声になっちまった、だってそうだろ。
いきなりぶっつけ本番で双剣使って戦えとか、無茶ぶりってレベルじゃねえ!
「いいのよ、むりしてカイナベルを二本同時に使わなくたって。できないようなら一本だけ使えばいいわ。
双剣はあくまで二本一組の剣ってだけだもの。一本ずつ使っても少しもおかしくないわ」
「そ……そりゃ、まあ、たしかに。そうか」
剣一本すら扱ったことないんですけど? おまけに人間一人背中に背負ってるんですけど!?
ええいしょうがねえ、こうなったら破れかぶれ。一本、右の一本だけだ。それで乗り切るしかねえっ!
「レイナ。この数じゃあなたの浄化、いちいちやってたらいつまで経っても進まないわ。妥協、してくれるわよね」
拒否権を渡さないようなベルクの、普段とかわらないながら真剣な声。
「わかりましたわ」
一つ頷いてレイナが了承した。
このやりとりと言うことは、普段はその浄化とやらを必ずやってるんだろうな。
「よかったわ、あっさり頷いてくれて」
ほっとしたベルク。どうやらレイナ、こう見えて頑固なところがあるらしい。
っと、お嬢様の意外な一面を知ったところで、ベルクの空気が少しかわった。その証拠に、ベルクがキっと敵の集団を睨み据えたのを感じる。
「じゃ。いくわよ」
そういうとベルク、徐に槍っぽいペンダントを外した。それによって、紐で軽くまとめられてた髪が、ふわっと左右に広がる。
「なにするんだ?」
「見てて」
言うとベルクは、右手にペンダントを握る。
「鋭利なる紅の魔槍。今 開花の時」
言葉と共に、ベルクの握りしめているペンダントが淡く紅に輝き始めた。その光に、ペンダントの紐が吸い込まれて消える。
「日本語の呪文詠唱……?」
呟く声は俺の物。この疑問符は当然だ。これまでの呪文詠唱は、俺には理解できない言葉だったからだ。
「咲け、荊棘弦巻く魔槍」
静かに、しかし力強い声で言う。紅の光が吸い込まれるのに比例するように、ペンダントがみるみる長大になって行く。
「これは……槍。か?」
そう、ペンダントが変化したのは槍。黒い石突にピンクの柄の、前側の先端には棘の無数に突き出した、
どんぐりのような形の紅色の刃を持つ、一本の槍だった。
「じゃ、作戦通り」
石突近くの柄を両手で持つベルク、まるでバットのグリップを握るよう。そのまま平行に、左に槍を動かす。
本当に、ボールを待ち構えるバッターみたいな印象だ。
するとトゲトゲどんぐりのような穂先に、薄紅の光が生まれた。それを確認したようなタイミングで流れるように、ベルクは足を肩幅辺りまで開いて少し腰を落とした。
「薙ぎ払う!」
「な」と同時に右へと勢いよく槍を、やっぱりバットのフルスイングのように真横に振り抜いた。
ブオンっと鈍い風切音を立てた槍。けど、どう見ても、遠すぎて当たる距離ではない。
「なっ?!」
驚いたのは当然俺。いったいなにが起こったのか。
槍の軌跡を追いかけるように、ほぼ白に近い 桜の花びらのような色のエネルギーが、正面に向かって放たれたのである。
そのエネルギーは直進し、対応が取れなかったのか無防備に突っ立っているゾンビたちを、そのエネルギーの通り道に存在する敵を。
ーーほぼ中央で上半身と下半身を、鮮やかとしか表現しようがないほどに、
見事にスパっと分割して見せた。たとえ鎧を着ているゾンビであろうとも、だ。
「すげー……」
分かれた身体、上半身は親玉の方向へと吹き飛び、下半身は分断された反動でパタリと地面に倒れた。
ゾンビだけに血液がなくなっているらしく、一滴も血が舞い散ることはなく、まるで人形を両断したかのような印象。
「相変わらず、見事な切れ味ですわね。荊棘弦巻く魔槍の斬撃は」
「斬撃? 今の薄いピンクの奴がか?」
俺の問いに、「そ」と小さく頷きベルクが解説してくれた。
「この槍はね。斬撃を魔力として放つって言う特殊効果を持った魔槍なの」
「そうなのか。なにそれかっこいい」
「ここまで斬撃の威力をそのまんま飛ばせるのは、あたしの家 ニドルモント家始まって以来、あたしが初めてなんですって」
