ロール5。みんな揃ってお人よし。 3転がり目。
「うわぁ……」
最早ネクロノミコンダのせいで空が見えないほど頂上に近づいた。いったいこの鈍色の大蛇はどんだけでかいんだ。
でも、今俺が発したうわぁは、空が隠れてることに対してじゃない。
目の前に広がった光景に対してだ。
「これ……あの魔法一発でなったのか?」
声だけは静かな驚きだけど、小刻みに震えてるのが、カチャカチャカチャとカイナベルの動く音で二人にはバレてるだろう。
焼けこげた地面。そこら中に転がる黒い固まり。鼻を突く異臭。風が吹くとパラパラとはがれて飛ぶ、鎧の装甲。
まさに地獄絵図。
「そ。これが、収束した最上級炎魔法の、長い名前の人間が放った場合の威力よ」
ベルクもいいここちはしてないのか、沈んだような 静かな低い声だ。
「ぶっ倒れてるリビックは助かってるかもな」
「そうね。リビックがこの状況見たら、二度と魔法 使わなくなりそうだわ」
「たしかに。そうだな」
まだリビックを見た時間は短いけど、この まるで灼熱のブレスが大地を嘗め回して行ったような惨状を見たら、
魔法を使わないことを固く誓うだろうことは想像に難くない。
「意図せず再び生かされた皆様。その身を焼き尽くす形で再死らなければならなかった、わたくしたちをお許しください」
レイナが悲し気な柔らかい声で、そうゾンビたちに祈りの言葉をかけている。
「たとえ不意打ちの火葬でも、その言葉は救いになるかもな」
「そうだと、いいのですけれど」
そう言って、レイナは祈りのポーズを解いた。
通じたことを考えると、どうやらこの世界にも火葬って文化はあるらしいな。
「不気味よね」
地獄絵図を歩き抜けながら、そうベルクがポツリと言った。
俺はまだリビックの魔法の脅威が心から消えてなくって、足運びがカクカクだ。
「なにがだ?」
「だってまだ、滅現の範囲。終わってないのよ」
「え、ちょっとまて。それ、ほんとか?」
「ええ。もう一区画に行くか行かないかぐらいはあると思う」
「おいおい、こんな地獄絵図がまだ続くのかよ?」
「流石に威力のピークはここだと思うわ。でも、少し先まで地面が黒いんだもの」
「最早大魔王だな」
苦笑いしか出ない。
そんな化け物みたいな特大火力を、俺の背中でぐっすり寝落ちしてる奴がぶっぱなったんだと思うと、不気味通り越して冷や汗物だ。
「でもベルクローザさん。不気味は、リビックさんの魔法の威力では、ございませんわよね?」
確信を持った調子で言うレイナを、俺は思わず見た。
「ええ。ちょっと、リョウマを脅かしただけで、本題はそっちじゃないわ」
「……マジかよ」
こいつらのメンタルの強度、どうなってんだ?
「当然よ。これに慣れてなかったらリビックを奇襲役になんてしないし」
「そりゃーたしかに。言われれば、一理あるけど……」
これが、世界の違い……いや。超スペックと一般人との感覚の違いか。
「で? ならその本題ってのはなんなんだよ?」
なにが飛び出すかわかったもんじゃないけど、横道から入ったって言うなら本題がなんなのかは気になるところだ。
「風の音、聞いてみて。そうすれば、言いたいことはわかるから」
「風の音?」
言われて耳を澄まして見る。
うめき声みたいな低温が普通の強風の音を侵食して、逆に風の音が心もとない。
「わからない?」
「例のうめき声、風を塗り替えてるな」
「そう、だから気味が悪いのよ」
「いまいち、わからねえな、それだと」
つまりね。そう相槌してから、ベルクは理由を話してくれた。
「これだけの威力の炎が敵に襲い掛かったわけでしょ?」
「そうだな」
「だって言うのに、このうめき声 ちっとも変化がないでしょ?」
「……たしかに、そうだ。音もでかくなってるし。どういうことなんだ?」
膝を打った俺の言葉に満足げに頷いて、
「だから不気味なの。いったいネクロノミコンダの周囲がどうなってるのか読めないからね」
こうベルクは続けた。
「まさに、本拠地。か」
やれやれの気持ちが、俺の声に溜息を混ぜ込ませた。
「リョウマさん。待っていてくださってもかまいませんけれど」
気遣うようなレイナの声に、俺は首を横に振る。
「ありがたいけど俺も行く。この惨状、こいつに見せるわけにもいかないだろ?」
背中のリビックを、背負い直すことで示す。
「そうね。この大威力を失うのはもったいないわね」
砂地みたいにザラザラとしてしまった地面を進みながら、平気な顔でベルクは言った。
「心に配慮してやろうとは思わないのかお前は……」
声に僅かに怒気が乗る。
「同じ意味よ。こいつにこの惨状を見せなければ魔法をこれからも使ってもらえるだろうし、リビックが自分の魔法に恐怖することもないじゃない」
「分かりにくいわ!」
怒気が勢いに変換されて、かなりの勢いで突っ込んでしまった。
密かに自分で声のでかさにびっくりしている。
「ずいぶん勢いあるじゃない。緊張、ほぐれたかしらね」
「けっこう、大丈夫そうだな」
今の勢い突っ込みのおかげか、膝の動きがカクつかなくなった。
「この音……どうやら。リョウマさん曰くの本拠地。いよいよもって、近いようですわよ」
「「音?」」
俺より音に敏感なベルクが、俺とハモった。
いったい、レイナはなにを聞き取ったんだ?