誇らしげな表情で語るベルク。どうやら、なにそれかっこいい、に喜んでるみたいだな。
もっとあからさまに、どうよ的なリアクションするタイプだと思ってたけど、案外おとなしいな。意外だぜ。
「そうなのか?」
「うん。だから、期待されてるのよねあたし。ニドルモント家だって実力はあるんだって、世界に示してほしいってさ」
「重いな」
さっきも同じようなこと聞いたけど、今はこの世界の者として、しっかりとその言葉を聞いたから、リアクションできた。
ゾンビどもがゆっくりと動きを見せる。なにが起きたのか、よくわかってない様子でうめき声を上げるだけだけど、大量のうめき声だ。不気味以外のなにものでもない。
「あたしも思いは同じだから、重たいなんて思ってないけどね」
チャキっと音がする。どうやら、構えなおしたみたいだ。また左に槍の穂先を向けた。
「強いな」
「そっかな」
やっぱり勝ち誇ったような声。言葉の直後、また穂先にエネルギー、魔力が生まれる。
「ところでさ」
「なにかしら?」
おそらくタイミングを計ってるんだろう。ベルクは構えたままで動かない。
「その槍、ペンダントから変形させた時、日本語で詠唱してただろ? 呪文って種類があるのか?」
「日本語?」
「日本語って、なんですの?」
「……っ! しまった」
抑え込んだようなボリュームで、呟き叫びした俺。
やべぇ。何気なく言っちまったっ! どうする、どうする。
考えろ。うまくごまかせそうなでっちあげ解説を考えろ……!
「え、ああっと……それは、だな」
ひねれ。ひねり出せ! 全力で頭脳を回すんだよ!
「日本語って言うのはだなぁ……」
俺は転移魔法でこの山に送られた人間ってことになった。そして、俺はその故郷がどこなのかを話してない。
ここから話を広げるしかない。
二人とも、日本語って言う響きを疑問に思った。そうなると、日本って言う国名がないかもしれないな。それならどうする?
不明な俺の故郷。日本を知られてない。とすれば……。
「あの、リョウマさん?」
レイナの声が右からする。あれ、こいつ 俺の右の位置にいたっけ?
「大丈夫? 頭っから煙上げてるわよ?」
ベルクの声の音質がクリアになった。
って、こっち向いてる……いいのか? 大丈夫なのか? 敵に注意を向けてなくって?
「あ、ああ、だいじょうぶだ。ベルクこそ、敵の方見てなくていいのか?」
「あんたが考え込んだまま黙ってるから、どうしたのか気になったのよ」
やれやれ、と言わんばかりの呆れた声と表情。
「あ、ああ、わるい」
「それで? 日本語っていったいなに? そんな考え込むほど難しいことなの?」
口調は日常的、表情もそう。
まずい、早く答えを導き出さねえと。ベルクが敵に関心を向けない時間が延びちまう。
「状況からするに、わたくしたちがいつも使っている言葉……のことのようにも思えますけれど」
レイナの言葉。
「っ、それだ!」
「えっ? いったいなにがですの??」
聞くからにびっくりしている。思わず出た俺の大声に、だろう。
「ありがとうレイナ、答えが出た」
思わず表情が笑みになっていた。ニヤけてるように感じるんだけどな、自分の口が。
「え、あの、それはいったい。どういうことですの?」
またびっくりしてるなレイナ。こんな困惑したレイナの声、初めてだ。
「答えが……出た?」
怪しんだようなベルクの声だけど、もう動揺はしないぜ。そこへの回答はでっち上がってるからな。
「そう。日本語ってのは俺の故郷の古い言葉で、共通言語のことなんだよ。そう、そうそう。
あんまりにもあたりまえに使ってて忘れてたぜ。あぁ、スッキリした」
……やり切ったぞ!
俺としても古い言葉、つまり転生前に住んでた国のことだしその言葉で、意味合いとしてもおかしくはない。
完璧だ……! 我ながら完璧な言い訳だ!
よくやった俺っ!
「なるほど、古語か。そりゃ知らないわけよね」
「と言うことは、リョウマさんの故郷は古代、日本と呼ばれていた。と言うことですわね」
「そうだな」
そもそもこの世界に故郷のない俺だ。
日本に似た国があったとして、このでまかせが事実かは知らないけどな。