「鎧が動いているような、そんな音がかすかに聞こえますの」
「鎧の……ほんとだわ。カシャカシャ聞こえる」
「俺にはなんにも……って言うか、よくこのうめき声がしてる中で、かすかな音聞き取れるなお前ら」
「リョウマ。あんまり町から出たことないでしょ?」
唐突にベルクに言われて、そうだなと頷く。
たしかに元の世界では、学校と家 家の近所が主な行動範囲だった。
少し遠出するって言っても、こんな山ん中に好んでは行かなかった。
この世界の住民からしてみれば、俺は ーーいや、俺の……元の世界の人間は、きっとよっぽどの都会育ちの都会暮らしに見えることだろう。
なんせ、こんな自然豊かな場所がそもそも少ないんだからな。
焼き払われた場所を刺して言うのもおかしいけどさ。
「なんでわかったんだ?」
「町には音が溢れてる時間が長いからよ。常に音が鳴ってれば自然と耳を使うことが多くなるし、そのにぎやかな音に耳が慣れると、細かい音を聞き取り難くなるわ」
「そういうもんか?」
「そう思ってるだけ、なんだけどね」
そう苦笑したような声でベルクは締めくくった。
たしかに、医療技術やデータの蓄積とデータベース機能に乏しいイメージのあるこういう ハイファンタジーって言うんだったな、
ハイファンタジー世界だと、感覚で物を言う奴の方が多いイメージだ。
だからベルクの言い分は世界観としてはおかしくないと思うから、
「なるほど。冒険者と一般人の違いってとこか」
そう俺は無難な答えを返すことにした。
「あら、感覚だけで物を言うな、って言うのかと思いましたのに」
「ほんとね。ちょっと、びっくりしちゃった」
「どういう目で俺を見てるんだよ、お前らは……」
クタっと悪態返し。
「あ、いえ、そうではなくて。冒険者を悪い物として見てる方が多いですから、
感覚だけで物を言うと『これだから冒険者は』って蔑みと軽蔑の言葉と目を向けられるんですの」
「……腐ってんな」
吐き捨ててしまった。二人は、俺の声に驚いたようで、小さく息を飲んだような音がした。
「そう思ってくれる、冒険者と縁のなさそうな人が、一人でもいてくれるってわかっただけでも嬉しいわ」
微笑んで言ったベルク。それに「そうですわね」と同意する喜び声のレイナ。
このベルクの表情は掛け値なしの思いが乗って見えた。
「じゃ、リビック持ち。頼むわよ」
弾んだ声のベルクに言われて、「言われるまでもないぜ」と調子が引っ張られて
溌剌と答えてしまって、ちょっと恥ずかしくなった。
そんな俺を見て、女子二人は楽しそうに笑う。ベルクは大声でアハハと、レイナも少し大きな声で それでもやっぱりウフフと大人しく。
「よし。レイナ、リョウマ。気合、入れなさいよ」
「ええ」「おお」
俺達の返事を頷いて確認すると、ベルクは軽快に走り始めた。
「リョウマさん。無茶はしないでくださいませ」
「わかってる。ありがとな」
頷いて答えた俺に頷き返し、レイナもベルクを追って駆ける。
そして、それを追って俺も駆け出した。




